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「ここだ」
騎士団長がそう言うと、肩から降ろしてもらえた。ようやく地面に足が着いた。
正面を向くと、ややこじんまりとした二階建ての一軒家の前に下ろされたらしい。
「あの…」
「名前は?」
「エリ…ック」
ここはどこで、何の仕事をするのか聞こうと思ったら名前を尋ねられてしまい、思わず本当の名を口に出すところだった。
「俺の名はテオドール。見たとおり聖騎士団に勤めている。仕事だが、お前には家事をしてもらいたい。ここには俺以外住んでいない。雇っているのは今はお前だけだ。よろしく、エリック」
見たとおり、というのは騎士団の制服を着用していたからだ。騎士団は濃紺の制服で、魔法団は緋色の制服である。
「へ?」
すっと手を出されたので、反射的に握ってしまい…握手をした。思ったより大きくてしっかりした手だなと思った。
…いや、何を考えているんだ私。というか、何と言った?
「家事…ですか?」
「この家は見たままの大きさで、部屋数はさほど多くない。俺は騎士団に所属しているから夜勤もあるし、毎日いつもいるわけではない。俺が家に居る時に料理さえ出してもらえれば他は何をしていても構わない。逃げることは出来ないが。それと、出来れば掃除と洗濯は頼みたいが、無理ならそこまでは望まない」
「え、あ、いや、その…」
「料理が出来るとアピールしていたが、もしかして出来ないのか?」
少しだけ低めの声で怪訝そうに言われてしまう。
「出来ます。掃除と洗濯も出来ます」
嘘はつかないことをモットーとしている私は少しムッとして、思わず即答してしまった。
「よし、それなら良い。他にも探してはみるが、当面は一人になるからすべてを完璧にやろうとしなくて良いからな。ただし、料理だけは頼む。期間は半年だったか…短いがよろしく頼むよ、エリック」
にこりと素敵な微笑みを浮かべてそんなことを言う。うん、かっこいいです。騎士然とした顔つきからの爽やかな笑みというギャップに女性はコロリといってしまうのだろうなと思ってしまった。それよりも聞きたいことがある。
「あの…」
「何だ?」
「何故、僕…だったのですか?」
「…女性よりは良い」
「そう、ですか…」
何やら渋い顔をしていたので、これは私が女性だとバレたら危険だ。変装の魔法は解かずに過ごすしかない。使い続けるとなると魔力の消費が激しいのが気になるが、とりあえず騎士団長に魔法は見破られていないようだから、ゆっくり考えよう。
「テオドール様、かしこまりました。僕なりに精一杯勤めさせていただきます」
「よろしく頼む。俺は今から騎士団に戻る」
こうして、二人の生活が始まった。
…って、ちっがーーーーーーう!!!
さて、ここで私について少し説明をしましょう。
私の正式な名はエリカ・ナイルズ、18歳。実はこの国で5つしかない公爵、ナイルズ公爵家の娘である。
ナイルズ公爵家は魔法能力が高い一家で、家族は父母兄私の四人である。
父は現宰相で母は結婚するまで魔法団に勤めていた。そして兄も現在、魔法団に勤めている。名はルーファス。
え?公爵家令嬢に家事が出来るのか?普通の令嬢は出来ないと思いますよ。私は、それはもう…しごかれましたからね、父に。
身分はあるし、魔法能力が高ければどんな仕事でも就けるのだが、魔法を使うための魔力は無尽蔵ではない。魔法に頼りすぎていた場合、魔力が尽きたら何に頼れば良いのか。それは己自身しかない。
己自身を磨き上げた結果、魔法能力の高いはずの父は何故か…宰相となっている。通常であれば、魔法団長か王家専属の魔術師となっていたはずなのに。それくらい魔法能力の高い父だが、好んで宰相となっている。自らの純粋な能力だけで出来る仕事が楽しいらしい。
そもそも貴族としての教養は公爵家として当然であったが、魔法団に入団すると報告をした時からサバイバル能力含めてありとあらゆる教養を学ばされた。
それは私の能力が攻撃魔法ではなく精神系の補助魔法だったから…いや、正確に言うと、攻撃魔法が使えないから余計に心配したのかもしれないが、とにかく…厳しかった。
(もう二度とやりたくないです!)
その教育のおかげで、いろいろと一人で出来るようになったが、その分…令嬢という身分を捨てた気がする。いや、投げ捨てざるを得なかった、が正しいかもしれない。一人でも生きていけると自信を持って言えるくらい逞しくなった。
(まあ、今の仕事に繋がっているから結果オーライなんだけどね)
ちなみに魔法能力についてだが、攻撃魔法は使えないので省略するが、補助魔法にはいくつか種類がある。私が得意とするのは精神魔法だが他にも防御に特化した防御魔法、能力底上げのサポート魔法、成長を促す促進魔法、眠りの睡眠魔法、癒しの治癒魔法などである。
魔法を使用するには制限がある。攻撃魔法については、魔法で人を殺めてはいけない。補助魔法については、一番制限がないのは防御魔法だが、その他はかなり制限がある。例えばサポート魔法は人間の能力以上の魔法は厳禁だ。肉体が耐えうるまでのサポートしか出来ない。治癒魔法は死んだ人を蘇らせることは出来ないし、促進魔法は生き物に使ってはいけない。寿命の長短を扱ってはいけないのだ。睡眠魔法は昏睡させてはいけない。
そして私の得意な精神魔法は、他人への使用は基本的に厳禁だ。精神干渉はとても危険で繊細な魔法なのである。であるからして、今、私自らにかけているのは髪の色、顔のパーツをぼやかすこと、の2点である。
それだけで何故少年に見えるのかって?服装は男性用、長い髪はウィッグの中へ入れて、化粧はしていない。顔はぼやかしているから性別の判別はつきにくいと思う。雰囲気もなるべく男性らしい仕草を意識している。身長は一般女性よりもやや低く、何といっても女性らしい体系をしていないこと…かもしれない。
精神魔法の重ね掛けは魔力消費が激しいが、私の魔力があれば3つ程度なら1日中でも可能だ。連日使用したことがないので多少は不安だが、何とかなると思っている。参考までに魔法団入団の最低魔力の場合、3つ使用すると数時間といったところか。それを考えるとかなり魔力があることがわかる。まさに今の仕事にはうってつけである。
(適任者なんだけど、悲しいわ…)
とはいえ、ぶつくさ文句を言っても始まらないので、まずは目の前のことから始めよう。
こうして、魔法団の潜入捜査と騎士団長の従者としての二重生活が始まった。
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