8※
オットーから依頼があったその日。
翌日の臨時巡回の準備等で帰宅が遅くなったが、エリックは夕食を作って待っていた。待たせてしまったことに、申し訳ない気持ちになる。
しかし、うまく謝罪の言葉が浮かばない。いろいろと考えたら末、出た言葉は明日の話だった。
こちらの話はいつしようかと考えていたから、つい食事中に出てしまったが、言ってしまったからには戻せない。
「明日は帰宅が深夜になるか、場合によっては騎士団に泊まることになる。明日の夕食はいらないからゆっくりしてくれ」
「は、はい」
急に話しかけたからか大きくエリックの肩が揺れた。
その後はそわそわしていたが、やはりたまには休みが欲しかったのだろうか。
契約してから休みという休みを与えていないことに気付く。とりあえず明日は休んでもらおう。ゆっくり休めると良いと思う。美味しい食事が取れないのは残念だけれど。
翌日、いつものように朝食を取り、いつものように出勤する。
この日も朝からオットーに付きまとわれていた。
「テオ!お前、昨日家に帰ったんだってな!珍しくないか?あの時間なら、いつもなら泊まるだろう?」
「…食事を作ってもらっている従者がいるんだ。昨日は連絡していなかったから帰ったんだよ。もったいないだろう」
言いたくはなかったが、いつかは気付かれるだろう。正直に話すことは少し躊躇ったが、こいつには誤魔化しても結局吐かされるのだから、いつ話しても結果は一緒だ。諦めて従者の話をする。
「あ?あの噂になってた…奴隷を買ったってのは本当だったのか?てか、食事?は?ちょっと、そんな面白そうなこと何で早く話してくれなかったんだよ!」
「お前はしばらく辺境地の警護に行ってたし、別に何でもお前に話さないといけないことはないだろう」
「ふぅん…。ちなみに従者は一人か?食事ってことは、女か?」
「…一人で、残念ながら男だ」
顎に手を当てて何やら考えている。また何か良くないことを考えているなと思うが放っておく。あまりつついて墓穴は掘りたくない。
女か、と問われた時に多少動揺してしまったことに気付かれていないと良いのだが。
「しかし、また朝から何だ?今日の午後から巡回には行く予定だぞ」
「あ、そーだった。合同棟を案内してくれよ。他の奴でも良いけど、演習時間だろ?サボれるのはお前しかいないからさ」
「俺もサボるつもりはないぞ」
「ははっ、何言ってんだよ!午後から巡回なら午前は書類仕事するんだろう?お前の予定は知ってんだから、つべこべ言わず案内しろよっ」
ばんばんと背中を叩かれて少し痛い。副団長が演習をサボるのは問題だが、こいつに限ってはいつものことだ。俺の予定も知られているなら演習を理由には断れない。
仕方なく、こいつが飽きるまで合同棟の案内をすることになった。
まさか、そこで家で休んでいるはずの人物を見かけるとは思わずに。
**********
予定通り午後から街へ巡回に出かける。
しかし、昼前に見た光景が頭を駆け巡る。
あれは間違いなくうちの従者だ。初めてきちんと顔を見たこともさながら、驚いたのはその服装。まさかの魔法団の制服。いや、あの場所で出会ったのだから、騎士団か魔法団所属かしかあり得ないのだが。
(魔法団?そんなまさか…何で奴隷に?もしや似ている姉妹?隣にいたあの男は?いやいやいやいや…。はっ、巡回に集中しなければ)
どこまでも真面目な騎士団長である。
久々の巡回になるが、街はいつもと変わらず平和だった。
「テオドール久々じゃない。あんたのとこの従者は良い子ねぇ。こないだも『栄養バランスを…』ってぶつぶつ言いながら野菜を買っていったわよ」
「テオ、街に出ているなんて久々だな。エリックに良い燻製肉が出来たから店に寄ってくれと言っといてくれ」
野菜を販売しているおかみさん、肉屋のおやじから声をかけられるが、どちらもエリック関連である。
「家に帰ったら伝えておくよ」
自分が買い物に来ていた時とは大違いの二人の態度に苦笑しながら答える。思っていた以上に仕事を一生懸命やってくれているらしい。有難いことだ。
お気に入りの従者が街の人にも気に入られていることに気を良くし、昼前のことは忘れて仕事に没頭する。
オットーの予感が当たっていた情報を入手して、その日の仕事を終えることとなった。
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