7
ミドーが灯ろうの外へ出ると、生温い風が吹き寄せた。雨は上がり、空を埋め尽くす雲からはどす黒さが消えている。海猫たちは久しぶりの雨上がりを喜んでいるようで、その翼には風をいち早く掴まんとする力強さが漲っていた。柵を掴んでミドーは海を臨む。無数の海猫が海へ飛び出していく。比例して鳥山も多いように見えた。
ミドーは灯台を駆け下り、用紙をつかんで外へ出た。息を切らせながら扉を開けた途端、強風にさらされてたたらを踏む。湿り気の帯びた風は生温く、体感にも暑い。少し歩いただけで汗が滲んだ。
白波が立ち、鳥山がいつもの倍以上あった。空を仰ぐとまだ増えそうな勢いで海猫が飛び交っている。これほど騒がしい海をミドーは見たことがなく、首を傾げつつ観察記を書いた。薄曇り、風強し、鳥山多く、薔薇の一部に枯れ目立つ、磯の魚に異常なし──。
翌日は雲が更に薄くなり、時間によっては薄日も射し込んだ。ミドーは早起きをしてサンドイッチの弁当と水筒を抱え、海側に陣取る。ジャムとピーナッツバターのサンドイッチをくわえながら、単眼鏡を覗いた。
水平線の雲は既に小さくなりつつあり、晴れ間が見えている。陸側の雲もこの強風でいずれ消え去るだろう。一方で海は更に荒れ、吠え猛る波濤と波間へ殺到する海猫の声が辺りを席巻する。
「……ん?」
ミドーはサンドイッチを急いで口の中に入れ、単眼鏡の焦点を合わせた。一番遠くの鳥山の隣、暗い波間に更に暗い影が見える。初めは魚群と思われたが、焦点の合った単眼鏡にはそれが一個体の大きな影に映った。
「……なんだあれ」
単眼鏡を外して自身の目を細める。大きな影は悠然と波に身を任せ、積極的に動こうとはしていなかった。大きさからしてクジラか、はたまたダイオウイカかとミドーは見当をつけたが正体はわからなかった。
朝の定時連絡でミドーは昨日から続く異常を報告した。対応したのは犬猿の仲であるガラの悪い声だが、昨日からは神妙にミドーの言葉を聞いている。
『それで、他に何かあるか』
「それだけだよ。なあ、これ何なんだ。こんなの見たことない」
『こっちも初めてだよ』
溜め息交じりに声は応えて続けた。
『いつも以上に詳細な観察記を頼む。以上、定時連絡終わり』
「あ、おい」
一方的に会話を切られ、ミドーは釈然としない気持ちのまま窓を見た。晴れあがった空の下、吹き荒れる風に草花が舞い、そのいくつかが窓へと叩きつけられて落ちていく。
ざわめいているのは海だけではない。この灯台をとりまくものが日常から離れようとしている。ミドーは窓から顔を背け、小さく息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます