第2話 「バスケの街」 

タイトル「バスケの街」 


高校偏 新たな登場人物


帝都高校監督の石井 和正 帝国高校OBで元全日本代表ガード。秋田県出身。秋田弁

             が抜けてない。実業団で数年活躍後、腰痛のため引退。帝

             国高校の2代目監督に就任。熱血タイプ。


3年生 キャプテン 


南禅寺 清隆 186cm(シューティングフォワード)性格は真面目で生徒会長とキャプテンを兼任している。3ポイントシュートが得意。


以下3名 帝国高校2年生。


枡谷 恭一 164cm SG(シューティングガード)2年生ながら一心の入学前までスタメンガードを任されている。冷静な判断力がある安定感が持ち味のガード。性格は真面目で優しい。通称(マッコリ)韓国ドラマが好きなため。



折茂 和也 194cm SF(シューティングフォワード)通称ズル。3ポイとシュート を得意として1年生からスタメンで起用されている。若干だがおでこが後退していて頭がずれているという意味でズルと呼ばれている。口癖、「ちっちっち」と「デミタスコーヒー」

関口 悟  205cm C(センター)225キロ。通称、ビッグ。巨大な体格を生かして同じく1年生からスタメンで活躍する選手。走るのは遅いがゴール下での力強いプレーは誰も止められない。口癖「おーっち」大食い。



2017年~春

 

 一心は気持ち新たに帝国高校がある能代駅に降り立った。バスケの街と書かれた看板。そして駅前にそびえ立つリングに書かれた今までの全国大会の優勝回数53回。少し先に見えるマンホールまでバスケットボールの形を切り取っている。初めて訪れる誰もが感じる事が出来るように町全体で応援しているんだという雰囲気が伝わる。小さい駅の改札を抜けて外に出ると深く息を吸い込んだ。横浜とは違った透き通ったような空気が心地よい。駅から帝国高校に向かうためタクシーに乗る一心。

「帝国高校までお願いします」

一瞬、振り返るとじっとこちらを思いつめたように見つめる運転手。ちょっとした威圧感に気まずくなり少し目線を逸らすと声をかけてくる運転手。

「んがよ」(お前)

「んがー?…え、はい」(お前は?)

またこっちを見て動かない運転手。

「もすかすてよ、こどすのすん1年だべが?」(お前は今年の一年生か?)

物静かに話している運転手のその言葉がまるで外国の言葉のように理解できない。思わずここは日本だよなと窓の外を確認する一心。

「はい?」

「んがなば、バスケ部かって聞いてらっただどもよ?」(お前はバスケ部か?)

テレビなどで様々な地方の方言は聞いたことはあるが何をしゃべっているのかわからなかった。

「…はい」

「だどもよ、ずもとでもこどしはよ、なんでもいいのがへいってくるって噂しでよ。なんでしゅんでーのが二人、いやもう一人もなんだがいるってきいたべしゃ」

(だけども、地元で今年は何でもいい選手が入って来るって噂で聞いている。何でも凄い選手らしい。2人いや3人来るって聞いている)

「…」

運転手がその後も何を話しているかわからなかったが3人ほど優秀な選手が来るという意味は分かった。

「こさ、きたらばくるすくて、逃げるやずもいるども耐えねばな。駄目だ。下宿すんだべしゃ。まんまたくさんけってもっと体作らねばな。まんつ、んがどこから来たったった?」(ここに来たら、苦しくて逃げるやつもいる。駄目だ。下宿するんだろ。ご飯をたくさん食べてもっと体を作れ)

「まんつ?」

「ホットスポットの出身だべしゃ。まんず、秋田市だとか県南のでじゃねえべしゃ。顔みりゃわかるで」(都会の出身だろ。秋田の県南とかじゃないのは顔見ればわかる)

「…はあ」

「むがしは伊集院がいるまでは無敵だったんだどもな…あんの馬鹿よ。いずねんのころから態度でがぐって、生意気だってよ、バットボーイズなんてよんでだな。なつがしいで。まんつよ、いずどほどげだ結び目ってばよ…ながながもどさもどらないったいば…もうずいぶんだずな…優勝ば何年すてねったかな」

(昔は伊集院がいる頃、無敵だった。あのバカ。一年生のころから態度がでかくて生意気だった。地元ではあの世代をバットボーイズと呼んでいた。懐かしいなあ。でも一度ほどけた結び目はなかなか元に戻らない。優勝から遠ざかって何年たつのだろう)

懐かしむように話すと急に静かにななる運転手。何か思いにふけっているように見える。

 そんな会話に適当に相づちをうち、5分ほどすると帝国高校の体育館に到着した。

「まずあげて応援してだべしゃ、こどすこそへばたのむでや!」(町を挙げて応援している。今年こそ頼む!)

「?…あ、はい」

「あの…お金は?」

「おめえ、すげっとだべしゃ。いらねえ。そんかしよインターハイとってけよ」(助っ人だろ。インターハイとって来いよ)

「…はい」

「これがら、しゅったけ大変だと…色んなこどあるど思う…だだもよ、とってけれ神木君」(これからすごく大変だぞ。だけど取ってくれよ。全国)

「え、名前しって…」

「負げたらタクシーの金は倍返しだど!」(負けたらタクシーのお金は倍返しでもらう)

「倍返しって半沢…ドラマ見てたんですか?」

「すったらの、すらねえ。おれだず、ずもとの人間はおめらのバスケばたのしみにしてるだいば。冬になれば雪が積もって家さけえっても酒飲む以外にすることねったいば、外も雪。農業以外誇れるものは地元でおめらバスケだげだ…だども伊集院はさも簡単に優勝ばしてだどおらだちもかんつがいしてた。全国取るのしゅったけたいへんだど…」

(そんなこと知らない。俺たち地元人間はバスケを楽しみしている。冬になれば雪が積もって家に帰ってもお酒を飲む以外にやることがない。外も雪。農業以外で誇れるものはは地元のバスケ部だけだ。伊集院は簡単に全国優勝していたから勘違いしてた。全国取るのはすごく大変だと)

「なにいってるだ、んがなば…」(何言ってるんだ?お前は)

若干何を言っているのかわからなかったが兎に角、帝国高校のバスケットボール部を町を挙げて応援している体制があるのは分かった。そして名前まで知っているのには驚きを隠せなかった。何よりもアラビア象形文字が声になって出てきたような日本語だったことに驚いた。タクシーを降りて体育館に足を踏み入れるとすぐに流稀亜が話しかけてきた。

「シン!遅いよ。イケメンの方が先についてたよ」

長い髪を切り、坊主頭にした流稀亜が体育館で待っていた。

「あ、頭…」

 来るとは聞いていたが流稀亜本人を見るまで半信半疑だったが髪の毛を坊主頭にした流稀亜をみて現実だと実感した。

「僕のイケメンは変わらないでしょ!シン。それにシンだってウニ頭だよ」

「ウニ…確かに」

「あ、でもね、一人じゃないんだよ」

「…え?」

「恥ずかしか…ワイも一緒にやりとおて、来てしまったとよ」

「…君は大牟田北中学の佐藤君…」

「来てみんね…久しぶりとよ。地元の福岡の高校の推薦蹴ってこっちにきてしもおうたとよ」

「…え、なんで?」

「いっちょんおもしろうなか…シンとプレーしたくなったからとよ。こう見えて空手は黒帯、中学の時には日本一になっとうとよ。好きな食べ物はイタリアンとかやか。動物が好きで実家には犬が2匹かとるよ。兄弟はお姉ちゃんがいるとよ。こんなもんでよかやったか?」

(今日はやたら地方の方言に出会う確率が高いな…打率何割だ…)

「あ…ありがとう」

 事前に監督から誰が来るとは知らされてなかったシンは二人がいることに驚いたが嬉しくもあった。シン達がそんな会話をしていると総監督の石井が口を開く。

「なれ合いは、練習が終わってからにしろ!インターハイまで時間ないぞ!」

「…はい」

「流稀亜、神木!佐藤、とりあえず2年チームと試合してみろ。どの程度の実力か見てやる」

「はい!」

 3人同時に返事をすると目を合わせた。

「はははは」

 これから始まる高校生活に希望と期待を寄せていた。きつく靴ひもを結ぶ一心。同学年の1年生がお手並み拝見と言わんばかりに強い視線を突き刺す。同じチームには2年生の生徒が二人入った。混合チームの方には優勝を逃していると言えど全国ベスト4の実力のスタメンが手ぐすねを引いて待っている。

「どんな感じで行く?」

「イケメンは…そうだな~最初から150キロストレートで」

目から伝わる流稀亜の気迫。確実に上級生を倒すつもりでいるのはあきらかだった。それにしても流稀亜はどこに行ってもファンに囲まれている。入学初日なのにスタンドでは流稀亜目当てのファンがお手製のうちわなどを持ち込んでスタンド席から黄色い声援を送っている。

「流稀亜~!」

 スタンド席のファンに向けて手を振る流稀亜。

「佐藤さんはどうする?」

「わしじゃけ、さんずけかい。ノブでいいけん」

「分かった。ノブは?」

「わしも、最初から特上ステーキタブルでいくとよ。よか?」

「了解」

元々、ごつい体つきの佐藤はその浅黒い肌の上から盛り上がる筋肉。入学前に十分なまウエイトトレーニングを行って体を作って来たのが分かった。その体は依然見た時より更にごつくなっていた。要するに、初日から3人とも完璧に道場破り状態。相手から見ればなんて厄介な一年生が入って来たと思っているに違いない。しかし、遠慮する気は一心もなかった。

 現在の帝国高校のスターティングメンバーの一人。2年生リードガード枡谷 恭一 

164cmSG(シューティングガード)は一心を意識してか、最初から出てきた。しかし、奥に2人ほど正規のスタメンが出ないで休憩している。しかし、その二人の大きな体は隠しようがないほど目立っていた。



折茂 和也 194cmSF(シューティングフォワード)通称ズル。ドライブインと速攻が得意で1年生からスタメンで起用されている。若干だがおでこが後退していて頭がずれているという意味でズルと呼ばれている。

関口 悟  205cmC(センター)225キロ。通称、ビッグ。巨大な体格を生かして同じく1年生からスタメンで活躍する選手。走るのは遅いがゴール下での力強いプレーは誰も止められない。


「出ないのかな?」

そう一心がつぶやくと流稀亜と佐藤も続いて口を開く。

「イケメン達、次第だね~」

「いっちょん気合いれるとよ!」

 試合が始まるとすぐに、一心がドリブルしていた2年生のボールをスティール(カットする事。技術ページ参考)してボールを奪う。

「行くよ!」

「OK!」

 奪ったボールを前を走る佐藤に全力でパスすると、早速3ポイントシュートを鮮やかにそして冷静に決める佐藤。

「シュ」

「ナイスシュ!」

少ないギャラリーだが歓声が沸く。

「うおお!いいぞいずねん!」(いいぞ一年!)

表情がガラリと変わり檄を飛ばす石井 監督。

「お前ら、入学初日から1年になめられるぞ!負けたりしたら下宿まで歩いて帰れると思うなよ!ガッツリ走り込みしてもらうからな!」

その声が聞こえると、相手チーム表情が更に険しくなり、ディフェンスの当たりも厳しくなる。

枡谷が口を開く。

「普通の1年だと思うなよ!」

体育館に流れる空気の流れが変化したのを感じる一心。変な汗が緊張と高揚感のから出てきて集中力がそれと同時に高まった。

「よし、行くぞ!」

次々に襲い掛かるディフェンスをバレーダンサーが踊るように優雅に交わす一心。最後は自分でシュートに持ち込みあっさりと決める。

「シン、ないシュ!」(ナイスシュートの略)

ディフェンスに入ると今度は2年生のシュートを流稀亜が完全にブロックしてそのボールを一心が奪う。流稀亜と一心が二人でパスアンドラン(パスを出した後で走る)をしながら次々にディフェンスを交わすと最後は一心が流稀亜にノールックパス(パスする方角を見ないでパスすること。技術ページ参考)をする。ボールを貰った流稀亜はゴール正面、フリースローレーンのラインを丁度踏み台にするように高く飛び上がり、関口と折茂の方を挑発するように見ながらダンクを決める。

「バササン!」


 新入生 20 対 13 上級生

 

 折茂が口を開く。

「ちっちっちっち、なめやがって!」

 関口も続く。

「おーっちまだ休憩中だいば」

 組んでいた腕を下ろし試合に出る準備を始める折茂と関口。

「エクセレント!僕、高校でもやっぱりイケメン!」

「おーっち元気のいいのが入って来たな…」

 座っていた椅子から立ち上がる関口。観客席からは声援が飛び交う。

「キャーー流稀亜様!~」

「いいど!いずねん!」

 スタンド席から大きな声を上げる先ほどのタクシーの運転手。

「こえんだば俺の目にくるいはないったいあば!まんず、うんがだじが名門復活させらったいば!」(やっぱり俺の目に狂いはなかった。お前たちが名門を復活させてくれ)

 数人来ていたスタンド席に座る観客もそれに同調するかのようにうなずく。

「シン!ナイスパス!」

一心達の動きを見て枡谷がコートで立ち止まり、口を開く。

「監督、俺だけじゃなくてビッグとズルも入れてもらっていいですか?」

「まんつ、んがだちじのすきにすらった」(お前たちの好きにすればいい)

「はい」

「おーーっち、おちおち休憩もできねってが!から揚げ補給しねえとな!」

関口が口を開く。目の前で見ると、関口のその大きさに驚く一心、流稀亜、佐藤。

「デカ!」

「ちっちっち…マッコリよ!休憩中だぞー!終わったらデミタスコーヒーな!」

「分かった。デミタスコーヒーでいいんだな…って何がコーヒーだ!生意気な1年が入って来たから絞めるぞ!」

 一心が口を開くと流稀亜も続く。

「…これで、去年全国ベスト4だったの?」

「何でも、イケメンの情報だと関口さんがねん挫、折茂さんが手首を怪我して本調子じゃなかったらしいよ」

「で、今は?」

「んー困ったね全開してるみたい。イケメンはどっちでもいいよ!」

 関口と折茂は顔を合わせると口を開いた。

「おーちっはやくせでや!から揚げ食べらったいば!」

「ちっちっち、デミタスコーヒーな!」

一心がそれを聞いて微笑む。

「行くぞ!」

 すると佐藤も呟く。

「ワシもいるとよ!」

 一年生のそんな姿を冷静な目で見ている2年生の枡谷、関口、折茂。そして折茂が口を開く

「ちっちっちっち~1年、人の休憩邪魔しやがって!デミタスコーヒー忘れるなよ!マッコリ!」

枡谷が口を開く。

「ズル!うるせいよ!カフェイン取り過ぎて剥げたんじゃねえのか?」

関口も口を開く。

「おーっち、飯の時間だ。早めに処理しようぜ!」

 それを聞いていた一心が笑う。

「…ははっは」

「ちっちっち一年、何笑ってんだよ!」

「…いえ、あの、その、すみません」

「折茂さんてお凸が広いんですね!眩しくていいんじゃないですか?」

 相変わらず天然の一心の発言に困惑する流稀亜と佐藤。

「シン…駄目だよそういうの…」

「え、だってさほらなんか凸がピカ!って麻雀パイみたいに輝いてるよ」

 そいっていた流稀亜まで笑いだす。

「…はははは麻雀パイってまずいよ」

 折茂と関口も口を開く。

「ちっちっち、言ってくれるじゃねえの、負けたらデミタスコーヒー忘れるなよ!」

「おーーっち、お前ら細いな。怪我しても泣くなよ。ここはプリズンブレイクだからよ!なあズル?」

「ちっちっち、ズルはやめろや!」

枡谷が口を開く。

「一心君!スタメンの司令塔は譲らないぞ!」

 枡谷が、一心に向かって叫ぶ。初日から大歓迎の雰囲気に驚く一心だったが、流稀亜、佐藤と目を合わせすでに臨戦態勢に入っていた。一心が口を開く。

「俺たち、普通の1年じゃないんで!」

 流稀亜も続く。

「イケメンは特別扱いしなくてもいいですよ!」

 佐藤が口を開く。

「ばってん、ワシはシュートだけなら負けないとよ!」

「ちっちっち、お前ら全員ツモだぜ」

 折茂がそういうと一心が口を開く。

「さすが、麻雀パイさん面白い!」

 折茂が口を開く。

「…そうそう、俺は麻雀パイ…って誰が麻雀パイや!」

関口が口を開く。

「おーっち、まっこり俺に全部回せ、全部ダンクで終わりだ!」

折茂が口を開く。

「ちっちっち、俺の3Pで沈めてやる」

最後は枡谷が締めた。

「先輩の威厳みせないとな!」

 

そんな話をしていると、一人の男が体育館に入って来た。

「オース!」

挨拶を済ませると監督の石井に話しかけていた。

「すみません、遅れて…」

「生徒会との両立は大変だべしゃ。生徒会長!」

 そう肩をたたかれる3年生のキャプテン南禅寺 清隆186cm(シューティングフォワード。3ポイントシュートが得意で2年生からスタメンで起用されている。


 文武両道で帝国高校の生徒会長も務めていた。南禅寺に気が付いた枡谷が声をかける。

「南禅寺さん、俺たちで大丈夫ですから下がっていてください!」

 制服をその場で脱ぎ、着替えて試合に出る準備をしている南禅寺。

「そういうわけにいかないよ。いくら落ちぶれた名門だからって入学したての一年にやられるわけにはいかないだろ」

 南禅寺が得点を指差す。


 新入生 20 対 14 上級生  


 試合は6点差で新一年生がリードしていた。そして、審判が笛を吹きウオーミングアップを済ませた南禅寺がコートに颯爽と立った。観客席から愛情あるヤジが飛び交う。

「キヨ!おせいべしゃ!」

「よ!未来の秋田県知事、まってらったで!」

「…」

 流稀亜が一心に近ずいて声をかける。

「出来そうだね」

「うん。でもあの人、左のほっぺの傷みたいなの…火傷かな?」

 一心は南禅寺の左頬の大きな傷をを見ながらそういった。

「多分、そうでしょ。転んだんじゃない?」

 しかし、一心が見る限りではどう見ても転んでできた傷には見えなかった。優しい顔をしているが、右の頬には10cm程の刀で切れた後が残ったような傷があった。

そんな話をしていると一心に近寄り爽やかに握手を求める南禅寺。

「新一年生の、神木君に暁君、佐藤君だねよろしくお願いします」

「…え?」

 後輩に対しても、あまりの腰の低さに驚く一同。

「初めまして神木です、流稀亜です。佐藤です…」

「じゃあ、始めようか?」

「…はい」

 試合が再開されるといきなり度肝を抜かれる。油断してゆっくりハーフコートに戻ってディフェンスをしようとすると、関口が鞭がしなるようなロングパスを出す。

「来い!グッチ!」

 南禅寺が叫ぶ。

「おーっち、俺は元リトルリーグのエースだいば!タッチダウンパス!」

 そのパスはアメフトのロングパスの様にぐんぐんと速度を上げて右斜め45度にいる南禅寺にわたる。少し高く浮いたパスを空中でキャッチすると早いモーションから南禅寺がシュート体制に入る。

「ナイスパスだ関口」

 南禅寺は通常よりも速いテンポのシュートモーションで構える。

「早い…」

 一心がそう言うがかまわずシュート体制に入る南禅寺。一心はシュートが落ちると予測してリバンドに行こうとしている。

「シュ」

 しかし南禅寺のシュートはリングにかすりもせずにゴールネットをすり抜ける。


新入生 20 対 17 上級生 


 そして、焦った佐藤が周りも見ずに一心にパスを出そうとするとそれを読んでいいたかのようにパスをカットする南禅寺。そしてすかさず、折茂にパスを出す。

「ズル!」

「ちっちっちっち、俺の出番だぜ!そしてこの位置は俺の一番得な場所!」

 折茂が落ち着いて角度のないコーナーの場所から3ポイントシュートを決める。


新入生 20 対 20 上級生


となり同点になる。


 そして今度は流稀亜がそれを取り返そうとしてゴール下に切れ込みシュートに強引に持ち込もうとすると関口がシュートブロックする。

「甘い!」

「しまった!」

こぼれたボールを枡谷が掴みロングパスを出す。

「南禅寺さん!もう一丁!」

「ナイスパス!枡谷!」

 ボールは右斜め45度にいた南禅寺にわたるとまたも当然のようにシュートを決める南禅寺。

「神木君、僕はこのポジションが一番好きな場所なんだ。覚えておいてくれよ!」


上級生 23 対 20 新入生 


 あっという間に3点差になって追いかける展開に驚いた一心は思わずつぶやく。

「…これで全国ベスト4…」

 どれだけ全国優勝が遠いいのかと思わされた。それを見た監督の石井が何度もうなずいている。


「今年すはいげるべしゃ!(優勝)」(今年はいける!)

 観客や監督、ゲームを見ている全員が口にはださないもののそんな期待を寄せるようなプレーがその後も続いた。そして一心が声を上げる。

「ルッキーノブ!行くぞ!」

「オウ!」

 始まった。全国の壁がそんなに簡単じゃないと思った一心は、今後自分に訪れるだろう大きな壁に不安と期待を膨らませていた…



タイトル「優等生は怖い」


 月日は流れ、その日から一か月ほど経って6月になっていた…

 夕日が水平線に向かって途切れ始めようとする頃に練習後の帰り道を一緒に歩く、一心、南禅寺、流稀亜、折茂、関口、枡谷。

南禅寺が口を開く。

「神木、だんだん練習がきつくなってきただろう」

一心が疲れた表情で口を開く。

「え、はい。ダイジョブです」

 南禅寺が言いずらそうにして口を開く。

「これから…まだ、キツくなるぞ」

「え…はい」

 枡谷が心配そうにして口を開く。

「練習試合なんかで疲れたら代わりに俺がいるから安心しろ」

 答える一心。

「ありがとうございます」

 流稀亜がぽつりとつぶやく。

「…まだきつくなるんですね…」

 一心と同じく一年生の流稀亜と佐藤も流石に不安そうな顔をしている。そんな時、一心が目の前に見えてきた鈴木 咲(78歳)の姿が見えると苦笑いする。

「あ、番犬がいる!」

 南禅寺が一心に声をかける。

「番犬?どうかしたのか?神木」

「いや、あのばあちゃんめちゃくちゃ怖いんですよ。こないだもルッキーとの帰り道で…めちゃくちゃ怒られて…」

 咲の姿に気が付き流稀亜も眉を顰める。

「あーーあれは…イケメンも苦手…」

 二人を見ていた南禅寺が口を開く。

「なんかあったのか?」

「いや、学ランの帽子なんですけど横にかぶって歩いていたら…」


 一心はその時のことを思い出しながら南禅寺に話す。

 練習で疲れ切っている一心と流稀亜は覇気のない表情で帰り道を歩いている。制服はキチンと着こなしているが、学生帽は斜めにだらしなく垂れ下がっていた。そんなときに咲の自宅前を通り過ぎると、丁度宅急便の荷物を引き取った咲が声をかけてくる。

「おい!そこの不細工に長いも!お前ら帝国のバスケ部だろ!」

「不細工?」

「長いも?」

 同時に顔を合わせる一心と流稀亜。

「そう、お前らだよ!」

「…はい」

 元気のない返事の一心と流稀亜。

「あ、おばちゃん、サインなら後で」

 冷ややかな醒めたような表情でそう言うと咲が怒鳴り声を上げる。

「そんな格好をしてたら駄目だろ!ただでさえ負けが続いてるんだ!身なりぐらいしっかりしろよ!チビ助に、長いも!」

 疲れきっていた一心と流稀亜だがその声にびっくりしてハッとする。

「え?」

「…はい」

「ハイじゃないだろ!帝国のバスケ部らしくきちんとした身なりをしなさい!」

 宅配便から受け取った荷物を投げつけそうな勢いでそう叫んでいる。あまりの剣幕におとなしく返事をする一心と流稀亜。

「はい…」

 とそんな感じで過去の出来事を振り返り、身ぶり手ぶりで説明する一心。それから二人は咲の家の前を通るときは玄関先に咲の姿が見えると回して帰るようになっていた。

「そんな具合に叱られまして、…」

 流稀亜がそう言うと一心が口を開く。

「なので、僕たち迂回して帰ります!」

 しかし二人がそう言うと、咲の前をガラの悪い不良の3人組が囲んでいた。

「おい、ばあさんよ!学校にタバコ吸いながら帰ってるのチクったのお前だろ!」

 不良たちの大声にも全く怯まない咲。不良は上から下にと睨みを聞かせて脅す。

「こら!年上に向かってババアとは何事だ!」

「いい加減にしろよ、このくそばばあ!お前のせいで今日から停学なんだよ!こっちは!」

 拳を振りかざし殴りかかろうとする不良グループ。すると空手黒帯の佐藤が止めに入ろうとする。しかしそれを南禅寺が止める。

「佐藤、お前が強いのは聞いてるが…ここで待ってろ」

 南禅寺はそういうと咲の方にむかって歩いていく。それを心配そうに見ている、一心と流稀亜、佐藤。

「ダイジョブかな」

「南禅寺さん考えがあるとよ」

「イケメン、警察に電話しようかな…」

 不思議なことに一緒にいた枡谷、折茂と関口は表情を変えていない。一心が口を開く。

「止めないんですか?」

「ちっちっち、誰をだよ」

「え、南禅寺さんですよ。怪我とかしたらシャレになんないですよ!」

 一心が思わず叫ぶ。

「南禅寺さん!」

 一心が南禅寺の方に行こうとすると関口が止める。

「おーっち、神木、お前はいいからから揚げでも買ってこいや」

「から揚げって…」

 枡谷も口を開く。

「神木、心配なのはあいつらの方だよ」

 少しだけ笑っているような枡谷。

「枡谷さん…何言ってるんですか?」

 仕方なく見ている一同。ガラの悪い不良を気にもせずに間に割り込む南禅寺。

「さきちゃん、ダイジョブ?」

「オーマイダーリン。こいつらワシの美貌にケチをつけるんじゃ。どう見たって今年の主演女優賞はワシじゃろう、キヨ!」

「そ…そうだね」

 咲がそういうと驚いた顔の一心。

「キヨ?…今、南禅寺さんのことキヨって言ったよな…」

 流稀亜も口を開く。

「イケメンも聞こえた…」

 首をかしげる流稀亜と一心の頭が互いに衝突する。

「イタ…現実だね…」

「だね」

 不良が更に大声を上げる。

「おい、ばばあ!ぶっ殺すぞ!」

 殴りかかろうとするその腕をはじいて、素早く足元をすくいあげて転ばせる南禅寺。

「こら!てめえ!俺たちは「闇風」の一員だぞ!」

 「闇風」とは秋田の能代市から始まった総勢、500人規模の少年たちの不良グループ。初代総長は地域の中学校一帯を締めていた南禅寺だった。南禅寺はその後、バスケットに専念するために引退した。しかし、その後もグループは無くなることなく地元に存在していた。

「ワリーな、久しぶりだから手加減が効かなくて」

「なんだとてめえ!」

 殴りかかろうとする不良。

「おい、ちょっとまてこいつ…」

 一人が南禅寺の顔をよく上手確認している。右頬についた傷を確認する。

「おい、あの頬の傷は…もしかして」

「頬の傷が何だよ。こんな坊主頭!一撃で!」

「やめておけ!」

 普段は温厚な南禅寺がまるで獣の様な顔つきに代わり不良を一撃で仕留める。宙に舞う不良。

「先に手を出したのはお前らだから、正当防衛ってやつだな」

「お前!俺たちは「闇風」だって言ってるだろ!」

「馬鹿!こいつは…」

 すると南禅寺がどすの利いた顔で不良をまた睨みつける。

「おい、俺を南禅寺と知って喧嘩売ってるんだよな!」

「え?南禅寺って初代…総長の…」

「…おい、こいつまさかあの伝説の」

「100人相手に喧嘩したっていう…頬の傷はその時についたって話だぜ…」

「地元じゃ知らない奴がいない…」

「ひーー」

 血相を変えて逃げ足で立ち去る不良グループ。そしてさっきまでの般若のような顔が天使の様に変わり優しく微笑みかける南禅寺。

「さきちゃん、ダイジョブ?」

「キヨ、私はいつでもお前の嫁になる準備は出来とるよ」

 咲はそういうと南禅寺の手を取り握りしめる。嫌な顔一つしない南禅寺。

「ははははっは、まいったなさきちゃんには」

「キヨ、そんなことより全国、狙ってるんだろ!」

「もちろんだよ、さきちゃん」

「なら、そこの二人によく言っときな」

「ん?」

「地元の人間はあんた達が思っている以上に見てるんだ。常に地元の代表として誇らしくしてろと」

 一心と流稀亜を指差す咲。

「うん、わかったよさきちゃん」

「キヨ、お前は今までの歴代でも一番心がきれいなキャプテンだな。ワシはお前が優勝するのを楽しみにしてるぞ」

「任せておいて、さきちゃん。今年はあの二人の一年コンビを軸に、優勝狙うから」

「おお、そうかい。ワシの目が黒いうちに名門を復活させてくれよ」

「…さきちゃんそんな、まだまだ長生きするんだろ」

「そうじゃな、キヨの子供も見ないとな」

「子供?ははははっは、まだまだ先の話だよ」

「キヨ、飯でも食っていくか?」

「合宿所のおばさんが作って待ってるからいいよ」

「なら、ちょっと待ってな、水餃子持っていきな」

「うん、いつもありがとう」

「私の餃子は世界一じゃろ!」

「そうだね」

「少し待ってな」

 そう言うと家の中に入っていく咲。その表情は明るく若々しい。すると南禅寺が口を開く。

「神木、もう番犬なんて言ったらだめだぞ」

「え、はい…」

「流稀亜もだ」

「…はい」

 すると佐藤が口を開く。

「南禅寺さんは柔道とか、格闘技は何かやってたんですか?」

「ははっは、何もしてないよ。俺はストリート一本だ」

「ちっちっち、神木だから言ったろ。デミタスコーヒーな」

「おーっち神木、から揚げもついかだいば!」

「あはっはは」

「しかし、南禅寺さんって神ですよね」

「はははは、俺は神なんかじゃないよ」

「だってあの番犬まで手懐けるなんて…」

「こら、神木、地元の応援は大事だぞ。人の思いっていうのはたくさん集まると力になる。例えば、「頑張って」そういう心からの言葉があればその声で試合で疲れた体は癒されるし、パワーが出る。お前の技術やうまさだけでこれから先、全国の強者を相手に戦って勝のは難しいぞ」

「難しい…ですか?」

「ああ、高校生の大会ってな、そういう地域の願いや、思いも全部が乗っかったうえでの総合力の勝負なんだ。少なくても俺はそう思っている…」

「…勉強になります…ところで話は変わりますが南禅寺さんって暴走族の総長だったんですか?」

「…」

 あまりにも、ストレートなその表現に一同が静かになる。流稀亜が一心の天然発言に思わずかしこまった表情をしながら小声で口を開く。

「…シン…何でそんなにストレートに…」

「ああ、いいんだ流稀亜、気にするな。本当のことだ。聞きたいか?」

「はい」

「俺も昔グレてたんだ。俺が小さい頃、本当の母親は蒸発してしまってその後、親父が再婚した人に育てられたんだけどさ、良くありがちな話で自分の子供が可愛いから差別するわけよ。あとはさ、言うことを聞かないとか言って虐待したり。次第に俺は家に寄り付かなくなって、中学に入ってからすげーグレたんだよね。地元の京都では一年生だけど悪くて有名でさ。そしたらその夏に警察に補導されたんだ。他校との喧嘩でね。これ以上悪いことやったら少年院だぞ!みたいな話になったときに秋田のばあちゃんが面倒見てくれることになったんだ」

「そしたら、大人しくなったんですか?」

「いや、逆だよ。親に見捨てられたんだって思ってさ…実家を出て自由になった俺は家でもタバコ吸ったり夜に出かけて悪い事をしたり。親不孝だよな。でもさそんな俺に対してばあちゃんは何にも言わないんだよ。あるとき、担任の先生がうちに来た時にさ、俺、は心配で隠れて聞いてたんだ。そしたら担任が「あんたの家の息子はろくなもんじゃない!」そう言ったらさ、ばあちゃんが…うちの孫は世界一いい子だって。だから孫を信じてくれって、ばあちゃん土下座までしてさ。なんかそれ見たら俺さ、いろんなことがどうでもよくなって、多分、俺は愛情に飢えてたんだと思う」

「…」

「それから、何をするか迷ってたらばあちゃんがここはバスケの街だからバスケをしてみろって。そしたらもっと楽しいことがあるって。頑張って、上手になったら帝国に行けばいいって…」

「そうなんですか…」

「俺は、3年生になってたけど毎日、5時には起きて朝練して、暗くなるまで必死で練習したよ。その成果があって帝国にスカウトされた時には、ばあちゃん喜んでてさ、「やっぱり、私の目には狂いがない」ってさ…でも帝国に入学してこれからって時に、死んじゃったんだ…」

「…」

「だから、俺は年寄りは弱いんだよ」

「いや、すみません、なんかそんな話までさせてしまって」

 暗い雰囲気のなか玄関の扉が勢いよく開くと咲がタッパを持ってきて笑みを浮かべている。タッパには出来立ての餃子がぎっしり詰まっている。

「キヨ!持っていきな!」

 その匂いにつられて手が伸びる一心。

「うわーうまそうな餃子…一つ貰おう!」

 手でつかむと熱そうにして食べる一心。

「こら!お前に作ったんじゃない!この半端者!」

 頭をこずかれる一心。

「いて」

「ありがとう。さきちゃん」

「また、寄りなよキヨ」

「うん」

 咲は満足げな笑顔で一心達を元気良く手を振って見送っていた。一心は改めて南禅寺の人柄に男気を感じていた。同じようには出来ないかもしれないが自分が3年生になったときに少しでも近い存在になろう、そう思っていた。



 

タイトル「ノブの思い」


 入学後、正式なレギュラーとして名門復活を宿命とされた一心と流稀亜は凄まじいプレッシャーと戦っていた。そんな中でも司令塔にあたる一心のプレッシャーは想像を絶するものがあった。しかし練習が終わると…

「腕立てやってろ!」

 練習後に行われる理不尽な先輩からのしごき。そんなことにいつしか耐えられなくなった一心は一度、数日間だが逃げ出したことがあった。

 一心は試合に出る事が出来ない3年生や、2年生に練習後、ひどいイジメにあっていた。伝統ある元名門の帝都高校には美談の裏に隠されたダークな部分が存在した。1年生から3年生まで部員は1学年で40人ほど、全体でも100名近くいた。その中で毎年優勝を使命とされているため3年生でユニホームを着れるのは5人まで、2年生も4人、1年生が3人までと決まっている枠が存在した。当然、1年生や、2年生の中には、ユニホームを着ているのに実力では劣る1,2年生もいた。そう言った場合、ユニホームを着る事が出来ない3年生や、2年生がユニホームを着ている1年生を厳しく指導することがあった。いわゆる男の嫉妬である。キャプテンでもある南禅寺はそんな行為を見るたびに注意していた。しかし、その行為は直ぐにはなくなることがなかった。

 

 その日、南禅寺はインターハイのトーナメントのくじ引きに行くために監督とともに開催地でもある仙台に行き不在にしていた。監督も南禅寺もいないとあって張り切る3年生の非レギュラー陣が理不尽な行為を繰り返す中、それを強い目線で拳を握りながら佐藤は見ていた。広い部室に集められた1年生全員が、

「死ぬまで腕立てやってろ」と暗い部室の中で言われたり、広い体育館を終わることもないダッシュの繰り返し、意味のないことがその日も行われた。繰り返すダッシュに飽き飽きとした一心と流稀亜は走るのをやめた。

「おい!何やってんだ!」

 補欠の3年生が叫ぶとそれに対して口を開いたのは一心だった。

「3年生対1年生で試合しませんか?」

「なんだとてめえ。逃げ帰って来たくせにやけに強気じゃねえか?お前みたいな逃げ腰な野郎がスタメンで出るより、もともと2年の枡谷が去年まで試合に出てたんだ。そのままでいい気がするけどな。インターハイまで時間もねえのに監督も何考えてんだかな?」

「俺はスタメンで出ますよ。約束が有るんで!そしてもちろん全国取りますから!」

 一心ははっきりとそう公言した。

「ん?何が約束だよ!」

 一心がイラつきを隠せない表情でまた口を開く。

「もう、インターハイまで時間もないですし遠回りはするつもりないんで、今後はこういうのやめてください!」

 流稀亜が口を開いた。

「イケメンも同じこと考えてた。先輩方、こんなことしにここに入ったわけじゃないですよね」

 しかし、他の同じ同級生たちは後で連帯責任を取らされるという理不尽な行為にビビり、それ以上かかわらないようにしていた。それに一心も流稀亜も気が付いたが、どうにでもなれと思いでいた。

「お前ら、どうなるかわかってるんだろうな!全員ぶっ飛ばす!」

 補欠組が数名でそう言い放つと佐藤が勢いよく加勢に入った。

「やめるとよ!」 

 すると次の瞬間、ノブがパイプ椅子を手に走ってきた。ノブはパイプ椅子を空中に飛ばすとそのパイプ椅子に向かって渾身の一撃を食らわせる。垂直に飛んでいくパイプいす。落ちたパイプ椅子は、10トントラックの下敷きにでもなったようめちゃくちゃになり、拳の形がパイプ椅子の座る部分にめり込んでいた。

 佐藤(ノブ)いかにも九州男児という太い眉毛に真四角の顔が前に立ちはだかる線っパイを睨み付けていた。

 佐藤は本来は性格もまじめで穏やかだった。バスケをやる前は空手をやっていて小学校6年生にして黒帯になり、中学一年生の時には、高校生も含めた大会で優勝。空手の世界ではその名を全国に知られる有名人だった。そんな佐藤は一心との試合で負けたことによってそれまで2足のわらじでやっていた空手をやめバスケ一筋の道を選んだ。そして、高校は地元福岡の全国大会常連の強豪校に決まっていたが一心のプレーに魅了されて一緒にプレーするために帝国高校に入学したのであった。

「聞いとると!」

 その後も空手の構えをして素振りでもするかのように腕や足が宙に舞う。ノブの蹴りが空を切り大地を咲くと、ブンブンという音が体育館に響く。こんな人間凶器を見たら、普通の人間は間違いなく逃げ出す。そう思わせるほどその蹴り早く、強く、こぶしは固く、熱いのが、見るだけで伝わってきていた。

「この二人には手を出したらぶっ殺したるけんね、…言っておくが知ってのとおり黒帯のわいが刀抜いた言うことはどういうことかわかっとおと?」

 ノブはシャツを脱ぎ空手の構えを取っていた。そんなノブの助言を聞かず上級生が何人かノブに向かっていった。

「てめえ!なめんな!」

 結果は散々な物だった。ノブの武道の実力は本物だった。ノブのまるで大砲のように繰り出される拳を食らうと一人また一人と宙に舞い、最後は怖気ついた一人が振り向きざまの回し蹴りで床に転げ落ち、ほんの何十数秒で何にもが床に這いつくばっていた。

「お前…」

 するとタイミングよく南禅寺が体育館の扉を開けた。状況を把握するため辺り数秒間見渡すと大声を上げる南禅寺。いつもの優しい朗らかな顔が般若のような顔つきに代わる。

「今後、こいつらに手を出すなら先に俺に出してみろ!」

「…」

 静まり返る体育館。

「俺たちは、こいつらの手を借りないと全国制覇出来ないんだぞ!神木が一度いなくなったように大会前のこの時期にもし、すべてが嫌になって放り出したら、お前らは責任を取れるほどのプレイヤーなのか!」

「…」

「こいつらにやりやすい環境を作るはずが…逆のことしてどうするんだよ!」

 そして怒りの矛先は手を出してしまった佐藤にも向かった。

「佐藤!お前もよく聞け!その拳は強いかもしれないがめったなことで使う物じゃない。時にお前のその強さが周りを巻き込み、自分自身にも災いを起こすことがある!それを肝に銘じておけ!分かったか!」

「…はい」

「一年は先に帰ってろ!」

「…はい」

「あとは俺が処理する!」

 一心達が立ち去ろうとすると南禅寺が佐藤に声をかける。

「佐藤…個人的にはお前の勇気に感謝している」

「南禅寺さん…」

 南禅寺はそういうと体育館の扉を締めた。その後、何が行われたかは分からないが校門を出る前に一度、「ドーン!」という音が響いた。その後のことは分からないが南禅寺達が宿舎に戻ったのはそれから2時間ほど後だった…






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