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隣に立つ年若い司令補の男が告げる。
「司令、偵察部隊から追加報告です。敵少数部隊の二〇〇キロ後方に敵艦と見られる艦影ありとのこと。迷彩で姿を隠して停船中、確認出来る艦影は一。観察記の通りなら恐らく更に後方で敵艦が待機していると思われます」
マツリは腕組みをし、乗り出していた身を元へ戻した。
「タチバナ、どこまで信頼出来る?」
女性にしては低い声で尋ねられ、タチバナと呼ばれた司令補は目を丸くした。
「申し訳ありません。質問の意図を図りかねます」
「敵少数部隊の位置に誤差。……前には部隊の数にあったな。どちらも許容範囲内のものだが。しかし、このところ多すぎる。その観察記を本当に信頼していいものかと私は思っている。お前の意見を聞きたい」
タチバナは腰の後ろで手を組み、考えた後に口を開いた。
「私は信頼に足るものと思っております。無論、調整が必要な時期が来ている可能性も考慮に入れるべきとは思いますが」
マツリは薄く笑って、反対側に控える白衣の男を見る。
「タキ、医局長としての見解は?」
長身の男は眼鏡を押し上げ、ぶっきらぼうな声で答えた。
「司令補の指摘ももっともですな」
持っていた端末を見ながらタキは続ける。
「最近はルーチンから外れた行動が多く、他への興味が増しているようです。ボトルシップ、灯ろう……あとは海の向こうですか。本来は灯台とその周辺にのみ興味が向けられるはずですが、これらが誤差の要因とも考えられます」
マツリは戦況を映す巨大な画面へ視線を転じた。
「我らの献身が足りないかな?」
からかうような声に、タキの後ろに控えていた白衣の女性が「そんな」と声を上げた。タキが素早く手で制したものの、マツリは逃さずその声を拾う。
「なに、嫌味のつもりで言ったのだ。非難なら受け付ける。だがな、私たちの思い出も無限ではないのだ」
マツリは深い息を吐いた。
「過去の御仁はよりによって夏を選んだ。その理由はわかる。だが、夏は短い。思い出は濃縮され、より輝きを増す……だからなのだろうが」
苦い笑いを浮かべた後、マツリは表情を納めてタキを振り返った。
「無駄話をした。調整が必要なら戦闘後、実施を許可する。人員の補充、策定などは医局長へ一任、司令補はその補佐にあたれ。調整実施の際は司令補も立ち会い、状況を報告。この件に関しては以上。質問は?」
敬礼を返答とし、マツリは「よろしい」と頷く。そして先刻声を上げた女性へ顔を向けた。
「新人には気弱な所を見せてしまったな。誰にも言うなよ」
女性は慌てて、やり慣れない敬礼をした。
司令所を出たタキは後ろを歩く新人を振り返った。
「ホシノぉ、黙ってろって言っただろ」
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