4.
凱斗と羽花が一斉に涙人を見る。
涙人は呆然としたまま動けなくなってた。心臓がどくどくと速く脈打つのとは裏腹に、頭から血の気が引いていく。
「……え? 自覚ないの?」
穂積の発する声がまるで遠いところで響いているように感じる。
「……お前と同じで『先祖返り』ってやつかも知れんな」
針谷の声も遠くからぼんやりとしか聞こえない。
正直、思い当たる節はあった。
ずっとあった。子供の頃からずっと。
ただ、その違和感は涙人にとって恐怖そのものだった。
少し髪色が違うだけで、顔にほんの小さなアザがあるだけで、いじめられた記憶。
人と違うこと。
イコール悪いこと。
その概念は涙人の心の奥底にべったりとこびりついている。
不意に、中学の頃の五〇メートル走の記憶が蘇る。
普通であり続けるためには早すぎても遅すぎてもいけなかった。平均より少し遅いぐらいのタイムを狙って調整する必要があった。周囲を見ながら八秒三でゴールを駆け抜けた。それは涙人にとって丁度いいタイムだった。少し鈍臭いぐらいが誰にも絡まれることなく無難に過ごせることを涙人は体感として理解していた。
ただ、一度だけ本気で走ってみたことがあった。
放課後の誰もいなくなったグラウンド。
夕日が涙人の影を長く映していた。
一人でクラウチングスタートのポーズをとる。
三、二、一。
心の中でカウントダウンし、全力で地面を蹴った。
瞬間、視界が変わった。
景色が吹き飛んでいく感覚。それはある種の快楽でもあった。
駆け抜けたタイムは――四秒を切っていた。
呼吸もほとんど乱れていない。汗もかいていない。
その現実に、涙人は震えた。
達成感も爽快感も微塵もなかった。走っていた時の高揚感も霧散し、ただただ恐怖に震えていた。自分が普通ではないのかもしれない、という恐怖に。
隠さなきゃ、と強く思ったことを今でも覚えている。
ただでさえはみ出すことで迫害されている。これ以上はみ出すわけにはいかない。
涙斗はそうやって人と違う自分を封印することで今日までなんとかやってきたのだ。
「僕が……妖魅……」
俯いたまま、涙人は自分の手をじっと見つめる。
僕が妖魅だなんて、そんなはずないじゃないか。
ほら、手も指も腕も、他のみんなと一緒じゃないか。
同じだろ? 普通だろ? はみ出していないだろ?
「……離宮くん、だっけ?」
穂積が涙人の肩に触れる。
触れられた涙人は肩をびくんと震わせる。
「そんなに怯えてなくてもいいよ。……ここは普通じゃない奴等が集まってくる場所なの。どんなに君が変わっていても……だれも笑わないから」
穂積の言葉には、言いようのない重みがあった。
涙人の中で胸の奥の硬いものに亀裂が入ったような、不思議な感触があった。
視界が揺らぐ。
ぼやけた景色の中、制服のズボンに濡れた染みがいくつも広がるのを見ながら、涙人は自分が泣いていることをようやく理解した。
「……妖魅同士は惹かれあう、か」
針谷がそう呟いた。
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