騎士団長は少年?少女!を救いたい

海嶺

「その少年は俺が買おう」


 その日、私は聖騎士団長に買われた。


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 私の名前はエリカ。魔法騎士団の一員である。とはいえ、まだ入団して2年目の下っ端だ。


 大きな帝国と隣接しているこのクルシュツ王国では自国の防衛として、物理能力に特化した聖騎士団―通称、騎士団―と、魔法能力に特化した魔法騎士団―通称、魔法団―の2つの騎士団がある。

 騎士団と魔法団共に、この国の人々にとって憧れの職業だ。この国では誰しも魔法が使えるが能力には個人差がある。

 魔力が多く魔法が得意な者は魔法団を目指し、不得意な者は騎士団を目指すのが一般的だ。

 お互い、戦争の時には協力するが、正反対の性質を持つ部隊のため、とてつもなく仲が悪い。

 それぞれがプライドを持って仕事をしているため、お互いのライバル心は国にとってはとても良い働きをしているが、内部で働いている身としては二つの関係は何とも口にし難い。

 私個人の意見としては、それぞれが得意なことできちんと国を守れているならそれで良いと思っている。だから、魔法団に所属しているが、騎士団に特別嫌悪感はない。

 ただ、周りは騎士団を嫌がる傾向ではある。これは、もう仕方がないことだと諦めている。


 しかし、何故…私は騎士団の、しかもトップに!買われてしまったのか…。不運としか言いようがない。


 その日の私の仕事は犯罪奴隷の潜入捜査であった。


 犯罪奴隷とは、盗みや詐欺といった軽犯罪や殺人といった重犯罪まで、罪を犯した罪人を奴隷として働かせ、罪を償う制度である。

 もちろん犯罪の重さによって、奴隷として働く年数や働かせる内容は変わってくる。

 その奴隷制度を利用して臓器売買をしているとの情報を入手したため、真偽を確かめようと潜入捜査をすることとなったのである。

 魔法で姿形を変えて軽犯罪奴隷として紛れ込み、怪しい奴隷商や販売先を見つけたら調査する予定となっていた。


 さて、もう少し奴隷制度について詳しく話そう。


 重犯罪奴隷は国の管理となり、とても厳しい環境での労働を科される。それは鉱山の発掘であったり、新薬の実験台であったりといった、過酷で長期的な労働となる。それこそ一生をそこで過ごすことになる場合も珍しくはない。

 軽犯罪奴隷は家事手伝いや店番といった一般的な労働であり、数ヶ月~数年で終わるため、一般の人へ販売される。人を雇うよりもかなり安いため、忙しい時期だけの人員として買われることが多い。

 たまに貴族が、奴隷の中でも能力を有する者を従者や御者として購入し、そのまま雇うこともあるが、それは本人の資質次第である。

 そういった、奴隷本人の資質については基本的には自己申告である。良い待遇のところへ売られるように、自分をアピールするのである。

 だが、購入する側も鑑定魔法を使用して、能力を確認することが多いため、そのアピールが必要かどうかは実は分からない。


 奴隷の売買をする奴隷商については、登録制であり、きちんと管理されている。

 ただし、販売先については決まりがない。

 法律上では奴隷商は販売した奴隷と販売相手を管理することとなっている。当然ながら、販売相手の身分などは確認する。

 また、奴隷に対して不当な扱いは禁止されているため、定期的な検査や抜き打ち検査が行われる。その検査を行うのは騎士団である。


 そう、聖騎士団なのである。


 しかし今回、臓器売買の話が入ってきたのは何故か魔法団。

 さて、仲が悪い騎士団と魔法団が手を組もうとするか。


 答えは否。




 分かりきっていたことながら、騎士団には内緒で魔法団のみで解決に乗り出すこととなった。潜入捜査という荒業で。

 その捜査に抜擢されたのが、この私、エリカである。女性。




 女性なんですよ、私。


 女性の奴隷は手伝いとして売り出されるが、たいてい性欲の捌け口として買われることが多いため、万が一を考えて男性として紛れ込んだ。


 そうそう、何故私が抜擢されたのか。それは人の精神に関与する精神魔法である補助魔法が得意分野であるからだ。補助魔法は他に防御能力や身体強化などもあるのだが、私は特に精神系が得意である。姿形を誤魔化す今回のような状況にはもってこいの能力なのだ。

とはいえ、精神に関与するというのは禁忌の魔法に近い。実は魔力の消費が激しく、制限もあるため、普段の生活で使用する機会はほぼない。そう、魔法団に在籍することがない限りは、ほとんど使えない魔法である。


 そんなわけで、見た目と存在感が薄くなるような魔法を使用して、軽犯罪奴隷として紛れ込んだのだが、何をどう間違えたのか聖騎士団長に買われてしまった。

 というか、よく私を指名したなと感心する。周囲には顔を覚えられないように、影が薄くなるような魔法をかけたはずなのに。魔法団に所属する程度の魔力が無いと、見分けられないくらいの魔法だったはずなのに…。


「その少年は俺が買おう」

(へ?)


 テオドール聖騎士団長は私を指してそう言った。




「あ、あれ?こんな奴隷いたかな…まぁ売れるならいいか。お前、騎士団長に買われるなんて運が良いな!手続きに必要な書類を準備しますんで、ちょいとお待ちを」

「あぁ、頼む」


 私を買うと言った人の名前は、テオドール聖騎士団長。超がつく有名人である。

 能力次第の騎士団に、若くしてトップに上り詰めるほどの実力の持ち主。そして美丈夫と言われる見た目。まぁ、とにかくカッコイイのである。

 短く清潔感のある黒に近いような青色の髪と深い赤色の瞳。一般的な女性でも少し見上げるくらいの背丈と程よくついたしなやかな筋肉でありながらすらっとした姿といい、女性にモテそうな人である。

 いや、実際にとても、とても、とてもモテている。

 ただ、本人は騎士団の仕事が優先と言い、たくさんの女性からのお誘いはすべて断っていると聞いている。

 噂がどこまで本当かどうかは知らないが、団長にもなると忙しいのは間違いないだろう。下っ端の私でさえ、休みを自由にはなかなか取れないのだから。

 とにかく良い噂しか聞かない。騎士団長はそんな人である。


 そんなことを考えていたら、あれよあれよと言う間に買われてしまったいた。

 隠れていた魔法団の仲間も唖然としているが、相手が騎士団長のため私を助けることは出来ない。

 想定外の出来事に呆然としている間に手続きは終わったらしく、手足に縛られていた縄を外されたと思ったら、ひょいと肩に担がれた。


「え、あの…」

「家へ案内する」


 がっしりと捕まれているため、抵抗しても無駄だと思い諦めた。


(始末書かなぁ…)


 私は今からどうなるのだろう。

 とにかく、まずは魔法団にきちんと連絡をしようと決めたのであった。

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