ミドーの海

かんな

 ミドーの朝は海猫の鳴き声で始まる。波のように寄せては返しを繰り返し、ミドーを微睡みから引きずり上げていった。

 潮風を呼び、海のざわめきを連れて海猫は鳴く。ミドーが住む灯台から南東にある、岸壁の上の草原に海猫たちの巣があった。彼らは朝と夕の光がおぼろげな時間に巣を飛び立ち、甲高い声を上げて風を掴む。そして波間に魚の影を見つけて飛びかかるのだ。

 寝ぼけ眼をこすりながら、大きな窓のカーテンを開けてミドーはその様子を見つめる。あくびを噛み殺して涙の滲んだ目にもはっきりとわかる、鳥山が仄明るい海の向こうに見えた。ミドーはじっくりとその様子を観察し、窓際に接した机の引き出しから新しい用紙を一枚抜き出す。日にちと天気を記入し、「本日の鳥山/朝」の欄に見た光景を書いた。頭は寝ぼけていても、習慣化した動きに手は素直であった。ぼんやりとした目はその内に覚醒し、読める字になっていることを確認して頷く。

 用紙をバインダーに挟んでミドーは着替えた。木綿の半袖シャツにジーンズ、そして黄色い雨靴である。バインダーを小脇に抱えて二階の寝室から一階へと階段を下りた。円筒状の壁に沿った階段は円を描いて一階へと続いている。その間の壁は全て作り付けの本棚や戸棚になっていた。狭い灯台を居住のための場所として使えるよう考えられたアイデアである。ミドーは道すがらマーマレードのジャム瓶と青色のマグカップを拾い上げていった。毎日こうして、日替わりで気に入った物を持って降りていく。昨日はミルクのジャムにガラスのゴブレットだった。

 カーテンの引かれた一階は暗い。しかし、窓越しに海猫の声が朝を告げている。ミドーは大きなテーブルに持ち物を置き、海に面した一番大きな窓のカーテンを開けた。

 途端、暗闇が一掃される。台所の蛇口の背から石積みの壁の隙間にいたるまで、全ての暗闇が昨日のものから今日のものへと塗り替わっていった。ミドーはそこで立ち尽くし、射し込む朝日に身をさらす。

 しばらくの後にテーブルに置いたバインダーを手にして、ミドーは灯台を出た。重い扉を開けると外の風はまだ冷たい。陸側を向いた玄関から海側へと周る。

 水平線に太陽が滲んでいた。雲の動きは速く、駆け足で夜の名残を拭い去っていく。ミドーの頬を潮風が打ち、時にたたらを踏んでしまいそうなほど強い風にあおられる。ミドーは灯台に背を預けるようにして座り込み、用紙の空欄を埋めはじめた。

「今朝は晴れ。風……東、強い……」

 呟きながらそこまで埋めると立ち上がり、灯台の南側にある百葉箱を開いて温度と湿度を調べて記入する。それから陸側へ周って天気と風を書きこみ、更に陸側へ入り込んだ所にあるまた別の百葉箱を開いて、同じように温度と湿度を記入する。昨日よりは暖かく湿度も高い。

 ミドーは一旦、灯台に戻って単眼鏡を掴み、海側へと回った。伸ばして沖を臨むと薄い大気の層の彼方に雲が見える。ともすれば風に飛ばされて散りそうな頼りなさではあるが、所々に暗い影があるのが気になった。ミドーは単眼鏡から目を離してしばらく考えた後、これも用紙へ記入することにする。

「東南東に雲……」

 再び単眼鏡を覗きこんで雲の動きを見つめ、また用紙へ戻った。

「……夕刻、雨の恐れあり、と」

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