11

 ふっと目を覚ますといつの間にか辺りは明るくなっていた。


(あれ?ここ…自分の部屋?)


 ぱちぱちと目を瞬かせると、エリィ?と声がかかる。


「起きたか、エリィ?気分はどうだ?」

「兄さん…?どうして?あれ…?」

「ん?覚えてないかい?あぁ、まだゆっくり体を休めた方が良いよ。おやすみ、エリィ」

「うん…」


 ぼんやりとした頭に優しい兄の声が染み込んできて、目が閉じていく。

 重たい体が公爵家のベッドに沈んでいき意識を手離した。


「さて、仕事に行くか…」


 名残惜しそうにエリカの頬を撫でてから、ルーファスは部屋を出る。

 一睡もしていないが目は冴えている。今から魔法団へ出勤し、騎士団と話し合いだ。今日は長くなりそうだと、気を引き締めて緋色のマントを羽織る。そして、転移魔法で魔法団へと向かったのだった。


**********

 次にエリカが目を覚ました時、マリアとユーリが側に居た。


「エリカ!大丈夫?」

「心配したんだぞ」

「ん、おはよう」


 目をごしごしとこすりながら起き上がる。


「おはようって時間じゃないわよ」

「そうなの?」

「無事で良かったよ」


 元気そうな顔を見たら安心したから帰る、と二人はすぐに帰って行った。気を遣わせてしまったかもしれない。

 外は少し薄暗くなってきた頃だった。


(ご飯…作らなきゃ)


 あまり変わらない表情だったが、美味しそうに食べくれていたあの人を思い出し、ベッドから降りて気付く。


「あっ…」


 目覚める前までのことを思い出す。


**********

 従者の仕事が休みとなった初日。魔法団に出勤していた。その日は何事もなく一日が終わり、いつものように騎士団長の家へと帰った。


 二日目。兄に呼ばれて団長室へ来ていた。


「どうやら騎士団も同じ情報を入手したようだ」

「どうするの?騎士団に任せても良いと思うけど、私が出る?」

「…ものすごく!ものすっごく!嫌なんだが…エリィに頼みたい。あの奴隷商が絡んでいるようなんだ」

「そう、分かったわ。明日行ってみるわね」

「エリィに任せる。俺も見ているし、近くに居るから無理だけはしないでくれ」

「ふふ。お願いします、団長」


 そうして、二日目は終わった。その日も騎士団長の家へ帰り、一通りの家事をして休んだ。


 運命の三日目。その日は午後から魔法団へ出勤して、暗くなってから行動しようと思っていた。

 午前は久々にお菓子作りをして一息ついた頃に兄から手紙が届く。

 今日は出勤しなくて良いらしい。

 そのまま直接、あの屋敷に向かって欲しいとのことだった。しっかりと、でもこっそりと監視魔法をつけてくれているのが分かる。


(過保護なんだから…でも心強いわ)


 クスリ、と小さく笑みを浮かべて空いた時間に何をしようか考える。

 たまには少し手の込んだ料理をしよう。そう考えて仕込みをしていく。少し不安な夜のことを何も考えずに料理に没頭したのであった。


 辺りが暗くなった頃、いつもの格好よりも少しみすぼらしい服装で街を駆けていた。

 あまり良い格好をしてしまうと怪しまれる可能性があると思ったからだ。


 屋敷に着いて近くに隠れていると、男達が数人、屋敷内へ何かを抱えて運び込んでいた。小さな麻袋はもぞもぞと少し動いていた。


(子どもね…)


 何て人達だと苦々しい顔をしてしまう。

 男達が戻ってこないことを確認して、そっと屋敷へ入る。

 魔法団のメンバーが近くに居ることは分かっていたし、兄も見ている。何も心配することはない。行動あるのみだ。


 玄関からすぐの部屋には何も無く、人が住んでいないのが分かるが、埃もない。誰かが定期的にこの空き家に来ているのだろう。

 耳を澄ますとどこからか小さな泣き声が聞こえる。

 泣き声の方へ近付いていくと、地下へ続く階段があった。先ほど連れて来られた子ども達だろう。

 今のうちなら逃がせると思い、急いで地下へ向かう。

 そして、何人かを逃がした時、突然、部屋にある大きな絨毯の下が光りだした。


(しまった!魔法陣!)


 転移の魔法陣に気付いた時にはすでに遅かった。例の奴隷商が目の前に立っていた。


「んん?何で売り物が減ってんだ?お前はちょっと大きすぎる…あ?何で騎士団長に売ったお前がここにいるんだ?逃げてきたのか?」


 こちらに一歩二歩と近付いて来る…と思ったら、また光が目に入る。


「エリィ!」


 兄さんだ!もう大丈夫だと思った。が、奴隷商は隠し持っていた銃をこちらに向けてきた。

 さっと子どもを背に隠し、子どもの前に出る。


 その時、バタバタと足音がこちらに向かってくるのが聞こえた。


(まさか、仲間!?)


 びくりと体が震えたが、足音の人物を見た途端、ホッと安堵した。騎士団長だったからだ。

 騎士団も動いていると兄は言っていた。兄が呼んだのかもしれない。これでこちらが有利だと思った。


「ちっ、次から次へと。何でバレちまったんだ。団長さんたちよぉ…こいつらを殺されたくなかったら道を空けるんだな」


 奴隷商は苛々として、こちらに銃を近付けてきた。子どもが怯え出す。


「やめて!人質なら僕だけで良いはずだ。二人もいたら足手まといだろう?子どもは解放してくれ」


 私自身は何とかなると思っている。先に子どもを助けたい。兄の方をちらりと見ると、目で頷いてくれた。兄も守ってくれる、大丈夫だ。


「ふんっ、良いだろう。子どもを魔法団長へ渡せ」


 背中の子どもへ『大丈夫だからあのお兄さんのところへ行って。守ってくれるから』と声をかけて、そっと背中を押す。

 不安そうにこちらを見ながらゆっくりと兄へ向かって歩いて行く。兄が抱き上げるのを確認してホッとしたのもつかの間、ぐいっと腕を掴まれ、こめかみに銃を当てられる。


「しかし、騎士団長に買われたと思ったお前がここにいるなんてなぁ。そんなに騎士団長様との生活は嫌だったのか?」

「…そんなことはない」


 まさかそんなことを言われると思っておらず、思わず否定の言葉を発してしまった。

 抱えていた子どもを転移させた後、兄が嫌そうな顔をしていたのを横目で見てしまった。


「エリィを離せ」


 あ、怒っているなと思った。いつもより声が低い。そして、ちりちりと魔法が体から溢れだしているのが見えた。


(これ以上、兄さんを煽るのだけはやめて…)


 そんなエリカの願い空しく、奴隷商は怒りを募らせて兄を煽る。


「人質を解放するわけないだろう!お前たちがどけっ!オレが無事に逃げ出せたら、こいつを解放してやる」

「にぃ…魔法団長殿、大丈夫ですから落ち着いてください。騎士団長殿も巻き込んでしまってすみません」


 このままでは兄が奴隷商を殺してしまいそうだったため、兄を落ち着かせる方が先だ。

 兄は騎士団長が居ることをすっかり忘れていたのか、私が声をかけるとちらりと騎士団長の方へ目を向けていた。


 ちっ、と珍しく兄の舌打ちが聞こえたと思ったら、ちりちりと弾けていた魔法が落ち着く。

 簡単に魔力を調整してしまう兄を、こんな状況だが感心してしまう。


 騎士団長も手を上げて、降参のポーズを取っている。私のために有り難い。


「行くぞ!」


 奴隷商に思い切り腕を引っ張られて、思わず痛みに顔が歪む。

 兄の近くを通る時に、伝えておかなければいけないことをこっそりと知らせる。


(もう一人隠れている、気を付けて)


 兄は少し驚いていたようだが、すぐに元の表情に戻り、頷いてくれた。奴隷商には気付かれていないようだ。

 そして、入り口近くにいた騎士団長の前を通る時に『すみません』と声に出さずに謝る。巻き込んでしまった、気を遣わせてしまった。

 しかしそんな気持ちが伝わったのか、騎士団長は首を振って穏やかにこちらを見てくれた。

 ホッとして思わず微笑み、騎士団長の方を見たら後方がキラリと光ったのが見えた。

 思わず手を伸ばして、


「危ないっ!」


 と、叫び、防御魔法を構築する。

 同時に近くで銃の音がして、しまった!と思い体を固くしたが、衝撃は訪れなかった。

 気付いたら私の周囲がキラキラと輝いていた。兄の防御魔法だ。兄が銃から守ってくれたらしい。

 すぐに騎士団長が背後の仲間を捕らえて気絶させていた。


「くそっ!」


 そう言って、近くに居た奴隷商は私を思いきり突き飛ばした。

 咄嗟のことで受け身を取る暇もなく、衝撃に体を固くしたのだが、またも衝撃は訪れなかった。

 どうやら騎士団長に抱き止められたらしい。


 ふわりと隠していたはずの長い髪が舞うのを見て、ああ…バレちゃったな、と思いながらも騎士団長の無事な姿を確認して、安堵してしまった。


「良かったぁ」


 そして、そこから記憶がなかった。

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