番外編5

 ここは騎士団棟内にある団長室。

 そこには眉に皺を寄せて頭を抱える団長と、ニヤニヤと笑いながら団長にあれこれと尋ねている副団長の姿があった。


「ようやくエリカ嬢の年齢も知れて良かったな」

「何でそんなことを知ってるんだ…」


 つい先日、エリカの年齢を知ったばかりなのに。テオドールはオットーの情報収集能力を見くびっていたかもしれない。


「いや、散々言ってただろ?『結婚は成人の儀を終えてから』とか。独り言にしては大きな声だったもんな~」


 ニヤニヤを通り越して腹を抱えて笑い出すオットー。そんなオットーを見ながらテオドールは少し低くした声で話す。


「お前、知ってただろう」

「そりゃ俺は一応侯爵家の一員だからな。ナイルズ公爵家のエリカ嬢って貴族の中じゃ驚くほど有名人だぜ。いろんな情報があるけどどれも真偽が不明でさ。…それがお、お前と…」

「笑いすぎだ」


 さすがに長い付き合いなのだ。この状態では何を言っても無駄だとテオドールは痛くなる頭を更に抱えた。


「まあ、まさかあんなちっさ…いや、女性らしくな…予想していたような女性じゃなくてびっくりしたなぁ」

「………」


 何だかエリカに対して散々な評価を聞いた気がするが、突っ込むのはやめておこう。


「それより何だ?お前が来るとろくなことが無いんだが」

「ん?今日はもう終わりだからテオにじっくりとエリカ嬢とのことを聞きたいなーと思って」

「俺はまだ仕事が残っているのだが?」

「根回ししたから大丈夫さ~」

「………」


 これはもう本格的にオットーから逃げられないパターンだ。

 たしかにようやく事件の後処理が落ち着いて、少しゆっくり出来ると思っていたところだ。

 オットーがそう言っている限り、恐ろしいほどしっかりと根回しされていることだろう。

 諦めるしかない。


(エリに手紙魔法で連絡しておくか…)


 毎日欠かさず行っている手紙のやり取りを今日は出来そうにないことを連絡することにする。

 1日の終わりにエリカの手紙で癒されて寝るのが今の習慣となっている。

 仕方ないとはいえ、今日はオットーに付き合うしかない。夜遅くなってしまうだろう。しかし、愛しいエリカとの幸せな一時を奪われたのはやはり残念であった。少しだけ重い気分のテオドールだった。




「エリカ嬢のどこに惚れ込んだんだよ。そんなに頑なに隠すなんてテオらしくないぞ~」


 酒が入っているせいか、オットーの追及がなかなかに直球だ。テオドールは酒のせいではないはずの顔の火照りを止めることが出来なかった。


「何度聞いても駄目だ。言いたくない」

「何だよその態度は~…それならあることないこと広めるぞ~」

「…あることないこととは何だ?」

「ん?あることないこと、だ」


 それはもうニンマリといった笑みでこちらを見るものだから、テオドールの顔色はどんどん青くなっていく。赤くなったり青くなったり、忙しいテオドールである。

 持っていたジョッキをテーブルに置き、両手を挙げて降参のポーズをする。


「分かった。分かったから…どんな内容かは知りたくもないそのあることないことを言うのだけはやめてくれ」

「よし!じゃあテオがエリカ嬢を好きになったきっかけからどうぞ」

「………」


 すっと姿勢を正し、ニッコリとした笑みになるオットー。『言質は取った、逃がさない』と空耳が聞こえた気がする。

 先ほどまでの酒に酔っていたのではないかという態度は演技だったのだろう。そういえばオットーは元々こういうヤツだった。

 長い付き合いで知っていたはずなのに油断していた。むしろテオドールの方が酒に酔っているのかもしれない。

 テオドールはオットーの誘導に勝てず、ぽつぽつとエリカとの馴れ初めを話してしまうのであった。

 男二人の夜は長い。




 翌日、酒が少し残り重く痛む頭を何とか起こして出勤しようとすると、屋敷に来客を知らせる音が鳴る。

 こんな朝早くから誰だろうか?と不思議に思いながら出て行くと、昨日オットーに散々質問攻めにされて話をしながら会いたくなっていた相手、エリカが訪ねて来ているではないか。


「おはようございます、テオ様」

「あ、ああ…おはよう。こんなに朝早くからどうした?」

「あら、今日はお仕事でしたか?昨日、オットー様から『今日は休みにするから騎士団長と過ごしてもらえないだろうか?朝から家を訪ねてもらいたい』とご連絡いただきましたが…お聞きになっていませんでしたか?」

「………」


 オットーのヤツめ、やってくれた。


「それと、お酒を飲み過ぎていると思うから…とお聞きしましたので、お腹に優しい食事をお持ちしましたよ。お昼は久々に私がお作りします!」


 そう言ってニコニコと微笑むエリカを自宅に招き入れる。

 昨日、散々あれこれと聞かれたが実はどこまで知っていたのだろうか。

 おそらくエリカの料理のことも知っていたのだろう。


(あいつだけは絶対に敵に回さないようにしよう)


 心にきつく刻みつけて、思わぬ休日をエリカと二人で過ごしたのであった。

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騎士団長は少年?少女!を救いたい 海嶺 @amane_a

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