FLASH DUNK(フラッシュダンク)

神楽坂 玲衣

第1話  「OPEN THE GATE」

主要登場人物


神木 一心 (かみき いっしん)176cmPG(ポイントガード)


(物語の中では、他の流稀亜、マートンと一緒にバスケ界の将来を担う、3皇帝と世間では呼ばれている。小さい身長でもガッツがあり、将来はNBAに入り活躍することを夢見ている。プレイススタイルはアメリカの最高峰ガードNBAで活躍した スティーブナッシュに似ていて得意とするプレーは多彩なパスと、まったく見ていない方に繰り出す「ノールックパス」性格は天然で思ったことをさらっと悪気啼く口にするタイプ。ある意味周りの空気が読めない)神木を中心に物語が進む。



暁 流稀亜 (あかつき るきあ)194cmSF(センターフォワード) 

(通称 和製マイケルジョーダン)

(3皇帝のうちの一人。その中でもバスケットのセンスは一番持っている。アジア人としてはずば抜けたジャンプ力と長い滞空時間を生かしたプレーはNBAで活躍したマイケルジョーダンにいていて、和製マイケルジョーダンともいわれている。イケメンのため女性ファンが多く存在する。普段は周りに合わせるためにオチャらけているようにしているが実際はバスケットに対して非常にストイックな姿勢で臨んでいる。そのストイックな姿勢には過去の出来事が関係している)



ディリックマートン 203cm CF(センターフォワード)

3皇帝のうちの一人。父親がアメリカ海軍の海兵隊。母親が日本人のハーフ。黒人特有の体格の良さを武器にパワープレーを中心としてコート狭しと暴れまくる。

得意なプレーはゴール下からの強引なダンクシュート。性格は出身が大阪ということもあり、こてこての関西人。女の子に持てなくて自暴自棄になっているところがある。口は悪いが愛嬌のある男。



ジェミリーチェン 191cm PG (ポイントガード)

中国代表の選手で神木のライバル。父親が中国籍で生まれがアメリカ。母親が日本人のハーフでエリート一家で育つ。度胸あるシュートとドリブルが武器。プレイはNBAで活躍したマジックジョンソンに似ていてる。



伊集院 誠 188cm PG (ポイントガード)


物語の中では現役のNBAプレイヤー。先の3皇帝、神木、暁、マートンの目標人物。

高校時代に1年に3回行われる全国大会。それを一年生からレギュラーでスタメン。卒業するまで9回の前人未到の記録を成し遂げた人物。秋田県、能代市にある帝国高校出身。また大手通信会社、ベストバンクが主催する毎年、12月31日行われる、フレッシュマンカップ。(大学1位と高校生のウインターカップの優勝チームが試合をする)そのガチンコ対決で大学生を破った、伝説的な存在でもある。

プレースタイルは、カミソリのよな切れ味のあるドリブルと、天性のスコアラー(得点屋)で低い身長ながら次々と得点を重ねる。NBAで活躍したアレンアイバーソンに似ている。



タイトル第1話 「OPEN THE GATE」


2039年~


一人の青年が帰宅後、ソファーに腰を落とすとアレクサに話しかけて録画していた番組をつける。携帯電話が鳴っているが取る仕草はない。それどころか電源を切った。「これ以上に大切な用事などあるわけない」録画していたドキュメンタリー番組を食い入るように青年は見つめた。司会者がベテランらしい語り口調で話し始める。



時には高層ビルのような巨人を相手に爆破を仕掛け

時には空間をゆがめたかのような長い滞空時間。

時には目を疑うような不規則な移動を行うボール。


彼はまさにバスケをやるために生まれてきた戦士のようだ…


サインをください。

相変わらず凄い人気ですね。

ありがとう。

「貴方のファンです。と美しい女性が目を見て迫ってきら?」

ママが家にいるけど来る?って言うよ。

皆さん道を開けでください。もう試合時間です。


ママ、僕サインを貰いたいよ!あたしは写真がいい!

じゃあ、一緒に。

ありがとう。

ねえ、好きな人いるの?

え、好きな人?僕には奥さんがいるよ。

えー私、将来あなたのお嫁さんになるのが夢だったのに…

もう、試合の後にしなさい。すみません…

バスケは好きかい?

勿論でしょ!


そして彼を語るうえで必要不可欠なのはアート。


高く強くバランスの取れた芸術的なシュート。

そして変幻自在のパス。まるでマジシャンのようだ。

攻撃的で野獣のようなディフェンス。


どれをとっても、人間技とは思えない。


一度見たら彼から目を離すことなど出来ない。


ああ、信じられない。もうこの信じられないほどの遠い距離からのロングシュートを何度見たことでしょう。この一撃によってチームが崩れ落ちる光景を我々は何度見たことでしょう…彼が相手チームにいる限り、残り一秒になっても警備体制を崩してはいけません。


まさにこれはアートだ!


そして彼のアートによって何人の身長の低いバスケットボールのプレーヤーが救われたことでしょう!


彼が引退してもその映像は人々の目に焼き付いてタトゥーのように残ることでしょう。


間違いなく彼はNBAで活躍した日本人の一人です…


テレビを見る青年の顔は輝いていた…



~現在~


2006~2012年


 深夜0時30分。スマートホンのユーチューブで様々な動画を見て目がいたくなり始めていた。神木 一心がそれを見始めてから何時間たっていただろう。毎日の繰り返し。もう少しすると母親の樹里が仕事から帰って来る。そろそろアパートの階段を上がる音が聞こえる頃だ。

「ドン、カツ、ドン、カツ」

樹里が階段を上がる音が聞こえるとスマホの電源を切って布団に入り込み寝たふりをする。玄関を開ける音がすると、浴室のシャワーの音が部屋に響く。

「バタン」

 父親の神木 忠が、仮想通貨の投資で失敗して自己破産した後すぐに樹里は一心を連れて家を出たのが小学校に上がる少し前だった。



 離婚してシングルマザーとして昼は事務仕事、夜は一度帰宅してから通信販売のコールセンターで働く毎日が続いていた。一時期は精神的に不安定な時期もあり、一心に八つ当たりなどもあったが、数年でそこから脱出して今は精神的にも前よりも落ち着いていた。しかし変わったことがあった。昔は吸わなかったタバコを家に帰ってから吸うようになった。昔は酒を一滴も飲まなかった樹里が家に帰ると、500リットルの缶ビールを毎日飲むのが習慣になっていた。その日も、シャワーを浴びると台所で一人、タバコを吸いながらうわの空で、ビールを飲みながら、ため息をつきそしてタバコをふかしていた。そんな母の様子は静まり帰った部屋から聞こえる物音で何をしているのか想像できた。時々聞こえてくる缶ビールがテーブルにつく音や、テーブルが後ろに下がるときになる「ギー」っとなる音。

 浴室から聞こえてくるシャワー音に交じってその日もまた樹里がすすり泣く声が聞こえた。樹里が何に悩み、なぜ涙を流しているかは子供の一心には想像はつかない。寂しさなのか、人間関係なのか?金銭問題か?

しかし、子供の一心には経験したことのないその問題に対する良い答えを出せないのは分かりきっていた。そんな樹里は朝食の時間になるといつも心配そうにして一心に尋ねる。

「学校の勉強はダイジョブ?」

「友達とはうまくやってるのダイジョブ?」

「イジメられたりしてない?大丈夫?」

 一心は何も言わずに首を横に振るがそんな樹里を見るのがつらかった。(…ダイジョブじゃないのはお母さんじゃないの?)何度も言いそうになったその言葉は、樹里の表情が無理に作り出した笑顔であるのを子供ながらに感じ取っていたからだった。しかし、その時の自分では母に何かを与えられる事が出来なかった。(僕には何もできない…)



 離婚して東京から家賃の安い横浜の横須賀基地近くに移り住んだ。転入してから少しすると離婚していることはクラスの全員が知っていた。だからといって孤独を感じていたわけでもないが、「何かをする」というよりすべてのことに対して「やる気」を失せていた。小学校低学年の間はずっとそんな感じだった。友達作りも、学校の勉強も、統べてが面倒だった。そんな一心に変化が訪れたのは横須賀基地の開放日に遊びに行ったときに見た「マイケルジョーダン伝説」のドキュメンタリーだった。

 そのプレーを見て全身に鳥肌が立ったのを忘れることはできない。立体映像、3Dでもないのにこんな奇跡があるのかと思うほどその場の臨場感が伝わって来た。体中に電気が走るような衝撃というものが大人が作った幻想的なウソではなく、本当に存在することをそれを見た時に知った。それと同時に幼い頃父親と一緒に何度かバスケをしたことがあるのを微かに思い出していた。(確か背番号5番のユニフォームを着ていたな…)

「凄い…」

 その後、一心はひたすらバスケットボールを練習した。しかし一心は通う小学校のバスケ部の部員は4人しかいなく試合に出ることは出来なかった。サッカー人気に押されてバスケットボールに人が集まらなかった。それでもあきらめない一心は海軍相手に練習の日々を送っていた。



2014年~1月上旬


 そこは横須賀基地にある体育館の中。バスケの練習試合をしている大人に混じって156cm、小学生の神木 一心が堂々とプレーしている。それを真剣な表情で見ているしている海軍クラブチームのコーチ、ディリックーバーンズ。

「日本にもこんな子供がいるのか…」

 一心の黒人顔負けのバネのあるドリブル。そしてクイックネスなプレーに翻弄される190cmを超える大人たち。相手は現役の選手ではないが、それなりのバスケットボールの経験者達だった。そんな大人をあざ笑うかのように華麗なプレーを見せる一心。息を切らす海兵。時計を見るとディリックが口を開く。

「シン!Go home!」

 残念そうな表情の一心。

「えーー」

「お前のマミーにこれ以上ここにいたら、怒られるぞ!」

「…分かったよ」

 帰りの支度をする一心にディリックが声をかけた。

「シン、明日、日本の大学生NO,1等々力体育大学が着て試合をするんだ。君も来るといいよ」

「うん!見に来る」

「君に…チャンスがあれば…」

 体育館の隅で練習をしていた息子を見るディリック。アイツにもこんな才能がある子が側にいたら変わるかもしれないが…」

 その時、肥満体質の息子のディリックマートンが、投げやりにリングに向かっシュート練習をしていた。

 一心がつぶやく。

「何?」

 コーチのディリックは息子が適当に練習している姿を見て呆れた顔をしていた。

「何でもない」(少しは真面目に練習するようになるといいけどな…注意すればやるかもしれない。でもそれでは自主性が育たない。何かカンフル剤になるといいんだが…)

「あの子、コーチの知り合い?」

 マートンを指差す一心。

「はははは、息子だよ」

 目の前で行われる試合でアメリカ国籍でもない、海軍の家族でもない一心を試合に出すわけにはいかなかったがそれで息子のやる気が出ればとも思っていた。

 しかしその反面、ディリックは一心のバスケの才能にほれ込み、チャンスが来れば出してあげたいと思っていた。



 一心がバスケットをしてる頃、樹里は気が進まない学校のPTAに参加していた。卒業するまでの間に一度はならなければいけないPTAの役員だが、シングルマザーであるのと仕事を理由に毎年断っていたがその年はそれもできなかった。運営組織の中で、樹里は広報委員長をこなしていた。その日のテーマは、下校時に犯罪に巻き込まれる子供が毎年増えているため、警備員を配置するのか、低学年までは海外と同様に親が見送りするかというのがテーマになっていた。様々な意見が出る中、しばらくすると樹里は何度もコールが鳴っている携帯電話を気にしながら委員長が終わりの合図をしようとするのを意見も言わずただ耐えて待っていた。樹里が夜勤の仕事でやっているコールセンターのお客様対応室の仕事で昨日クレームがあり、その対応をするために早めに会社に電話をしなければならなかった。しかし、樹里が席を立ち教室を出ようとすると一人の女性が反対意見を述べ始めた。思わず口が滑る樹里。

「す、すみません。私…仕事があるので失礼します…」

 するとPTA委員長が口を開いた。

「神木さん…いや広報委員長さん…仕事も大事かもしれませんが、子育ても大事…ですよね…」

 PTA委員長がそういうと次々に小声で陰口が耳で聞きとれるほどの絶妙なボリュームでアンプスピーカーが搭載されたように広がり始める。

「広報委員長さんの息子ってバスケばかりで、成績はまるでダメらしいわよ」

「やだ、足し算と引き算はできるの?」

「でも、うちの学校はバスケ部ないわよね」

「将来どうするのかしらね」

「肉体労働でもするんじゃない?」

「そうそう、授業中もバスケットボールを肌身は出さず持っているらしいわよ」

「授業中ってね…先生も先生だけど、親がしっかり指導しないとね…」

「そうよ、受験もあるんだから空気を読んでほしいわよね、子供たちのやる気もなくなるじゃない!まあ母親がこれじゃあねえ」

「…あの!」(もう我慢できない!)

 樹里がそういうと、PTA委員長以下、他の代表者もほぼ全員、樹里を何様?と言わんばかりに見ている。それを見ると、雰囲気にのまれた樹里は悔しい気持ちをただ抑え込むしかなく黙って口を閉じるしかなかった。

「何かしら?」

「…いいえ…なんでもないです…」

 樹里はそういうと仕方なく席にまた腰を掛けた。



 それから自宅に戻り夕飯の支度をして時計を見ると門限の18時を1時間過ぎて一心が家に戻ってきた。戻ると直ぐに樹里の大きな声が玄関先で響き渡る。

「何度言ったら分かるの!」

 何食わぬ顔で玄関に足を踏み入れると同時に言い返す一心。

「セーフ!」

 飽き垂れたような顔で言い返す樹里。

「もう20時よ!」

「え、門限って明るいうちに帰ってくればいいんでしょ!」

「何処が明るいのよ!門限は18時でしょ!十分暗いでしょ!小学6年生が帰って来るには遅いわよ!こうなったらもうWiiもプレステ、遊戯王やコンナンのDVDもぜーんぶ、禁止!させないから!」

「…いいよ、バスケはしてもいいんだろ?」

 靴紐をほどき玄関に上がると台所に向かう一心。

「あんたね!だいたいガキの分際で何で大人の海兵たちと何で遊ぶのよ!」

「遊んでないよ!バスケしてるんだよ!」

「だから、何で大人とやるのよ!」

「仕方ないだろ、うちの学校のバスケ部は4人しかいないから練習試合もできないし、出来るのは3オン3だけだしさ…」

「もう、それにあんたチビだし、通用しないでしょ。外国人の大人相手に…しかも190cm以上あるのに…」

「俺の身長は156cmだよ。十分だから!そんなことよりさ、明日は海軍達と試合しに日本の大学生NO,1が来るらしいんだ!ワクワクするな~」

「…あんた、私の話聞いてるの?」

「母ちゃんも来れば?明日は休みだろ?」

「私が行けば、門限が伸びるって魂胆ね…駄目よ!言うこと聞いてちゃんと帰ってくるようになるまでは!」

「嫌だ!」

「嫌じゃないわよ!少しは勉強しなさいよ!学校にバスケットボールをもって行って授業中に持つのも辞めなさい!禁止よ!」

「ヤダ!」

「嫌だ、いやだ、イヤだってねえ!子供はおとなしく母親の言うことを聞くものよ!それが嫌なら出ていきなさい!」

「いいよ」

「え?」

「玄関に住めばいいんだろ?その前に飯!」

「真面目の話よ!」

「…そんなにいけないことか?母ちゃん、バスケするのが…」

 樹里は一心のその言葉にふと我に返るとどう切り返していいか分からずパニックになった。そうなった後で日常の様々なことに嫌気がさした。

「…もう、うんざりなのよ!子育てもあんたのわがままも!どうして私が学校に行って批判されなきゃいけないのよ!私だって頑張ってるのよ!母親やって、仕事して、ご飯作って、それで、何で、何がいけないの!」

「…悪くないんじゃない?」

「はあ?あんたに言ってるのよ!」

「俺はバスケ辞めないし、練習も辞めない!」

「あんたね、みんな受験勉強したり…少しは将来のこと考えて、レールに乗った道を進みなさいよ!」

「その後はどうするんの?」

「何がよ!」

「レールに乗った後だよ!」

「レールに乗った後は大学に行って、出世して、…結婚して子供作って…」

「何、大学に行ってほしいの?出世してほしいわけ?」

「母さんはわかるのよ!高校しか出てないから!大学に行って卒業して…ってだいたいねあんたには分からないかもしれないけど、初任給だって全然違うのよ!」

「それは、母さんの幸せのため?それとも俺の夢がそうだと思うわけ?」

「はい?」(この子、生意気なこと言っているけど…刺さるわね…)

「俺はバスケでNBAを目指す!俺は自分のやりたいことをするために誰かに操られたり、自分でない自分を演じる気はないよ。だから俺、今までと変わらないから!」

「…あんたねえ」(この子…私なんかより…自分を持ってる…やだ私、こんなクソガキに教えられてるの?…こんな時、男親がいれば…違う関係ないわ…この子の意思は変わらない…)

 樹里の声を無視して匂いを嗅ぐ仕草をする一心。

「所でさ、そんな暑苦しい話はどうでもいいけどさ、ん…なんかいい匂いするな、母ちゃん今日の飯なに?」

 大きな声で怒鳴り散らすように口を開く。

「クリームシチューよ!」

 それをまったく気にしない一心。

「やったー!かあちゃんの味噌汁はさ、ダシが効いてないし、目玉焼きは毎回まるこげだし、から揚げ作れば衣が熱くて岩みたいだし…俺も我慢してるんだよね~」

「はー?それと門限もは関係ないでしょ!」

「かあちゃん、あんまり怒るとシワ…増えるらしいよ!美人が台無しだよ」

「美人?」

「そう、美魔女だって俺のクラスの女子が言ってたよ!」

 本当にうれしそうな樹里。

「…そ、そう?誰?どんな子が言ってたの?」

 機嫌がよくなる樹里。

「かあちゃん!」

「何?名前は?あんたの担任の先生かい?」

 樹里は期待を込めた表情でそういうと、一心は直ぐに口を開く。

「…メシ、大盛り」

「…この…バカ息子!」

 樹里がそう言うと何故か大笑いする一心。笑いのツボにはまった様で笑い過ぎて涙目になっている一心。

「はははは、俺がバカ息子なら、母ちゃんの腹から出てきたから、母ちゃんは馬鹿の女王蜂だな!ははは、女王蜂!」

「…この子ったら…」(へらずぐちばっかり…)

 納得のいかない顔でご飯を盛り付ける樹里だった。




 翌日、海軍クラブチーム 対 等々力体育大学 の試合を見に体育館へと一心は訪れていた。対戦相手でもある等々力体育大学は日本の大学ではNO,1の実力を誇っていた。そしてその試合前に小学生同士のエキシビションマッチが行われていた。

 海兵の子供達は日本の子供たちに比べると同じ年齢とは思えないほど大きかった。全員身長は180cmほどあり、大きい子供は190cm近くある子供もいた。対戦相手の日本の小学生は東京のチーム「世田谷子供教室」と言うチームでその年の全国優勝をはたした小学校のクラブチームだった。その中で身長186cmあるチームのエース暁 流稀亜が抜群のバスケセンスを見せて観客を魅了していた。そしてその流稀亜の活躍によって当然の様に海軍キッズチームが有利と思われていた試合が終始、世田谷子供教室ペースで進んでいた。

「うおおお!」

 長い滞空時間からのシュートやドライブイン。そしてジャンプショット。海軍チームはそんな流稀亜のプレーを止める事が出来ずに、3分を切るころには11点差で負けていた。海軍の子供たちが最後の力を振り絞って追い上げを見せる中、海軍側のガードの選手が足をくじいて動けなくなった。

「NO…」

 心配そうに見ているとコーチのディリックが一心の方を見つめている。その時、やっと自分の番が来たと着替えを済ませて試合に出ようとしていた息子のマートンが物凄い形相で一心を見ていた。しかし一心はそのことに気が付いていない。

「ダディー…」

 そしてディリックは息子のマートンではなく一心を叫ぶ。

「SHIN!」

「え?…何?」

「君が出るんだ!」

 一心は一瞬、戸惑いを見せるが嬉しそうに交代をした。それを見ていた流稀亜がつぶやく。

「日本人?」

 そして交代した一心に対して角刈りで目がつりあがった顔をした流稀亜が声をかけてきた。

「お前みたいなチビが出てきても何もできないさ」

「そう?お前、デカいだけで上手ではないね。お前の身長、俺にくれよ!」

「…チビが」(こいつ、何で日本人の癖にアメリカのチームで出るんだよ!)

「ノロマが」(ただデカいだけの角刈り頭…)

 試合が始まる前から火花を散らす二人。しかし、試合が始まると一心のバネのある独特なドリブルに驚く流稀亜。

「何だこいつ…しかも早い…」

 そしてチームのディフェンスを次々とかわし、あっという間に流稀亜の目の前に一心が来る。

「させるか!」

 独特のリズムに置いていかれそうになると、それを見計らってシュート体制に入る一心。

「馬鹿め、空中戦では身長186センチの俺が有利だ!」

「バーカ」

 フェイントにまんまと引っかかる流稀亜。一心は流稀亜を避けながらシュートを打つ。体制が崩れる一心。

「決まるわけないだろ!そんな体制のシュート!」

大声で叫ぶ流稀亜の声がカナリアが泣くように聞こえると、それをあざ笑うかのように決まるシュート。

「シュ」

 そしてその後も一心のドリブルはまるで魔法の様に次々と相手を抜き去りそして得点を挙げた。負けじと流稀亜がドリブルで相手陣内に切り込もうとするとそれを簡単にカットする一心。

「何!」

「海兵のおっちゃん達に比べたらお前なんか亀だな!」(確かにお前は上手い。でもベンチでずっとお前の動きや癖は見ていた。お前はまだ左のドリブルが弱いんだよ!)

 そういうと180度ターンして一気にリングに向かって速攻を仕掛けシュートを決める。すると一心のプレーに魅了された海軍の観客席が賑わいを見せる。そして流稀亜が口を開く。

「この野郎…」

今度は、ドリブルの途中から一心のディフェンスにつく流稀亜。一心は必至のディフェンスにコースが塞がれる。

「やるな!」

「行かせない!」

 しかし、そんな一心のピンチにチームメートのレジー バンガードがボールコールする。

「HEY!」(俺はUSAエースだ。日本人のお前にこれ以上…)

 流稀亜がまた大声で叫ぶ。

「お前の聞き手は右手!俺から見て左をこうやって抑えれば簡単だ!そして左の反応は遅い!その左のボールを俺はカットする!」

 しかし、一心はコースにつかれた右から左に鮮やかにコースを変えさらに加速して進む。

「スーパージェップ…」

 バンガードが一心の動きを見て小声でつぶやく。(右も左も変わらない、こいつのドリブルは左右対象でスキがない…そしてこの黒人の特有のばねの様なドリブルを何故、アジア人のこいつが出来るんだ?こんなことなら、ドンとトーマスもつれてくればよかったな…それはそうと…熱があるからといい加減な気持ちで試合をしていたけど…負けてられないな…)

 そんな一心の活躍をポカンと口を開けて樹里は見ていた。そして樹里はどこで応援していいのかもわからず、敵である世田谷子供教室の父兄の座るベンチで試合を見ていた。世田谷子供教室の父兄は小学校の全国制覇をしたほどのチームの父兄ということもあってバスケに詳しかった。

「ちょっと、あの子何?あのドリブル、一歩目も低いし早いわ」

「全国大会でも見たことがないわね。あれだけのドリブルのクイックネスがありながら冷静にパスも出せるなんて子供じゃないみたい」

「これから、中学になったら要注意ね。神奈川のどこの中学の子供なの?」

「それにしても、子供のドリブルには思えないわ、きっと親がバスケ経験者よ」

「うちなんか、試合に出るのはたまに…どうやってあんな上手な子が育つのか母親に聞いてみたいわ…」

 それを聞いていた樹里が突然大きな声で一心を応援する。

「いいぞ!シ~ン!いけ~」

 隠れて試合を見に来ていた樹里の声も響く。

「あれ、母ちゃん来てたの?」

「逆転しないとメシ抜きだからね!そんな奴ら!ぶっ飛ばしてしまえ!」

 コート上でつぶやく一心。

「…もっとうまい飯なら食いつくんだけどな…」

「…聞こえてるわよ!クソガキ!」

「…ゲ…」

 そして、観客席で見ていた樹里は上機嫌で試合を観戦しようと前のめりになっていた。すると世田谷子供教室の父兄が声をかける。

「あのー」

「はい、あれうちのバカ、息子です!どうやって育てたかですよね。うちは放置、放置プレーです!」

「あのー」

「はい?」

「ここは、世田谷子供教室の応援席ですけど」

 舞い上がっている樹里は自分がしていることの重大性に気が付いていない。

「はい」

「いや、ハイじゃなくて、敵ベンチで応援しないでもらえますか?」

「え…やだ…私ったら…」

 急いでベンチを立ちその場から立ち去る樹里(シン…凄いわね。あなたのことみんな噂してるわよ。さすが私の息子…って昨日は御免。お母さんが間違ってたかも…)

 そしてその後、一心が調子の出てきたバンガードにボールを集めるとそれまでと全く違った動きを見せるバンガード。

「Yes!」

次々に鮮やかなドライブインからシュート決めるバンガードに対してディフェンスにつく流稀亜。

「止める!」

(君程度…体が本調子なら相手でないよ…)

バンガードが流稀亜を抜き去りダンクシュートに行こうとす。

「もらった!」

 しかし流稀亜は諦めていなかった。

「させるか!」

 バンガードのダンクシュートを指先の先端で何とか食い止める流稀亜。

「何!」

「なめるなよ!」

 それを見て微笑む一心。

「やるじゃん」

「行くぞ!チビ助!」

 流稀亜が一心に向かってドリブルで突進してくる。

「望むところだ!」

 迎え撃つ一心。

「…」(こいつら…)

 その後バンガード、一心、流稀亜、は同様に小学生とは思えないほどのスピードとテクニックを見せつけ観客を魅了していた。

「Yes!」

 徐々に調子を上げてきて次々に決まるバンガードのシュート。(クソ、熱が39度もなかったらもっとコンスタントに動けるのに…)そんな満身創痍の状態とは知らずに一心がバンガードに声をかける。そしてその後、一進一退の攻防が続くが徐々に海軍チームが力の差を見せつけてあっという間に4点の逆転を許していた。


海軍キッズチーム 67 対 63 世田谷子供教室 


流稀亜は初めて見る一心のプレーに驚いていた。

「誰だあいつ…全国大会でも見たことがないぞ…」(あいつさえいなければ…)

「気にするなよ、流稀亜」

 チームメイトが声をかける。

「うるせんだよ!」

 それを余計なおせっかいと言わんばかりにはじき返した。試合が再開されると相変わらず海軍キッズチームの怒涛の攻撃が続いた。それを止める事が出来ない世田谷子供教室。

「ナイスシュート」

 一心のプレーに感化された海軍チーム。海軍チームメイトもまた一心を助け、最高のプレーを引き出していた。中でも一心と、バンガードとの息の合ったコンビネーションは観客を魅了していた。

「センキュー!」

 笑顔の一心に対して対照的な顔の流稀亜。その後、流稀亜も意地を見せシュートを決め、食らいつくが、ワンマンプレーを続ける流稀亜のプレーは2人がかりで抑え込まれた。

「クソ!」

 そして試合が終る頃には、


海軍キッズチーム 84 対 72 世田谷子供教室 


12点差になり試合終了のホイスチルが体育館になり響いた。

「クソ!」

 試合が終ると一心に近寄って来る流稀亜。

「お前は…誰だ?」

「俺は将来NBAに行く男!」

「NBA?」

「君は違うの?」

「俺は…俺だってそうだ!」

 殺気立つ流稀亜。

「ふーん」

 平然と答える一心に問いただす流稀亜。

「お前、名前は?」

「神木 一心」

「…神木 一心…か」

 一心が流稀亜に問い返す。

「君の名前は?」

 一心がそういうと、流稀亜が等々力体育大学に所属する兄の暁 智也、206cmに呼ばれた。

「流稀亜!」

「はい」

 智也に呼ばれると、名前も告げずに一心の元を流稀亜は走りっ去っていった。そして流稀亜がいなくなると今度はバンガードが一心に声をかけてきた。バンガードは、母親が日本人でそのため何回も日本に来ていて日本語も話す事が出来た。

「ヘイ、ジャパニーズボーイ!聞きたいことがあるんだ!」

「何?」

「君は利き手はどっちなの?」

「右だけど」

 そういって、聞き手を差し出す一心。右手の掌には大きな傷跡がある。

「…怪我したのかい?」

「ああ、これはさ友達が怪我をしそうになった時に助けたんだよ」

「大ケガだったろう」

「まあね、骨折したからさね。でもそのおかげで左手のドリブルも上手になったんだ~

「道理で…右も左も上手なわけだ…これじゃあ、ディフェンスのやまをはることもできないな…」

「侍ボーイ!」

「ん?」

 握手を求めるバンガード。

「あ、どうも」

「今度またどこかで会おうな」

 バンガードは優しく微笑みかけるが一心の手を相当強い握力で握りしめていた。そしてバンガードの手が相当な熱があるのに気が付いた。

「いたたた…君…熱があったの?」

「問題ない。たいした熱ではない…」

「そっか…」

 バンガードは前日に風邪を引いてしまい39度の熱があることなど忘れるほど内心では自分自身に対して怒りが収まらなかった。親善試合とはいえ世界のバスケの頂点に君臨するアメリカ。その自分たちが日本人に助けられて勝利を収めるとは思ってもいなかったからだ。(…ファック…トーマスにドン、日本に面白い奴が2人もいたぜ。お前らも来ればよかったのにな。それにしても、危なかった。負けて帰ったら親父に何言われるか分かんねえし…)

「ねえ君、海軍のおじさんたちと練習する時には見たことないけど今度また、ここで会えるの?」

「俺はたまたま親戚のおじさんの所に学校の休みで遊びに来てたんだ。またアメリカに戻る」

「アメリカ!…そうか、残念…」

 残念そうな一心を見てバンガードが口を開く。

「今度いつか、君がアメリカに来たら僕の友達も紹介するよ」

「え、本当に?君と同じで上手いの?」

 冗談半分でそう聞くとバンガードの表情が急に真剣な顔つきなった…

「君よりも上手かもよ」

「楽しみだな、次に会う時はNBAかな」

「…は?」(こいつ、NBAがどれだけ厳しい道なのか…まあ、いいか)

 一心がそういうと聞き取れないほどの声の大きさでバンガードがつぶやく。

「神木に暁か…この借りはいつか返す!」

 そういって手を振るとバンガードは去っていった。

「何だろう?何か言っているのが聞こえたような気がするけど…ま、いっか!」

 そういうと一心もバンガードに背を向けて歩き出した。

そして、その二人を鬼の様な形相で試合にすら出ることのできなかったマートンが拳を握り締めてじっと見ていた。

「上手になって…あいつら全員…潰す…流稀亜、神木、バンガード…覚えておけよ…」

 マートンはそう心に誓った。

それぞれが、初めて出会った第一印象は「最悪」だった。


一心は稀亜に対して

「あの角刈り頭はしばらく会いたくないな…」


流稀亜は一心に対して

「目障りなチビ…」


マートンは一心と流稀亜に対して

「むかつく奴らだ…俺だって…」


 そして3人ともお互いが背を向けるようして体育館を後にした。そして、いずれ再会する運命のその時まで3人は努力を怠ることなくバスケの練習に励んだ…


2016年~  夏


タイトル「再会」 


 中学に入って1年が過ぎ2年生になるころには無名だった横須賀南中学校が一心の活躍で優勝するようになっていた。噂を聞きつけたかのように、週末になると一心の母親の樹里が応援に来て喉を枯らす。見たこともない樹里の笑顔と大きな声。

「いけ!ぶっ飛ばせ!」

「やっちまえ!」

155cm弱で細身の樹里からは想像もつかないほどの声と罵声にも似た応援は他の父兄が引くほど激しかった。そんな何の迷いもなく元気いっぱいに素のままに応援する樹里の姿が一心は大好きだった。

「シ~ン!流石私の、息子!」

「ついこないだまで、馬鹿扱いしてた癖して…」

「何か言った?」

「地獄耳かよ…」(母さんでもさ母さんの笑顔が少しでも長く見てられるように…俺、頑張るよ!)

 そう思ってその後も努力して、どんどんプレーが上達していった。

 中学3年生になり、伸ばしたかった身長が止まってしまっていたが170cmにはなった。バスケ選手としては小柄ながらも、そんなことは気にすることもなく、努力した。朝は5時に起きて校庭においてあるゴールに向かって100本のシュート練習が終わると次はドリブル練習。階段を上ったり、建物を飛び越えながらドリブルやジャンプを繰り返した。その成果もあってか、無名だった横須賀南中学は3年生の夏、県大会を勝ち進むと見事に神奈川県の大会で優勝して初の全国大会に出場をはたした。そして1回戦、2回戦、を苦戦しながらも一心中心のプレーで何とか乗り切り3回戦を迎えようとしていた。無名中学ながら快進撃を続けるチームの中心である一心の華麗なプレーはその頃になると全国大会でも噂になっていた。


3回戦 


福岡県代表 大牟田北 対 神奈川県代表 横須賀南中学


福岡代表 大牟田北中学


佐藤  伸樹 180cm CF  (センターフォワード)

日比谷 直樹 177cm PF  (パワーフォワード)

赤堤  真一 190cm C   (センター)

明治  優斗 170cm PG  (ポイントガード)

荻窪  斗真 176cm SF   (シューティングフォワード)


神奈川県 代表 横須賀南中学 


神木 一心    170cm PG  (ポイントガード)

伊達 和人    180cm C  (センター)

烏丸 隼人    176cm SF (シューティングフォワード)

永井 弘毅    178cm SF (シューティングフォワード)

吉成 信二    182cm CF (センターフォワード)



 試合開始から、点の取り合いが続き一進一退の激しい展開が続いていた。取っては取られ、取られては取る。そんな試合展開が1コーターから最終コーターの第4コーターまで続いた。そして4コーター残り1分を切るころ、


大牟田北中学 78 対 76 横須賀南中学 


2点差で負けていた。相手の大牟田北中学は佐藤 伸樹を中心としてシュート力に定評のあるチームで、攻撃力が売りがチームだった。

中でも佐藤は3ポイントシュートの成功率が今大会NO,2だった。

対する横須賀南は、身長や能力で見ても大牟田北中学のメンバーから見ると劣っていて、そのオフェンス力を止める事が出来なかった。接戦になったのは、一心の高い技術力とシュート力、そしてチームに出す優れたアシストの結果だった。一心は中学生離れしたドリブルや、スピード、シュート力で大牟田北中学を相手に5対1の展開であるかのように必死に戦っていた。

「決める!」

 その証拠に、その日も横須賀南中学が4コーターまでに入れた76得点のうち49点は一心がもぎ取ったものだった。残り時間1分58秒で横須賀南がボールを持つ一心の指示でコート中央を走り出す。センタープレーヤーの伊達は、

「外に出ろ!」(コートのハジに行け)

と指示を受け鳥丸は「スクリーンを使え!」

(二人以上の選手がディフェンスに対して壁を作って遮断し攻撃のチャンスを作ること)と指示を受け、永井、吉成はダブルスクリーンを神木にかけるように指示される。「永井、吉成、ラスト俺が行く!スクリーン頼む!」

「OK」

スクリーンを使い、ノーマーク(ディフェンスがいない状態)になったところで一心が3Pシュートを見事に沈めて逆転する。


横須賀南中学 79 対 78 大牟田北中学 


残り18秒、相手エースの佐藤が単独でドリブルするとそのまま切り込みまた逆転を許す。

「負けてたまるか!」


横須賀南中学 79 対 80 大牟田北中学


 一心のふくらはぎが痙攣して足が硬直しそうになる。体力の限界が来ていた。しかし、大牟田北中学は一心に対して3人もディフェンスが付く

「囲め!」

相手エースの佐藤が叫ぶ。一心は2人を素早くかわすと残りの一人を背にしてゴール下にいる、伊達にパスを出す。

「任せた!」

ノーマークの伊達はそのボールを貰うとシュート体制に入るが佐藤がそれに気が付き何とか止めようしてファールする。(シュート体制からのファールはフリースローになり。フリーの状態で2本打つ事が出来る。通常ゴールすると2点だがフリースローの場合は一本入るごとに1点で2回チャンスがある。ルール改定後はチームの合計で4つ目のファール後5つ目のファール後から自動的にフリースローになる)

 チームメイトの伊達は2本のフリースローを緊張感のある中でしっかりと決める。

「やったぜ!」


残り9秒…


横須賀南中学 81対80 大牟田北中学


 勝利を確信したかのように浮かれているチームメイトに大声を上げる一心。

「まだ終わってない!」

 その声は少し遅かった。大牟田北中学がエンドからボールを出すと速攻を仕掛けてきた。

そして、ロングパスが相手チームのエースである佐藤がいる方向に流れていく。

「もらった!」

 一心の目の前を通過するロングパス。目線の先には今大会3ポイントの確立が2位の佐藤がいる。これを決められたら負ける。母の笑顔を少しでも長く見るために頑張って来た。そのバスケにミサイルが撃ち込まれそうになっていた。ベンチで応援している樹里の声が響く。懸命に追いかけるが間に合いそうにもない。

「外れろ!はずーれーろ!」

何かに取り憑れたように声を出す樹里。

3ポイントライン手前でしっかりとパスをキャッチする佐藤。シュートモーションに入る。一心は心臓が破裂しそうで見てられなかった。

「頼む外れてくれ…」

 一心のその願いがかなったのか、佐藤の手元が狂ったのかは分からなかったが佐藤のシュートはゴールに嫌われるように外れる。

「あーー」

 という観客の声と同時に試合終了のホイスチルが鳴り響く。

相手チームのエース佐藤がその日初めてノーマークでのシュートミスをした。愕然とした表情の佐藤。

「…」

走り回った末の最後のシュート。張り詰めた緊張感と体力が限界だったのだろう。

「…」

試合最後の挨拶を交わすと肩を落とす佐藤に一心が声をかけた。

「俺でも外したかもしれない」

「…慰めなんかいらんけん。高校でお前を倒すけんね」

そういいながらも悔し涙が佐藤の目から流れていた。

「準決勝…勝てよ」

「うん」

そういいながら、一心と佐藤は力強い握手を交わした。



 横須賀南中学のメンバーは試合後、昼食をとると、午後から行われる反対のブロックの準々決勝の試合を見守った。試合前の予想は今大会NO、1の優勝候補、初芝東中学有利と言われていたが試合は始まってみないと分からないと一心は思っていた。しかしそれが間違いだったと気が付くまでにそんなに時間はかからなかった。



沖縄県代表 嘉数第一中学 対 大阪府代表 初芝東中学


佐久本  秀樹 180cm SF  (シューティングフォワード)

喜屋丈  平一 185cm CF  (センターフォワード)

北谷   孝義 166cm PG  (ポイントガード)

知念   忍  177cm SF  (シューティングフォワード 

金城   武彦 175cm SF   シューティングフォワード)


 

織田  信二     183cm SF  (シューティングフォワード)

ディリックマートン  201cm C   (センター))

暁   流稀亜    190cm SF  (シューティングフォワード)

中村  利重     170cm PG  (ポイントガード)

相川  牧男     182cm SF  (シューティングフォワード)



 試合前、コートに並ぶ両校を見ると中学生と高校生が行う試合ぐらいに身長差があった。元々初芝東中学は3年連続で全国大会に出場していて、昨年も全国大会優勝を果たしていた。その原動力となっていたのは勿論、デリック マートン201cmと暁 流稀亜190cmだった。

マートンと流稀亜は身体能力を生かしたプレーで全国でも名前が知れていた。そして流稀亜はその甘いマスクから女性ファンも多く人気があった。流稀亜のバスケの技術は素晴らしいものがあった。父親がもともと全日本にも入ったことがあるバスケの実業団出身で小さいころからバスケの英才教育を受けていた。


 試合が始まると嘉数第一中学のエース平一がポストプレー(ポストプレーとはセンタープレイヤーがボールを貰って、ゴール付近でプレーすること参考ページアリ)で奮闘するがマートンの高い壁の前にすべて弾き飛ばされる。外からのシュートが得意なシュータの佐久本がシュートを放てばボールから手が離れた瞬間、流稀亜にブロック(シュートをたたき落とす)されてしまう。

「エクセレント!僕イケメンだけど許して!」

 その流稀亜が叫ぶ。そのふざけた雰囲気とは真逆で、相手チームの嘉数中学は映画で見た脱出不可能な刑務所のように鉄壁のディフェンスを目の前になすすべがなくなっていた。

そして、初芝東の攻撃が始まると、流稀亜、マートンが中学生の試合とは思えないようなダンクシュート連発して相手チームの戦意を失わせる。

「おんどりゃ!」

とマートンが叫びながらダンクを決めれば

今度は流稀亜が決める。

「エクセレント!…僕ってイケメン!」

前半の2コーターが終わるころには


初芝東中学 54 対 10 嘉数中学


全国大会同士のレベルの試合ではない得点差になっていた。そして3コーターが始まるころにはマートンと流稀亜はすでにベンチに下がっていた。その後、嘉数中学は諦めずに得点差を縮めようと思い切りの良い3Pシュートを何本か決めるものの決定力に欠け結局試合は


初芝東 82 対 39 嘉数中学


と嘉数中学は大差で敗退していた。その試合結果はおおよそ明日の自分たちの姿だと言わんばかりに初芝東中学のメンバーが2階スタンで見ている横須賀南中学を見ていた。チームメイトがそんな中口を開く。

「明日、やばいな」

「なんだよ、あれ中学生の身長じゃないだろ」

「いや、こっちにだって一心がいるじゃん」

「いや、一心だけじゃどうにもならない」

「…」

「おい、一心どうした?」

 コートを見下ろす一心のまっすぐな目はまるでプレーしているときのように集中していた。

「おかしいのかもしれないけどさ…熱いんだよ胸が、あの高い壁を飛び越えて、もしくはフェイントで交わしてシュート決めたら気持ちいだろうなって…それに試合の笛もなってないのに負けだなんて…例え神様がいても決められないよ。笛が鳴って、試合終了の笛が鳴るまで勝敗はわからない」

「…」

「そ、そうだな」

 チームメイトが全員うなずく。うなずきながらもチームメイトはどこか同意していないのは表情から分かっていた。それは一心も同じだった。もう勝敗は関係ない。全力を尽くすしかない。そう考えていた。

「うん」

 伊達が口を開く。

「そうだな、この2年間、お前の朝練に付き合わされて、学校が終わると夜遅くまで練習。俺たちがやって来たバスケを全力でぶつけよう」

「おう!」

「よし、明日!勝つぞ!」

「おう!」

一心がコートにいる初芝東を見るとエースの流稀亜が多くの女性に囲まれていた。

「はい、はい、僕のハニー達いつもこのイケメンのために応援ありがとうね~」

そういった後、一心の方に目線を向ける流稀亜。なぜか笑って手を振る流稀亜に戸惑う一心。しかし、流稀亜は知り合いでもないのに優しく微笑みかけ手を振っている。まるで一心が手を振るのを待っているように手を振り続けていた…



 翌日、少し早めに会場につくと入念にウオーミングアップを済ませてトイレに向かう一心。トイレに入ろうとすると決勝の対戦相手でもある初芝東中学のメンバーが何人か先に入っていて声が聞こえてくる。気まずくトイレの入り口の前で立ち止まる一心。

「今日の相手どこやねん」

「おい、ゴジラが吠えとるで」

「…いえいえ、ゴジラはなあ、ほら可愛いから違うやろ」

「どいう意味でいうとんねん!」

「おい、警察に電話しろ!体育館のトイレで怪獣が暴れてますって!」

「了解、こちら地球防衛隊、体育館にて未確認の怪獣が暴れてるですわ。支給応援要請お願いしますわ!」

「…あのな、俺がいつ地球の平和を脅かしたんじゃい!」

「え、ほんまですか?ここは警察で怪獣100当番ちゃうって、じゃあ何処に電話すれば…」

 マートンが半分呆れたように口を開く。

「まだやるんかい!しばくぞ!ボケ!」

「あっははは」

「…まあ、話変わるさかい、敵は神木いうチビ助のポイントガード一人抑えればあとはカスやけん、楽勝で決勝いけるやろ。まあ、決勝ゆううても、珍獣と流稀亜がいる時点で勝ちは決まってるやながな」

 マートンが口を開く。

「おい、だから…誰が珍獣や…怪獣いうてたやんけ!」

「あれ、そういえば流稀亜はどないしてん?」

「ああ、あいつならまたまた、女子に囲まれてるんやないか?…かなわんな~」

「くそーなんであいつばっかり、ごっつう気にくわん!」

「お前は珍獣なんだから、動物に好かれるん違うか?」

「ははははは」

「…」

トイレから大勢の初芝東中学のメンバーが出てくと一心に気が付く。

「あ、おまん、対戦相手の神木やんけ?」

 驚く一心。

「…わお」

 マートンは一心の手首の傷を見て驚いた表情をしている。(こいつは…海軍キッズチームに飛び入り参加した…)

そんな驚いた表情をしているマートンにチームメイトが話しかける。

「マートンどうしたお前?」

「どうもせいへんわ…なんや、チビ助と聞いとったけど、えらいチビやね、オイ、チビおまえ毛は生えてるのか?」

マートンがのぞき込むようにして一心に話しかける。それに対して言い返す一心。

「君…近くで見ると違うね」

「何がや。ワイはチーム一のイケメンやからな」

 自信満々にそう言うマートン。マートンがそういうと初芝東中学のメンバーが口を開く。

「アホか」

「誰も思ってへん!」

「救急車呼んだ方がいいんちゃうか?」

 そして、一心がキョトンとした顔でサラッと口を開く。

「いや、そうじゃなくて君の頭の毛はなんだかチリチリしてるね。どこで買ったカツラなの?」

 悪気なく呟きマートン指差す一心。自然に思ったことを言っていた。すると大爆笑する相手のチームメイト。

「ははっはは」

 それを見てこぶしを握り締めて興奮気味のマートン。

「このクソガキ、誰にものいうてんねん!」

 するとタイミングよくどこからともなく女子の声が聞こえてくる。大勢の女性に囲まれている流稀亜が長い長髪の髪をなびかせて歩いてくる。トイレの前で止まると長い髪をヘアーバンドで結びポニーテールのようにまとめる。

「キャー流稀亜様!」

「流稀亜様!素敵!」

流稀亜を囲むように総勢20人ほどが群れをなしている。

「はいはい、ハー二達、センキュー~僕がイケメンでごめんね」

 初めて見る光景に唖然とする一心。

「…」

「流稀亜、貴様なにしとんねん!しばくぞ!」

「神木君、ちょっと右手見せて」

「(…やっぱりこいつあの時の…)あ、マートンいたの?イケメンつまりは、いけてる男…メンズ…そう超イケメンの流稀亜!参上です~」

「キャー神!」

「結婚して!」

「抱きしめて!」

「ワイが抱きしめたろうか?」

 マートンがいやらしい顔をしてそう言うとファンの女の子が驚き足や手をばたつかせて持っている物をマートンに投げつける。そして罵声を次々と浴びせる。

「変態!」

「キモイ!」

「ライフル用意して!」

「ライフルじゃ無理!バズーかよ!」

「私、お弁当のハシしか持ってない…」

「…お弁当のハシなんか役に立たないわよ!」

「こうなったら、珍獣ハンター呼ぶしかないわ!」

 その言葉に流石にマートンも反応する。

「って誰が珍獣やねん!」

「ははは、僕のハニーたちはなかなか面白いだろ。マートン」

「こんクソガキ!何べん言うたらわかんねん。なんで標準語なんじゃいボケ!」

「え、だって僕ほら東京から大阪に来たの2年になってからでしょ。それにイケメンに関西弁はねえ、あわへんやろ?」

「一年たったら関西弁でいいやろ!わしかて親の都合で横須賀から引っ越してきたのは1年のはじめやで!まあ、英語、日本語、標準語と3ケ国語を操る俺にとっては大阪弁のマスターはすぐやったけどな!はははは」

「マートン…醜いってかわいそうだよね。僕もジェイソンみたいな顔に生まれたら性格がゆがむよね…」

「今はその話!関係ないやろが!」

 流稀亜についてきた女性陣も同調を始める。

「そうよ、このドブネズミ!」

「そうよ、薄汚い巨人族!」

「そうよ、半魚人!」

「いやーマートン、女子には人気ないね、ははは」

「…流稀亜…貴様!しばいたろうか!」

「あ、マートンそういえば豪徳寺監督が呼んでたよ。なんだか決勝戦前にエースにだけ話があるって…」

「…そうか、監督がそういってたんか?お前じゃなくて俺を」

「うん。僕はイケメン、エースは君らしいよ?」

思ってもいないことだが一心と話したい流稀亜はマートンが邪魔でいなくなればどんな嘘でもよかった。

「いやーやっぱりわかる人にはわかるんだよな~流稀亜、ほな、女なんかにかまってる暇ないんでな」

「はは」

機嫌よく立ち去ろうとするマートンを嬉しそうに見送る流稀亜と女の子達。一瞬立ち止まり口を開くマートン。

「チビ!せいぜい色んな意味で退場しないように着つけろや!」

「うん、お前もな!」

何の悪気もなくそういう一心。

「…こんガキ!」

振り返るマートン。マートンと一心の間に立ち視線をふさぐ流稀亜。

「ねえ、神木君マートンは単細胞の脳なし。だからほっといていいよ、エースは僕だよ。イケメンのうえにバスケの天才的エース…何故、神様は僕に試練を与えるのだろう。ああ神よ、僕はおかげで世の男性から嫉妬の嵐…」

「…貴様…全力で殴ったろうか?」

 怒り心頭のマートン。しかし急に声のトーンが変わりおちゃらけた雰囲気が全くなくなる流稀亜。

「マートン、僕は今大会、君よりも得点ランキングで15点以上も多くて平均42得点だよ。君がやっとレベルの低い中学生相手に平均25,6得点、僕と君じゃあ、まだまだ~差があるんだよ。なのに勘違いしてるんじゃない?周りがなんて言ってるかわからないけど、勘違いしないでほしんだよね…」

「…」ぐうの音も出ないマートン。流稀亜は更に畳みかけるようにして口を開く。

「バスケはね、力とか勢いだけじゃ出来ないんだよ。一瞬の判断、ほんの数秒間、いやコンマ何秒間の間にいくつもある線から正しい答えを導かなければいけない頭脳戦でもあるんだよ。君にそれが理解できているのか…疑問だよ。まあ、僕はイケメンだけどね」

「…まだ全試合終わってねえだろ!」

 捨て台詞のように立ち去るマートン。それを見て唖然とする一心。

「…久しぶりだね」

流稀亜がそういうと一心は驚いた表情をしている。

「え?…どっかであったことある?」

 小学生の時に横須賀基地で会った時と180度イメージの違う流稀亜に一心は気が付かない。横須賀基地で会った時の流稀亜は角刈りで性格もきつかった。今の流稀亜はそんな性格を隠すためなのか、「イケメン!」と常に言ってチャラチャラしていた。

「はははは…んーー神木くん、最後のパスさ僕なら取れたよ…ナイスパスだった」

(最後のパス?もしかして準決勝でやった試合の最後のパスのことか?あのパスは僕の全力のパス。理解してくれる人がいたなんて…)

「遊べる時間になったら一緒に遊ぼうね。その時は僕が合わせるから。だって僕はイケメンだから~」

 微笑みながら、意味不明な言葉を言う流稀亜に驚く一心。

「…え?」

 かまわず投げっキッスをしながら嬉しそうに立ち去る流稀亜を一心は怪訝な表情で見ていた。


準決勝 第一試合 


大阪府 代表 初芝東中学


織田 信長     183cm SF  (シューティングフォワード)

ディリックマートン 201cm C   (センター)

暁 流稀亜     190cm SF  (シューティングフォワード)

中村  利重    170cm PG  (ポイントガード)

相川 牧男     182cm SF  (シューティングフォワード)



神奈川県 代表 横須賀南中学 


神木 一心    170cm PG  (ポイントガード)

伊達 和人    180cm C   (センター)

烏丸 隼人    176cm SF  (シューティングフォワード)

永井 弘毅    178cm SF  (シューティングフォワード)

吉成 信二    182cm CF  (センターフォワード)



 


開始早々、マートンと流稀亜のシュートが次々と決まり徐々に点差が広がる。少しでも縮めようとするが簡単には行かなかった。

「イケメン!ダンク!」

「おりゃ!止めてみいや!」

 何故なら身長差もあって一度ボールが回ってしまうとなかなか防ぐ事が出来ない。しかし横須賀南中学のメンバーも目は死んでなかった。

「まだまだ!」

一心は得意のドリブルで初芝に対して早い展開のオフェンスを仕掛ける。先に走っていた吉成にパスを出し、吉成が伊達につなぐ。シュートチャンスと思いきやマートンの高くそびえる、高層マンションのような壁にシュートも打てない。

「俺によこせ!」

一心が叫ぶ。ボールを受けると一心はマートンめがけて突進。

「なめとんのかボケ、ハエたたきしたるわ!お前には昔からの恨みがあるんや!」

マートンが空中に飛び、目の前に大きなな傘が開いたようにシュートコースを塞がれていた。それでも覚悟を決めて飛ぶ一心。

「…まだだ!行ける!」

 一心はマートンのブロックを左手で抑えると、右手一本でフックシュート(フックシュートとはゴールに向かって正面にシュートが出来ない状況。または高いブロックにあったときにそれを回避するために、打つシュート。具体的には右左、どちらか片手で弧を描くように腕を動かし、もう一本の腕で相手のディフェンスをカバーする。止める事が出来ないシュート。バランスをとるのが難しく、練習しても入るようになるものではない。指先で感覚を研ぎ澄ますことはできるが、手首の感覚でシュートするため。調整が難しい)技術ページ参考。

「うおおお!」

一心のそのシュートは綺麗な弧を描き見事ゴールネット揺らした。

「シュ!」

小さな巨人が、大魔神マートンに果敢に挑むその姿を観客がチームメイトが、そして敵であるはずの流稀亜までもが目を輝かせて見ていた。

「シン!やるね!イケメンも驚き!」

「なんやねん!クソ!」

マートンはよっぽど悔しかったのか、何度も地面を踏みつけるような仕草をする。すると流稀亜は犬をなだめるようにマートンに話しかける。

「マートン、君、自分の体が大きいからって、有利だと考えてブロックにいったでしょ。そんなの通用するの普通の相手だけだよ。彼は特別だから」

「あのチビのどこが特別なんや!アイツは俺を差し置いて親善試合に出た…」

「親善試合?」

「おまん、俺のことも覚えてないやろ!」

「…いつの…話?」

「もうええねん!」

 すると初芝東中学の監督の豪徳寺 力也が鬼のような形相で二人を見ている。

「流稀亜!マートン、くっちゃべっとらんと、はよ攻めろ!しばくぞ!」

 

 その後も、横須賀南中学の怒涛の攻撃が続くが一心は観客を魅了するような神業的なプレーを連発して何とかくらえつく。

「しぶといチビやな!」

ブザーと同時にダンクシュートを決めるマートン。



初芝東中学 28 対 23 横須賀南中学




第2クオーター


開始から、一心が飛ばす。速攻に見せかけて3ポイントラインから早いシュートモーションで見事に3ポイントを決めるとディフェンスでは、低い姿勢からドリブルする相手の懐に入り込みボールを奪い、その後またシュートを決める。そのかいあってか

得点差は28対28の同点になっていた。

「成田!伊達!早く戻れ!」

「鳥丸と永井はそこにいると邪魔になる!もっとコートを広く大きく使うんだ!」

「違う下がれ!」

「おい!」

「もっと前に来い!」

「いいぞ!ナイス!」

「違う、そこじゃない!」

「こっちだ!」

「スクリーン入れ!そっちじゃない!こっちだ!」

「戻れ!リバンドはいい!どうせ取れない!早くしろ!戻れ!」

「しっかり見ろよ!」

「行け!今だ!」

「打て!早く!打て!」

 次々と的確な指示を出す一心。いつもより余裕のない一心のその言葉使いは普段より徐々に厳しいものになっていった。そんな一心の指示に会場から心無い声が漏れていた。

「あのガード上手だけど独裁者みたいだな」

「あんな指示されても的確に出来ないだろ」

「勘違いしてるんじゃねえの?」

「ははは」

 そんな声は一心の耳にも届いていたが気にしている暇はない。勝負に集中した。

 流稀亜が珍しくボールコールしている。

「パス!」

ボールを貰うと懸命に守るディフェンスを素早い動きで3人ほどかわし、最後はダンクシュートを決めた。

「イケメン、再びダンクシュート行きまーす!」

 目が輝き、やる気と自信に満ち溢れてるプレーは中学生が止められるレベルではなかった。おそらく今すぐに高校に行ってもどこでもスタメンで出れるだろう。そのくらい、すでに完成されたプレーを流稀亜はしていた。しかし、一心も負けていなかった。流稀亜にダンクを決められた直後、ボールを貰と一人で相手敵陣に入り込み、稲妻のような動きで交わすと最後は打点の高いシュートをマートンの目の前で決める。

「よっしゃ!」


横須賀南中学 37対36 初芝東中学 


横須賀南中学が奇跡的に逆転した瞬間だった。それ見ていた流稀亜が嬉しそうに口を開いた。

「ナイス、ミナクルシュート!」

そういって軽く一心の肩をたたく流稀亜。

「あ…どうも…」

溜まらずタイムアウトを取る初芝東中学。


 ベンチに戻ると、一心は肩を震わせ、大きく深呼吸していた。もうすでに一試合戦った後のように感じるほど体力が消耗していた。

「ハア、ハア、ハア…」

 体の小さい一心はタッパや(身長)がたい(体格)で劣る。それが意味するものは接触のたびに徐々に奪われる体力だった。最初は割れない強化ガラスも何度も撃ち抜かれるとあっという間にひびが入る。それと同じように、体中が消耗しきってどんなに大きく呼吸をしても酸素が足りないくらいだった。それは一心だけでなくチームメイトも同じだった…



 しかし同じ頃、相手ベンチで流稀亜だけ余裕の表情を浮かべていた。そして流稀亜は肩で息をする一心を遠くから見ていた。流稀亜が呟く。

「そろそろかな?」

 初芝東中学の監督、豪徳寺が選手に檄を飛ばす。

「お前ら、何油断してるんだ!とことん追い詰めてやれ!」

 ベンチに座る流稀亜が嬉しそうな表情で口を開く。

「…監督」

「なんだ?」

「僕って、なんでイケメンなんですかね…」

「アホかおまんわ!」

 チームメイトの誰もがその発言に怪訝な表情をしている。しかし流稀亜の表情が変わり鋭い口調で話し始める。

「もう、そろそろ流れはずっとこっちに傾いたままになりますよ」

豪徳寺が口を開く。

「何だと!」

「もう、向こうは3コーターを全力で戦うほど力が残ってませんよ。きっとハーフコートで休んでも、1,2コーターと同じように動けませんよ。イケメンが言うんです。間違いないです」

「…」

「それで監督、提案があるんですけど…勝負が着いたら好きにさせてもらっていいですか?」

「…何をいうとんじゃいボケ!」

「いや、そこをなんとかねえ」

「何をだボケンダラ!」

 低姿勢で口を開く流稀亜。

「みんなに、合わせるんじゃなくて、自分の全力で少しやってみたいんですけど」

「…意味わからへんけど全力なら最初から出せや!」

審判が動き始め試合が始まろうとしている。

 豪徳寺の怒りは収まらない。審判の笛が鳴りコートに戻ろうとする流稀亜が声のトーンを下げて、冷静に話す。

「3コーターで20点、20点差付けます。そしたら4コーターは好きにさせてもらいますよ。とりあえず、2コーター最後の攻撃は僕が囮になってマートンにパスを出して、マートンがきっちり決めれば、3点差で前半終えますけど、それでいいですか?」

「…」

「まったくどっちが監督なんだかわからない」と豪徳寺は小声でつぶやいた。

「じゃ、イケメン、有言実行してきまーす」


その後、流稀亜は宣言通りきっちり囮になりマートンにパスを出し前半を


第2クオーター終了


初芝東中学 40 対 37 横須賀南中学 と3点差リードで折り返した。



 ハーフタイムになると会場を後にして更衣室に向かった。横須賀南中学の更衣室は息を切らせる選手がぐったりと座り込んでいた。今までになく全力で相手にぶつかった時の衝撃によって体力が消耗していた。一心もそれは同じで、特に体力の消耗が激しかった。その中でもどうやったらこの後戦えるか考えていたが、いい答えは見つからなかった。

「クソ!」

そして後半戦が始まった…

「ピー」審判の笛とともにコートに並ぶ両校の選手。横須賀南中学の選手はハーフコートで休んだはずだが、顔がげっそりとしていた。それに対して相手チームの初芝東中学は全員がすがすがしい顔をしていた。そんな中、突然相手チームの流稀亜は一心に近寄り声をかける。

「後半もイケメンだけどよろしくね、シン!」

 まるで自分のチームメイトの様に優しく微笑む流稀亜に戸惑う一心。

「…負けない!」

そう強く声に出して言いた気持ちを抑えプレーに集中した一心。しかし、その思いとは逆に後半開始直後から流稀亜、マートンが高さを生かして次々に得点を重ねる。

「なんや、動き悪いやんけ!」

「イケメンも楽勝!」

 そして、ディフェンスでも次々に攻撃をつぶされる。横須賀南中学のオフェンスをことごとくハエたたきのように潰していくマートンと流稀亜。

「はい、どうも!」

「じゃまや!」

 何度も高さの壁をかいくぐろうとするが、思ったように動けない。その上、いつもより鋭いパスを出すとチームメイトがそのパスをキャチする事が出来ない。一心の能力についていけないチームメイトに徐々にイライラが募っていた…。

「あ…」

 イライラが募る一心を子馬鹿にするマートン。

「なんや、手応えないな!オイチビ。オムツでもかしたろか?」

 マートンがのぞき込むようにして声をかけてくる。

「…ここからだ!俺は勝つ!」

 しかし、その後初芝東にどんどんゴールを量産される。気が付いた時には24得点差で負けていた。




第3クオーター終了 


初芝東中学 69 対 45 横須賀南中学


「負けるな!頑張れ!」

樹里がベンチ上のスタンド席から大声を出している。

「ふんばれ!シン!」

タイムアウトを取り、ベンチに座るチームメイトと一心。そんな声もどこか他人事のように聞こえた。圧倒的な力の差の前になすすべがなかった。スコアボードに出ている目の前の点差を呆然と眺め廃人のようになっていた。「やる気」はある。しかし思いとは別に体が動かない。体だけでなく、精神的にも心が砕け散りそうになっていた。すると一心の口頭部にペットボトルが当たる。

「ドン!」

ベンチを見上げるとそこに昨日戦った大牟田北中学の佐藤の姿があった。

「…ん?」

「なんがしちょっとや!神木!」

「…佐藤君?」

「ざあーとしとう!こげん奴に負けたのと違うとよ!神木はんの全力見せてみるとよ!…じゃけん、負けたらな、そこで終わりとよ!…ばってん、倒れるまでやるとよ!」

 佐藤が喉がつぶれるほど大きな声をからして一生懸命伝えてきたメッセージは一心の折れそうになっていた心にまた火を灯した。

「…佐藤…」

 佐藤とは昔からの知り合いなわけではない。どこかで遊んだわけでもない。オンラインのゲームを通して対戦して仲良くなったわけでもない。バスケの試合を通して全力を尽くすことで通じ合う心と心。佐藤の求めるもの、一心が求めているもの、それが言葉ではなく友情として通じ合っていた。

「神木!」

「勝つよ!」

 佐藤は本気の目で一心に勝てと言っているのがその気迫から伝わって来た。本心ではどう思っているかわからないが全力を尽くそうと一心は考えていた。



第4クオーター開始。

 

第3クオーターの時は正直、流稀亜とマートンのプレーに圧倒されて手も足も出なかった。そのせいもあってか、ほとんど消耗しなかった一心の体力も多少は戻りつつあった。24得点差、逆転できそうにない点差。(まだあきらめるわけにはいかない!)

開始直後から依然マートンと流稀亜のツインタワーコンビの攻撃が襲い掛かる。

「イケメン、ダンク!」

「ワシもや!」

そんな怒涛の攻撃を食らっても一心はかまわず自分達のペースを保とうと声をからす。

「永井、伊達!コースをふさげ。上はいい!下だけ狙え!」(下にボールが下がった瞬間にカットを狙う)

なんとか食らいつこうとするが、何故か流稀亜の動きが、時間が過ぎるのと同時に徐々にテンポが速くなっている。

「早い…」

その動きの速さに味方までもが置き去りにされていった。その動きに唯一、反応できるのは一心だけだったが身長差があり過ぎて、ゴール前では何もすることが出来ずにいた。

「クソ!」

 それでも懸命にディフェンスをする一心はついに流稀亜のドリブルを一瞬のスキをついてティール(ドリブルしている相手のボールをカットする事)した。

「しまった!」

 流稀亜がそういうとすでに一心の体はリングに向かっていた。

「行くぞ!」

 鳥丸と永井が目の前を走っているがパスコースをふさがれている。全力で流稀亜もディフェンスに戻る。一心には、2人がかりでディフェンスが襲い掛かるが奇想天外でトリッキーなドリブルで一瞬で交わす。

「遅い!」

 ゴール前に飛び上がると、マートンがブロックに来る。

「邪魔や、クソチビ!」

 冷静な状況判断でノーマークの伊達に鋭く早いパスを出す一心。

「取ってくれ!」

 しかし、その思いはむなしく完全なノーマークにも関わらず、その早いパスを取る事が出来ない伊達。

「悪い…」

「あ…」

 一心は普段は試合中、常に自分の力を80%程度にして、周りに合わせてプレーしていた。しかしその日は流稀亜とマートンがいるため、余裕をもって自分の力をセーブすることが出来なかった。何故なら自分の全力のプレー120%で挑まなければパスもシュートも決まらなかったからだ。

 その後もファーストブレイク(速攻)の際に出したパスを吉成がキャッチミスしたり、ノールックパス(相手を見ないでパスを出す。予測不能なパス)を出した際に、味方が驚き反応できなかったりというターンオーバーが続いた。

「何でなんだ…」

 一心が小声で思わず愚痴をこぼすころに横須賀南中学がタイムアウトを取る。そして一心が元気のない表情でベンチに戻る前にマートンが声をかけてきた。

「なんだか、お前独りよがりだなチビ!負け組はのんびり屁でもことけや」

 マートンが口を開くと一心も負けじと噛みついた。

「…まだ…まだ終わってない」

「せやかて味方が取れへんパスだしても意味あらへんやんやろ!独裁者おチビ!」

「うるさい!まだ終わってない!」

 すると流稀亜が目の前を涼しい顔をして通る。何故かこちらを見て微笑んでいた。

「僕はそう思わないよ。シン!」

「え?」

「次のパス楽しみにしてるよ。さっきのパスもさコースといいスピードといい、最高だったよ。コーンスープのクリーム濃いめみたいな…」

 流稀亜は一心を見ながらそういう。一心はその言葉がどういう意味なのか考えて答えが出るまで時間をかけたが、皆目見当もつかなかった。

「…?」

ベンチに戻ると横須賀南中学の監督のが口を開く。

「おい、一心お前のパスみんなに合ってないぞ、最後まであきらめてはいけない、そしてチームを信じろ!」

 その言葉に素直に反応できなかった。でも理由を言ったところで理解されないだろう。その場を取り繕うように仕方なくチームには謝罪した。だが本心では違っていた…

「ごめん、みんな」

「気にするな!俺たちもお前のパスをしっかり取るからよ!」

 一心は正直そのチームメイトの言葉に反論したくなった。「取ってから言えよ…」公式戦において勝負は一度きり。勝つか負けるか…レベルの高い試合程、お互いが全力を出し尽くす。そして、時には試合をしながら成長する。そんな試合の中において、

チームメイトに合わせることが最善なのか?

相手が自分に合わせるべきではないのか?

自分のリズムでパスを出すことが正解なのか?

一心には正しい答えが分からず、間違った方向に進まないようにするしかなかった。そしてそうやって意識的に人の責任にしようとする考えを正さなければと自分自身を制御した。でも、パスをするにせよ、シュートをするにせよ、全力で行かなければ結果止められる。ならば、一か八か、あと何度かそういったことを試してみよう。そう前向きに考えてコートに戻った。


第4クオーター


2分34秒


初芝東中学 86 対 64 横須賀南中学


22点差…絶対的得点差。それでも最後まであきらめてはいない。一心の目は死んでなかった。

「まだだ!」

 自分に言い聞かせるように大きな声でそう叫ぶ一心は相手ガードからボールを奪うと高まった集中力が沸点に達して、相手の動きの一つ一つがスローモーションに映る。目の前を走る永井がノーマークなのが見える。しかしその後ろから流稀亜が物凄いスピードで走ってきている。少し先に出せば間に合う。

「頼む取ってくれ!」

いつもより、少し早いパスは矢が突き刺さる様なスピードで永井の方へ飛んでいった。しかし、永井は何とか指先にボールが触れるがキャッチできずにボールが空中に高く浮かびリングの方に向かっていく。

「しまった!」

 それを追いかけようとする永井。だが高く上がったボールはリングに当たるほど高く、永井の身体能力では届かない。

「しまった!」

悔しそうにする永井は落ちてくるボールにジャンプして飛びつこうとする。

しかし、そのボールがリングに当りそうになる瞬間、一心の目に違う色のユニホームが横切る。流稀亜が永井よりもはるか高く空中に飛び出しボールをダイビングキャッチする。

「何!」

「イケメン、貰ったよ!ナイスパスだよシン!」

 そして流稀亜は一瞬、空中で止まったような動きをするとそのまま腕を振り上げるて更に一段階上にジャンプしてリングにボールをたたきこんだ。

「バサ!」

ゴールネットを揺らす流稀亜の自殺点ダンク。しかし何故か流稀亜の表情は明るい。

「エクセレント!僕ってやっぱり…イケメン…」

「…」

 唖然とする会場や一心。敵チームでもある、一心のパスを受け取ると流稀亜は自殺点を入れながらそう叫んだ。

「超!気持ちいー僕イケメン!」

 一瞬何が起きたか理解できない。自殺点。静まり返る会場。

「何してんねん、流稀亜!」

マートンが大声で叫ぶ。初芝東中学監督の豪徳寺も声を荒げる。

「貴様!何しとんねんボケ!」と大きな声を張り上げて鬼のような形相で流稀亜を睨み付けている。

しかし流稀亜は全く気にしていない。その証拠に流稀亜がゆっくりと一心に近寄る。

「君のパスは間違えてない!」

 そう、言うと立ち去った。一瞬、真剣な顔を見せるとまたいつものおちゃらけた。キャラに戻り、平謝りする流稀亜。

「あ、なんか~イケメン手が滑って~すみません~」

 豪徳寺が口を開く

「次やったら交代だ!」

 すると流稀亜が目を輝かせながら口を開く。

「え?マジですか?もう一回やってもいいんですね!」

 こぶしを握る豪徳寺。

「馬鹿もん!ダメにきまってるやろ!おんどれ!しばくぞ!」

「はーい」

 流稀亜はおちゃらけてその場をごまかすが、全く反省した様子はなかった。


 残り1分32秒


 点差が開いたせいか少し雑になったディフェンスを一心はかいくぐり、フリースローレーンまで来るとマートンが立ちはだかる。

「チビ、簡単には無理だぜ!お前には恨みがあるんじゃ!」

 しかしチャンスだと思った一心はシュート体制から、バックビハインドパス(背中を通して出すパス)を出し伊達につなげようとするが伊達の反応が遅れる。

「まただ…」(どうして取れないんだ…)

 一心のスーパーパスはまたもや誰もいない場所に一直線に伸びる。しかしそのスーパーパスに敵のはずの流稀亜がまた反応する。

「素晴らしい!エクセレント!そして僕イケメン!」

 ボールをキャッチすると止まってジャンプショットを決める流稀亜。

「これも、エクセレント!やっぱ僕イケメン…イケメンにイケいけてるパスが来ました!ダブルイケメン!」

「…」

 流稀亜の正々堂々とした自殺点に静まり返る会場。怒り狂った表情のマートンが流稀亜に詰め寄る。

「またやりやがった、しばくいうてんねん!…」

マートンがそういうとすぐに初芝東中学監督の豪徳寺も大声を出す。

「ボケ!なにしてねん、貴様!交代じゃ!」

 急に真剣な表情をする流稀亜。

「くだらねえ…」

 いつもの僕イケメンというような雰囲気は潜め、クールな別人のような流稀亜。静かな表情だが芯の強さを感じる。

「なんじゃその態度!しばくぞ!」

「豪徳治先生!」

 会場に響き渡るほどの大きな声を出す流稀亜。

「なんやねん、謝る気になったか?そうか、謝ればええんねん。ワシも大人やさかいなあ…悪い事したら素直にあやまるのがいちばんやて、ほな、はやいとこすまそうか?」

 首を横に振る流稀亜。それを見て首をかしげる豪徳寺。

「いえ、まったく反省してないんで!」

「そうそう、ごめんなさいって意外に素直やん…って全く反省してません?ってなんじゃと貴様!ルール知っとるのか!ていうかなめとんのか!」

「はい、イケメンの父が元全日本なもので、ルールなら先生よりよく知ってるかと」

「貴様…そのへらず口…」

 流稀亜は立ち止まり、目の前にあるボールを拾い上げると会場にいる全員に向かって問いかけるように話し出す。

「なんで学校の勉強ができる人はアメリカだと飛び級があったりするのに、スポーツはないんですか?」

 一心は黙って聞いていたが流稀亜のその考えが、気持ちが痛いほどわかった。一心自身もチームのメンバーは嫌いじゃないが試合でレベルを下げてまで合わせるパスに少し嫌になっていたからだ。

「なんだと!」

「どうして、僕や、シンは全力でプレーしないでチームに合わせてプレーしないといけないんですか?」

 それを聞いていた豪徳寺が当然だという顔をして流稀亜に反論する。

「馬鹿野郎!バスケは5人でやるからだ!」

「5人でやって一人の才能を潰すんですか?バスケットに個の才能は必要ないということですか?」

「それがチームってもんだろ!」

「…その考えで、世界で戦えますか?」

「そうやなあ~世界で戦えへんわな…って今は中学生だろ!」

「日本のバスケはだから世界的に見たら62か国中42位と最下位から数えた方が早いんじゃないですか?レベルの低い所に合わせるのがチームプレーですか?」

 流稀亜のつきつけた事実に何も言えずに黙る豪徳寺。

「…」

「なんとか言ってくださいよ。僕は答えがほしい!」

 苦し紛れな表情で豪徳寺が流稀亜に向かって叫ぶ。

「…個人競技じゃないバスケは…チームプレイやろ!」

「個人競技じゃない…バスケは5人?実際、ストレスなんですよ。全力でプレーすると誰もついてこれないっていうのは。僕も彼も、たまにこうやって全力のパスを出したり、受けたりしないと、僕たちの溜まったストレスは誰が解消してくれるんですか?先生?僕はね、最強にならないといけないんですよ!」

「…最強?」

「答えてください!僕が悪いんですか?それともこの国のシステムが悪いんですか?…先生、僕ね初めてなんですよ。誰かのパスを受けてみたいって気持ち。僕にとっては優勝することよりも、彼のパスを受ける方が重要なんです。そして進化して僕は最強を目指すんです!」

「そんなの試合でやらんと練習でやれいや!」

 そんな罵声にひるむどころか、逆に豪徳寺を睨み付ける流稀亜。何かに憑りつかれたような形相で一心不乱に話をする流稀亜。

「ふざけんな!…試合だから、一瞬もためららいなく芸術品のようなパスが出せるんだろ!そんな生きたパスを貰わないでなんで心が躍るんだ!」

「貴様の勝手なエゴやろ!」

「そうかもしれませんね、でもね、先生のチームワークを大切にしろっていうのはあくまでも同レベルでの話。僕から見たらそれこそエゴやパワハラですよ。僕ね飽きたんですよ…僕が全国制覇するエースになったのは僕のレベルが高いからですか?それとも日本のバスケのレベルが低いからですか?僕が例えば隣の中国にいて同じように中国でNO、1になれたとは思いませんよ。中国のレベルは高い。今の日本じゃ逆立ちしても勝てませんよ」

 実際、中国は国家を挙げての才能のある子供の発掘に全力をあげている。才能のある子供を見つけるために、小学校低学年の頃から手のひらのレントゲン写真を中国全土で撮影し、そこから将来の予測到達身長を計算する。そして子供達の両親の身長、両親は何かのスポーツ選手だったか?そこまで調査し金の卵を見つけたら、学費も全て無料免除してスポーツエリートが集まるスポーツ専門の(学校)寮に入学させる。そんな中国に比べると日本は環境もプレイのレベルもまだまだだった…


 豪徳寺が烈火の如く怒り狂うようにして口を開く。

「お前がいるのは日本だろ!ボケ!」

「全国大会ですらたいした本気を出してないのに…じゃあ、僕は何を目指して一生懸命練習すればいいんですか!僕は最強にならないといけないんです!」

「最強?…なんでやねん?」

 最強を目指すと言った時の流稀亜の表情は自分のためというよりも誰かのために成し遂げなければならないような表情をしていた。しかし、それが両親のためなのか?恋人のためなのか?自分自身のためなのかは一心には分からなかった。

「…理由なんていいじゃないですか!僕は絶対に今後も活躍しないといけないんです。約束したんです!僕は日本のみならず、アジアNO,1の選手にならないといけないんです!」

 流稀亜のその表情は何かに追い詰められているような表情だった。

「…なんやわからへんけどつまりは最強を目指すということやな?」

 その気迫ある言葉に対して少し諭すように豪徳寺が口を開く。

「正直、レベルの低い全国優勝なんてしても、欲しくもないおもちゃを買ってもらった気分ですよ。明日だってボク抜きでもマートンがいれば、そこそこ余裕で勝てるでしょ。

 僕は監督も日本のバスケも嫌いなんですよ。二言目には自分の立場考えろって…

何様なんですか?大体、監督は他の中学に行って全国優勝を勝ち取れる自信あるんですか?僕やマートンありきなんじゃないですか?結局、そりゃ名称になれば監督のポジションは重要かもしれませんが、それ以外は選手主導でいいんじゃないですかね?」

「ガキの分際で…貴様…」

「監督って都合のいい時は自分を大人だからと理由をつけて、理論も、ルールもめちゃくちゃですね。あなたは年上かもしれないけど、僕と同じレベルでバスケを語る資格ないですね。僕から願い下げです。僕、今現在をもって退部します。交代してください」

 驚くマートン。

「なに言うてんねん!」

「…」

もうすでに、やり残したことはないような顔をした流稀亜。まるで銃殺刑をされる前の捕虜のような顔をしながら無言でコートを後にした。その日、流稀亜はコートに戻ることはなかった…


結局試合は


初芝東中学 91 対 74 横須賀南中学


一心達率いる横須賀南中学は試合に負けた。


翌日、決勝戦より前に行われた3位決定戦…


神奈川県代表 横須賀南中学 83 対 79 沖縄県代表 嘉数第一中学


 何とか勝ち横須賀南中学は初の全国3位に輝いた。そして、迎えた決勝戦。昨日問題発言をした流稀亜はベンチにも会場にもいなかった。試合は結局、流稀亜が予想したように


大阪府 初芝東中学 78対70 東京都 新麻布中学 


 危なげなく勝利し全国優勝を果たした。表彰式の前、入り口付近で会場が設置されるのを待っていると初芝東のメンバーがざわついていた。3位の一心達、横須賀南中学はそのすぐ後ろで待機していた。

「なあ、あいつもしかしたらお前と一緒の高校に行かへんかもな」

「流稀亜ならアメリカの高校でも通用するだろうよ」

「イケメンだし」

「あらへん、決まってんねん、俺たちは1年からレギュラー取って全国制覇して

あの元、帝国の伊集院の記録と同じことすんねん。そういう夢があるねん」

「伊集院って、あの帝国高校の伝説の人か?」

「ああ、伊集院がかつてやった、在籍1年からインターハイ、国体、ウインターカップ、の3冠王、1年生から3年生になるまで3回、全部で9冠、これと同じことするんが、わしらの夢や」(高校バスケの全国大会は、国体も含めると年に3回大きい大会がある)

「流稀亜がいればなんとかなるかもしれへんな」

「…っておい、俺だろ。現にあいつがいなくてもスーパーエースの俺がいればこの通り全国制覇!」

「まあ、そこそこ危ない試合だったやろ…お前フリースロー下手だしな…」

「…うるさいわボケ!」

「事実やろ!」

「それに進学予定の大阪常翔学園は強いで。去年はインターハイとウインターカップ取ってるしな。1年生からエース級の活躍している三浦も2つ上の学年だからまだおるしのう。他の高校に行ったかて、俺と、三浦がいるツインタワーになるし、流稀亜も加わったら、なんや日本の高校生はみんな逃げてまうわ!…逆に優勝を狙える所がないやろ!はははは」

「分からへんで、お前ってけっこう残念な奴さかかいなあ」

「全国制覇といえば、元名門の帝国は最近どうなんや?」

 帝国高校は秋田にある伝説的な高校で少し前まで全国大会優勝の常連校だった。通算53回の優勝回数を誇っていたがルール改正や監督の交代劇、時代背景(200cmクラスの外国からの留学生などが増えて)全国優勝から5年ほど遠ざかっていた。

「あそこは無理や。今年も全国大会に出とったけどベスト8どまり、ここ数年は全国制覇しとらん所かベスト4にも入られてない。もう終わった高校や。やろうとしているバスケットがどういう形なのか見えへんしな」

「田舎だしな」

「寮も民宿みたいな所だろ」

「あれもアカンで…今の時代剥げはな…」

「坊主やろ」

「アカンわな…一年は五分刈りとか決まり、有るらしいやん」

「ホンマか?五分刈りって、短いウニと長いウニってか?」

「はははあ」

「そうか、でもあのチビ噂では帝国に行くらしいで?」

「しかし、流稀亜もすごいけどあのチビも絶対、凄ごうなるで」

「ああ、あのパスセンスとドリブルなら今の帝国なら1年でスタメンで出てくるな」

「また、俺と流稀亜に叩きのめされるんやな」

「案外、違ごうたりしてな」

「そや、名門復活なんてな」

「…そうか、興味ないな」

「とか、いうて心配そうな顔しとるで」

「アホか…あんなあ、大阪常翔学園は設備が違うで。他の高校も見学はしたさかい、けどな大阪常翔学園は専属のトレイなーが3人ほどいて、選手の体調管理、食事の管理までしっかりしていてポジションや、その選手の特性に合わせて筋力トレーニングや乳酸素運動、科学的トレーニングを行っていて練習や設備が現代的なんや!」

「ほー」

「帝国は見に行ったで、せやかて設備がアカン。トレーナーもおらんしな。今どき精神論とか…だーれもいかへんで。特にうちのエロガッパ(流稀亜)なんぞは暇さえあれば自分自身をみて「エクセレント」なんていうナルシストだ。帝国には死んでもイカヘンやろうな。まああいつは俺と一緒に大阪常翔学園に推薦で行くことが決定しているけどな」

「そうだな、はは」

 黙って聞いているとマートンが傍にいる一心に話しかけてくる。

「おい、クソチビ、お前、高校どこ行くんだよ」

「帝国高校…」

「帝国?噂は本当だったんだな。貴様みたいなチビには坊主頭が似合うわ!」

「ははは」

「…」

悔しいが負けた相手に何も言えずにいる一心は拳を握り締める。

「え、シンは帝国に行くの?」

 突然、流稀亜が現れて一心に話しかける。

「え、シンは帝国に行くの?…って誰やねん、っておい流稀亜!貴様、試合にも出ないで何しとんじゃいボケ!」

 マートンを無視して、長い髪をかき上げる流稀亜。

「ねえ、シン…君は帝国に行くの?」

 するとマートンが流稀亜の前に立ちはだかる。

「おい、俺だよ俺!俺の話をきいとんのかい!」

「あ、うん」

 流稀亜が突然両手を出し一心の手を強く握る。

「じゃあ、一緒にやろう!」

 流稀亜が屈託のない表情でそういうともの凄く驚いた表情のマートン。

「え?」

 マートンが口を挟む。

「え!」

 何の悪気もない笑顔の流稀亜。その表情を見てまた驚くマートン。

「ええええ!…って俺とお前は一緒にあの伊集院の…っておい!!あほ、おまえ俺と一緒に大阪常翔学園に推薦決まってるだろ!」

 マートンが口早にそういうが流稀亜は何食わぬ顔をしている。

「え、そうだった?じゃあ…辞める」

「…あのな、そもそもそんな簡単に…」

「だって僕は、イケメンだから」

「おい、ちょっと待てよ、俺とお前で…そもそも推薦を今更…蹴るなんて認められるわけないだろ!」

「いや、僕はそういう日本の嫌な押し付けがましい制度の中で生きている人間じゃないんだ。なんていったって僕はイケメンだからね!」

「そうそう、僕はイケメンだからね…ってなあ!おい!あんなあ、記憶喪失にでもなったんか?お前、大会前に一緒に大阪常翔学園の監督とも会って、これからの話とかしっとったろうが!」

「え、嘘!…だっけ?」

「…あんなあ…おまえ一度、病院いこうか?」

「マートン、この際だからはっきり言っとくけど君さ」

「そや言ったれ…このクソチビが元名門の帝国高校を復活させることなんてまず無理だって」

「違うよ」

「そや、ちがうわなあ」

「いや、そうじゃなくて」

「そやそや」

全く話を聞かないマートンの肩を軽く触る流稀亜。

「マートン」

「なんや、腹でも減ったんか?」

首を振る流稀亜。

「…君は多分一人で頑張った方が上達すると思うよ。正直、今までは僕に引き寄せられたディフェンスがいるから君がフリーで打てる機会やダンクするシーンがあったっけど、動きそのものは上に上がったらそのままだと遅い。今日の試合も、君はたいしたことなかったよ。それが証拠に今日の決勝戦、あんまり得点差が開いてないじゃん。だから君、僕に頼らず一人で頑張って…」

「そやな、たいしたことないわな…って俺かい!おまん試合にも来ないで、何言うてんねん!って見とったんかい!」

「うん、最初から最後までポテチ食べながらだけど…」

「ポテチ?何味や塩か?コンソメか?」

「限定商品のあんこ塩ポテト」

「ポテチであんこ味?おいそれ美味いんか?」

「うん、とっても。マートンにも後であげるよ」

「そうか、そな貰うわ…って何がポテチや!…あんなあ貴様は俺とやるゆうたよな!男が一度約束したら守らんかい!」

「君は強い場所に集まるやつらとやった方がいい。僕は落ちぶれた元名門高校をシンと

一緒に立て直す。ごめん、マートン、僕はさシンと伝説を作るって決めたんだ!」

 満面の笑みでそういうとまた早口で話し始めるマートン。

「…お前、その長い髪切ってもいいんか!あそこはな坊主なうえにOBばっかが監督になって時代遅れなバスケしかできへんぞ!」

「だったら、僕とシンが変えればいい」

 流稀亜が一心を見る。少し涙目のマートンは変な汗をかいている。

「…認めへん!認めヘンぞ!お前の親とかどうやって説得すんねん。俺たちだけの問題じゃないだろ!」

「大丈夫でしょ…多分」

「ホンマかいな…ほな、あれやPTAやPTAが黙っとらんぞ!」

「PTAは教育委員会で進学には関係ないでしょ」

 冷静な口調でそう言い放つ流稀亜に更に逃がさないように声をかけるマートン。

「んーんーほな、あれやCIAとか動くで諜報機関やで!いいんか!」

「マートン、海外のテレビドラマの見過ぎじゃない?」

「ちゃうわい。お前がワシを試そうとさっきからでたらめなこと言うさかい…」

 大事な物を亡くした子供の様に落ち着きないマートン。それを冷静な目で見ている流稀亜。対照的な二人の間には明らかな温度差があった。

「マートン」

「なんや…」

「ごめんなさい」

 頭を深々と下げる流稀亜に驚くマートン。

「ごめんなさい…ってお前本気なんか?あれやぞ、頭がウニの角がないバージョンでもいいんか?冬とかごっつうさむいで!」

「ちょうど、伸びすぎたよね。僕は髪があってもなくてもイケメンだから…」

 笑顔でそういうと長い髪をなびかせる流稀亜。対照的に顔が強張っているマートン。

「認めへんで!」

 そういうと足早にその場を立ち去るマートン。大きな体の背中は悲しさが漂っていた。そんな二人の話を半信半疑で聞いていた一心だった…



タイトル「希望」


 帝国高校に行く前日、久しぶりに母の樹里と一心は外食に出かけることになった。樹里は一心がバスケをはじめて活躍するにつれて、帰ってきてからのタバコや酒も辞めていた。代わりに始めたのが勉強。その後、資格を取り現在は看護師をしていた。

「歩いていける所なの?」

「そうよ、思い出の場所よ」

「思い出の場所?」

「…」

 二人は近所にあるチェーン展開してる 「フィシュパンチ」という回転寿司を食べに行った。現在でこそ回転すしになっているが、そこは8年ほど前は「エレファントマン」という洋食屋さんだった。テーブルにたくさん並んだ皿を見て微笑みながら樹里が口を開く。

「あんた小さい頃から頑固だもんね」

 髪をかき上げてそういう樹里。

「そう、自覚はないけど」

 すると飲んでいたドリンクを取り上げてまじまじと一心を見る樹里。

「どうして、近くの高校にしなかったのよ!お母さん一人になったら寂しいと思わないの?」

「そう?」

あっけらかんとそう言う一心に対して腹立たしくなる樹里は少し声を震わせた。

「何それ、あなた私の息子でしょ!」

「そうですけど…」

「何よ、結構いい条件で目黒の諏訪山高校からも推薦の話が来てたじゃない。あそこだって東京では毎年、全国大会出ている名門でしょ。何で諏訪山じゃなくて秋田のド田舎、しかも最近、停滞気味の元名門の帝国高校なのよ!」

「母さん」

「何よ」

 一瞬目が合うとその目線を意図的に反らす一心。

「俺がいなくなったら、彼氏できるととイイね」

「…バカ息子」

「…最初はさ、母さんの笑顔を見るために頑張ってたんだ、でも途中から自分でも楽しくなって、目標にする人が出来たんだ」

「目標?…誰よ」

「…伊集院 誠」

 樹里は大きな目をぱっちりと明けて、一心を見ている。

「誰?」

「お母さんバスケ知らないもんね。日本のバスケ界では知らない人がいないよ」

「へーー、それで頭まで丸めて秋田の外れ能代に下宿ね~」

「田舎…空気がいいんじゃない?」

「きっとコンビニは24時間じゃないわよ!」

 そんな、意地悪な樹里の答えに笑顔で答える一心。

「はははは」

「まあ、仕方ないわね…ここの場所覚えてる?」

「どうして?」

「やっぱりクソガキね」

 樹里は一瞬、一心の頭を叩くふりをする。

「コワ!いきなり何?」

「今、回転寿司になっているこの場所は元々、「エレファントマン」って洋食屋さんだったのよ。その頃、母さん離婚したばっかりで忙しくてさ、それなのにあんた馬鹿だからクリームシチューがいいって!昔はね、冷凍の技術がそこまで進んでなかったからシチュー系は値段が高かったのよ。「だからやめなさい!」って言ったのに全く聞かないし…」

「そうだっけ?」

「はい?あなた覚えてないの?その後、ムクレて一人で家に帰ったのよ?」

 全く身に覚えのない表情の一心に対して少し腹立たしい表情の樹里。

「え?本当に?」

「そうよ!」

「まったく覚えてない」

「…都合のいい記憶喪失ね」

 樹里は目の前にあるビールの中ジョッキを一気に飲み干す。

「…ごめん」

「その後、シチュー持っていったら、あんたさ冷めのも美味しいって」

「そうなんだ」

「あーいらつく、飲むわよ!」

 ボタンを押して沢山の酒を注文する樹里。日本酒、ワイン、ビール、焼酎 をランダムに注文する樹里。

「え?」

「あんた、きちんと家まで連れて帰りなさいよ!」

「まじで?」

「何よ、明日から家を出て親不孝になるんだから今日ぐらい面倒見なさいよ!」

「…分かった」

 その後、樹里は一心不乱にビール、ワイン、焼酎、日本酒をこれでもかというほどに飲みまくった。そして1時間を過ぎる頃になると樹里は泥酔してろれつが回らなくなっていた。

「おい!そこの禿げ頭!」

眉間にしわを寄せながら一心を指差す樹里。

「剥げてねえし!」

「ウニ頭!」

「ツノねえし!」

「じゅろじゃぶ…」

 ろれつが回ってない樹里。

「何語だよ!」

 一心はその後、樹里をおんぶして家まで帰った。樹里はその背中に頬をあてながらうっすらと目を開けて小さくつぶやく。

「親不孝…」

「え、何?」

 そういった後、樹里の閉じた目からはいくつかの細かい粒子が流れ落ちた。一心はその涙に気が付き小さい声でつぶやいた。

「ごめんね、かあさん…」


 

 翌朝、一心は朝の早い時間の新幹線に乗るため早起きして家を出た。樹里の寝室をこそっそり開けるも熟睡している樹里。

「クサ!マジ再婚できねんじゃねえの?…」

 聞こえたのか、起きているのか樹里は寝言を言っている。

「むにゃ、むにゃ、むにゃ」

 目を閉じながら股に布団を足で挟み込み、口を開いたと思うとまた眠りだした。

「…地獄耳か…」

 そう言いながら、かけ布団を樹里の肩にかける。一心が部屋から出ると樹里の目からはいくつかの水滴が流れ頬を伝っていた。

「…」

そして玄関を出て駅までの一本道を歩く一心。樹里はその姿をアパートの2階から姿が見えなくなるまでずっと見ていた…

「シン…」

 その後、一心は新横浜駅に向かい、そのまま新幹線に乗った。東京で乗り換えて東北新幹線に乗ると窓を見つめ今までのことを思い出していた。思いふけって1時間もするとお腹がすいていたので車両販売に来た店員を止めて弁当を買うことにした。

 「すみません。買います」

 リュックから財布を取り出そうとすると中に綺麗に包まれた弁当とお茶のペットボトルが入っているのに気が付く一心。

「…」

店員が話しかける。

「お客様、どうされますか?」

「…すみません、やっぱり買いません」

 一心は考えていた。酔っ払って帰って来たのに弁当なんか作る時間があったのだろうか?一心が弁当を開けると大好物のクリームシチューが保温された状態で入っていた。開けた瞬間、いつもの香りが漂いなぜか心が穏やかになった。そして弁当の底に簡単に書かれた数行の手紙も入っていた。

「シン…お母さんは楽しいのも、悲しいのも嫌い…離婚してからそういうことに期待しなくなった変わりに、悲しいことも捨てたの。だから見送らなくてごめんね。活躍なんか期待してないと嘘をつきたいところだけど、行くなら眩しいくらいに活躍しなさい!あなたは私の希望なんだから!」

 新幹線の座席から眺める景色が徐々に遠ざかり、見たこともない景色に変わってゆく。移り行く景色と比例するように樹里の手紙の文字が一心の涙で濡れる。

「希望か…」

 そうつぶやくと、一心は丁寧に噛み締めるようにして弁当に口に運んだ。

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