気の早い雨に降られる前に、と駆け足で北の崖の風見鶏の下へ行く。強い風にあおられて朝よりも活きがよく、その大きさのせいで近くには寄れない。だが、ミドーが用のあるのは風見鶏のすぐ傍にあるポストであった。小さな赤いポストが立ち、観察記は前日の夜から翌日の昼までをまとめて封筒に入れ、このポストへ入れる。そうすると回収人が来て集めることになっていた。それはどんな天気の時も必ずであり、ミドーも必ず観察記を提出している。これまで休んだことは一度もない。

 灯台へ戻り、ミドーが一息ついていると、窓を小さな音が駆け足で叩いていく。

「ああ、降りやがった」

 薄明るい午後、窓を濡らす小さな円がいくつも広がっては落ちていく。それを繰り返していく内に辺りは暗くなり、やがて灯台は雨に包まれた。




 翌朝、雨は続いた。海猫の声も聞こえづらく、ミドーはいつもよりやや遅くに目を覚ます。この日はキウイのジャム瓶とクリーム色のゴブレットを手に降りた。傘をさして朝の仕事を終え、灯台へ戻る。いつもより涼しく感じたミドーは派手なくしゃみを続けざまに繰り出した。晴れている時よりも簡素な観察記に溜め息をぶつける。窓の外は暗く、厚い雲の動きは鈍い。

 翌日も雨が降り続いた。先日より身軽な雨は風に舞い、ミドーは黄色のレインコートを渋々取り出す。長靴と合わせてひよこのように見えるために、出来るだけ使いたくない道具だった。そして使ったところで、霧雨はレインコートの中に入り込んでくる。湿った用紙を丸めてポケットに入れ、ミドーはじっと海の彼方を見つめた。雲は厚いまま、風は冷たく昨日より強く陸側へ吹き付けてくる。白波が立ち、果敢な海猫が空で風をつかもうとしていた。薔薇は薄暗い色で咲き、磯の魚たちだけは変わらず元気に泳いでいる。ミドーは顔に垂れてくる雫を拭い、風に翻弄される風見鶏を見上げた。軋む金属が波音に負けて悲しげに響いている。

 ミドーは灯台へ戻り、すぐさま湯船に湯を張った。冷えた体が爪先から温まっていく。風呂から上がって温かな蜂蜜紅茶を入れ、飲みながら外の様子を観察記へと落とし込んでいった。

 そして翌日も雨だった。

「……暗い!!」

 目覚めて一番、ミドーは叫ぶ。灰色の風景に悪態をつき、足音荒く降りながらも、忘れずに肉みその瓶と益子焼の湯呑を掴んでいく。テーブルにそれらを置いて、窓の前で仁王立ちになった。ミドーが睨んだからといって雨が怖気づくわけではない。

 ミドーは壁の本棚へ向かい、物に隠れて見えなくなっていた引き出しを掘り当てる。長いこと開けていなかった引き出しを動かすと埃が舞い、手であおぎながら折り畳んだ紙を取り出した。テーブルの上で開いたそれは大判の灯台の構造図であり、ミドーは二階から灯台上部の灯ろうへ続く階段を見つけ出す。

 朝の仕事と朝食を駆け足で済ませ、工具箱とモップを手に自室の本棚横の壁に向かった。一見、ただの壁だが、向かって右に引き手のような金属の輪がはまっている。引くと思いの外簡単に隠れた扉は動いた。扉の向こうは薄暗いものの歩けないほどではなく、階段が円を描きながら上へ向かっている。ミドーは唾を飲みこんで足を踏み入れた。

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