2.
……私たちしかいないの?
羽花の疑問に対し、涙人も凱斗も答えられなかった。
ルミナリエ初日。夜の阪急花隈駅のホームに人がいない。
それはどう考えても不自然で、不気味なことだった。
そんな静寂の中、涙人は音を聞いた。
音は遠く小さく、凱斗も羽花も音には気付いていない。そのぐらい微かな音だった。
だが音は確実にあった。
涙人は目を閉じ、集中する。
聞こえてきたのは、小動物の鳴き声のようなちいちいという音。
それが高まり……突然、消える。
間を置かず、ぱきりと何かが割れるような音が続いた。
ぱきり。ぱきり。ぱきりぱきり。
硬くて軽い音が、三度、四度。
そして……くちゃり、くちゃり。
粘性を伴う音が、二度、三度。
涙人は冷たい汗が背中を伝うのを感じた。
続いて音が、ひとつ鳴る。
その音は、喉仏が上下する動きを嫌でも想起させる音だった。
……ごくり。
抱いているカラピンチャの葉が、カサリと揺れた。
涙人は目を閉じたままでいる。冷たい汗が止まらない。
少しの間を置いて、ぶーんという音を涙人の耳が拾った。
それは昆虫の羽音に酷似していた。
が、違和感があった。
ばさり、ばさりと鳥類のような優雅な羽ばたきも重なるように聞こえてくるのだ。
音はゆっくりとこちらへ近づいてくる。
危機的状況であることを涙人だけが理解していた。
涙人は閉じた目をさらに強く閉じ、そして開いた。
諦念の表情を浮かべ、抱えていたカラピンチャの鉢を静かに足下に置いた。
その瞬間だった。
プラットフォーム下から羽音の主が三人の前にふわりと姿を現した。
それは、ドーベルマンぐらいの大きさだった。
背中に二対のハネがあった。
昆虫を思わせるキチン質で透過性のある翅。
蝙蝠のような伸びた指に皮膜を張った羽根。
四枚が不規則に羽ばたき滑空している。
鼠のような面長の顔には大きな豚の鼻が上向きに生えている。前頭部には長い触覚が二本。その下に大きな複眼が張り付いている。
口に当たる部分からは長い針のようなものがにゅっと伸びている。それとは別に顎の辺りに歯の並んだ口がぬらりと舌を出している。
背中は短い毛に覆われているにもかかわらず、腹部は昆虫特有の腹節がある。そこから長さも種類も違うの七本もの足が垂れている。さらには中腹あたりに異様に大きな人間男性の陰茎と陰嚢がぶら下がっていた。
異形。
それはまさしく異形そのものだった。
ホラー映画だったら最高の一場面になり得たのかも知れない。
でも、映画ではない。
目の前の出来事は、まぎれもない現実だった。
涙人は咄嗟に羽花の手首を握った。
床に伏せるように羽花を引き倒し、その上に自分が覆い被さる。
凱斗は涙人とは真逆に動いた。
異形に向かって一歩踏み出し、両腕を開いた。
それは二人を庇う為の行動だった。
羽音とともに異形が凱斗に迫る。
そして。
異形の口元から伸びた長い針が、間髪置かず凱斗の肩口に突き刺さった。
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