13※
事件の翌日。一睡も出来ないまま朝を迎えた。眠たいわけではないが、少し頭がぼんやりしている。
後処理で慌ただしかったのが、今は多少落ち着いたからだろう。
仮眠を取ってから、魔法団との話し合いに望もうと団長室へ戻る。
「お疲れさーん」
何故かオットーが居た。先ほどまで一緒に慌ただしくしていたはずなのだが。
「…すまん、少し休む。起こしてくれ」
「ほいほい」
ふう、と息を吐きソファに寝転ぶ。騎士団は夜勤があるためきちんとした仮眠室はあるのだが、寝具で休むと起きられないような気がして、団長室のソファで休むことにする。
思っていたより気が張っていたのか、疲れが体を重くした。
しかし、目を閉じると思い出すのは彼女の姿。慌ただしく動いていたが、頭の片隅で彼女がずっとちらちらと浮かんで消えていた。
(魔法団長の…妹…)
まさかの正体。魔法団の一員だろうとは思っていたが、公爵家の令嬢だなんて思い浮かぶはずがない。
(何で家事が出来るんだ…)
そこである。貴族の中の貴族である公爵家が令嬢に家事の教育するとは考えにくい。
比較的貴族に魔力が多い者が生まれやすいため、貴族かもしれないとは思った。しかし、家事全般をこなせる公爵家の令嬢なんて聞いたことがない。料理が出来るなんて尚更だ。
いくら考えても疲れた頭では何も思い付かないので、休むことに集中する。オットーが起こしに来たら魔法団との話し合いだ。魔法団長に会わないといけないと思うと少し憂鬱になった。
**********
魔法団とは団長と副団長のみでの話し合いとなった。お互いの情報を擦り合わせていく。
まだ裏がありそうな今回の事件だったが、奴隷商からではこれ以上は無理だろうとの判断で一度の話し合いで終了する。とはいえ、昼から開始してすでに夜になっている。長い話し合いだった。
「では」
話し合いは終わり退出しようとしたが『騎士団長殿、少し良いか?』と魔法団長に呼び止められる。
魔法団の副団長は退出させていたので、こちらもオットーを先に帰らせる。
何となく予想はついている。彼の妹のことだろう。
「何の話だ?」
「…分かっているとは思うが、妹の話だ。俺の判断でこんなことになってしまったのは申し訳なく思っている。妹は公爵家の令嬢らしからぬ行動が多く迷惑をかけたことも申し訳なく思う。…が、エリィはやらん!」
「は?」
「可愛い可愛いうちのエリィは返してもらうからな!契約期間まではやりたいと駄々をこねていたが、男女で同じ家に寝泊まりなんて俺が許さん!」
「………」
あまりの剣幕にこくりと頷くことしかできない。先ほどまでの切れ者な魔法団長の面影はなく、純粋に妹を大事にしている兄の姿になっている。いや、大事にしすぎではないだろうか。
しかしながら、言われてみれば…そう、男女で同じ家に住んでいたのだ。
今さらそう思うと顔が火照ってくる。
「!?」
俺のその反応を見て、魔法団長は目を大きく開いた後、ゆっくりと深呼吸を始めた。
そしてこんなことを言った。
「エリィに会いたい時は俺に連絡しろ。万が一にでも、直接、エリィと連絡を取ろうとしたら…許さん」
そう言って、部屋から消えた。
「な、何だったんだ…」
ぽつりと呟いてしまった。
この一部始終をオットーに見られており、あれこれと聞かれるのはすべてが丸く収まった後日の話。
**********
そんなことがあり、さすがに自宅でゆっくりしたいと、深夜になりながらも帰宅した。
しかし、しんとした家を見て、もう彼女は居ない、と残念な気持ちになる。
静かに鍵を開けると、ふわりと美味しそうな良い匂いが漂っている。
匂いに誘われるままに食堂へ辿り着くと、そこにはいくつもの料理が並べられていた。
今まで食べていた料理、新しく見かける料理。どれも彼女が作ったものだと分かる。ご丁寧に保存魔法まで使って、料理を美味しく食べ欲しいという作り手の気持ちが伝わる。
ふと、焼き菓子が入ったかごの下に手紙を見つける。
俺宛である。少し…インクが滲んでいた。彼女からの手紙だと気付き、すぐに開封する。
そこにはたくさんの感謝と謝罪の言葉。一緒に過ごした日々が楽しかったと。優しさに溢れた手紙だった。そして、最後に彼女の名前―エリカ・ナイルズ―と。
ちくりと痛む胸に気付かないフリをする。しかし、じわじわと広がるこの想いに気付かないフリはもう出来なかった。
早く手紙の返事をしなければと思ったが、手紙では伝えきれない。直接会って話がしたい。元気になった姿を確認したい。彼女の姿をもう一度見たい。
騎士団長になってからというもの、何故か女性が妙に近付いてくることが増えた。どんなに拒否をしても女性は減らなかった。実はそんな女性達に辟易していた日々だった。
ただ助けたいという思いだけで、少年に扮している女性を買ってしまった時には内心どうしようかと思った。
しかし、彼女は男性として振る舞っていたからであろうが、媚びることなく常に俺のことを考えてくれていたように思う。俺は女性だと知っていて、彼女はそのことを知らなかったことによる結果とも言えるが。
更には彼女が、まさか高貴な身分とは思っていなかったし、そんな身分であるにも関わらず家事が得意とか…。
そんな女性に惹かれずにいられるだろうか。
どうやって連絡を取ろうかと考えて、今日の魔法団長との会話を思い出した。さすがに今日は時間が遅すぎる。明日、魔法団長に会おう。そして、彼女に会わせてもらおう。
そう決心して、目の前の料理に手を伸ばした。
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