10
司令の前では被っていた猫が外れ、ガラの悪さが滲み出る。ホシノは身を小さくした。
「重ね重ね申し訳ありませんとしか……」
ホシノは入局して四年目となり、この旗艦へ配属されたのが二週間前、多忙の合間を縫ってようやく司令との顔合わせを行ったのが先刻であった。挨拶だけのため余計な口を挟むな、とタキから再三注意されていたことをホシノは思い出す。
タキは不満そうな顔を隠さずに舌打ちした。
「戦闘中で良かったよ。でなけりゃ、問い詰められてお前なんかすぐに潰されて捨てられるからな」
「そんな! あんまりです!」
「それならもうちょい俺の顔を立てて、黙る努力をしてくれや」
ホシノはそれも承服しかねるという顔で口をむずむずさせた。タキは溜め息をついて「何か?」と促す。ホシノは堰を切ったように話しだした。
「だって、あんな嫌味を言うことないじゃないですか。それは確かに……司令の言う通りではありますけど……彼だって故意に行ったわけではないんです。不慮の事故の結果、得た奇跡に私たちは縋ってここまで生き延びてきたんですから」
奇跡ねえ、と呟いてタキは足を止めた。医局に戻る通路の途中、丁度外の様子が見える。
真空の暗闇に億年、万年も彼方の輝きが無数に広がる。それらは生まれ出ずる光でも、死にゆく光でもあり、数多の煌めきに抱かれて浮かぶ青い星を地球と呼んだ。
かつて人類が繁栄を極めた惑星であり、今は戻れぬ故郷となってから二百二十年経つ。
「……あんなに綺麗なのになあ……」
「好き勝手した結果だろ。まあ駄目押しもあったか」
ホシノは睨み付ける。
「駄目押しって」
「駄目押しだろう。当時の人類が崖っぷちに進んで歩いていった、底抜けの馬鹿だったのも要因だがな」
タキは息を吐いて続ける。
「環境が、病が、食糧が、ずっと警鐘を鳴らしていた奴はいた。ただその音が響かない連中が大半で、迷惑なことにそいつらが国を動かす立場にいた。当時の人類にゃ同情するが、時間はあっただろっていうのが今の人類の見解だ。結果、地球から人間は見限られた、と俺は表現したい」
「嫌味に詩的ですね……」
ふふん、とタキは鼻で笑った。
「そこへ来てあいつの襲来だ」
「と、う、ら、い! 襲ってなんかいません!」
「隕石と一緒にぶっこんで来といて、そんな穏やかなもんかよ。日本の半分が消えた。これには心から同情するね」
ホシノは黙り込むしかなかった。
タキが言うところの「崖っぷち」に人類がいた頃、極東の国へ隕石が落ちた。隕石の接近は予測されていたことで、各国共同で迎撃、細かく砕いて大気圏で消滅させるつもりが失敗、砕き損ねた一番大きな塊が燃え尽きることなく落ちたのが、日本だった。
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