番外編2

 時は遡り、テオドールがエリカに告白した数日後。

 エリカはいまだに想い合っている事実が現実とは信じられずに毎日を過ごしていた。

 あの日以降、テオドールとは会えていない。

 まだ正式な婚約者にはなっておらず『もしかして…いやいやそんなことはないわ…でも…』と自室で百面相をしていた。


 実は告白後、翌日にはクラムス伯爵家より正式な婚約の申し込みが届いていたし、テオドールはエリカに手紙魔法で毎日手紙を送っていた。

 しかしそれらすべて、魔法ではこの国一と言われているのに何故か宰相のナイルズ公爵家当主レオバレン・ナイルズと現魔法団団長ルーファス・ナイルズ、この二人のせいでエリカの元には届いていない。

 今、この公爵家はもしかしたら国の守りよりも強固な守りになっているかもしれない。

 それは、害のないはずの手紙魔法すら跳ね返すことで窺える。

 先程も『パシィン』と魔法が跳ね返された音がかすかに聞こえた。


「懲りもせず、今日も弾かれたか。エリカに婚約はまだ早い」

「そうです。エリィはナイルズ公爵家の宝なんですよ。まだ早すぎます」


 その二人の男は公爵家の執務室で会話していた。


 婚約は早いと言っているが、この貴族社会では早くて悪いことはない。

 公爵家ともなれば、幼少の頃に婚約者が決められていてもおかしくはないはずなのだが、変人とも呼び声の高いナイルズ公爵の子供溺愛っぷりにより、ルーファスとエリカ共に婚約の申し込みはすべて断られていた。

 ルーファスはそんな父に気付いていたが、彼自身も婚約者はまだ不要とばかりに妹溺愛に拍車をかけていた。

 ちなみにエリカは気付いていない。本人は、婚約の申し出が無いのは年齢の割に育ちが悪い体つきのせいかな?とちょっと外れた考えでいた。

 おかげで魔法陣の研究に没頭出来たので、結果的には婚約者がいなくて良かったのかもしれない。


「合同棟が出来ただろう。絶対に騎士団と接触させるな」

「分かっていますよ、父上。魔法団でエリカと接触しようなんて、俺が団長の間は許しません」

「うむ、任せたぞ」


 エリカには可哀想だが、二人の男の結束は固かった。


**********


「今日も手紙が届かない」


 その頃、騎士団棟で仕事をしていたテオドールは頭を抱えていた。

 正式に伯爵家から婚約の申し込みはしたはずだ。

 義両親に話すのはなかなかに恥ずかしさがあった。

 相手が公爵家と驚きはされたが、快く準備を手伝ってくれた。クラムス伯爵家は穏和な老夫婦であるのだが、その時の行動だけはとにかく早かった。あれよあれよという間に申し出を完了させ、あとは公爵家からの連絡を待つだけだった。

 いわゆるご挨拶へ伺う日程も身分が上の公爵家から連絡が無いと動けない。

 想い合っている仲なのだ。申し出をすればすぐに返事が届くものだと思っていた。それくらい浮かれていたのは間違いない。

 ところが、返事がいつまでたっても届かない。

 更には、早く正式な婚約者として皆に知らせたいと、これまた浮かれた手紙をエリカに送ったものの何故か戻ってくる。

 毎日、手紙魔法でエリカへ送っているのだが、一通もエリカへ届かずに戻ってくるである。


 さすがにテオドールも気付く。


(ルーファスか…)


 実のところ、公爵家当主のレオバレンも荷担しているのだが、そんなことをテオドールは知らない。

 ルーファスだけでも当然ながら魔法では敵わない。

 エリカと会いたいのだが、魔法団へ行っても会わせてはくれないだろう。

 ルーファスに拒否されている今の状態では連絡を取り合うことすら難しい。


(どうしたものか…)


 テオドールは頭を抱えるのであった。


**********


 あれから一ヶ月近く経つ頃、ようやくエリカも何だかおかしいと気付き始めた。

 さすがに何の連絡もなさすぎるのは変ではないだろうか?

 その間も、弾かれると知りつつも毎日手紙を送っていたテオドール。婚約の申し込みも再度送っていた。


 エリカは何度かテオドールの屋敷へ行ったがいつも留守だった。鍵は返してしまったため屋敷の中には入れない。

 仕方なく置き手紙をして帰ったこともある。

 その返事すらも届いていない。


(あの時は直接会いに来てくれたのに)


 料理と共に置いた手紙の返事は、直接口頭でもらったあの日を思い出す。

 甘いあの日を思い返して、ちょっぴりふて腐れつつあった。


 テオドールの屋敷へ置いた手紙はさすがに持ち出しも破棄もされてはいなかったが、見えないように魔法がかかっていた。ルーファスの仕業である。

 ただ、ルーファス曰く『見つけようと思えば見つかったはず』という魔法だったとのこと。いや、透明魔法なんてかなり高難度だと思いますけどね。

 生物には使えないが、物体には使える透明魔法。大事な物を隠すという魔法のため、難易度は高い。ちなみにエリカは使えない。魔力は充分だが、複雑な魔法のため理解が難しいのだ。テオドールに対する嫌がらせとしか思えない。

 後日、謝罪はあったが『これくらい見つけられないなんて、やっぱりエリィはやらん』と一悶着あったのは別の話である。


 そんなわけで、一ヶ月目にして早くも二人の危機が訪れようとしていた。


 そんな二人を見かねて、ようやく助け船が出る。両副団長である。

 オットーは親友のテオを、ケインは団長の妹であり魔法陣の弟子であるエリカを助けようと動き出した。


 魔法団副団長ケインもまた変わった魔法能力の持ち主である。定番の四属性以外の魔法しか使えないのである。

 四属性とは、火水風土といったもっとも普通で定番の属性。それが使えず非常に苦労したのである。しかも、基本的には皆が使える属性のため、魔法陣も少ない。

 特殊な魔法は使える人が限られることもあり、皆使えるようになりたいと魔法陣の研究をよくされるのだが、定番の魔法は研究されることはあまりない。普通になりたくてひたすら魔法陣の研究を重ねた。

 そのことをルーファスに見初められて今に至る。

 しかし、今振り返れば、全てはエリカのためだったかもしれない。苦手な攻撃魔法を使えるようにしてやりたかったのかもしれない。

 どちらにせよ、魔法陣がきっかけで魔法団へ入った。ルーファスがきっかけで副団長にまでなり、エリカに魔法陣について教えるようになったのである。


 例の事件のせいでなかなか忙しく、久々に楽しい魔法陣の研究時間が取れたと思いエリカを誘ったのだが、そのエリカは全く集中していない。

 話を聞くと、どうやらルーファスが原因のようである。

 それなりに長い付き合いとなってしまったケインはルーファスについてよく理解している。エリカ絡みだとどうなるかもよく知っているのだ。


(聖騎士団長殿も可哀想に…)


 ここは弟子のためにも少し手を貸してやらなければ、とケインは行動に移すのである。


 時は同じくして、騎士団棟内でも同じようにテオドールがオットーに相談し、オットーが一肌脱ごうとしていた。


 このことにより両副団長同士が仲良くなるきっかけが生まれたのである。


 多少すったもんだはあったが、副団長達のおかげで無事にエリカとテオドールは話をすることが出来た。

 そこで知った公爵家の事実にエリカは怒り心頭。『しばらく家に帰りません』と置き手紙をし、父と兄が不在の間にテオドールの屋敷に家出をしたのだった。


 さすがに居場所はすぐにバレたが、エリカの怒りはなかなか収まらず、公爵家とは縁を切るとまで言い出したため、父は泣く泣く伯爵家に返事を送ったのであった。

 兄とは魔法団で会うとはいえ、一切口も聞かずに過ごしたため、兄も泣く泣く了承したのであった。


 その間にテオドールとエリカの仲は更に深まり、お互いを『エリ』『テオ様』と言い合うようになった。そのことを知った公爵家の男達は、また妨害しようとしたがエリカに先手を打たれてしまい渋々と諦めた。


 結婚はまだまだ先にはなるが、無事にテオドールとエリカは婚約者となった。エリカはきちんと公爵家へ戻り、テオドールと毎日手紙のやり取りをしている。

 そんな幸せそうな二人を見て、またも妨害の計画をしている公爵家の男達。諦める気配はない。


 テオドールとエリカ、二人の時間をゆっくり過ごすのはまだ先になりそうである。

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