4.

「じゃあまずは……妖魅の基本から説明するかな」

 どうやったら凱斗みたいになれますかと羽花に問われ、針谷はそう答えた。

「そういうのは別にいいんです! 私は早く」

「まあ慌てなさんなって」

 羽花の言葉を遮り、針谷は正面の席に腰を下ろす。

 そして言った。

「愚者は経験に学び、賢者は」

「……歴史に学ぶ」

 羽花が続きを埋める。初代ドイツ帝国宰相オットー・フィン・ビスマルクの有名な言葉だ。

「百年生きた古時計の与太話を聞いておくのも悪くないものさ。後々役に立つかもしれんぜ」

「……はい」

 反論を失い、羽花は渋々ながら頷いた。

「良い娘だ」

 さて、とひとつ咳払いをしてから針谷は語り始めた。


「まずは妖魅ついて。人の想いから生まれるというのは昨日話した通りさ。その特徴は概ね五つある」

 そう言って針谷は指を一本立ててみせる。

「一つめ、妖魅は年を取らない」

 羽花が、えっ、という顔をする。

「要は外見が変わらないってことだな。ばばあの妖魅はずっとばばあであり続けるし、赤子の妖魅はずっと赤子のままでいることになる」

「わ、私はどうなるんですか?」

 戸惑いをそのままに羽花は質問した。

「恐らく今の姿のまま、人間的な老化のレールからは外れることになるだろうな」

 針谷の言葉を複雑な思いで受け止める。若いままでいられることに対するちょっぴり嬉しい気持ちと、年を取らないことへのじわりとした怖さが羽花の中で混ざり合う。

 針谷はもう一本、指を立てた。

「二つめは、機械に対する透明だ。基本、妖魅はカメラに映らない。もちろん動画にもだ」

 再び羽花が、えっ、と声を上げる。それはこれから生きていく上でとても都合が悪い。

「ただ、意識をすれば映ることもできるんだ。今じゃ町中防犯カメラだらけだから街に出る時は気をつけた方がいいな。デパートなんかじゃ顔認証で体温まで測られちまうし」

 常にカメラを意識して過ごすなんて大変そう……と羽花の眉間に皺が寄る。

「そんなに難しい顔するなって。練習すれば簡単にできるようになるから」

 そう言われ少しだけ安堵するが、まだ二つなのに何とも心臓に悪いなと思ってしまう。

「三つめは、病気に罹らない、だ」

 これは昨日も言われたことだし、自身でも証明できている内容だった。あれだけの高熱が、骸露と融合しただけでけろりと治ってしまった。

「そして四つめは、死ぬと骸露が残る、だ。だから厳密に言えば妖魅は死なないってことになるな。骸露の形で生き残り、新たな依代よりしろが現れるまで眠りにつくってわけさ」

 新たな依代よりしろ、か。

 あの黒い羽根の骸露にとって自分がそうであればと羽花は思った。そしてすぐに訂正する。そんな願望のような軽いものじゃない。絶対に変わると決めたのだ。必ず依代になってみせると強く誓う。

「最後、五つめは再生だ。妖魅は手や足が千切れても、頭が吹っ飛んでも内臓を抉り出されても、時間さえあれば再生することができる」

 ああなるほど、と羽花は納得する。朝の様子だと凱斗の右肩の傷も治っていたようだし、涙人が心臓を貫かれても大丈夫だったのは、この妖魅の再生能力によるものだったのだ。

「以上が妖魅の基本的な特徴だ。ご質問は?」

「沢山ありすぎて今は何とも……」

 そりゃそうだな、と針谷は笑った。

「とりあえずは機械への映り方をレクチャーしよう。覚えないとコンビニのドアも開いてくれんからな。それから……」

 少し間を置いて針谷は言った。

「ある妖魅に会いに行ってもうつもりなんだ。君が凱斗くんのように覚醒する助けにきっとなるはずさ」

 羽花は目を輝かせた。


 

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