13

 窓に映し出される御堂進の生体情報を目で追い、ホシノはタキを振り返る。

「異常ありません。身体に何かがあったというわけではなさそうです」

「じゃあ頭ん中かね……二百二十も年上のおじいちゃんの頭なんか知らねえよ……」

 コンソール前の椅子に座り、過去とここ数日のデータを照らし合わせながら、タキはぼやいた。隣でホシノはアンカーに利用されている記憶の状態を調べる。

「アンカーに変化はあまりないですね……香水も剣もまだありますし。現在、一番古いのはペアリングの片割れですが、そちらも異常ありません。……ああ、でも」

 手に持った端末からホシノは顔を上げた。

「そういえば、こないだ林檎飴が欲しいって言っていました。そんなアンカー入れましたっけ」

 ホシノを見上げていたタキはコンソールに視線を戻して舌打ちをする。

「じゃあ、それもイレギュラーだな。ボトルシップ、灯ろうに並ぶ……」

 言いかけて、タキは「いや」と呟いた。

「……もしかしたら、違うんじゃねえか」

「違うとは?」

「イレギュラーじゃない。こいつらが御堂進の本当の夏の記憶だとしたら」

 ホシノは息を飲んだ。タキの背中に冷や汗が浮かぶ。

「人間の方の御堂進が目覚めるかもしれない」

「それは、でも……待ってください、灯台があります。一番大きくて古い……その、ポインターが……」

 言いよどんだホシノは御堂進のカプセルの隣にある、大人が抱えて持ち運びできる大きさの円筒形の金属容器を見つめた。表面で点灯する緑色のランプが正常に稼働していることを示している。

 タキも同様に見つめ、息を吐いた。

「悪趣味」

 言いながら、タキは眉をひそめた。

 『ミドーの海』を保つ夏の記憶は全て借り物、あるいは観測に際して必要な作り物である。作り物は御堂進の脳の容量を食うために数を増やすことが出来ず、借り物については頻繁な入れ替えが行われる。御堂進がミドーとして過ごす拠点は、そのどちらにもよらない物で用意する必要があった。そこで先人たちが選んだのは、生体脳である。

 灯台の強力なイメージを植え付けた生体脳を、御堂進と繋げる。拠点として灯台が夢の中に構築されるだけでなく、ミドーは灯台を基点にした観測を行うようになり、観測の精度は飛躍的に上がった。

 灯台やその生体脳はポインターと呼ばれ、二百二十年、何度か交換をしながらミドーに基点を提供し続けている──初めは他人の生体脳を、次第に御堂進の細胞から培養したクローンの脳を利用しながら。

「……灯台の記憶は植え付けられたものだ。しかもパーツを交換しながらコピーを繰り返している内に、劣化している可能性がある。絶対とは言い切れない」

 タキは背もたれに体重を預け、腕を組んだ。

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