14※Mix

「おい、昨日の今日で早すぎないか?」

「すまない。だが、早い方が良いと思ったんだ。エリカさんに会わせて欲しい」


 翌日、魔法団長へ手紙魔法で事前に連絡をしてから部屋へ押し掛けていた。連絡をしたからか、律儀にも部屋で待っていてくれたようだ。

 騎士団長が魔法団棟へ行くのは初めてのことで、濃紺の制服を見て、すれ違う魔法団員全員が驚いた顔をしていた。

 しかし、そんな周囲に構ってはいられない。とにかく急いで魔法団長の部屋へ向かった。

 そして部屋の中へ入った途端に言われたのが冒頭の言葉である。


「頼む!今、会っておかないと後悔してしまいそうなんだ」

「お前が後悔するのなんか、俺にはどうでもいい!…が、エリィが…う…な…」

「すまん、聞き取れなかった。もう一度言ってくれ」

「言うか!…それよりも、魔法が使えるんだな。もらった手紙魔法を解析したが、魔法団に入れるんじゃないのか?何で隠してるんだ?」


 手紙魔法を使った時点でバレるだろうとは思ったが、まさかこの短時間で解析までしているとは思っていなかった。

 だてに団長の名は冠していないということか。


「…騎士団の方が向いているんだ」

「何があるんだか。まあ、そんなことはどうでもいい」


 そう言って、魔法団長は少し黙り込んだかと思うと、一気にまくし立ててきた。


「エリィだが…今日はかわいそうにうさぎさんになっているから、魔法団には出勤させていない。自宅で療養させている。昨晩から溜め息ばかりで、ちっともニコリとしないんだ!俺にはエリィの心までは治せない。今からお前が向かうと家には連絡しておいてやるが、エリィを更に泣かせたら容赦しないからな!」


 突っ込みたいところはたくさんあるが、会いに行っても良いらしい。


「恩に着る!ありがとう、魔法団長!」


 礼を言って、急いで部屋から出ようとしたが魔法団長の言葉に思わず足を止める。


「テオドール騎士団長!エリィに笑顔が戻らなかったら許さんからな。それと、俺には名がある。魔法団長魔法団長ばかり言うな!…ルーファスだ。敬称も不要だぞ」

「俺もテオドールで構わない。エリカさんを泣かすようなことはしないと誓う!」


 そしてバタバタと魔法団棟から去っていった。


「はあ…何であんなやつに大事なエリィを任せないといけないんだ…」


 そう言いながらも、何だかんだと騎士団長を信用している魔法団長であった。


**********

「ええ!?兄さん、どういうことなの?」


 兄から手紙が届いたのだが、内容は『テオドール騎士団長が今から行く』とだけ書いてあり、一体何でそんなことになったのかさっぱり分からなかった。

 手紙は二通届いていたので、家の者に私から連絡はしなくても大丈夫だろう。慌ただしく来客の準備をしている音が聞こえる。

 そんなことよりも、問題は今の自分の状態。

 昨晩泣き晴らした目はまだ真っ赤で少し腫れており、誰が見ても泣いた後と分かってしまう。

 そして、気持ちの問題。まだ会う準備が出来ていない。今、会ってもどうして良いのか分からない。


 昨日の今日でどうしてこんなことに?頭は混乱し続けている。

 部屋の中をウロウロしていたら、コンコンとノックの音が聞こえた。

 思わず『どうぞ』と言ってしまい、訪ねてきた人を見た時に、しまった!と思った。


 そこに立っていたのはテオドール騎士団長だった。


「エリカさん!」

「へ?あ、えーっと…その…あ…え…と……さんは付けなくて良いですよ、騎士団長殿。エリカ、と呼んでください」


 普段から『さん』を付けて呼ばれることはなく、違和感に思わず言ってしまったが、何だろう…とても恥ずかしい。


「…俺のことも名前で呼んでもらって構わない。エリカ、少し話をさせてもらえないだろうか」

「は、はい…テオドール…様」


 どことなくお互いぎこちない。部屋に招き入れてしまったので、ソファに座るよう案内する。

 いつの間にかお茶のセットが置かれていることに気付く。さすが公爵家の侍女達だ。会話の糸口に出来たらと思いお茶を入れることにする。

 その一挙一動をじっと見られている視線を感じ、ますます緊張してしまう。従者の時はあんなに自然に出来ていたのに。


 カチャリと小さく茶器の音が鳴るだけで、部屋は静かだ。会話のきっかけが見つからないまま、心臓の音だけがやけに早く、大きくなっていく気がした。彼に聞こえないだろうか?

 口火を切ったのは彼からだった。


「その…料理と手紙、ありがとう。謝罪があったが、俺はちっとも気にしていない。騙されたとは思っていないし、怒っていない。むしろ、君が来てくれて…俺の方が感謝している」

「…」

「それに…俺の方が謝らなければならないんだ」

「な、何をですか?テオドール様から謝っていただくようなことはありません。私がエリックとして貴方をずっと騙していたんです。ずっと…」

「いや!違う…違うんだ!」


 少し大きな声で私の言葉を遮って、彼は話を続ける。


「騙していたのは俺の方なんだ。君が…女性だということは最初から知っていたんだ」

「え?」


 最初から?最初からっていつから?どういうことかしら?全く理解出来ないままだが、彼の話は続く。


「姿を変えてまでして奴隷になるなんて、何か理由があると思ったんだ。君を助けたくて…俺はあの時、買ったんだ」

「うそ…」


 初めから。初めの出会いから全て、バレていた!分かっていて…それでもなお、あの優しさをずっと?


「さすがに魔法団員だとは思っていなかったが、よく考えれば納得だ。あれほどの魔法が使えるんだから…もっと早く気付けば良かった」

「あ、あの…何故、テオドール様は私が女性だと…見えていたのですか?」

「…俺も魔法が使えるんだよ。ただ、残念なことに防御魔法しか使えないんだ。だから騎士団に入団した」

「!」


 まさか!私の魔法を見破れる力を持っていながら、魔法団ではなく騎士団に入団しているなんて誰が考えただろうか。


「で、では本当に最初から…」

「そのことについては、嘘をついていて本当に申し訳ない。ただ、料理が美味しかったことや、家事を担ってくれて感謝していたのは嘘ではない。心から感謝している。いや、本当に料理が美味しすぎて…」


 そこまで言って、彼ははっと口を押さえる。顔が少し赤く染まっているのは気のせいだろうか。

 案外可愛らしいところもあるんだなと、クスリと笑みがこぼれる。


「美味しそうに食べていただいていましたものね。私も嬉しかったです。そして、本当に楽しかったんです…テオドール様と暮らすことが」

「えっ?」

「え?」


 何かまずいことでも言ってしまっただろうか?思い返しても変なところは特に思い当たらない。

 きょとんとしたまま彼を見つめてしまっていた。


「あ、いや…。では、その…また一緒に暮らしてもらえないだろうか?」

「え?」

「あっ、と、えー、違うな…。あー…」


 彼は顔を赤くしたまま、がしがしと頭をかいたかと思ったら、真っ直ぐに私を見つめてきた。

 そのまま、すっとソファから降り、跪いてそっと私の手を握る。


「エリカ、君が好きなんだ。俺と結婚してもらえないだろうか?」

「~~~っ!!!」


 うそ。

 うそでしょ。

 そんな、まさか…。


 全く想像していなかった展開についていけず、頭がくらくらする。

 え、今…求婚されたのよね?好きだって言っていたかしら?私のこと?他に…居ないわよね?


 はくはくと口が動くだけで、声が出ない。きゅっ、と強く手を握られてハッとする。


「わ、私で良ろしければ…」


 そう、ようやく声が出て答えることが出来たと思ったら、ぎゅっと大きな腕に包まれた。

 抱き締められた腕の中からそっと見上げると、優しげでいて格好いい彼の顔が…


近い!


 その近さにどうして良いか分からず体を固くしたままでいると、ゆっくりとぬくもりが逃げていく。

 ぬくもりがなくなると、もう少し包まれていたかったなと残念な気持ちで彼を見ると、彼も残念そうな顔をして苦笑していた。


「これくらいにしておかないと殺されそうだ」


 すっと甘い空気が霧散する。


「え?」


 もう、本日何度目かの言葉をもらす。何やら廊下からバタバタと足音が聞こえてきたと思ったら、部屋の扉が大きな音をたてて、思いきりバーンと開けられる。


「結婚なんて許さん!」

「兄さん!?」

「ルーファスはずっと見てたよ」

「え?」


 ふわりとキラキラ輝く蝶が目の前を横切り、フッと消えた。その蝶は兄の監視魔法だ。久々に見かけた。ああ、綺麗。


 ん?す・べ・て・み・ら・れ・て・い・た?


 首から耳まで熱が広がっていくのが分かる。おそらく、誰から見ても顔は真っ赤になっているだろう。


「~~~兄さんっ!?」

「可愛いエリィが俺はとっても大事なんだ!こんなやつに渡したくない!結婚なんて認めない!」

「まぁ、ルーファスに認めて貰わなくても、お互いが想い合っているなら問題ないだろう?な、エリカ」

「っ!」


 そんな言葉を今まで見せたことのない甘い顔で私の方を向いて言うものだから、言葉に詰まる。


 早まったかしら?

 でも、幸せだわ。


 いつの間にか仲良くなっていた団長達のやり取りを聞きながら、クスリと笑うのだった。



 後日、正式に伯爵家から婚約の申し込みが届くのだが、公爵家の父と兄が暴走してなかなかの大騒動になり、エリカが家出するのは別の話。

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