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「そりゃ、うさんくさいさ。寝ていることが宇宙の観測で、それが未来に起こることだってお前ね。奇跡にでも縋らなきゃ生きていけない状況でなければ、気でも狂ったと思われる。状況が現象を許したんだ、根拠もなく」

「でも、それがわかって調べた結果を見れば、まあ、起こり得るだろうって雰囲気になりませんか?」

「俺はそれがうさんくさいって言ってるの」

 御堂進の奇異な力が判明して後、詳細な検査が行われた。結果、彼の肉体は人間を模してはいるが人間ではなく、眠る彼自身が本当に「人間の御堂進」かも怪しい──故に、この力があるという逆説的な証明が成された。常時には訴求されるべき曖昧な部分を、「人間ではない御堂進」と人類の危機的状況が許したのである。

 未来の宇宙の状態がわかる。ようやく、人類は攻勢への一手を掴んだ。

「あんなわけのわからない力を、わからない技術で使ってよく気持ち悪くならないな」

 タキとホシノはエレベーターで階上に上がり、通路を進む。

「私は夢があるなあと思っていましたけど……」

「そりゃ、絶滅の一歩手前じゃ夢も見たくなるけどなあ……」

「そういうことじゃなくてですね」

 いくつかの角を折れ、階段を降り、通路を進む。そして艦の最奥、関係者以外の立ち入りを禁じる扉のパネルにタキは手の平を押し付ける。次いでカメラで虹彩の認証、声紋での照合を行い、扉は重々しく開いた。

 通路より照明を落とした中にも短い通路が伸び、奥にある扉も表と同様に開いて進む。中は薄暗い小さな部屋で、奥に扉と時計、右手にはコンソールと壁一面の窓がある。二人はコンソールの前に並び、薄明るい窓の向こうを臨んだ。タキがわけのわからないと称する技術の粋がそこにある。

 御堂進は宇宙を海ととらえて観測していた。ならば海がより鮮やかに輝きの増す季節で観測を行えれば精度も上がるのではないか、と先人たちはごく単純に考えたのである。そうして選ばれたのが夏という季節だった。

 他方、夢の中で数日先の宇宙を観測する為には勿論、御堂進は眠っていなければならない。彼の意識を夢に固定するアンカーとして採用されたのが、人の記憶である。

 必要なのは夏と人の記憶──先人たちは人間から夏の記憶をかき集め、御堂進とリンクさせた。それをアンカーとし、御堂進に夏の日々を繰り返してもらう。

 ホシノは司令の言葉を思い出す。彼女は「夏は短い」と言った。アンカーとして利用された記憶は時間と共に摩耗していく傾向があった。つまり、記憶が薄れていくのである。早くて一年、長くても五年で一つの記憶は食い潰されていった。そしてまた、次の記憶を差し出す日がやってくる。ホシノも艦に配属された時、幼い頃の記憶を一つ提供した。

 継ぎ接ぎの短い幻視の夏に御堂進を捉えて、観測を続けてもらう──それが『ミドーの海』と呼ばれる時象観測機だった。

 壁一面の窓の向こうにはなお暗く、限られた光が足下を照らす部屋がある。その中心に人一人が入れるカプセルがあった。上半分の蓋はガラス製で、わずかに頭側を持ち上げてこちらを向いている。

 その中で、十四歳の御堂進が眠っていた。

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