12

「あぁ…バレちゃったわよね」


 意識を失ってしまったのはおそらく慣れない防御魔法を使って、魔力が不安定になってしまったからだろう。

 そして無意識下では魔法は使えないので、変装は解けていたはずだ。


「でも、仕込んでた料理とお菓子がもったいないから、一度は行きたいわ。兄さんは…戻って来てないみたいだから、早速準備しよう」


 思い立ったら行動あるのみ。ささっと着替えて、ひとつの魔法陣を持って騎士団長の屋敷へ向かう。

 自宅から出る時に侍女にあれこれ言われたが、すぐに戻るからと言って出かけた。

 暗いけれど、この一ヶ月で慣れた道を進む。


 久々の屋敷はしんと静まりかえっていた。あんなことがあったのだ。騎士団長もまだ帰っていないのだろう。それを狙ってやって来たのもあるのだが。


「さてと…最後の料理を作りますか!」


 腕をまくり気合いを入れる。

 何も考えずにひたすら料理を作る。いつもより少しだけ豪華な料理。初めて食べてもらう料理と美味しそうに食べていた料理を作り終えて、持ってきた魔法陣を広げる。

 保存魔法の魔法陣だ。

 騎士団長が触れるまで、作りたての料理のまま保存が出来る。せっかく作ったのでやはり美味しいタイミングで食べてもらいたい。


(騙していた私の手料理を食べてもらえるかどうかは分からないけれど…)


 そう、彼を騙していたのだ。もしかしたら裏切られたと思っているかもしれない。魔法団との溝が更に深まってしまったかもしれない。


 悪意はないことを伝えたくて、手紙を書くことにする。

 これまでのことを思い返して、クスリと笑う。

 初めて会った時にまさか見つかるなんて。屋敷に連れてきてもらって自由に過ごさせてもらった。いつも優しく、気遣ってもらっていた。街の人達がとても信頼していること。すべて騎士団長の人柄だ。

 そして、騙していたことを謝罪する。

 魔法団に所属していること。魔法団の捜査だったこと。魔法で姿を変えていたこと。魔法が使えないと嘘をついたこと。

 それと期間がまだ途中なのに仕事を辞めること。

 最後に本当の名を書いて、そっと手紙を閉じる。


 ぽたりと手の上に滴が落ちる。いつの間にか泣いていたようだ。


 この一ヶ月、本当に楽しかった。驚くことはたくさんあった。大変なこともあった。それでも、とても充実していた。

 それは騎士団長が常に側に居てくれたから。優しく見守っていてくれたから。

 そんなことに、ようやく気付く。


(好きに…なっていたのかな…)


 ちりちりと痛む胸に手を当てて、この気持ちを考える。

 まだ、恋かどうかは判断がつかないけれど、騎士団長ともう会えないと思うときゅっと胸が締め付けられる。


(でも、もうおしまい)


 名残惜しいが帰らなければ。

 この家の鍵と共に気持ちを置いて。ただ、優しい思い出だけは胸に抱えて。

 そっと、屋敷を出る。涙は止まらない。


 とぼとぼと公爵家に向かって歩いていると、目の前にきらきらと魔法が輝いたかと思うと、兄が居た。


「兄さん…」

「…まだ体調は完全ではないだろう。ほら、帰るぞ」


 赤くなった瞳のことには触れず、そっと手を繋がれる。

 思わずきょとんとしたが、子供の頃に戻ったようだとくすくすと笑みがこぼれてしまう。よく二人で手を繋いで歩いていたことを思い出す。

 転移魔法で来たのだから、また転移魔法で帰れば早いのに、何も言わずに時間をくれる兄の優しさが嬉しい。

 静かに二人で夜道を歩いた。


 帰ったら執事と侍女に、公爵家の者が夜道を歩くんじゃありません!と二人して叱られたのは言うまでもない。

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