#3 勝てるんですか?
雪之丞先生の教育期間は、5月のゴールデンウィーク明けの練習で、突然終わった。
「わかった。もうソフトテニスについては、大体」
要約すると、もうソフトテニスの基礎知識は教えてもらわなくても結構ということらしい。
それはよかったです、と言いながら私は少し残念だ。たまーにやる気ない日にサボるためのいい口実だったんだけどな、雪之丞係。
「そういえば先生、夏のメンバー決めはいつやるんですか?」
例年通り1年生は10人いないくらいで、特段高レベルな子もなし。テニス経験がある子もなし。メンバー決めの話をするには頃合いであった。
「今月にしましょうよー!」
ポーチボレーのごとくひょっこり割り込んできた須藤ちゃん。元気が取り柄、のわりにテニスは意外と堅実で賢い……先生はメモにそんなことを書いていた。確かにその通りだけど。私はテニスに関しては少々遠慮がちなんて書かれているのを見かけた。……確かにその通りだけど。
「今月でもいいんですけど、ただ……先生的にはもう少しメモ内容を充実させてから決めたいから、もうちょっと先がいいなぁ」
メモ内容?と頭の上にはてなマークが生まれている須藤ちゃんに「つまりみんなのプレイスタイルとかをもっと知りたいって意味だね」と私が須藤ちゃんに捕捉する。でも須藤ちゃん、そっかーとニッコリしてるだけであんまり分かってなさそう。……かわいいからいっか。
「でも先生、6月は梅雨ですよ? 伸びたら夏大会のメンバーすんなり決まらない可能性ありません?」
それで、次の日のミーティングで、試合日は5月の4週目の日曜日に決まり、この日まで部内戦の開催はなしに決まった。先生は、私とソフトテニスを勉強し続けて、だんだんテニス愛が高まってきたのか、
「このチームをうまく編成して大会で勝つんだ」
と瞳に情熱をほとばしらせていた。なんか、ゲーム感覚でハマっているような気がするけど、やる気があるのはいいこと。
大会の団体戦のメンバーは上限8人。3年生が3ペアで6人、先生いわく「まあ最後の大会だし」ということで確定。残りの2枠を2年生が争うことになる。
団体戦はペアの組み替えが完全に自由なので、固定した2人を選ばなくてもいい。つまり、実力のある後衛前衛をそれぞれ1人ずつでも構わない。
先生のメモには序列も既に書いてあるらしく(これは頼んでも見せてくれなかった)、これと5月4週の部内戦の結果を照らし合わせて決めるらしい。
後衛はじょほちゃんでほぼ決まりだろう。女子では圧倒的なストローク力を持つじょほちゃんなら、そうそう負けることもないだろうし。先生も、
「1ヶ月猛勉強して観察した感じ、城さんはなかなかの力を秘めてるって分かったよ」
と言っていた。なかなかどころじゃないと思うんですけど。
前衛も順当に考えれば太田さん。太田さんは長身で、手の長さを生かしたボレー範囲の広さ、威力のあるスマッシュと申し分ない。こちらも3年生に引けをとらない実力だ。
この2人、そもそもペアだし。
まあ何にせよ私には関係のないことだ。5月になって、いよいよ気温が上がってきて、たまに夏と錯覚してしまうくらいだ。そしたらあっという間に湿っぽい季節に塗り変わって、本物の夏が来るのだろう。
私にはあんまり関係のない季節だなぁ。
夏とか、最後とか、大会とか、全部。私はみんなのすごいプレイ見れたら満足だし。
こんなことを考えながらボーッとしていると、須藤ちゃんに「大丈夫ー?」と言われた。今日の2年前衛のメニューはボレー練習で、私はずっと木陰でぼんやり考え事をしていたから、心配されたのだろう。
「ごめん!体調悪いとかではないし、すぐ戻るから……」
「あ、ううん、先生が呼んでるから」
ニッコリ顔でぴっとラケットを西のほうにまっすぐ伸ばす須藤ちゃん。ラケットの先には先生が手をひらひらさせている。ああ、先生ついに私のサボり癖を見抜いて怒るんですか。いやそりゃあそうですよね、運動部の先生の顔つきになってきましたもん。あのひらひらさせている手が握り拳に変わって振り下ろされる事態まで想定して、恐る恐る近づく。
先生は「夏の大会メンバー選考の部内戦まで、もうちょっとだね」と言った。もうちょっとなのに、あんなところで休んで君はやる気はあるのかい?ん?と言われる妄想が膨らんで、
「すみませんでした!殴るのだけは!」
と目を閉じたら、しばしの沈黙。
「いやなんの話……」
と呟いたので、ババっと目をあけて「え?」と言うと、
「まあどうでもいいけど、今度の部内戦勝ちたい?」
そう言った先生の視線は、じょほちゃんと太田さんにそれぞれ注がれる。私は察してしまった。よくあるやつや!格上に勝てとかとんでもないこと抜かす系の先生!やっぱりソフトテニスのこと何もわかってないじゃん……先生……。実力が違いすぎるよ……。
「いやー、私はじょほちゃんたちに勝ちたいとかそういう……」
「これはぼくのわがままでもあるんだ。彼女らに勝ってみせてほしいんだよ。そしてみんなのことをもっと把握したい」
外の光をまとめて集めたみたいな先生の瞳が眩しい。
この瞳を見るたび、ほんのすこしだけ何かを期待してしまう。
「……どうやったら勝てるんですか?」
と半分投げやり気味に聞くと、まあ今勝てるかは怪しいけど、と前置きした上で、
「作戦があるんだ。間違いなく有効な」
と言い切った。本当に謎の自信である。しかも、プレイするのは私たちなのに。勘弁してほしい。
例えばバックハンドが苦手な選手にバックを狙え!と指示してくる人は多い。でも、実力のある相手だとそもそもフォアハンドの球が速すぎて、バックを狙うどころか相手のコートに返すだけで精一杯である。
作戦は実力が対等くらいになって初めて活きるのであって、私みたいな底辺プレイヤーが作戦通りにプレイするなんて夢のまた夢!
「じゃあ、今から極秘の作戦を説明するから、真舟さんとだけ共有するようにしてね」
「いいですけど、完璧に指示通りいかないと思いますよー」
「いいからいいから」
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