4.
異形の細長い口吻は涙人を突き抜け、羽花の左の鎖骨あたりに突き刺さっていた。
涙人は腕立て伏せの要領で腕を伸ばして身体を起こす。涙人の胸元から管を伝って鮮血がこぼれ落ち、羽花を赤く濡らした。それでも管は羽花に刺さったままだ。
顔を顰め、涙人は羽花と自分との間に禍々しく繋がるそれを左手で握った。折れてくれればと力を込めるが頑丈でびくともしない。
「大丈夫か!?」
突然、ホームに声が響いた。
男の声だった。だが涙人に返事をする余裕はない。
「……ちっ!」
男の舌打ちとほぼ同時に、異形が身体を震わせた。
男が放った針状の射出武器が異形の腹部に突き刺さったからだ。
痛みからか貫穿している異形の管が弛緩する。涙人はその期を逃さず左腕に力を込め、羽花から管をゆっくりと引き抜いた。管自体は涙人を貫いたままだが、とりあえず羽花だけは解放された形になる。
「に、げろ……」
涙人の言葉に羽花は首を横に振る。目に涙を溜めたまま動かない。
男が放ったもう一本の針が再び異形の土手っ腹を穿つ。身体を震わせる異形。
かなりのダメージだったのだろう。異形は涙人から管を抜いて飛び上がると、そのまま三宮方面のトンネルへと姿を消した。
引き抜かれた痛みに今度は涙人が身体を震わせる。苦悶の表情を浮かべ、胸元を押さえたまま仰向けの羽花の横に突っ伏する。
「え-、高速神戸駅において異音が認められたため車両点検を行いました。到着が遅れたことをお詫びいたします。まもなく阪急梅田行きの特急が参ります」
凄惨な状況とは裏腹に軽やかなアナウンスが流れる。
男が駆け寄ってくる。
涙人は痛みを堪えたまま身体を反転させた。
男と目が合う。
年は五十代半ばといったところか。白髪混じりで、丸眼鏡にスーツ姿のせいか上品な印象。かなりの長身で一九〇近くあるように見える。細身だが広い肩幅が男をより凛々しく見せていた。
「僕は……大丈夫です。それより……羽花を……」
状況から彼を味方だと判断した涙人は、絞るように声を出した。
「いや、どう見ても大丈夫とは……」
背面から貫通した傷は涙人の胸の中央部に風穴を開けている。見事なほどの致命傷だ。奇跡的に心臓をかわしているのか出血はさほどなく、涙人の意識も十分にある。
一方、傍に倒れている凱斗にも目をやる。右肩を貫かれた痛みと失血で完全に昏倒している。
「とりあえず移動するとしよう」
男はそう言うとスマートフォンを取り出した。
「……ミカ。俺だ。大至急タクシーを一台手配してくれ。場所は阪急花隈駅の西改札前だ」
簡潔にそれだけ告げると、男は倒れている凱斗の右肩をハンカチで素早く縛り、右腕一本でひょいと抱え上げた。
「大変長らくお待たせいたしました。阪急梅田行きの特急が参ります。白線の内側までお下がりください」
アナウンスとともに阪急特有の小豆色の車両が滑り込んでくる。遅延の影響もあってか乗客もまばらだった。それは男にとってはある意味では有り難かった。騒ぎになると何かと面倒が多い。
ベンチ横を見やると、涙人は羽花の手を取り立ち上がらせている。
涙人の胸部の傷はどういうわけか止血し、血が固まりはじめている。男はその姿を不思議そうに見つめた後、地上へと続く階段を駆け上がった。
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