2.

 したたかに殴られて凱斗は吹っ飛んだ。

「……そんなに妖気を撒き散らしてたら気付かれて当然だろ。トーシローが」

 男は言った。キノコのような髪型が目元を隠していて、不敵な笑みだけが闇に浮かぶ。

 凱斗はすぐに立ち上がり距離を詰めにかかった。自分を鼓舞し前に出る。臆する暇などない。腕でも足でも決めてしまえばチャンスはあるはずだ。

 だが男は凱斗よりも素早かった。ひらりひらりと凱斗の腕を躱し、掴ませてもらえない。

 タップダンスのようなステップで避けながら、

男は展示室を駆け抜ける。その先には光の庭、そしてハーメルンの笛がある。

 焦れば焦るほど凱斗は男を捉えられない。捉えて組まなければ、ミカに教わった関節技がまったく使えない。

「くっそおっ!」

 凱斗は組むことを諦め、手の中に炎を呼び出した。こいつを当てれば流石に足を止められるはずだ。

「馬鹿かお前! 周りは貴重な芸術品ばかりだぞ!」

 言われてカッと熱くなる。

 悔しいが男の言う通りだった。ここでの火球は厳禁だ。

 炎を消し、再び関節技に切り替える。

 だが男はすでに光の庭の前に立っていた。

「……なんだ、光の庭って外だったのかよ」

 ガラスに覆われたそのスペースには天井がなかった。建物の中央部分。光の庭は吹き抜け構造で、その名の通り実際に光が差し込むようになっていた。

「……だったら外から来ればよかったか。まあいい」

 男はガラスに向かって振りかぶる。

 その手の中にいつのまにか飛礫つぶてが握られていた。飛礫は鋳鉄で出来ていて、平たい円錐の形をしていた。表面に模様があって玩具のようにも見える。

 男はいくつものその鉄の塊をガラスに叩きつけた。

 派手な音を立ててガラスが砕け散る。

 同時にアラームが鳴った。

 光の庭に設置されたハーメルンの笛に男が近づく。

 凱斗は男の肩をようやく掴んだ。絶対に笛は渡せないと意気込む凱斗に、男はノールックでバックキックを浴びせた。

 重い蹴りが凱斗を再び吹っ飛ばし、割れたガラスの上に倒れ込む形になった。

 背中にも腕にも割れたガラスがグサグサと刺さり、一瞬で血塗ちまみれになる。凱斗の口からくぐもった声が漏れた。

「……動きが単調なんだよ、坊主」

 男はケースを叩き割り、笛に手を伸ばす。

「お、あったあった。……意外と小さいな」

 笛を懐にしまうと、今度はどこからともなく長い棒状のものを出してくる。

 金属パイプとバネで構成された見たことのないそれは、どうやら乗り物らしかった。

 パイプと垂直に交差するT字のハンドルを持ち、同じく垂直に付けられたフットレストに両足を乗せた。体重を掛けて、フットレストの下にあるバネを縮める。

 そして。

 バネの伸びる反動で、男は跳んだ。

 屋根のない光の庭から夜空に向かって飛び上がり、屋根で再びバウンドすると、そのままピョンピョンと水際広場のある西方面へと姿を消した。

 笛を奪われ、逃げられる。

 最悪の展開であり、チームの完敗だった。

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