第3話 「常勝軍団の掟」 

2017~7月下旬~


タイトル「常勝軍団の掟」  


 月日が経ち既にインターハイまで約20日の所まで来ていた…

「ピー!」

体育館にこもる熱風が乱反射する中、試合終了のホイスチルが元名門帝都高校の体育館に鳴り響く。

「やっと解放された」

 全身から滝のような汗が流れる中、一心はそう内心で思っていた。帝都高校時代に数々の優勝をしたOBが訪れて練習試合の相手をしていた。全日本や、全日本ユース、現在のプロリーグ、アメリカで活躍している伊集院 誠なども集まっていた。コート端にあるタオルを取ろうとすると立ちながら見ている2年生、3年生の目線がきつく突き刺さる。それだけではない。試合に出ていない1年生の中にも嫉妬から一心をよく思ってない者もいる。そんな同級生が一心に声をかける。

「お前、勘違いしてるなら2年の枡谷さんにガードのポジション譲れよ。試合に負けて被害受けるのは俺たちも一緒だ。あとで連帯責任とか言ってやられるの迷惑なんだよ」


 枡谷は現在2年生で一心が帝国高校に入学するまでガードのポジションを任されている選手だった。上手な選手でそれなりにそつなくこなすプレーは手堅く安定感があった。 監督の石井は一度決めたことは曲げようとしない。入学後の2年生との練習試合の後で今年は一心で行くと決めていたため、一心は1年生ながら元名門の帝都高校のスタメンのポイントガードを任されていた。

「明日こそ…」

そんな一心を気づかって流稀亜が一心の肩をたたく。一心を囲んでいた1年は流稀亜が来ると体育館に散らばり掃除をし始めたまだ試合には出れずにいた、佐藤がタオルを一心と流稀亜に渡す。

「ありがとう。ノブ」

「キャプテン…ずっとあんたの面倒はしきらんばい」

「ん?」

「ぱげた!ぱげた!いつまでもそげんこつできんばい!」(壊れた壊れた。いつまでもそんなことできない)


 佐藤は入学後一心のことを気にいったのか、認めたのか?分からないが、ことあるごとに将来3年生になったらキャプテンは一心と勝手に決めつけて、一心を呼ぶときはキャプテンと呼んでいた。それほど佐藤は一心のプレーに惚れ込んでいた。

「ばってん、もう少し、指示出さないとゾーンプレス(参考資料アリ)上手く機能しないとよ、キャプテン」

「分かってる…だけど…」


「そ、あんま思いつめてもさ、ねえシン。イケメンは筋トレ行くけど、どうする?」

「後で行くわ」

「わかった」

「キャプテン俺も筋トレ行くけんね。試合に早く出て、流稀亜やシンとプレーできるようにワイも頑張るけんね」

「…ノブは筋トレ…やらなくてもいいような?」

「ばってん、ワシは腕とか上半身じゃなくて足、ジャンプ力つけたいとよ」

「そっか、わかった。じゃあ一緒に行こう」

中学の夏の全国大会終了後から、今までで身長は6cm伸び一心の身長は176cmになっていた。(PGとはバスケットボールにおけるポイントガードの略で、試合中にボールを運び司令塔のような役割をするポジション。平均身長が高い方が有利とされているバスケットボールでは、170㎝代のPGは低い部類の身長)

OBとの最後の練習試合の結果は

 OB 98 対 85 帝国高校

 得点差は13点、結局その日も一日を通して一度も勝つことはできなかった。当然の結果だった。ここ数年、低迷していた名門帝都高校だが、OBは違う。相手は全国大会において53冠を達成している帝都高校バスケットボール部の卒業生で、現在は日本を代表する大学のスーパースターや実業団で活躍する一流選手、プロ選手達なのだから…帝都高校のOBはインターハイ前に必ず練習試合の相手をしにやって来るのが毎年、帝都高校のしきたりになっていた。体格差、スピード、技術、メンタル、どれをとっても一流で勝てる要素が一ミクロンも見当たらない相手だった。そんな化け物を相手に試合をしているのにも関わらず、勝つことを義務つける帝都高校監督の石井は眉間にしわを寄せ何か言いたげにしているのを我慢していた。とばっちりが来ないように一心は背を向けて反対方向に歩いて行ったが、犯罪者でも止まれ!と叫ぶように大声で呼ばれた。

「んがなばどさいがった!」(どこに行くんだ、お前)石井はつけている眼鏡を拭きながらレーザービームのように標準を合わせた。

「…!」

 一心は背中から感じる気配でロックオンされていることに気が付くが石井の方に体全体を向ける勇気はなく首だけ90度に旋回して石井を目で追った。呟く石井。

「んがのせいで負けたったいば」(お前のせいで負けた)

 その言葉をそのまま素直に受け入れてしまえば銃殺されたように崩れ落ちてしまいう。そんなことはない、悪いのは自分だけじゃない。一心はおびえながらも石井の正面に振り向いた。ほんの何秒間だが、友達以上、恋人未満…そんな曖昧な表現は絶対に通用しない空間に閉ざされて息がつまりそうになった。

「んがのせいで負けたったいば」「んがのせいで負けたったいば」「んがのせいで負けたったいば」「んがのせいで負けたったいば」「んがのせいで負けたったいば」

 そんな異空間で木霊する声が脳に直接響く。この声を消す消しゴムがあるなら今すぐ校内にある購買部にダッシュで買いに行きたいくらいだ。立っているのもやっとになるころに、石井は背を向けて体育館の脇にある監督室に戻り、扉を強く締めた。閉めた後で3年のマネージャーや、OBが後を追うように監督室に入っていた。内心ほっとしていたが、体は違っていた。足が震えて歩こうとしたときに聞き足のはずの右足に力が入らずバランスを崩しそうになった。踏ん張って耐えたが精神的にはだいぶ響いていた。監督の言いたいことはある程度理解していたが、1年生の一心に負けの重積を負わせる監督に矛盾を感じていた。「なんで俺ばかり」と自問自答したが、重積から逃げる一心に迷路の出口は見つけられなかった…

 石井が立ち去り、ほどなくすると一年生全員が体育館の掃除を始めた。一心もモップ掛けを軽く済ませ、汗を拭くためと水分補給するために部室に向かった。階段を下りる途中の両脇の壁に並ぶ8枚の額縁に入った写真が突き刺さる。過去、全国大会53回優勝を誇る帝国高校だがその中でも1年間を通して3回ある大会を全て取った世代は帝国高校の長い歴史でもわずかに8世代のみ。中央には9冠達成の伊集院の記録とともに、帝国高校バスケットボールの鉄の掟が太文字で書かれている。

「帝国のユニフォームを着る者、負けること許さるざるべからず」

「…」

 そこを通り過ぎ下に降りると40畳ほどある広い部室。そこには既にOB達が集まっていた。入学当初はこの広い部室に驚いたが、帝国高校には毎年1学年で40人以上が秋田県内、県外から、特待生や自分から望んでやって来る。入部希望者を全て受け入れるにはそのスペースでも足りないくらいだった。一ヵ月後にはそれだけいる入部希望者をふるいに落とすために「集合」という名の上級生による暴力や、しごきが始まる。腕がつり痙攣するほど強制的に強いられる腕立て伏せ。腹の上に足を乗せ平気で笑う上級生の下で行われる足上げ腹筋、直接的に行われる理不尽な暴力。こういった情報はある程度、県内にいると分かるが、県外からくる特待生や希望者はそれを全く知らず、それらに驚と衝撃を隠せず次々に退部、また学校を辞める生徒も少なくない。この7月のOB訪問前に一心の同期生もすでに20人ほど退部していた。一心も一度はそれが嫌になり、逃げだしたことがあったほどだ。そんな様々な儀式のような「集合」が行われる異質的な空間もこのOB訪問時は違っていた。部室に戻ると、賑やかな笑い声が聞こえる。OB達は誇らしげに自分が選ばれた全日本の学生代表のユニホームや、Tシャツ、実業団のTシャツをみんなに配っていた。そんな中でも、ひときわ人だかりができる輪があった。

 伊集院 誠 日本バスケットボール界始まって以来の逸材と呼ばれ、帝都高校3年生の時にNCAAの強豪校ケンタッキー大学にコーチWにそのプレイを絶賛され、その後ケンタッキー大学に留学、(NCAAとはアメリカでディビジョンIに所属する68校の大学。現在、全日本に勝てるアメリカの大学は100校以上あると言われている。日本の国際ランキングは62か国中42位)その中でも毎年、ベストフォーに入るアメリカの大学の名門校だった。OB訪問に来た頃は3年生にも関わらず来年にはNBAのドラフト一巡目にかかるだろうと噂になっているときだった。そんな伊集院にサインをもらいたくて、列に並ぶ後輩。嫌な顔一つせずに全員に大学のTシャツや全日本のユニホームをどんどん上げていた。それだけでなく自分で取得した様々な優勝メダルも求める者には上げていた。その伊集院と目が合う一心。

「お前もほしいの?」

 メダルを差し出す伊集院。大きな金メダルが目の前にあった。緊張で手が汗で滲み言葉も出ない。「この人何言ってるの?欲しくない訳ないじゃん!何?それとも俺にはくれないの?え、俺今日の試合で何か悪いことした?わざとファールしたかな?いや、実際マッチアップしたときはそれほど凄いと感じてなかったし、ついていけない動きでもなかったから変なファールもしてないな。じゃああれか?前世で俺がなにかやらかしてそれを覚えているとか?俺は馬鹿か?」そんな妄想をしながら物欲しげに見ていたが相変わらず伊集院のその目は一心にだけ鋭い目線を向けていた。感のいい一心は、少し考えた。Tシャツなどは是非にでも貰っておきたい、そう思ったが、自分で取ったわけでないメダルを貰うのは何かが違うのか?そんなことを考えてもじもじしていると横から他の部員が割り込んで入って来た。

「じゃあ、俺に下さい!」

「早い者勝ちだからな」

あっさりメダルを差し出す伊集院。生唾を飲み込む一心。

「…」

「まだあるけどいるか?」

 今度は笑みを浮かべてスポーツバックの中からバナナのたたき売りのように大量に手のひらに乗ったメダル。手を出そうにも出ない。さっきの伊集院の鋭い目線を思い出す。緊張して直立不動に立つ一心。床に座っていたが起き上がる伊集院。そして上下ダイエットスーツを脱ぐ。大量の汗がこれでもかと流れ落ちる。見えてなかったが手首についた重りのようなリストバンドを外し、足首にもついている重りを外す伊集院。そしてその重りを一心にほうりなげるようにして渡す。

「洗っとけよ」

「はい」

 即答で返事をする一心だが相乗以上に重いウエイトに驚く。おそらく合計で5,6キロはあるはずだ。こんなのアニメに出てくる主人公じゃないんだから…ひょっとして人じゃないの?もしかしてターミネーターって存在したの?などと馬鹿な妄想をしていた。素肌が露出した伊集院。背丈は188cmほどあり無駄のない筋肉が盛り上がっている。試合中はダイエットスーツのために気が付かなかったが、まじかで見ると手や足のいたるところに生々しいい傷跡があった。膝の近くには縫った後のような傷。腕には長い何かで切られたような傷、手の掌にもかすり傷のようなものがあった。何よりもどうやって鍛えたのかわからないが手首がやたら太かった。強靭なドリブルや、素早いモーションから繰り出されるプレーはこれがあってこそなのだろうと思った。各パーツに目をやっていると伊集院が口を開く。

「なんだおまえ、俺そういう趣味ないぞ」

「え、そんなんじゃないです!」

 不敵な笑みを浮かべる伊集院。

「おい、お前、あれだ…上にあがれ」

「はい?」

「え…っとあ、はい」

これから一体何が始まるんだろう。不安の中、階段を上がる一心の心臓は激しく波打っていた…

               

                



タイトル 「異次元の男からの贈り物…」



 上級生の目線が光る中、一心は少し気を遣いながら伊集院の背中を追って部室を出た。上級生や同期が何人かが見に来たが、伊集院は全員退け帰るように言った。

「悪いな、二人だけにしてくれ!」

状況がうまく把握できずにいたが、バスケットコートが2面も取れるほど大きな体育館に伊集院と二人になった。一心は、何故かその広いはずの体育館にどこにも逃げ場がないと感じさせるほど伊集院に対して何か迫ってくるようなものを感じていた。

「邪魔者はいなくなった。怪我させるつもりで全力で来ていいぞ、一対一だ」

 伊集院はボールを一心に投げつけた。緊張感は不思議になかった。体をほぐために繰り返す個人技、マタ抜き、ビハインド、低いドリブルからのバックターン小刻みにリズムよくそれらを行う(また抜きとはボールを足の間に通して相手を攪乱させるフェイントの一種、バックビハインド、またはビハインドもフェイントの一種でボールを背中に回して相手を抜き去る技術の一つ)そのボールコントロールは試合から解放されたせいか自由度が高く、そしてそれは伊集院の目から見ても高い技術力があるのがわかった。それを見て伊集院も軽くステップを踏み小刻みに足上げを行うと、ディフェンスの姿勢をとる。

「行きます」

一心は素早い左右のフェイントから体を90度に旋回して180度ターン。その後バックビハイドして鮮やかに伊集院を交わすが素早く対応される。考える間もなくわざと足を後ろに引くふりをすると鋭くボールを前に出してそのままゴールに向かう。だが伊集院を抜き去った後、背中に気配は感じなかった。そのせいで案外簡単に伊集院のディフェンスを交わしレイアップシュートを決める一心。

「なるほどね、次、おれな」

唇がゆるむ伊集院。一心は足の親指に力を入れて、どの方向にも対応可能に動けるようにし、腰を沈め指先まで全神経を集中させた。スピードに乗る前の止っている状態から始める1対1で試合のようにすいすいと抜かれるわけにはいかない。伊集院がボールを持ち一度、リングを見ると呼吸を深く吸い込み、ボールが床に落ちる。伊集院のそんな呼吸が聞こえるほど集中する一心。人は事故が起きる瞬間大量のアドレナリンが出て、過去の記憶やその場で起きたことがスローモーショーンのように映るというが、一心の精神状態もそれに近いものがあった。伊集院の動きを一ミクロンも見逃さない。右か左か、頭の中で考えるが伊集院はそれさえもあざ笑うかのようにフェイントも何もないド直球のただのストレートの高速ドリブルで空を切り音をさえぎって発射してきた。その瞬間、横顔に風が抜け風圧で髪がなびいた。

「ブウン!」

 振り向いた時にはボールがネットから落ちていた。頭の整理が付かないほど一瞬の出来事で、情報量は少なかったがわずかな記憶をだどって、その出来事を思い出していた。一歩の出だしで、床すれすれに膝が低空飛行し、ボールは手に吸い付き、体自体がギュと動いたかと思うと、ムチガはじけ飛ぶように瞬間的にゴールまで瞬間移動しているようだった。なんじゃこりゃ…手も足も出ないっていうのはこういうことだ。今まで試合でも感じたことのない圧倒的なスピードを身をもって体感していた。伊集院のそれは練習試合に出ていた時と比べ物にならないスピードだった。一心は心の中でつぶやいた「さっきの試合、ただ遊んでいたんだ」圧倒的実力差にやる気が失せた。こんなにも違うのかとついさっき見たそのプレーを何度も頭の中でリプレイした。

「なんだ、辞めるのか?」

「…」

 伊集院が口を開く。

「何で貰おうとしなかったんだ?」

「…自分で取った物じゃないのに、メダルとか貰うのは違うかなって…」

「ほーでも正解だ。ああいうのは自分で掴むものだ」

「でも特別なんじゃないですか?全部、金メダルとかだし、優秀選手のメダルとかもあって!そういうのって気持ちがこもっているというか、その…」

 もじもじしている一心を横で見ながら伊集院はまた信じられないことをする。リングに対して首を90度にして一心の方を見ながら、リングを見もせずに片手一本で3ポイントシュートを簡単に決める。

「シュ!」

「…え…」

しかも伊集院がいるその位置はスリーポイントラインからも1メートルは離れている。そしてそのボールは正確なバックスピンがかかっていて、伊集院の元へバウンドしながら戻り、戻るとまた同じことを繰り返す、それが3回ほど続くと伊集院のシュートが外れる。

「あ、外れるな…」

外れたのかわざと外したのか?それはわからないが伊集院がまた異次元のスピードでリングに向かって走り出す。

「タターン!キュ」

外れたボールがリング上に浮かんでいる。伊集院はリングからふわっと浮いたボールに瞬間的に飛びつきダンクシュートとを軽々として見せた。

「ドゴン!」

一瞬、自分がいる現実を疑いあたりを見渡すが夢ではない。頭がくらくらする。スピード、ジャンプ力、まるで人間トルネードのようだった。伊集院は圧倒的なパフォーマンスを見せつけてゴール前に仁王立ちして一心に声をかけた。

「また取ればいいだろ!」

「?…何を」

 頭の中が混乱していた。この人は何を言ってるんだ?全国大会で優勝したり、優秀選手にすら手の届かない人は腐るほどいる。望んでも取れない人がいる。それをいとも簡単に「またとればいい」理解不能の宇宙人だ…今の一心の頭のスペックでは追い付けない思想というか考え方だった。でもなぜかこの男がそういうと簡単なことの気がする…

「また…取るですか」

「応援してる人には内緒だけどよ…優勝して、メダル取ってパレードして、例えばそう…頑張った!とか、すごいね!感動した!よくやった!次も頼むぞ!とか言われるのは飽きるんだよな…」

「…飽きる」

「お前も在学中9冠達成したらわかるぞ、そういったことも、まあお前は違うかもしれないけどな」

 高校生のバスケットボールの大きな大会は1年に3回ある。夏のインターハイ、秋の国体、冬のウインターカップ、伊集院はそれらの大会で、1年生からレギュラーでエースとして活躍し、在学中一度も公式試合で負けないまま高校生活を終えた、生きる伝説の1人だった。

「…簡単に言いますけど」

「そうだな…今年のチームは弱いな、下手したら頑張ってもインターハイ3位ぐらいが妥当だな、決勝まで行っても負けるかもな…」

「…そう…ですか」

「否定しないんだな」

 誘導尋問のように思わず素直に答えたことに焦りを感じ慌ててその発言を訂正し始める。

「優勝しますよ!」語尾を強めて勢いに任せるようにそういったが、その自信となる根拠はなく、冷静になって考えれば可能性が低いことはわかっていた。でも目の前にいる伊集院がそう一心に言わせるように選択肢を自然に誘導していた。

「本当に今のままで出来るのか?」

「…その、でも先輩は、預言者じゃないですから!」(出来ない…いや出来…出来る!)

「確かに、でもなその道でお前のずっと先にいる俺は少し前の過去に戻ってお前らの実力と現時点での他の学校の戦いをイメージする。そうすればある程度、未来を予測できる。これは預言ではなく予知?っていうのかな。俺の感ピューターがそう言っているんだよ」

「あくまでも、予測ですよね」

「強者の集いの負けはたまたまか?」(「強者の集い」とは毎年5月のゴールデンウイークになると行われる。インターハイの前に行われるその年の強者と予測される10校ほどが集まる大会でバスケットボールにおけるミニ甲子園のような大会)

「笑える、当っていることは理解するけど先は分からないとか、やってみないと分からないとか、そういうこと言うのって、もしかして、お前そういう予測できる能力がないんじゃない?だとしたら、ポイントガード失格だな」

「…その」(現時点でシュミレーションすると確かに帝都高校が勝てない高校が2、3校ある…OBが来る前に能代市で行われた「強者の集い」では北海道の本別高校が優勝。マートンがいる大阪常翔学園は2位、3位に帝国高校だったからな…でもまだ始まったわけじゃない。インターハイまで練習すればまだ…)

「ただし、可能性はある」

「…え?」

「さっき俺とやったように、お前が自分の我を出してプレーをしなければその上は登れないな。プレーだけじゃない。お前のバスケットで感じる感ピューターも必要不可欠だがな」

「…」

「監督が言ってたろ、負けたのはお前のせいだって。あのひと口数が少ないんだよな。…あー嫌だ。こんな役目を俺にやらせるなんてな、理不尽な監督だよなあの人は、まあこっちの話だけどよ…」

体育館のわずかな隙間からじっと見ている石井。それを知って目線を送る伊集院。

「…」

「意味わからないって顔だな。おまえまさか悲劇のヒロインぶってるんじゃない?…何で僕なんかに…僕は背も小さいし、まだ一年生だし、気まぐれにそういうこと言われると変に期待するじゃないですか?…って思ってるのか?」悪ふざけするように一心の物まねをするようにイタズラに伊集院の口が踊る。

「…」(図星なんですけど…)

「お前が、帝都に来る前にたまたま、いや偶然?違うな、石井監督からすごい奴が出てきたって言われてお前のプレーを見たよ。中学の全国大会のだったかな?お前の動きはそうさっきの試合の時みたいな古典的なクラシックとは違い、新しいタイプの音楽を感じて…いい音が流れていたな、中々の技術とスピードを感じた。うん、この俺様も少し驚いた。でも何よりも印象的だったのは声を張り上げて、周りをリードするお前の目が輝いていたな。青春って感じ…感情むき出しのそんなお前のプレーを見てたら、いつのまにかお前から目を離せなくなった、そういう魅力あったな、前は…そう、お前の技術とかうまさって、正直、過去の先輩でも同じような実力者はいたんじゃないかな。勿論今後のお前の努力次第では違うかもしれないが、良くも悪くも…」

「…自分次第」

「まあ、そういったことは置いて考えてもお前の特徴はあの独裁的な指示を出すことによって引き出されるんじゃない?うまい奴はいくらでもいるけど、チームを勝たせるんるガードっていう司令塔は人を動かす力が一番必要なんだよな…まあ、俺の場合は人を動かすタイプじゃなくて自らが得点を重ねて勝利を導く最終兵器だけどな」

「独裁的…」

「独裁的って言葉嫌いか?人によっては独裁者を悪く言う奴もいるが違うぞ。たとえどんな強者でも道を誤るときもあれば迷うこともある。自分よりレベルの低い奴とプレーして指示を出すのは上司が部下に指示を出すのと同じだから、違った意味に見られがちだが、同レベルの奴らに指示を出すのは違う。コートを支配できるのはポイントガードのイメージだけだ。いや、ポイントガードとは限らないが、そのイメージが強い奴が指示を出せばいい。俺はそう思っている。だから、指示を出すのをためらうな。今のお前には、同レベルの仲間もいるだろ。何だっけあいつ…」

「イケメンの流稀亜ですか?」

「イケメン?…あ、そこはどうでもいいけどよ、なんかお前、中学の時に見たプレーより、今の方がプレーも中途半端で下手だぞ。その上、感情むき出しの青春ドラマをお前から感じない。なんかそうだな、食べても酸っぱいだけの甘くないイチゴみたいな。見掛け倒しってやつ?イチゴってイメージは甘いだろ?ウーーん表現が悪いかな?ストレートに言うと俺なんかは、相手がお前ぐらいだと下手くそで試合しても張り合いがないのよね。そうすると名前とか出身校とか、覚えてないんだよね。印象になくてさ」

「…」(やっぱり練習試合は全然本気じゃなかったんだ…)

「うん、なんか分かりずらいかな?俺の言葉…まあ、天才の言ってることは盆栽にはわからんか?あれ、凡人だっけ?」

「…」(なんかディスリ方がだんだんきつくなってきた…)

「上級生に気をつかってプレーして、自分のテンポを落としているし、ドライブインシュートに行ける所でも中に入っていかないでパスを出したり…試合に出たら、上も下も関係ねえだろ。気使ってPGが務まるのか?」

「…」(そこは白か黒かって…できませんよ…普通は…言えないけど…)

「怖いのか?後で殴られるのが?臆病者君…それとも自分の殻にとじ困ったまま出てこれない不登校の引きこもりか?」

「…」(やばい、ネジがバカになりそうだ…締めがきつすぎる…)

 一心は一年生で試合に出ていたが、そのせいで試合の内容が悪いと監督から攻められるだけでなく、試合に出れない3年生や、2年生に負けの責任を押し付けられて、帰り際に部室で殴られたりしていた。そのせいかシュートに行こうとしたとき、ドリブル突破したときに、常に頭の中に殴られる光景が浮かんでいた。その光景が浮かぶたびに萎縮するプレーが続いていた。そんな一心の思いの糸が伊集院と話しているとブチっと切れた。思っていることをすべてわかったように言う近くて遠くにいる存在、そんな存在の伊集院に思いをぶつけたくなった。それまでうつむいて話を聞いていた一心が表情を変えて伊集院に噛みついた。

「…たまにしか来ない先輩に何が分かるんですか!俺だって全力でやってますよ!俺は先輩と違ってどうせ下手くそですから…でもね、これでも、呼ばれてきたんですよ!ぜひ、うちに来てくれって!それが来てみたらどうです!何ですかここのバスケ部は!あなたが残した伝統ですよね!これって正しいことなんですか!俺、今プレーするのが嫌ですよ!たまらないですよ!一生懸命やっても、誰も助けてくれないし、挙句の果てには同級生まで妬みや嫉妬するし、コート上では思い切ったプレーが出来ないし、何度も何度もバスケ辞めようと思って…でもやめたくないし、あ…矛盾してますけどね、でも…他の高校に転入しようとか、思ったり考えたりしてるんですよ!自分でも訳が分からなくなって、毎日苦痛でしかなくて…もう、こうなったらインターハイ前に他の高校に転入します!」

 まくしたてるように、言葉を放つが伊集院はそれがどうしたと言わんばかりの態度をしている。

「そうなんだ」

「そうなんだってって、僕は伊集院さんのような身長もないですし。高校に上がったばかりで体格もまだまだだし不利なんですよ。……先輩のような天才に盆栽の僕の言っていることわかりませんよね…」

「わかんねえな」

「…」

「バスケは体格でするスポーツなのか?」

「…違いますか?」

「違うな?」

「じゃあ何ですか?」

「お前もその答えは知ってるんじゃないのか?」

「僕が…ですか?」

「バスケはなあ…魂でプレーするスポーツだと俺は思う。だから、お前の言っていること…わりい…全くわからん」

「…魂…」

「身長とか体格差とか関係ないだろ!魂かけたら何でもできるんじゃねえのか?何でも乗り越えられるんじゃねえの?お前の魂は死んでるのか?」

「…いや…その」

「その、あれだ…細かいことは、言わないけどよ、お前のプレーが誰の文句も言わせなくらい圧倒的なら、お前に手出しできなくなるだろ。恵まれた身体的特徴もあるだろ、お前のその手足、身長は190cmぐらいの奴と同じような手の長さ、ボール片手で鷲つかみをするほど巨人のように大きな掌。足の大きさもおそらく29,5ぐらいあるだろ。そんなお前の一歩目の踏み込みは最初の間合いをつかむまで相手は誰だって苦戦する。実際さっき、俺も少しびびったぞ。ま、俺と同じレベルになるにはスピードがまず絶対的に足りないけどな」

「…俺は…」不思議なことに伊集院が一心に助言するたびに高鳴る鼓動…バスケがしたい、今すぐにでもこの思いを…

 考えてみたら伊集院は1年生から一心と同じ道をたどっていた。同じように孤独や不安があったはず。それを蹴散らして全人未踏の9冠を達成して、なおかつ誰も味方のいないバスケの王国、アメリカに一人留学して結果を残していた。体についた傷は試合中についた傷なのか?コート外でついた傷かはわからないが、伊集院から出るオーラが一心を圧倒しているのは間違いなかった。そんな伊集院が一心を励ますために道しるべを伝えていることは一心にもわかっていた。しかし、それはいばらの道なんて生易しいものではなく、一心からすれば、誰も到達したことのない世界で入れば右も左もわからない出口のないブラックホールのようなものだった。

「まあ、3年には少しは言っておいてやる、でも後は自分で何とかしろ。バスケットはコートに入ったら戦場だと思え」

「戦場…」

「アメリカではな、バスケはコート上の格闘技って言われてるんだぜ、知らないだろ」

「…」

「ドリブルすれば体と体がまるで相撲を取るかのようにぶつかり合ってそのたびに体力が消耗して、リングを目指して突進すれば、ラグビーやアメフトのようなタックルが空中で飛び交い、リバウンドに飛び込めば、足を踏まれ、肩をつかまれ、それでも上にとジャンプしないとつかめないボール…奇跡的に転がってきたボールは自分だけが見えていると思えば、つかむ直前に突然大きなワシやタカが現れてボールは幻のように消えてしまう…本物はそういう世界だ!」

「…え!本当ですか?ワシやタカがコートにいるんですか?」

「ああ…いるよ…ワシやタカがな…って馬鹿かお前、例えだよ!」

「辞めるとか、他の高校に行ってやるとか言ってるけどよ。お前、何んでここの高校に来たか?運命とか感じないの?お前、監督や先輩のこと嫌いだろ。それでいいんだよ。温室で育った肉や魚が、いい味出るわけないだろ。腐っているのも熟成させるという意味ではいいことだ。笑えるけどよ、お前、こう思えよ。鍛えてもらってるって、…まあ理不尽なんだけどな…でもよ、考え方だ。後はあれだ例えば俺と会うためとか…お前がそう思えるならこの先お前のこと俺がずっと見ててやるよ。いつか対戦する日まで…まずは、俺から見たら富士山ぐらいだけどよ。インターハイって山をしっかり頂上まで上り詰めてこい」

 一心のさっきまでのふてくされた顔がいつの間にかキラキラし始めていた。伊集院は話を続けた。

「1年から3年まで全部の大会で負けなし、人は作られた俺の仲間。築いた戦歴を優勝を繰り返した後で褒めたたえるけど、人が見て綺麗な物や、羨ましいって思う物はよう、本人達からしたら違うわけよね。その裏で一生懸命もがいているわけ。俺も一年生の時はよ、辛いこともあったぜ。練習では本気で命捨てるつもりで毎日取り組んでたしな、へとへとに疲れているのに帰りは上級生とぶつかって殴られたりもした。そう、俺の場合は逆に上級生を殴ってやったり、そんな中でよう、試合では絶望や不安を全部、飲み込んで、勝ち星を挙げるたびに邪魔者の声を力を排除していった」

「…」(成し遂げた人の言うことは…真実味があって迫力が凄い…)

「自慢話みたくなったな、まあでもめったに人には話さない自慢話なんだ。そうやって狂った世界に全てを捧げてたどり着いた9冠、戦場では常に理不尽の雨が降る、そしてそれに耐えた者、クリア出来たものに神様が時々晴れをプレゼントする。その景色は素晴らしいけど、取った強者にしか分からないだよな…でもってその先もあるんだけどよ…まあ、これはまた先に進むことができたらな」

「…」

 そう言うと体育館の脇にあるタオルから何かを取り出す伊集院。

「ほら、持ってろよ」

「これ、NCAA大学選手権の優勝メダル…」(これは…これこそまさにウルトラスーパーレアアイテム…いくら課金しても買えません…)

「お前、反応が面白いからやるわ!山で言うなら、世界中のアマチュワのエベレストの頂上みたいな山を登った後にいただいたものだ…交換しようぜ、お前が取る予定の今年のインターハイの優勝メダルと」

「…」(やばい…とってもほしいけど…返事が出来ない…情けない)

「出来ないのか?返事がないな」

「…」(言いくるめられてるというか…えっとその頭で処理できなくなってきた。誘導ミサイルから逃げられないな)

「企業秘密は、教えないんだけどよ」

「企業秘密?」

「ああ、俺が常に何を思ってる事な」

「常に思っていること?」

「この世で一番犯してはいけない罪って何だと思う?」

「罪ですか?」(…突然なんでしょう…分かりません…)

「何かを盗んだり、人を殺したりですかね」

「違う」

「罪…ですよね」

「そう、罪だ」

流稀亜が突然どこからともなく現れる。

「ひっどいよな、トレーニング室で筋トレしてたら誰もいなくて体育館に来たら伊集院先輩と二人で、何秘密のトレーニングしてるんだよ!シン!聞いてましたよ!…えっと罪ですよね。女の子を泣かせること?」

 あきれた顔をする伊集院。

「お前…すげーいい時にひょいと顔出しやがって…とんでもなく空気を汚すな。この環境破壊!」

 伊集院があきれたように口を開く。

「環境破壊って酷い…一応、未来のエースですから…ちょっとでも、正解が分かりませんね、僕イケメンですけど…」

「お前は…」

「大事な物を盗むとかですか?」

 ため息をつくと伊集院が口を開く。

「…流稀亜てめえ!おめえのせいで、話が変な方向に…」

一心が口を開く。

「すんません。罪ですよねギブアップしてもいいですか?」

伊集院は目の奥から何かと対峙するような気迫をみなぎらせて自分自身にも言い聞かせるようにして口を開く。

「この世で一番犯してはいけない罪とは自分自身の力を信じる事が出来ない奴だ」

「…」(やばい…マジリスペクトなんですけど…)

「自分の力を信じもせずに途中で諦める奴が俺は大っ嫌いだ。目の前にある優しくて簡単な言い訳ばかり並べて、ああでもない、こうでもないとまるで美食家の様に言い訳する奴はコメンテイターにでもなればいい」

「…」(手が震えてきた…武者震い?)

伊集院が一心と流稀亜を果し状を突きつけるかのような視線で見つめる。

「人は無限の可能性を秘めている…そう思わないか?」

「無限の可能性…」

「無限のイケメン…」

 頭をこずかれる流稀亜。それを見て「クスっ」と笑う一心。

「馬鹿かお前は!」

 表情が少し柔らかくなると伊集院が見計らったようにボールを一心に投げる。

「さあ、もっう一本勝負するか!」

「あ、はは、はい!」

 しかし、流稀亜が手を上げる。

「イケメンが先にお願いしまーす!」

すると伊集院が口を開く。

「丁度いいな…お前、馬鹿なんだから体で教えてやるよ」

「か、体ですか?…」

 背中を向けよそよそしそうにする流稀亜が上半身裸になる。それを見てまた飽きれたように口を開く伊集院。

「何やってんだ!お前!」

「いや、体でって…」

「誰が服を脱げと言った!ボケ!一対一だ!」

「あ、…はい」

「ていゆうか、お前絶対わざとやってるよな。だいたいお前そっちのけはないだろ!」

「はい。でも伊集院さんになら仕方ないかなと…」

「馬鹿かお前は…あー調子狂うな。早く準備しろ!全く…お前はあの人とは全然性格が違うな…」

「え、なんか言いました?」

「ん…まあ、今はいい。共通の知り合いがいるんだ」

「伊集院さんと?」

「誰だろう?」

「とりあえず、行くぞ!」

「あああ、はい!」

 流稀亜と伊集院が真剣勝負の一対一をする。流稀亜も伊集院の雰囲気がさっきの試合とは違うことを感じている。どんな相手でもすり抜けてゴールに向かっていた流稀亜が伊集院のディフェンスによってドリブルすらつく事が出来ない。そのディフェンスのプレッシャーは半端なものではなかった。

「シン!よく見ておけ!…身長差があってもコースをふさいでプレッシャーをかけて前にドリブルさせなければ相手は焦る。そして背中を向けてボールを突こうとしたとき、一瞬わざとこうやってコースを開ける。その際に自分のなるべく利き腕の方に持ってきてその最初のドリブルをカットする!」

流稀亜のボールを簡単にカットする伊集院。

「いいか、流稀亜。お前の凄い所は運動神経やシュート力、持って生まれたバスケのセンスでもない。ボールを貰った瞬間にどこに隙間があるか見極める能力だ。しかし、上のレベルに行くと開いていたはずのコースを読んで、先回りしたディフェンスがいる。その時にお前はもっと違う工夫をしなければならない」

「いや~イケメン…そんなに褒められても~」

「お前…何ににやついてるんだ!褒めてるんじゃねえよ!いいかそうなったら、接触したときに相手の体に自分の体も預けて、その接触を軸にしてすり抜けろ!こうやってな!」

あっという間に流稀亜を抜き去りゴールを決める伊集院。とても人が移動して動くスピードではない。思わず声を漏らす流稀亜。

「異次元星人だ…人じゃない絶対に…」

大げさじゃなく、陸上選手とも100メートルとかいい勝負するんじゃないかと思わせるほど低い姿勢から早く動いた。人は人生一度しか生きられないが生きている間に伊集院に追いつけるイメージが浮かばなかった。初めて自分の手の届かない人と思える人物にあった。それは流稀亜も同じだった。

「あの、イケメンなので次抑えますんで」

流稀亜の目つきが変化する。おちゃらけた流稀亜の顔は隠れた。

「ホー、出来なかったらどうする?」

「できます」

「やっぱり似てるな」

「?」

「行くぞ!」

流稀亜が「できます」と言い割るのと同時に疾風がその真横を通り抜け気が付いた時にはリングからボウルが落ちていた。

「シュ!」

「…」

「あん?まだまだ、ひよっこだな」

「ちきしょう!クソ!」

長い付き合いではなかったが、感情をむき出しに悔しがる流稀亜を一心は初めて見た。いつも口では軽いことを言っているがゲームになると冷静でその試合に集中していた。「こんなはずじゃない。こんなに遠いのか…僕は上に行かなければいけないんだ!絶対に日本頂点に立たないといけないんだ!」

「…何をぶつぶつ言ってるんだ?」

リストバンドを見て流稀亜が何か思いつめたようにまたぶつぶつ言っている。

「駄目だ、こんなんじゃだめだ。あの人に顔向けできない…」

「おい、ナルシスト…それが今のお前らの実力だ。なめんなよ。俺様はこの帝国高校で前人未到の9冠を成し遂げ、アメリカのNCAAの優秀選手にも輝いた。いわば雲の上の存在。お前らごとき、俺から見たらそうだな、皮をむいたバナナを食べるよりも簡単だ!」

「…」

「そんな、顔するな。まず話を聞け、いいか!ぶつかったのと同時に、すり抜ける場合は最初の一歩が大事だ。踏ん張りがきくように足首のトレーニング、筋トレしておけよ。鍛える場所を勘違いして筋トレする馬鹿がよくいるけど、必要な筋トレ以外は今の時期は必要じゃない。とにかく怪我をしない体作りとスピードを鍛えろ!」

「はい!」

「なんだよ急に、素直に聞くじゃんか…」

「いいか、上を目指す(NBA)に行きたいと思うなら外に凄い奴らがいるんだって事忘れるな!この俺様でもびっくりするような奴が世界にはいるからな」

「世界か…」

「そうだ」

「ロシアとか、イタリアって綺麗な人多いんですかね」

「流稀亜…てめえは頭の中それだけか!」

「いえ、世界っていうので」

「あほ!…あー調子狂うわ。とりあえず伝えたからな。後は好きにしろ」

「勝ち逃げなんてしないですよね」

「…口だけは世界レベルだな。いいだろう。出世払いにしておいてやる」

「え、何をですか?」

「お前ら、俺は今年、NBAからドラフトがかかるかもしれねえだぞ。行くかはわからないけどな。そしたら契約金いくらになると思ってるんだ?それを自給に換算してお前らに請求してやる」

「…以外にセコイですね。先輩」

「そう俺様はセコイ…って馬鹿か!本気なわけねえだろ!」

そう伊集院がそう言うと、飛島 武 (現秋田城北大学 キャプテンで伊集院が一年生の時の3年生。その時の帝国のキャプテンだった) がコートに突然現れて飲み物を差し入れした。

「一年生諸君、頑張ってるね。大学の練習があって遅れたけど驚いた、誠と居残りか…感心だな」

優しく微笑みかける飛島。

「誰だか知りませんが親切にありがとうございます!」

 一心が伊集院に頭をポッコリと叩かれる。大げさに反応する一心。

「…痛い!伊集院さん何するんですか!」

「馬鹿野郎!この方は俺の先輩で、元3冠王のメンバーだ!」

「え、3冠の…あの8世代の一人なんですか!」

「しかも、キャプテンだ!」

「すみませんでした」

「気にすることはない、俺は今では地元でくすぶってるただのバスケ選手だから、ま頑張れよ。ウエイトに行ってくるは~」

「はい」

そういうと、飛島はウエイトトレーニング室に向かった。

「伊集院さんでも頭の上がらない人がいるんですね」

「お前はアホか!あの人はな!…まあいい、お前はバスケ以外は馬鹿だから体で分かった方がいい、そのうちまた多分、近いうちにあの人に会うだろうよ」

「…そうですか」

「さあ、始めるぞ!」

「はい!」

 超高速で駆け抜ける伊集院のドリブルに対して追いかけるのが精一杯の一心と流稀亜。しかし伊集院は俺と同じ場所に立つまでよそ見はするな!そうプレーしながら教えられている気がした。監督の石井に怒られていた表情と違い一心のその表情はすでに未来に向かって顔を上げていた。二人のそんなやり取りを、体育館の隅で監督の石井が見ていた。

「あのバカ…どんくせんだよな」

そう言いながらもほっとしたジャガイモのような表情で体育館を後にしていた。

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