「……だとしても、俺の仕事は観察することか……」

 そう呟いてしばらく椅子へ深く腰掛けた後、ミドーは席を立った。

 次の日、朝から突き抜けるような青空が広がり、蒸していた空気が解放されていく。陽光が大地を刺し、濃くなる片影を踏んでミドーは海を臨んだ。

 空は好天、海は変わらず荒れている。鳥山は昨日に比べて減ってはいるものの、やはり多い。風は灯台の西より追い風のように吹き、枯れた薔薇は跡形もなく散っていた。

 単眼鏡を覗き、昨日、大きな影を見つけた辺りを探る。海面に陽光が反射して見づらく、ミドーは何度か目をこすりながら周辺を探した。そしてそれは一度見つけるとすぐに、辺りの風景から浮かび上がるようにしてその存在を訴えかけてくるのだった。

「……増えてる」

 大きな魚影は三つに増え、灯台との距離を縮めていた。また、よく見れば遠くの波間にも似たような影が複数見える。ミドーは単眼鏡を下ろし、手元のバインダーに視線を下ろす。風で用紙がはためくのを押さえながら、ペンを走らせた。

──巨大な魚影、三つに増加。遠方にも同様の影が複数。なお、先述の三つの魚影については灯台へ接近しているものと思われる。

「……要観察。十二時の最終報告待ち」

 ペンを握ったまま、ミドーは動きを止める。バインダーから上げた顔を強い潮風が打ち据えた。目を細めて足を踏み出すと、日差しが肌を焼く。ミドーは目の上に手を掲げて影を作り、海を見つめる。

 海猫が鳴いている。海が轟き、風が響く。




 薄暗く、無機質な空間に女性の声が響き渡った。

「──…偵察部隊より報告。敵勢力を確認、五機編成、六部隊で展開。こちらへ進行中」

 次に男性の声が響く。

「観察記照会。日時、距離、数、誤差許容範囲内と認定。位置の誤差修正」

「修正了解。偵察部隊、帰投します」

「帰投後ただちに迎撃部隊を編制。現時刻をもってプランD始動」

「これより全艦を第一種戦闘配備へと移行。非戦闘員の避難及び非戦闘区画の閉鎖。戦闘員はただちに所定の位置へ出動せよ。パイロットは出撃準備、命令あるまで待機」

 薄暗い空間に赤い光が満たされる。前面に展開する巨大な画面に『第一種戦闘配備』のサインが点滅し、それが消えるとあらゆる情報が展開される。敵と味方の位置を示した地図、座標、偵察部隊の状況、太陽風、各惑星の状況──流れゆく情報を精査しつつコンソールに向かう面々が画面下で扇形に展開し、それらを一階上の司令席から女が見つめていた。襟の階級章は二つの星を青い罫線で挟み、これは中将を意味する。そしてこの場において中将は艦隊の司令を務め、名をマツリと言った。青を基調とした簡素な制服に身を包み、制帽は目の前のコンソールに置いてある。黒髪を後頭部で一つにまとめ、皺の薄い顔立ちは妙齢にも壮年にも見えた。

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