(やっぱり怒ってるわよね…)


 兄に引きずられて魔法団の団長室まで来たものの、部屋には二人っきりでご丁寧に鍵をかけられた上に、誰も入れないように結界魔法までかけている。

 兄は魔法団長にまでなっている程の魔法の担い手である。そんな兄の得意魔法はない。得意な魔法の種類がないというだけで、それを上回る珍しい魔法能力がある。

 兄は全種類の魔法が使えるのだ。

 魔法は努力次第で全ての種類が使えるとは限らない。もちろん努力で何とか会得出来るものもあるが、素質は重要である。

 素晴らしい素質のある兄を持ったことは何気に自慢である。同じ血筋のため、自分にも素質はあるはずなのだが、いくら努力をしても使えないのは何故か分からないが。


「先に、入手した内容を聞かせて欲しい」

「分かったわ」


**********

「ふむ…分かった。それはこちらで探ってみよう」

「ええ、頼んだわ。ところで兄さん…この状況は何なの?」

「ん?久々のエリィ補充」


 爽やかに言い切られたのでこれ以上言うことも出来ず、溜め息を吐く。

 エリカの言うこの状況とは…ソファに座り大事な話をしていたはずなのに、いつの間にか隣にぴったりとくっついて離れない兄。

 あげく、魔法でお茶の準備をし始めたと思ったら、お菓子を手ずからエリカへ食べさせようとする始末。ぽんぽんと頭を撫でられたりと、近すぎる兄から少しでも離れようとすると悲しげな顔で見つめてくる。


(やりすぎよ、兄さん…)


 頭が痛くなりそうだ。元々、兄には可愛がられていると思っていた。マリアは溺愛されていると言っていたが、そこまでではないと思っていたし、実質、ここまでの状態は過去無かった。

 この部屋に入った時点では怒っていると感じたのに、この代わりようは一体どういうことなのか。兄の考えていることについていけない。

 何度目かの溜め息を小さく吐いた時に兄に声をかけられ、思わずびくりと肩を揺らしてしまった。


「さてと、エリィ。いつになったら自宅に帰って来るんだい?…こっそり毎日監視魔法で確認していたけれど、エリィは楽しそうにあいつと暮らしているじゃないか!何て羨ましい!代わりたい!あいつとの生活の何が良いんだ!」

「………」


 あまりにも突っ込みたい内容がありすぎて、声を出すことを諦めた。いや、呆れすぎて声すら出なかった。しかし、聞き捨てならない魔法があったよね。


「兄さん…監視魔法ってどういうことかしら?それはきちんと許可を得て使っているのよね?私用で使って良い魔法ではないはずよね、兄さん?」


 あっ、とまずそうな顔をして私からそっと目をそらしたけれど、ここは譲れない。毎日?監視魔法?まさかそこまでやっていたとは!


「兄さん!」

「ごめん、エリィ!だって、もう心配で心配で!嫁入り前の女性があんなやつと二人で暮らしているなんて…いや、くそっ、許さん!」

「…期限までは過ごすつもりよ。今の生活も楽しいもの。魔法団の仕事があまり出来ないけれど、そこは兄さんの力で何とかしてちょうだい。監視魔法は黙っておいてあげる」

「うっ…で、でも、もし…女性だとバレた時には帰って来てもらうよ」

「分かったわ」


 これで話は終わりだというように、すっとソファから立ち上がると結界魔法が解け、カシャンと部屋の鍵も開く。兄から解放されたらしい。まだ名残惜しそうに私を見つめる兄には気付かないふりをして、団長室から立ち去った。まだ日が昇ったばかり。今日の1日は長そうだ。


**********

「はぁ…」

「なに大きな溜め息ついてんだよ。久々の魔法団だろう」

「そうよ、エリカ!そういえば合同棟が完成したのよ。今の時間なら騎士団は演習中だろうから、行ってみない?」

「え!行くわ!」


 ユーリとマリアの二人と合流してから、久々の魔法団巡りをしていた。騎士団と違って魔法団は基本自由行動が多い。本来のチームは違うのだが、よく三人で行動している。


 合同棟とは騎士団と魔法団の棟の間に出来た二つを繋ぐ棟である。私が入団するよりもずっとずっと前から計画はされていたのだが、仲の悪さを象徴するようにいつまで経っても完成しなかったのだ。どうやらそれがようやく完成したらしい。



(今の二人の団長のおかげね)


 二人の団長のことを知っているエリカにはそう思えた。


 合同棟はお互いが使えるような部屋で構成されている。会議室、図書室、食堂、医務室などである。

 会議室は騎士団と魔法団が合同で動く時にしか使わないだろうし、治癒魔法が使える者が多い魔法団には医務室も不要だろう。食堂は使う時もあるだろうが、好きな料理を魔法で部屋へ運ぶ者が多いため、魔法団にとってはそんなに需要はないかもしれない。

 唯一、図書室にだけは心惹かれる。それぞれの団棟にも各部屋はあるのだが、図書室はその専門しかないことが多く、魔法以外のことを知るには外の図書館に行かなければならず面倒だった。


「まだわたしも見てないから、全部の部屋を回りましょう!」

「いいわね!」

「じゃあ、オレが案内するよ。前に来たんだ」


 このやり取りを見ている人がいるにも気付かず、仲良し三人は昼まで合同棟を見て回ったのであった。

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