10※

 偵察を開始してから三日目の夜。事態は一気に動いた。


 夜間巡回中に偵察部隊の一人がこちらに向かって駆けてきた。

 駆けてきた団員は屋敷までの道を見回っていた部隊の一人だ。


「騎士団長!」

「どうした?」

「屋敷の偵察部隊から増員の要請がありました!」

「分かった。俺も向かおう」


 手紙魔法で騎士団に居るオットーへ連絡をする。こういう時に魔法が使えるのは便利だ。

 急いで例の場所へ向かう。


 屋敷から少し離れた場所には、すでに数人の子ども達が保護されていた。皆、泣きながらも大きな声を出さずにうずくまっていた。

 騎士団員達は一人ずつ静かに声をかけながら、怪我がないか確認している。動けそうなら早くここから離してやらないと危険だ。

 一人の少年が立ち上がり、俺のことをじっと見上げて来るのでぽんと頭に手をやり、声をかける。


「よく頑張ったな」

「まだ中に一人残ってるんだ。早く助けてあげて!僕たちを逃がしてくれた人もまだ出てきてないんだ!」

「分かった。ここからは俺たちに任せてくれ」


 よしよしと頭を撫でてやると、子どもの顔がくしゃりと歪み大粒の涙をこぼしだした。怖かったのだろう。心に傷を負っていないことを願いたい。


「おい、状況を詳しく教えてくれ」

「はっ!」


 今の状況としてはこうだ。

 小さな麻袋をいくつか抱えた男が数人屋敷に入って行ったらしい。その男達は手ぶらで屋敷から出て行き、それから戻って来ていないようだ。

 その後、小柄な少年らしき人物が一人で屋敷内に入っていったようだ。見ている者と見ていない者がいるらしく、見間違いかもしれない。

 しかし、もしかしたら先ほどの男達の仲間かもしれないと警戒し、騎士団は動かなかったようだ。

 その後しばらくして、ここにいる子ども達が屋敷から出てきたので保護したらしい。

 屋敷内で何が起きたのかまだ分からない。今の状況で屋敷に入るわけにも行かない。

 頭を回転させて考えていると、屋敷の中がきらきらと光っているのが見えた。


(魔法だ!)


 と思った瞬間、目の前に人が立ちはだかる。


「誰だ!」

「騎士団長殿、急いでくれ!俺たちは先に屋敷に入っている」


 そう早口で言って、突然現れた人物は突然消えた。魔法団の緋色のマントを翻しながら。あの顔は見覚えがある。


「魔法団長!俺たちも屋敷へ向かうぞ!」

「「「は、はいっ!」」」


 屋敷へ入ると、どうやら地下で何か起きたらしく、バタバタと足下で音がする。

 部屋には魔法団員も数名おり、騎士団が突入したことに驚いていた。

 しかし、魔法団長はいない。おそらく地下だろう。


「お前達はここで待て。俺が行ってくる」


 地下が広いとは思えず、騎士団員を一階へ置き、一人急いで地下へ向かう。魔法団長もいるだろうから一人でも大丈夫だという判断だ。

 地下へ降りるといくつか部屋があり、一番広い部屋の扉が開け放たれていた。


(あそこだ!)


 その部屋に向かうと見覚えのある顔がいくつか。

 まず、子どもを背に庇う従者エリック。

 エリックに向かって銃を構える奴隷商。

 奴隷商に向かって魔法を放とうとしている魔法団長。


「ちっ、次から次へと。何でバレちまったんだ。団長さんたちよぉ…こいつらを殺されたくなかったら道を空けるんだな」

「やめて!人質なら僕だけで良いはずだ。二人もいたら足手まといだろう?子どもは解放してくれ」


 気丈にもエリックが奴隷商に向かって交渉する。


「ふんっ、良いだろう。子どもを魔法団長へ渡せ」


 エリックは子どもに優しく声をかけた後、そっと背中を押して魔法団長の元へ送り出す。

 子どもは最初は躊躇いながらも、奴隷商も動かなかったため、魔法団長の元へ走る。

 無事に子どもが魔法団長の元へたどり着いたのを確認して、エリックはホッとした表情を見せる。

 そんなエリックに近付き、ぐいっと腕を掴み、こめかみに銃を当てながら奴隷商は話し出す。


「しかし、騎士団長に買われたと思ったお前がここにいるなんてなぁ。そんなに騎士団長様との生活は嫌だったのか?」

「…そんなことはない」


 エリックの言葉に何故か魔法団長が眉をしかめたのは気付かなかったことにする。


「エリィを離せ」


 エリィって誰だ?と思いながら魔法団長を見ると、ぱちぱちと体から小さな火花が散っている。だいぶ怒っているようだ。魔法が漏れ出している。


「人質を解放するわけないだろう!お前たちがどけっ!オレが無事に逃げ出せたら、こいつを解放してやる」

「にぃ…魔法団長殿、大丈夫ですから落ち着いてください。騎士団長殿も巻き込んでしまってすみません」


 ちっ、と魔法団長は舌打ちをしつつ、魔法を解除する。一緒にいたはずの子どもは、いつの間にか転移させていたようだ。

 俺は剣から手を離し、両手を上げる。今動くのは無謀だ。エリックが傷付くのは見たくない。


「行くぞ!」


 ぐいぐいと腕を引っ張られて、少し痛そうな顔をするエリック。

 魔法団長の横を通る時に声には出さずに何かを言っていた。やはり魔法団の一員なのだろうか。

 そして、俺の前を通る時には眉を下げて、すみませんと声に出さずに謝った。首を振って返すと、眉は下がったままでにこりと微笑んだかと思うと、目を大きく開いてこちらへ手を伸ばす。


「「危ないっ!」」


 同時に二人の声が聞こえ、バンッと近くで銃の音がした。

 これまでの状況に気を取られすぎて、背後に気付くのが遅くなってしまっていた。

 背後の気配に気付いた時には俺の体は魔法で包まれていた。同様にエリックの体も魔法で包まれてる。

 どうやら、奴隷商の仲間がいたらしい。俺に向かってナイフを振り上げていたが、エリックの魔法が刃を弾いてくれた。咄嗟に背後の男を捕らえ、気絶させる。

 そしてエリックの方は魔法団長が魔法をかけて、銃弾を止めていた。


「くそっ!」


 そう言いながらエリックを突き飛ばし、奴隷商は一人で階段を駆け上がる。

 上には相当人数がすでに居るはずなので、すぐに捕まるだろう。

 俺は突き飛ばされたエリックを咄嗟に抱き止める。突き飛ばされた瞬間にエリックのかつらが外れて、さらさらと長い髪が手に触れる。


「良かったぁ」


 ふわりと微笑みゆっくりと目が閉じられていく。そして、きらきらと輝きながらエリックの魔法が解けていく。

 初めて目の前で本来の姿を見ることが出来たのだ。


 思わず見惚れてしまっていた。


「おいっ!おい!大丈夫か!?」


 はっと気付いた時には腕の中でくたりと体を預けられており、突然のことで焦り、ゆさゆさと揺さぶってしまう。

 ぐっと肩を掴まれ、そちらの方を向くと魔法団長が悲壮な顔をして、懇願するような声で話しかけてきた。


「すまない。妹を離してくれ」

「あ、ああ…」


 いつも自信満々でふてぶてしそうな魔法団長の見たことのない痛々しい顔に思わず、腕の中の少女を渡してしまう。


「は?妹?!」


 と、気付いた時にはすでに転移魔法で二人とも居なくなったあと。

 おーい!テオ~、と気の抜けたオットーの声が聞こえて来るまで呆然と立ち尽くしてしまっていたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る