第14話 「流稀亜の秘密~」

タイトル「流稀亜の秘密~」


フレッシュマンカップ2019~


12月31日~


等々力体育大学との試合2時間前~


 一心は代々木第2体育館の一階にある廊下でチームメイトとストレッチをしながらたわいもない話をしていた。

「あかん!男、北沢 剛、歌います!~ねえ~今夜~わたし~満月のせいからしら~」

北沢が気持ちよさそうに歌うと直ぐに蓮が反応した。

「音痴…うるさい」

すると直ぐに北沢が反論する。

「あかん!蓮、貴様はなんもわかってヘン!」

佐藤もたまらず耳を抑えながら口を開く。

「北沢の歌はジャイアンより酷いとよ!」

「アカン!ノブさん!ワイは絶対音感の持ち主やで!そないなわけあらへん!」

 すると黙って聞いていた一心が口を開いた。

「…お前のは絶対音痴じゃないのか?」

「ははははっは!」

その場にいる全員が納得するように笑い出した。

「アカン!ほな、何ですの?ワシが音痴っていう証拠でもありますのん?」

「北沢が歌うとすべての歌が…不教和音になるんじゃないの?」

「アカン!シンさん…酷すぎる!」

「ははっはは」

そんな賑やかなチームメイトがいる場所から少し離れた場所にいる流稀亜。声だけなら十分聞こえる距離だった。

「あ、流稀亜だ」

一心が流稀亜呼ぼうとする。

「流稀…」

流稀亜の後を背の高い50代ぐらいの男が追いかけている。

「待ちなさい!」

「別に来て…とは言ってませんよね!」

語尾をわざと強調するように話す流稀亜。

「…嫌なら帰る」

「…別にどっちでもいいですけど」

「これ、お前が持ってろ!」

赤いリストバンド(腕につける汗を拭きとる物)を渡される。

「これは…」

「あいつから、お前に渡してくれと…きっとあいつも誇らしげに…」

「それ以上、言わないで…もらえますか?」

「…」

 不愛想な流稀亜。流稀亜は普段から実はもの凄くバスケに対してストイックだった。そんな姿を隠すために周囲に対しては口調まで変えて話していた。おそらく周囲との協調性を保つためだろう。がしかし本当の姿は違っていた。本当はまったくオチャラケたところなどなく、心の底、本心からバスケットボールを上達したいという姿勢がつねに強く表れていた。それを一心は一年生の時から気が付いていた。

 普段は仮面をかぶって誰に対しても表面上はニコニコしている流稀亜があからさまに、怪訝な表情をするの姿に一心は少し驚いていた。

「お前!親に向かってその態度は何だ!」

「僕をじゃなくて、兄さんの方が良かったんじゃないですか?」

「なんだと!」

「帰ってもらえますか!」

「…」

「流稀亜さん?」

 少し離れた場所にいた一心が聞き耳を立ててその言葉を聞いていると次の瞬間、凛とした高級そうな着物を着た姫月 香が流稀亜とその男との間に立っていた。

「香?」

「どうされたんですか?試合前に皆さんにフルーツでもと思ってお持ちしたのですがすが…」

「…うちの親父だよ」

流稀亜がそう口を開くと、香はフルーツが入った入れ物を床に置いて流稀亜の父親に足して真っ直ぐ姿勢を伸ばし礼儀他正しく挨拶した。

「私、姫月 香 と申します」

 驚く流稀亜の父親。

「姫月…姫月さんってまさか中学の同級生の?」

「あら、お父様ご存じだったんですか?」

「…」

「流稀亜さん、お父様は記憶力の良い方ですね」

「…その節は息子のせいで…ご迷惑を…」

 流稀亜の父親が頭を下げる。

「はて、私…少し記憶力が悪くて…お父様に謝罪を頂くことなど何もないような気がしますが?」

「…そうですか…しかし…」

「流稀亜さんのお父様は素敵な方ですね。時間ってみんな平等でどんな風にも使えるでしょ。そんな貴重な時間をさいて応援に来てくださっているのですから、その期待に応えていいところ見せないとですね」

 無表情な流稀亜。

「…」

 香が機転を利かせて父親の方に寄っていく。

「あら、流稀亜さん…私がお父様のお相手をしますわ」

 そう言うと香が流稀亜にフルーツが入った入れ物を少し乱暴に渡す。

「小腹がすいたら召し上がりくださいね!」

「…あ!」

不機嫌な流稀亜が口を開かないため、気を遣うようにして香がまた口を開く。

「お父様、流稀亜さん私に「勝つ」そう言ってました。男に二言はないはずですから、上で一緒に見てましょう」

香はそういうと父親の手を引き寄せた。父親と目も合わせようとしない流稀亜に大きな目を見開いて何か言いたそうな顔をして香が流稀亜に向かって口を開いた。

「流稀亜さん、私に何か言いたいことはございますか?」

「…あのさあ、うちの家族の問題に…」

 流稀亜が次の言葉を言おうとした瞬間、香が語尾を強めてもう一度、流稀亜に対して問いただした。

「結婚したら私も家族の一員ですよね!」

 流稀亜も驚いた顔をしているが父親も驚いている。

「け…けっ結婚?」

 それを聞いたたまたま近くを通りがかった流稀亜のファンが辛辣な言葉をぶつける。

「何!あのブス!」

「私の流稀亜様に何寝ぼけたことを言ってるのよ!」

「ていうか、着物…ダサくない?」

「ウケるんですけど~」

 香が語尾を強めて口を開く。

「流稀亜さん!…この方達は誰なんですか?」

 初めて試合を見に来た香は流稀亜に熱狂的なファンがいるのを知らなかった。しかし、だからと言って香はそれを気にしている様ではなかった。ただ、自分自身に対して失礼なふるまいをしたその女たちに対しての怒りしかなかった。

「…僕の…ファン…かな」

 そんな外野をそっぽを向くと香が凛と立ち尽くしたまま口を開く。

「…日本の伝統的な諸芸の一つでもある華道は古くから受け継がれている作法に基づいて行われています。それが世代を超えて継承されて格式があるように見られがちですが生け花の家元っていっても他の人から見たら所詮お遊びの延長…でも私が人を思う気持ちは…私の華道「愛」と同様に常に一直線に思いを込めて剣山に花を挿すんです。遊びが全くないんですよね?」

そういうと可愛く微笑む香。まるで、遊びで流稀亜の追っかけをするなら剣山で刺してやろうか!そう言っているようにも聞こえた。そして香のその微笑みが逆に背筋を凍らせるような恐ろしさを流稀亜に感じさせた。

「香…ふ、フルーツ…ありがとう」

 流稀亜がそういう頃にはファンはその場から姿を消していた。

「ほら、お父様、流稀亜さんって可愛いでしょ。行きましょうか?」

「あ…はい、流稀亜…あいつのためにも勝てよ!」

「ほっといてもらえますか!」

「流稀亜さん…勝つことだけに集中しないとどんな相手でも足元をすくわれますよ!」

「香!バスケの事には口を出さ…」

流稀亜が次の言葉を言う前に香りがまた先に口を出した。

「流稀亜さん…わたくしは戯言を言い訳するような男に惚れた覚えはありません。私に言いたいことがあれば試合に勝った後でお話くださいね!」

「…はい…」(なんだよ…増上寺の時と違って…今日の香…めちゃ怖いんですけど…)




 声は聞こえないが一部始終を心配そうに見ていたチームメイト。何がどうなっているのか…床に横になりながらチームメイトが時頼立ち上がっては様子を見て、また横になるのを不自然に繰り返していた…

 北沢が口を開く。

「アカン!なんでしゃっろ?」

佐藤が口を開く。

「なんがしたとね」

蓮が口を開く。

「ご両親じゃ何かじゃ?でも少しギクシャクしてるみたいですね」

一心は何も言わずに流稀亜の方を見ていた。

「…」

 一心にも父親がいれば試合を見に来ただろうと思っていた。少しギクシャクしていてたが本当の家族はそんなものだろうとも考えていた。そんな流稀亜のことが一心は少し羨ましかった。

 そんな流稀亜が何もなかったような顔をして一心の隣に座りストレッチを始める。すると流稀亜が無造作に置いたフルーツの入った重箱を開ける北沢。

「アカン!メロンや!メロンが入ってはる!」

「…」

チームメイトはみな空気の読めない北沢に冷たい目線を向ける。そんなことはお構いなしにメロンを食べる北沢。

「アカン!なんて高級な匂い…んー最高!いただきます!」

 一心が口を開く。

「…バカ沢…どこが俺に似てるんだか…南禅寺さんも酷いよな…」

 するとチームメイトが気を遣い流稀亜に対して背中を向ける。そんな中、一心が流稀亜に声をかけた。

「よ、ルッキー調子はどう?」

「イケメンはベストコンディションだよ~」

 またいつもの、カラ元気な流稀亜に戻っていた。

「さっきのお父さんなの?俺なんか父親がいないからさ、羨ましいよ」

「…シン、そのことだけはあんまり触れないでくれる?」


そうはっきりとした口調で言うと流稀亜は背中を向け託された赤いリストバンドを握り締めていた。

「ごめん、ルッキー…俺が5番にこだわってる理由は父親が関係してるって話をしたでしょ」

「…え、うん」

「実はさ、うちの親父もバスケットボールをしていたみたいでさ、小さい頃に親父が好きだった選手のユニフォームを俺に着せて取った写真が一枚だけ残ってたんだ…」

「その番号が背番号5番なの?」

「うん」

流稀亜が口を開く。

「でも現実にいると、ややこしいよ」

「何が?」

「親子関係のことだよ」

「そうなの?」

「うちの場合は特にイケメンの僕が…原因かな?」

「流稀亜が?そんな訳ないじゃん」

「あるよ。だから中学の時も転校して逃げたんだ。住み慣れた東京から大阪にね…でも僕のせいなんだよね。人のせいにしてるけど…」

「逃げたって?」

「…実はさ僕ね一回り離れた兄貴がいたんだ…」

「え?お兄さんはバスケしてるの?」

「今はしてない…今はね…」

「そうなんだ残念…」

「でも、僕のせいなんだ…」

「…」

流稀亜は大切な物を壊して親に叱られた時の様な顔をして静かに語り始めた…


2013年~


 小学六年生の夏やみの校庭。流稀亜は夕方まで続いた練習が終わっても学校の外に設置されているバスケットコートで一人練習に励んでいた。シュートを打つと自分で何本目かを数えていた。

「96…97…98…」

夕日も沈みかけるころ、一回り年の離れた兄、暁 智也が流稀亜を迎えに来た。流稀亜の兄の智也もバスケをしており、身長は206cmあった。がっしりした大きな体格の智也が来たことに直ぐに気が付いたが、流稀亜はそれを存在しないものと感じさせるほどにシュート練習に打ち込んでいた。するとそれを見ていた智也が口を開いた。夕日は沈み、すでに暗くなっていた。暗闇に紛れ、わずかについた職員室の明かりがバスケットコートを薄暗く照らす。

「飯の時間だ!帰るぞ流稀亜!」

「まだ、あと100本!」

「もう見えないだろ…何でそんなに頑張るんだ?」

 智也がそういうと、流稀亜はそんな当たり前のことを聞いてどうする!そんな顔をして口を開いた。

「俺が、智也兄さんに勝って日本で一番のバスケットプレイヤーになるんだ!」

「…お前の兄貴はこれでも大学生NO,1プレイヤーと言われてるんだぞ?」

「それがどうした!俺は世界で一番のバスケの選手になるんだ!」

「世界一か…言ってみたいね、そういうセリフ…そうか、ならあと200本だな」

「200本…無理だよ」

「なんだ、世界一っていうのは口だけか?」

「…違うけど…」

 今度は智也が真剣な表情で流稀亜を見つめる。

「腕が引きちぎれるほどやってみろ!足が動かなくなるほど走れ!声がかれて出なくなるほど叫けべ!…そうすれば他の奴らがいずれ止まっているように見える様になる…努力したからって、勝てるとは限らないが、強くはなれる。流稀亜、お前のその言葉…本気ならそこまでやるんだ!」

「…分かった。やるよ。俺は兄さんを超える男になるんだ!」

「そうだ、お前ならきっとできる。お前は俺より才能があるんだ、その調子で頑張れ!」

 暗闇の中、またシュート練習に励む流稀亜を温かい目で見つめる智也。



 何処か、うつろな目をしている流稀亜。いつになく、自分のことを話す流稀亜に全員が戸惑っていた。

「小さいころから智也兄さんは僕の憧れだった…父の期待も一身に背負って順調なバスケロードを走っていたんだ。僕の10歳年上でそのころは大学でもNO,1プレイヤーとして大活躍していてね。そう、丁度今日の対戦相手、等々力体育大学に入学していたんだ。僕は小学校3年生からバスケを始めたんだけど、行く先々で兄貴と比較されて…でも僕も兄貴に負けない!そう思って努力したけど駄目だった。6年生の時は全国大会で優勝だってしたのに、それでも褒めてもらうことはなかった…そんな僕を見て父は言ったよ。

「お前はどうして智也みたいに出来ないんだ?」

「駄目だなお前は、才能がない!」

「もう期待してないからバスケはしなくていいぞ!」

「いつまでやるんだ。早くやめろ」

「下手は才能か?」

「…父親との確執…それから僕はバスケが嫌いになって中学に上がるとバスケをやめて不良と絡むようになったんだ。身長が高いし、目立ってたから絡まれやすかったのもあるけどね」

「そうなんだ…」

「でも人間って馬鹿だから…間違いだったと気が付くのは何かが起きてからなんだよね」

「…間違い?…何かあったの?」



 流稀亜は記憶を呼び戻すかのように目をゆっくりと閉じた。

「その日、僕はいつものように不良のたまり場になっている渋谷のマンションの一室に行くと不良仲間と一緒に煙草を吸ったりゲームをしたりしていたんだ。試験が近くて嫌だ…なんて話をしていたらいいのをやるって言われて、粉状の薬を渡されたんだ。何かに混ぜて飲むと効き目は抜群だってね。栄養ドリンクなんか目じゃないって言われたよ。実際、飲んでみると本当に効き目があってね、寝なくてもダイジョブだし、食欲がわくんだ。次のテストの時になったら、同じものを20袋ほど貰って、無料でやるから学校で配っていいと言われて僕は何人もの同級生にランダムに配ったよ。効き目が抜群だって。僕のクラスメイトの同級生にも配った。好きだった女の子、姫月 香、さっきいた香がそうなんだ…」

「なんか、ダイジョブ?無理して話さなくても…」

「いいんだよ、シン。そのうち知られることだから…」

「ところがある日の夜、香は僕の渡した薬を飲んで中毒を起こしたんだ。病院から連絡があって香の親が何の薬を渡したんだって…問い詰めてきて…それが合成麻薬MDMAだとその時、初めて知ったんだ…」

「僕は家を飛び出して、渋谷のマンションに怒鳴りこみに行ったよ。どうなってるんだ!ってね。そいつらのマンションに行って、殴り合いの喧嘩をしたんだ…」

「この野郎!俺の友達を!」

「友達?ははっは、ただの知り合いだろ!」

「違う!」

「じゃあ、幸せそうにしているあいつらが許せなかったんだろ?」

「違う!」

「お前は知っていて、仲間をはめたんだ。まさに稀代の悪だよ」

「…知らない…」

「お前も知ってたんだろ?知らないわけないだろ…みんなを不幸にしてやれば自分も楽になるから…だからやったんだろ!」

「違う!知らない!」

 …その時は否定したけど半分以上当たってた。僕はその粉状の薬が何なのか知っていたんだ…中身はわからないまでも、使用してはいけない薬だと…」

「…」

 そんなことをしていたら…そいつらの上司みたいな怖い連中が何人か来て、僕はそいつらにリンチされたんだ。その後、面倒だから監禁ししてしまえって…

 殴られながら、その時は死んでもいいと思っていた。その後、そいつらの仲間が、身代金目的で僕の家に電話したら、「そんな息子は家にはいない」って親父に言われたらしい…」

「え…そんなはずないよ」

「いや、多分本当だよ。どう思っていたかはわからないけど、次の日は兄貴の大学選手権の決勝戦の日だったからね。気が動転していたのか?それとも本心か…」

「今、ここに流稀亜がいるってことは警察が助けてくれたんだろ?」

「警察は子供が一人いなくなったくらいですぐに捜査なんか始めないよ。事件性があって初めて動くんだから…」

「…じゃあ、誰が…」

「あの人は違ったんだ…その差し伸べる手はいつも僕に優しくて、温かくて…僕のねじ曲がった心の結び目を丁寧にほどいてくれる。そして僕の目標の人だった…」

「大丈夫か?無理して話さなくても…」

流稀亜を気使う一心。

「あーークソ!兄貴はさ、自分が次の日、全日本大学選手権の決勝戦だっていうのに、親の反対を押し切って俺を探し回ったんだ。僕の友達に電話をしまくって、渋谷の街を歩いて情報を必死でかき集めて、そして監禁されていたマンションに兄貴は金属バットを持って殴り込みに来たんだ…」

「…」

「部屋で、親が来ないって聞いた時は特にショックじゃなかったんだ。何んでだかわからないんだけどね。でも心配事があった。もしかしたら兄貴が来るかもしれないって。頼むから来ないでくれ!何度も何度も何度もそう思ったんだ。でも少ししてから僕の携帯電話から兄貴の番号を見つけてあいつらは電話したんだ…」

「止めろ!」

「…もしもし、誰だ?」

 智也がつぶやく。

「あ、あああああああああああ!」

 智也が電話に出た瞬間、大声で、訳の分からない言葉を発する流稀亜。

「黙らせろ!」

 口をふさがれる流稀亜。

「弟は預かってる。身代金300万でいいからよ、持って来い。そうじゃないと、バラバラにして内臓…全部売り飛ばすぞ!」

「弟に…指一本触れていないだろうな?」

「来ちゃだめだ!絶対にくんなよ!」

「おい!」

 再び口をふさがれる流稀亜。

「お前ら、うちの未来のエースに手を出していないだろうな?」

「はあ?お前の弟から手を出してきたんだ、やったに決まってんだろ!」

「そうか?なら正当防衛ってことでいいんだよな?」

「イカれてんのか?お前?」

「智也兄さん!俺にかまうな!明日の試合に…あ…あ」

 するとマンションの窓の格子に智也のシルエットが映り込む。それに気が付く流稀亜。

「いいか!今から1時間以内に来なかったらお前の弟は内臓を売った後で海に沈めて…」

男がそう言った瞬間、

「流稀亜!」

 大きな声と同時にマンションのドアが爆弾が破裂したように吹き飛んでくる。

206cmある大きな体をした智也が金属バットを手にマンションに乗り込んできた。部屋には不良グループが6人ほどいた。マンションの中央に椅子でくぐりつけられた流稀亜が叫ぶ!

「智也兄さん!…何で来たんだよ!」

「未来のエースを助けに来るのは…兄貴の使命だろ?」

笑っている智也。流稀亜の胸が締め付けられ熱くなる。

「今、助けてやるからな!」

「明日、決勝戦なのに…どうしてきたんだよ!」(出来れば来てほしくなかったのに…)

「馬鹿野郎!この世の中に兄弟以上に大切なものがあるわけないだろ!」

「それに、お前は俺のライバルになるって言ってたよな!」

「いっでだ…いだった!」涙で目がかすみ、声もうまく出せない流稀亜。

「じゃあ、今聞かせろ!お前は俺のライバルになる男なのか?」

「…うん」

「それが聞ければ十分だ!後は俺に任せろ!」

「ごちゃごちゃうるさいんだよ。体育会系風情が!」

「普段から、体に悪いことばかりしているお前らには、喧嘩の素人の俺でも負ける気はしねえ!」

「ホーいい度胸してるじゃねえか!」

「体育会系の練習量…舐めんなよ!」


 智也はその後、徹底的にその不良をグループをボコボコに叩きのめした。しかし…喧嘩の最中に智也は右足を骨折、それと右足半月板の損傷しその場でコンパーメント症候群になって救急車で運ばれることになった…


 強い風が吹きあれ暴風雨が降りしきる中、駆け付けた救急車に乗り込む流稀亜。住宅街の中にあるマンションのせいか、やじ馬も大勢つめかけていた。救急隊員が手際よく作業を進めている。

「1,2,3」掛け声とともに救急隊員が智也を持ち上げる。3人ほどいる救急隊員の中の一人が搬送先の病院に連絡を入れている。

「年齢は22歳 男、身長が206cm。体重100キロ。入れ墨、その他、薬の使用は現在ないとのことです。外傷ですが太もも、膝の部分がかなりのハレがあります。今から5分ほどで到着できますが搬送の方よろしいでしょうか?」

「了解」

「よろしくお願いします」

 サイレンとともに緊急車両は深夜の国道を雨を切り裂くようにして猛スピードで駆け抜ける。流稀亜は心配そうに智也を見ている。

そんな流稀亜に気を使うように笑顔をみせる智也。

「ごめん…」

「何で謝るんだ?」

 智也の脚を見る流稀亜。

「だって智也兄さん…足が…足が…」

「こんなのカスリ傷だ。明日には治って決勝戦に出れるさ」

「…」

「…何で来たんだよ。俺なんかどうでもいいじゃないか!いっつも兄貴と比べられて…心の中で俺は嫌ってたんだ!俺は…俺は智也兄さんが…大嫌いだったんだよ!」

「…全部知ってる」

「じゃあ、何で来たんだよ!」

「俺がお前の兄貴だから?それ以上の理由があるのか?」

「親父だって、親父だって俺のこと見捨てたのに!」

「…なあ流稀亜。大人って自分の都合のいい事だけを良いように解釈してさ、子供の気持ちなんて考えてないんだよ。でも、お前には俺がいる。それでいいんじゃないか?…それに今はわからないかもしれないが、親父を、そんなバスケの狂気にさせる出来事が昔に…あったんじゃないかな?そのうち話すだろうけどな」

「兄貴…」

「お前、いつも俺にプレッシャーをかけてるんだぜ?最近は違うけどな…」

「俺が智也兄さんに?」

「お前、もう少しで超えられたのに」

「何を?」

「努力の壁をさ…そうやって何枚もある壁を何枚もぶち破って、そして勝利にたどり着くんだ。お前はそれを途中で投げ出したんだ。でもお前のひた向きだった頃の姿を見て俺も頑張らなきゃなって思ってたよ…いつも。ちなみに俺は夜になったらボールが見えないからシュートは打たなかったよ。でもお前は違った。暗闇の中で繰り返すシュート練習でお前は感覚だけでシュートを決めていた。俺が保障する。お前には誰にも負けない才能がある。自分を信じるんだ!」

「そんな嘘つくなんて…」

「馬鹿野郎!こんな時に嘘なんか言うか!流稀亜!こっちを向け!お前は、俺を超えるんだろ?」

「…」

「なんだ?やっぱり嘘だったのか?」

 病院に着く救急車。雨はさらに強さを増し雷が鳴り響く。

「ドゴーン!」

「もう泣くな…」

 智也を乗せたベッドが緊急病棟の手術室に入ろうとしている。救命救急室のドアの向こうには約8名ほどの救急看護や医者が待機している。手術室の前で看護師に止められる流稀亜。

「…」

 言いかけた言葉が喉につまり声が出ない。

「俺は…俺は絶対に…絶対に智也兄さんを追い越して…最強になる!」

 無言で中指をたてる智也。その後、乾いた空気と摩擦するドアのかすれた音が二人を遮るように閉ろうとした時、流稀亜に向かって寝たままVサインをする智也…

 それを見た流稀亜の後悔の涙は床を濡れるほど流れた。

「智也兄さん…!」

智也は手術を受けた後、日常生活に支障はないが激しい運動やバスケをできる体に戻ることはなかった。病院を出ると降りしきる雨に向かっていく流稀亜。自らが暴風にさらされることによって懺悔するようにして瀧様な雨に打たれた…

「智也兄さん…ごめん…」




 話を終った後、頬に伝わる涙を隠すようにふき取る流稀亜。チームメイトもまた流稀亜に背中を向けたまま頬から涙を流していた…一心が口を開く。

「ルッキー…今日の試合…」

その言葉にすぐに反応する流稀亜。

「勝よ。勿論!」

握手する流稀亜と一心。佐藤が口を開く。

「俺達もいるとよ!」

蓮も口を開いた。

「僕も微力ながら」

北沢も続く。

「アカン!ワイが流稀亜さんより目立ってもうたら…」

一心があきれたように口を開く。

「北沢…調子に乗るなよ…」

「アカン!図星や!」

「はははは」



等々力体育大学 対 帝国高校 試合開始まで残り1時間を切っていた。

「よし、アップ始めるぞ!…その前に全員集合だ!」

円陣を組むチームメイト。一心が口を開く。

「ルッキー今日はルッキーが」

「え、シン何で?」

「そんな雰囲気だろ?」

「…分かった」

目を閉じて深く息を吸い込む流稀亜。全員が流稀亜を中心に肩を寄せ合っている。

「1,2,3,4帝国~ビクトリー!」

「オウ!」

そういった後、流稀亜は右腕にはめたリストバンドを強く握りしめて小さな声でつぶやいた。

「兄貴…今日、兄貴を超えて見せるよ…」

 一心が口を開く。

「それって、いつもしてるやつ?」

「右腕のリストバンドは前に兄貴に貰ったやつ。これは左に着けるよ」

「あれ、シンはウインターカップの優勝の時につけていた白のリストバンドはどうしたの?」

「え…っとあげた」

すると北沢が口を開く。

「アカン!あれはワイのですやん!誰にやったんですか!」

「…さあ…ファンサービスだよ…」(やばい、北沢め…なんて嗅覚だ…あっちに行け!)

「アカン!ウルトラプレミアム、リストバド!誰じゃい!持っていったアホ!」

「まんつ北沢!時間だいば!まじめにやれでや!」

 タイミングよく監督の石井が通りがかり北沢を叱る。

「…」(ナイス!監督!)

「ルッキー…勝とうね」

「必ず勝つ」

 ベストバンク主催のフレッシュマンカップには試合前から多くの人が押し寄せていた。会場の観客席に座ることのできな人は立ち見が出るほどだった。バスケットボールの試合会場の聖地でもある代々木第2体育館は大勢の人が押し寄せていた。試合に集中しようとしている一心や流稀亜はそれを見ても特に驚きはしなかった。そして勝利する方法ばかりを考えていた…


タイトル「将来の夢と希望」


同じころ…


成田空港 第2ターミナル内~


 一心の試合が始まろうとしていたその頃、愛梨はアメリカに行きの飛行機に乗るため搭乗口を抜けて、航空会社のマイレージ会員の上級者のみ入る事が出来るラウンジでマネージャーと少し間隔を開けてゆったりしたソファーがある窓側の席に座っていた。

 ガラス一枚、隔てた向こう側には様々な飛行機が飛び立ち、そして離陸する光景が広がる。そんな外を眺め愛梨は反射するガラスに映る自分の姿に問いかけをしていた…



三島 愛梨…


あなたは何のために芸能界いるの?


何のための芸能人…私はただの操り人形なの?


仕事もスケジュールも自分の意思はない…


言われるがままにその場所に行き、作り笑いを振りまいて頷く…


それとも望まない方が楽だから…そうして流れに身をゆだねているの?


ルールに従えば成功できるのかもしれない…


でもその先に何があるの?


そんな成功に何んの意味があるの?


いっちゃんと私の違いは一体、何?


いつも眩しほどに輝いているように見えるのは何故?


「夢…NBAに行くこと…かな」


いっちゃん…私には夢がないから輝けないの?


人は夢がなくちゃ生きていけないの?


私の夢?


私のしたいこと…


「愛梨はさ俺にない物…持っていると思うんだ」


私の未来は…


「大勢の人に勇気を与えたり、笑顔や、やる気を起こさせる…凄いよ愛梨は!」


私の力…


ファンのみんなの活力になる…


いっちゃんが気づかせてくれた私の武器…


私は…私…


でもそれは…誰かに「やらされている」私のドラマ


違う…私の人生は、私のもの…


そうか…私はそれを盗まれた「もの」だと勘違いしていた…


誰かに盗まれたと勘違いしていたけれど…


最初から自分の「もの」だった私の意思…


自分自身の気持ちで「やってやる!」


いっちゃん…そういうことだよね…


あ…乾いた入道雲だ…背伸びしたら私でも届くかな…


いっちゃん…私、今あなたに…会いたくて、会いたくて…


「これから先未来永劫365日、1日に24時間、1440分、86400秒、たとえ空が深い闇で包まれていても、槍が降っても、理不尽な雨が降り注いでも、愛梨が必要とすなら俺は愛梨の傍に駆けつける!」


いっちゃん…今から私が駆けつけても…いいかな?


 一心に渡されたリストバンドをぎゅっと握りしめる愛梨。その後、愛梨は少し離れたところにいるマネージャーを置いてラウンジを出ると搭乗口とは反対方向に足早に歩きだした。時計は一心達の試合が始まる10分前、12時50分を指していた。後方から全速力で走って愛梨に追いつくマネージャー。

「社長に電話して!」

「…」

 無言のマネージャーに対して声を上げる愛梨。

「電話してくれないの?」

「だって、搭乗口と真逆の方向に歩いていったら…小学生でもわかりますよ」

「何がよ!」

「アメリカに行かないつもりですよね。社長に怒られちゃいますよ!」

「大丈夫、私は社長とこの業界に入る前に契約しているの…やりたい事が出来るくらいの実力が付いたら、お前はそれをやれ!それまでは俺が敷いたレールを走ればいい。社長が私を拾ってくれた時、そう約束したの!」

「そう言われましても…」

困り果てるマネージャー。すると足早に歩きながら仕方なく自分の携帯電話で社長に電話する愛梨。電話がつながると社長の伊達 亨に切り出す愛梨。 

「社長…私やりたい事が出来ました!」

「…そうか…で、何をするんだ?」

「私…もう逃げません!」

「…?」

そして、その会話が終わる頃、代々木第2体育館は熱気に包まれる中、選手たちがウオーミングアップを開始していた…




タイトル「最強の証明」


ベストバンク主催 


フレッシュマンカップ2019 12月31日


「大学NO,1等々力体育大学 対 高校生NO,1帝国高校」

  


等々力体育大学 スターティングメンバー


枡谷 恭一     184cmSG(シューティングガード)

折茂 岳彦     194cmSF(シューティングフォワード)

関口 力也     205cmC(センター)

南禅寺 清隆    190cmCF(シューティングフォワード)

三浦 雅俊     200cmPF(パワーフォワード)



帝国高校   スターティングメンバー


神木 一心     176cm PG(ポイントガード)

暁 流稀亜     194cm SF(シューティングフォワード)

佐藤 伸樹     186cm SF(シューティングフォワード)

朝比奈 蓮     195cm SF(シューティングフォワード)

北沢 剛      181cm  (リバウンド専門)



 当然の様にその日の代々木第2体育館は満席。そして立見席も出るほどだった。大勢の観客の目線が突き刺さる中、ウオーミングアップをしていると、激しいダンクシュートの音が次々と聞こえてくる。

「ドゴーン!」

「ドゴーン!」

等々力大学が帝国高校を威圧するように激しいダンクシュートを見せつけていた。そして最後に三浦がダンクシュートすると有り余った力のせいでリングにひびが入った。

それを見た北沢が口を開く。

「アカン!マジかよ」

一心がつぶやく。

「三浦さん凄い気合が入ってるね」

流稀亜も口を開く。

「相手にとって不足はないよ」

佐藤が口を開く。

「俺たちはいつも通りやるとよ」

珍しく蓮も口を開いた。

「無駄な体力の消耗ですよ…でも、どのくらい復旧にかかるんですかね」

結局試合は予定の13時から30分遅れて13時30分から開始された。


13時32分~



試合開始前スタメンが集まり円陣を組むんだ。

「自分達のプレーを忘れずに」

「よっしゃ!」

「おおきに!」

「ほいさ!」

以外にもいつも冷めた雰囲気の蓮が面白い掛け声をする。

「…蓮、北沢はわかるけどどうしたお前?」

「いえ、なんか雰囲気でしょうか?」

「はっはは」

「俺たちの伝説を…」

「オウ!」

「よ~し!…1,2,3,4帝国~ビクトリー!」

「オウ!」

コートに立つと南禅寺、枡谷や折茂、関口の表情は後輩を見る目ではない。明らかに敵意のある目つきをしていた。それに対して視線を合わせることなく勝負に集中する一心。





第1コーター開始~


 最初のジャンプボール制してボールを取ったのは等々力体育大学だった。ガードの枡谷が最初から仕掛けてくる。2、3のゾーンディフェンス(技術ページ参考)で守る帝国高校はその枡谷のドライブを北沢、一心で止めに掛かる。

「三浦さん!」

その瞬間にボールをリング頭上にパスする枡谷。がら空きのリングに向かうボールに三浦が反応して強烈なダンクシュートが鮮やかに決まる。先制点は等々力体育大学。

「ダン!」

「おーっち、おまらの好きにはさせないぜ!」

関口が口を開くと折茂も口を開く。

「ちっちっちっち、デミタスコーヒーな神木!」

南禅寺がディフェンスに戻りながら叫ぶ。

「こいつらに勝ったらいくらでも買ってやる。ズル!だからシュートは全部決めろよ!」

三浦が口を開く

「お前ら、俺もいるのを忘れるなよ!」


 沸き立つ歓声。三浦がそう口を開くも流稀亜、一心、帝国高校のスタメンはその言葉につられることなく驚くほどに冷静だった。

「1本~」

一心が的確に指示を出した。リターンの攻防。流稀亜は一心から鋭いパス受け取ると前線にいる佐藤めがけて矢のようなパスを出す。

「ノブ!」

「OK!流稀亜ナイスパス!」

 佐藤は3Pシュートを冷静に決めて3対2とあっさり逆転して見せた。観客席の応援団がそのシュートをほめたたえた。

「いいぞ、いいぞ佐藤~もっともっと決めてけ3P~

「まったくかわいげのない後輩だ」

 南禅寺がぽつりとつぶやくと一心達が攻撃的なゾーンディフェンスを仕掛けてきた。

「今だ!行くぞ!」

「オウ!」

一心が手を握り存ゾーンプレスの合図を出す。

「2-2-1」(ディフェンス形態ページ参考)

 お家芸のゾーンプレスはどこにボールを運ぼうとしても罠に入り込むように、先の先まで読みつくされ計算されていた。来ることが分かっていた戦術を知る枡谷でさえ、一心達が完成させた鳥籠の様なゾーンプレスに顔も思わず歪めた。

「おーっち、枡谷俺によこせ!」

関口が中継地点に立ってボールを運ぼうとする。そして関口に高いパスを出した。

「よし、北沢!行け!」

一心が叫ぶと北沢も言い返した。

「アカン!とっくに分かってますやん!」

北沢はそのボールをがっちりと片手でカットすると、空中でそのまま浮いた状態から一心にめがけてパスを出す。

「師匠!」

ボールを受け取ると一心が当たり前のように3ポイントを決めてまたディフェンスに入る。

「手を緩めるな!行くぞ!」

「…」

また、ゾーンプレスの体制に入るが、そこは先輩の意地を見せなんとかボールを運ぶと折茂にパスが渡る。ボールが渡った瞬間にモーションをかけディフェンスについた流稀亜を振り切ろうとすると、流稀亜の長い手がボールをたたき落とす。

「何!」

こぼれたルーズボール。先に追いかけたのは佐藤。その瞬間、佐藤が取ると確信した一心は、ボールを貰いに行くと、走っている流稀亜の影を確認しただけでリング頭上3メートル40cm付近にでたらめなパスを出す。誰もがパスミスだと思ったボールに流稀亜が反応してダンクシュートを決める。


開始3分~


帝国高校 8 対 2 等々力体育大学


たまらず等々力体育大学がタイムアウトを取った…



ベンチに戻ると一心が口を開いた。

「スピードは俺たちの方が上だ。あとは細かいイージーなミスをしなないで確実に点を取っていこう」

観客席を見ると伊集院がサングラスを外して、頬杖をつきながらしっかり見ている。軽く手を挙げてよそ見をするなと口を開く。一心はうなずいた。

「…」

「じゃあ、最後まで気を抜くなよ。伊集院さんにぶっ飛ばされるからな」

「1,2,3,4帝国~ビクトリー!」

「おう!」

タイムアウトが解けると等々力体育大学のスタメンも顔色がすっかり変わり更なる気迫が伝わって来た。

「…」



試合が再開されると枡谷がエースの三浦にパスを出す。

「三浦さん!」

すると三浦は流稀亜のしつこいディフェンスに対してフェードアウトしながらの技ありのシュートを決める。三浦が叫ぶ。

「どうだ!」

「クソ!」

ディフェンスについていた流稀亜が悔しがるも流石にそのシュートは止める事が出来ない。その後は一進一退の攻防が続き平行線をただった。


第1クオーター


残り時間8秒。


等々力体育大学がセットプレーで得点しようとしていた。三浦と関口を並べるとその壁を使って南禅寺と折茂が両サイドから交互にスクリーンを使ってすり抜けた。

「どっちだ!」

ボールを目で追うとそのどちらにもボールは言っていない。しかし、よく見てみると関口が3ポイントラインに立っていた。そしてその関口にボールが渡ると関口が今まで公式戦でも、全日本大学選手権でも見せたことのない3ポイントシュートを鮮やかに決める。

「おーっち、神木!流稀亜!お前らみたいな後輩がいるとよ!天才の俺さまも常に進化するわけよ!」

「…」

そしいて審判の笛が鳴った。


第1クオーター


帝国高校 20 対 16 等々力体育大学


 最後の関口のシュートに対して一心と流稀亜は数々の試合経験からまずい状況にあると感づいていた。得点差で見るとたしかに帝国高校がリードしているが、それは最終的な結果ではない。

 そもそも、センタープレイヤーが一人もいない帝国高校は走るバスケを中心に試合を進めていた。そのため、ディフェンスにおいても一人のオフェンスに対してすばやく二人がかりでプレッシャーをかけて攻撃的なバスケットを展開していた。しかし、ゾーンプレスにも弱点があった。


1 基本的に高さに弱い。

2 中央突破に弱い

3 早いパス回しに弱い


それは高い身長の関口に広い範囲で動かれると1対1のディフェンスに切り替えなければならなかった。そもそもゾーンディフェンスはある程度決まられた範囲をディフェンスの中ではったりをかまして、相手をだましてかく乱する要因があるが早いパス回しで広範囲に動かれると対応しきれない弱点があった。


 しかし、等々力体育大学に対して1体1でディフェンスをした場合、体のでかさとパワーで押し切られ、帝国高校は圧倒的に不利な状況になる。


第2クオーターが開始されてしばらくすると一心が思っていたことが徐々に点差として

如実に表れてきた…あと少しの所で関口や三浦の動きを止めると、今度は南禅寺や折茂の3ポイントシュートが炸裂した。

「おーっち神木!もらったで!」

 南禅寺が口を開く。

「神木!俺の得意な場所でノーマークか!」

流れは少しづつ、確実に等々力体育大学の方へ傾ていた。そんな接戦になると試合経験の少なさからか、蓮は簡単なノーマークシュートを外してしまい

「すいません!」

「気にするな!守るぞ!」

北沢もせっかく奪い取ったリバンドからのパスをミスをしてしまう。

「アカン!えらいすんません!」

 一心が口を開く。

「…お前は後でゴムパッチンだな!馬鹿!」

「師匠!それはないですやん!なんでゴボウと男、北沢への対応が違うんですの!愛情のうらがえしでっか?」

「…バカにつける薬がないな…早く戻れ!」

「アカン!図星や!」

そしてその後も第2コーターは等々力体育大学の全員攻撃と連係プレイに翻弄されて逆に3点差で負ける展開に持ち込まれた…


第2クオーター 終了時


等々力体育大学 47 対 44 帝国高校


熱気あふれる代々木第2体育館では選手たちが更衣室に行くと様々な声が行き交った。


「なあ、これって高校生 対 大学生の試合だよな」

「ああ、しかも先日、行われた試合で優勝してるのは等々力体育大学。つまり今の大学NO,1と高校生のNO,1が対等に試合をしているってこと。元々、高校生と大学生じゃ実力差があるからお祭り気分で始まった大会だったはずがガチになってるし…」

「こんなことあったか?今まで」

「ああ、伊集院の時にあったね。こんなことが」

「あの時、どうなったんだ?」

「帝国高校が勝ったよ。あの時は伊集院のほかにも今ヨーロッパで活躍しているなんだっけ?あれ、名前が出てこないな…(古堅)」

「ああ、わかる。でもあいつらのコンビも、凄かったよな!」

「ああ、見ごたえあったな!」

「今回も帝国が勝ったりして…」

「終わってみないと分からないけどな」


 長い歴史のあるベストバンク主催のフレッシュマンカップ。元々、日本の学生のレベルを上げようと、始まったお祭りのような試合。いつの時代も、大学生に勝てる高校生などいなかった。体格差も実力も違う。通年は20点前後の得点差をつけて、大学NO1が勝利していた。ただし、例外があった。それまでに一度だけ大学生が高校生に負ける試合があった。それが帝国高校の伝説の伊集院が筆頭に率いていた、全国制覇9冠メンバーだった。(9冠とは…1年に3回ある大会を1年生の時から3年回、1度も負けることなく優勝すること)その当時のメンバーの中には伊集院以外にも怪物クラスと呼ばれた選手が古堅だった。古堅は現在はヨーロッパのプロリーグで大活躍していた。



 緊張感のはりつめた更衣室。ベンチに座るスターティングメンバーは汗を拭いたり水分補給をしたりしている。一息つく頃、一心が口を開く。

「自分達のバスケはできている。このままでいこう」

 佐藤が口を開く。

「そうけんね、相手のシュートの確立が良すぎたせいもあるとよ」

 流稀亜が厳し表情で口を開く。

「いや、イケメン思うに相当集中しているから後半もあの感じでシュートが入って来ると考えた方がいいよ」

 一心が口を開く。

「流稀亜どうだ?三浦さんの動きに慣れたか?」

 流稀亜が口を開く。

「うん、でもあの技ありのフェイドアウトしながらのシュートは止めれる気がしないな。それにディフェンスに気を取られていると攻めるに集中できない」

「そうだな、三浦さんのあのシュートは捨てよう。そしてもっと早く、もっと強く守っていこう!」

一心がそういうと北沢が口を開いた。

「アカン!おおきに!リバンドの機会がほとんどなかったさかい、体力有り余ってますねん」

一心が北沢をみてつぶやく。

「そういえば、お前、結構フリーにされてるな」

「アカン!男、北沢の覇黄色でディフェンスが近寄れない的な?」

 蓮が北沢に向かってつぶやく。

「バーカ!」

「アカン!なんやて!」

 一心がそんなやり取りを無視しする。

「思い切って、最初お前3P打ってみるか?」

「アカン!アカンですやん!」

「いや、おまえ3ポイント結構練習してただろ。やってみろ」

 一心は北沢が影ながら3ポイントシュートを練習しているのを知っていた。

「あかん!師匠に初めて…男 北沢 剛!期待されてる!」

 佐藤が口を開く。

「多分違うとよ…」

 一心がそれに続く

「一本でもいい、そうすればお前にもディフェンスが寄って、流稀亜や蓮、ノブが3P打ちやすくなる。北沢はさ、入らなくても仕方ない。お前はオフェンス要員じゃないしな」

「…あかん!男、北沢 剛!本気や!」

「どうした?」

「あかん!シンさんえらい、いいパス期待してまっせ!」

 蓮があきれた顔で北沢を見る。

「お前…まさか入らなかったらシンさんのパスのせいにしようと今、伏線はっただろう!」

「アカン!そ、そなこすいことするか!ボケ!蓮、おまんに本当の3Pの打ち方を教えてやるさかい見とけよ」

「…」(嘘つけ!)

 明らかに北沢のその姑息な考えは口に出さぬまでもその場にいる全員に伝わっていた。しかし、それが分かっても一心は北沢の気持ちをコントロールしようと優しい言葉をかけた。

「任せたぞ北沢!」

「…師匠…やっぱ師匠だけですやん!アカン!男 北沢 剛!燃えてきたで!」

「ははは」

「よーしじゃあ第3クオーター行くぞ!」

「帝国のユニホームを着る者…負けること許さるざるべからず!1,2,3,4帝国~ビクトリー!」

「オウ!」



第3クオーター


 試合が始まると一心はノーマークの北沢にパスを出した。しかしフリーの北沢がシュートを打たずに蓮にパスを出す。

「何やってるんだ!打て!」

「アカン!あかん!あきまへん!」

「アカンのは、お前の髪の毛だけにしろ!」

「あかん!…わ…わかってますやん師匠…せやけど…」

もう一度、北沢がフリーでボールを貰うと3Pとシュートを放つ。しかし緊張しているのか見事にシュートが期待外れ以上にリングにもかすりもしないで落ちる。

「北沢!」

「はい」

一心に怒られると思って恐る恐る振り返る北沢。

「ナイスシュート!」

「え?」

「いんんだよ。シュートなんてそんなもんだ、気楽に打て!お前ならその内決めるだろ」

しかし、お返しとばかりに南禅寺がしっかりと3ポイントシュートを決めた。

「よっしゃ!」

そしてディフェンスに入ると一心にへばりつく南禅寺。

「神木…大人になったな。あの赤毛…お前が一年の時にそっくりだ。懐かしいな」

「全部、南禅寺さんから教わりました!」

 今度は一心が強弱をつけたドリブルで南禅寺を抜き去るとノールックのバックビハインドパスを流稀亜に出す。

「ルッキー!」

「任せて!」

 しかし流稀亜に三浦がしっかりとコースを塞ぎマークに付いた。

「いかせねえ」

 流稀亜のフェント、ドリブル、全てを塞ぐ。すると今度は流稀亜が三浦の得意なフェイドアウトシュートをマネしてシュートを放つ。

「僕は…僕は最強になるんだ!」

流稀亜の放ったシュートがゴールネットを揺らす。

「クソ!」

悔しがる三浦。しかし、等々力体育大学も負けてはいない。関口がエンドからロングパスを出す。

「おりゃ!タッチダウンパスだ!」

 それを枡谷が受け取ると3ポイントシュートをしっかり決める。

「うおおお!」

 一心に向かって敵意丸出しで叫ぶ枡谷。その日の枡谷は異常なほどに一心に対して闘志を燃やしていた。

「どうだ!」

 それを見ていた北沢に何かが伝わったのか同調するように興奮する北沢。

「アカン!シンさん…やっぱりこの次期キャプテンの俺に期待して…男、北沢この命に代えても3Pシュートを決めてみせっませ!」

 北沢は心の中では一心に本当に感謝していた。いつもそうだ、何故だかわからないが一心は入学したころからずっと自分を可愛いがってくれた。髪の色を赤毛のまま坊主にして上級生に怒られたときも一心は北沢をかばってくれてた。

そんな一心の思いに今、応えずにいつ応えるのか?北沢はもう一度ボールコールする。

「アカン!シンさん!」

 3ポイントラインに立つとシュートモーションにはいる。しかし、北沢に来たディフェンスがそれを阻む。冷静に判断して、3ポイントシュートを打つのをやめる北沢。そしてすかさずフェイントをかけて物凄いスピードで抜き去ると軽々とフリースローレーン付近で大きなジャンプしてダンクシュートの体制に入る。一心が叫ぶ。

「行け!北沢!」

 北沢が叫ぶ。

「アカン!師匠!」

 200cmのツインタワーの関口と三浦が二人でブロックに来る。

「おっーち、簡単には行かせないぜ!」

 三浦が口を開く。

「止める!」

 しかし、その上を北沢は飛んでいた。まるで空を自由に飛び獲物を捕らえる鷹の如くそしてリングにボールを叩き付ける。

「ワシの必殺DUNK!ホーククラッシュ!」

「バッサン!」

驚きを隠せない三浦と関口。

「一体、どれだけ飛んだんだ?」

 そう北沢には3ポイントシュートがなくてもそのとびぬけた身体能力があるのだった。さっき落とした3ポイントシュートが、いいフェイントにもなり囮にもなった。それを見て一心は思わず口を開いた。

「うちの隠し玉、やるでしょ。三浦さん関口さん!」

「…」

 一心が口を開く。

「ナイスシュート、いいぞ!北沢」

佐藤が口を開く。

「お前らしいとよ赤毛!」

流稀亜も続く。

「エクセレント!なかなかイケメンなシュートだったよ北沢!」

 蓮も口を開く。

「まあ、まあだな」

褒められて単純な北沢の顔が緩む。

「あかん!男 北沢 剛!目立ってますやん!今日からヒローや!あかん!」


 帝国高校は北沢のその攻撃を起点としてオフェンスの展開の幅が広がりわずかに開いた得点差に追いつくと更に逆転すべく怒涛の攻撃を仕掛けた。一心が口を開く。

「よし!波が来た!行くぞ!」

「オウ!」

 一心の3ポイントシュートやノブの3ポイントシュートが決まると今度は蓮がクイックネスなシュートを決める。

「やった!ははは」

 そしてとどめは流稀亜が空中で2人交わしながらダブルクラッチ(技術ページ参考)のバックダンクを決める。

「最強になるんだ!」

「うわー」

 観客が煽るように歓声を上げる。明らかに焦りだす等々力体育大学。オフェンスのリズムが崩れはじめていた。

 その後等々力体育大学は点差を広げられはしないものの、自分達の本来のリズムをつかむ事が出来ずに苦しいオフェンスが続いた。そんな状況を打破しようと南禅寺が一人奮闘し連続で3ポイントを決めると(神木…負けるつもりはない!)

枡谷も粘り強いプレーを見せた(シン!俺は大学に入ってからお前以上の努力をしてきたつもりだ!)





第3クオーター 終了時


帝国高校 78 対 75 等々力体育大学


帝国高校の3点差リードで終えた。



 第4クオーター開始前になると大学生NO,1が高校生NO,1に負けそうになってるとどこからともなく広まった。そして試合を生で見ようとした観客が更に代々第二体育館に集まり異様な熱気を帯びていた。そしてプレーに対してその観客が一喜一憂して体育館は地震でもおきているかのように振動しているのが分かるほどだった。

「いーけーいけー帝国~」

「王者の風格見せてみろ~等々力~等々力体育大学」

そんな会場の中で鋭い目線で会場を見る伊集院。

「伊集院さん、今はあなたを追い越すなんて大それたこと言えませんが、この試合に勝ってあなたへ近ずいてみせますよ」

「シン、だけじゃないよ。イケメンだって伊集院さんに…」

 二人は2階席にいる伊集院に向けて拳を握りしめてポーズをとる。それを見て三浦が声をかけてくる。

「まだ試合は終わってないぜ!」

「分かってますよ」

攻め込む等々力体育大学は枡谷から三浦にボールが渡る。三浦がボールをタップ(軽く触る)するとガードの枡谷が飛びついて出てきた来た佐藤に気が付きボールを先に摘み取る。関口に送ったロングパス。関口のシュートを181cmの北沢が205cmの関口のシュートをバックボードにぶつけて阻止すると落ちてくるボールをそのまま奪い取り流稀亜に渡す。一心が口を開く。

「よくやった北沢!」

「アカン!また目立った!MVPや!」

蓮がそんな北沢に冷たくいい放つ。

「バーカ早く走れ」

「なんやと!このドアホ!」

 素早く速攻の体制に入る流稀亜は自らドリブルすると一心にパスを出す。一心は走りこんできた蓮にボールを出す。蓮はそのままジャンプシュートを打つがそれを折茂がブロック、こぼれたボールを三浦が取り強引にドリブル突破。強引なドリブルの気迫に誰も止める事が出来ない。そのまま一直線にボールを運ぶと力強いダンクシュートを放つ。

「おりゃ!」

盛り上がる会場。残り7分22秒。等々力体育大学が、逆にゾーンプレスを仕掛けてくる。枡谷が指示を出す。

「1-2-1-1!」

 折茂が口を開く。

「ちっちっちっち!本当に生意気な後輩だぜ!デミタスコーヒな!」

 関口が続く。

「おーっち後でから揚げ買って来いよ!」

一心はそのプレスディフェンスを巧みなドリブルで軽々と抜ける。

枡谷が口を開く。

「…技術的な問題じゃない…何かが違う…悔しいが止められない…」

 呆然とする枡谷に南禅寺が口を開く。

「枡谷!お前はお前の仕事をするんだ!敵はシン一人じゃないぞ!」

「…はい!」(そうだ…俺は…粘ってディフェンスするしかない!)

 3対2の体制から中央に向けてスナップパス(高回転のボールが床につくとバックスピンで左右に戻る)を出す。変則的な回転がかかったボールがマジックを見ているように戻る。そのパスにざわつく観客。ディフェンスが一瞬反応するが、戻ったボールは3ポインラインに立つ流稀亜にわたり鮮やかに決める。珍しく流稀亜はリストバンドしている左腕を高々と上げる。

「智也兄さん…」

「スパン!」

 観客席の女性ファンが叫ぶ。

「キャー流稀亜様!」

「こっち見て!」

「結婚して!」

「抱いてください!」

 香はそんな雑音を気にすることなく、修行僧の様に祈りながら流稀亜の活躍を見ていた(流稀亜さん…私、こんなにもドキドキするなら…もっと早く応援に来てればよかった…ごめんなさい)


帝国高校 81 対 77 等々力体育大学


得点差4点。


残り6分54秒。


 今度は等々力体育大学がゆっくりとしたセットプレーから折茂の3ポイントが決まる。

「ちっちっち!デミタスコーヒーパワー!」


帝国高校 79 対 78 等々力体育大学


残り6分42秒。


 そこから5分間ほどお互い得点の取り合いが続く。一心が3ポイントを決めれば、枡谷がお返しにと3ポイントを決め、三浦がフェイドアウトしながら決めれば流稀亜がドライブインからジャンプシュートを決める。そして折茂がロングシュートを決めれば、佐藤が3ポイントを決める。関口がゴール下でダンクを決めれば、北沢が速攻決める。そして残り3分を切るころ、等々力体育大学が2点リードしていた。


帝国高校 89 対 91 等々力体育大学


 なんとかリードを死守しようとする枡谷の一心に対するマークが更にきつくなっていた。

「絶対に守る!」

そして、その枡谷の徹底したディフェンスを一心が、高度なテクニックで抜き去る。

「行かせるか!」

 しかし、枡谷は抜かれても一心を負いかけてシュート体制に入った一心に飛びかかった。シュートは決まるが運の悪いことに飛びかかった瞬間、一心はバランスを崩すとシュートブロックに来ていた関口に膝に1年生の時に痛めた太腿を強くぶつけた。

「ピーファール!バスケットカウント!」

その場に倒れこむ一心。


帝国高校 91 対 91 等々力体育大学


「ウ…」(やばいなこれ…)

「神木!」

 ファールをしてしまった枡谷が青ざめた表情をしている。勿論わざとやったわけではないが、その危険度の高いファールをしてしまった自分を攻めた。枡谷が口を開く。

「すまない…」

「…だ、大丈夫です…枡谷さん」

 ベンチから担架が運ばれてきて一時的に試合がストップした。

「シン!」

流稀亜の呼びかけに頷いて反応するが精いっぱいだった。

「ぐああああ…」

一心がもがいているその時だった。一心のケガとは別に会場がざわついていた。

「おい、あれって…」

「まさか本物じゃないよな…」

「いや、あんな妖精…日本に一人しかいない…」

「本物だ!」

「えー!」

 最初は帝国高校の仲間の誰もがそんなことは気にせずに、一心の様子を見ていたが次第に大きくなる観客の声に思わず後ろを振りむいた。最初に振り向いた蓮が小声でつぶやく

「愛梨さん…ですか?」

その声に反応した北沢が、振り向きざまに口を開く。

「馬鹿野郎!師匠がこんな時にそんな…ことって…え!アカン!」

 流稀亜が北沢に口を開く。

「ツヨ~ゴムパッチン確定~」

「何でですやん!ワシらの応援にきはりはったんじゃないですか?」

流稀亜が口を開く。

「そう、シンのね」

「アカン!」

 関係者しか立ち入ることの出来ないはずのコートにスーパーアイドル「愛梨」の姿が見えた。その目は一心の方にまっすぐ向いている。

「愛梨…」

愛梨は息を切らせコート中央付近に仁王立ちすると手に持っていた一心から貰ったリストバンドを一心に向けて投げ返した。

「何やってるの!いっちゃん!」(いっちゃんいつもありがとう…)

愛梨が衝突で動けない一心に大声で叫ぶ。一心はそのリストバンドを受け取る。

「何って、愛梨こそアメリカに…」

 細身の体からは想像できないほどの声で一心に向かって叫ぶ愛梨。


「立ちなさい!夢は未来にあるんじゃない。宣言した今ここにあるんでしょ!」(今度は私が私があなたの光なる)


「…え?」(それって初めて会った時に俺が愛梨に言った言葉…)


「立って!そして夢を見せて…それを証明して!」(いっちゃんは私の希望なんだから!)


「…愛梨」

 一心はその愛梨からの言葉を受け取ると、流稀亜の肩を借りて立ち上がった。愛梨の言葉が胸の奥に響き思い出す過去の記憶。


誰も知らない二人だけの秘密…


ふり止まない雨がまるで体育館の声援と重なる…


繋がる過去と未来…あの日誓い合った気持ち…


音のない世界で心に響く二人だけの声…


心の奥で駆け抜ける過去と未来と現実…


大きな声で叫ぶ愛梨。

「私…逃げない!絶対に…絶対に!逃げないんだからね!」

「…愛梨」

 一心は愛梨のその言葉だけで何かを感じ取った。一心は愛梨から受け取ったリストバンドを腕にはめた。痛めたはずの脚は全神経を集中させた一心のアドレナリンによってかき消されようとしていた。そんな一心を会場の声援も後押しした。

「いいぞ!神木!」

「根性!見せろ!」

「神木~珍しく流稀亜様と同じくらいかっこよく見える!」

体の体温が上昇して心臓の音が鳴り響く。鳴りやまない声援も力になり少し足を引きずりながらも一心はコートに戻った。

そしてフリースローラインに立つ一心は当然の様にシュートを決めた。


帝国高校 92 対 91 等々力体育大学



残り時間2分42秒


 等々力体育大学は早い攻撃を仕掛けようとするも、帝国高校のディフェンスの戻りも早い。すると、三浦が囮になり関口が3ポイントライン付近にまた出た。それを阻止するために蓮が素早く動くと、角度のない所にいた折茂がノーマークになっていた。しかし、関口はすでにそれに気が付いていて折茂にパスを出した。

「決めろ!」

「ちっちっち!あたりきしゃしゃりき!デミタスコーヒー!」

 折茂の鮮やかな3ポイントシュートが決まる。ディフェンスについていた蓮の様子がいつもと違うのに気が付くと口を開く一心。

「蓮!気にしするな!仕方ない!次行くぞ!」

「はい!」(…俺は何でダメなんだ…次こそ絶対に止める!)


帝国高校 92 対 94 等々力体育大学


 帝国高校の反撃が始まる。一心が北沢に指示を送りスクリーン(技術ページ参考)するように伝える。

「北沢!」

 蓮がノーマークになりパスを出す一心。

「決めろ!蓮!」

「…はい!」

 しかし、蓮のシュートが外れる。蓮はシュートの確立はいい方だがここ一番でのシュート力がまだ備わっていなかった。

「すみません!」(まただ…)

 しかし、リバンドを北沢がつかみ取り、スリーポンとラインから1,5メートルほど離れていた一心に向けてボールを戻す。

「アカン!頼んます!シンさん」

 観客席の声が漏れる。

「まさか、打たないだろ」

「ちょっと遠すぎるよな」

 どちらかと言えばもうセンターライン(コートページ参考)から方が近い。パスを貰う前からリングとの距離感を図る一心。もらった瞬間にはシュートが入るイメージがついている。ボールが空中に上がる前にディフェンスがリングの下でリバウンドに入るのが見える。

「フー…」息を吸い込み集中力を高め息を止める(リングまでの到達距離…約8メートル30…)

「いけ!いけ!いけ!いけ!いけ!いけ!いけ!」

 ボールが指から離れた瞬間入るのを確信した一心。他のチームメイト気持ちは一緒だった。

 声は出さずに指先で「2-2-1」のサインをだす。忍び寄るディフェンスにまだ等々力体育大学は気が付いていない。一流のプレイヤーはボール軌道を見れば大体のシュートが入るか入らないかは予想が付く。最後まで分からないと言えば分からないが、チームメイトは誰一人として入ると信じていた。

「バサ!」


シュートが決まり 残り1分17秒


帝国高校 95 対 94 等々力体育大学

 

 プレスが来るのを読んでいかのように三浦がコート前で起点になりボールを貰おうとする。ノーマークの三浦。しかしそれは流稀亜の罠だった。少し離れた場所で三浦にわざとパスが来るようにノーマークに見せかけている。三浦にパスが届く瞬間にボール奪い取る流稀亜。

「何!」

「もらった!」

そして、奪い取ったボールをすぐに佐藤に渡すと、佐藤が冷静にシュートを沈める。

「よしっしゃ!」


帝国高校 97 対 94 等々力体育大学 


帝国高校の3点差リードになった。


残り53秒…


 すぐさま、速攻を仕掛けて一気に中央突破する枡谷。誰も止められないような凄まじいいスピードであっという間にゴール前にたどり着く。足の状態が本調子ではない一心は枡谷のスピードについていけなくなっていた。

「うおお!」(神木…ファールは悪かったと思う…でも手加減はしない!)

「枡谷、ここだ!」

南禅寺がボールコールしている。その場所は南禅寺が最も得意とする右斜め45度。

南禅寺にボールが渡ると素早いモーションから3ポイントシュートを放とうとしていた。

「決める!」(神木、なんて楽しい試合なんだ…いつまでも続けていたいな…でもな俺たちにも大学生NO,1よりも帝国OBとしてのメンツがあるんだ!)ディフェンスについていた蓮が今日、何度も繰り返していたシュートミスを取り返そうと南禅寺のシュートを止めに行く。

「止める!」(今度こそ俺が助けるんだ!)

「悪いが、お前ごときに止められる俺じゃない!」

 蓮の動きはコンマ何秒か遅かった。南禅寺のシュートは放なたれ、蓮のそのプレーに対して南禅寺がファールを誘った。3ポイントシュートがネットをすり抜けると同時にファールの笛を審判が鳴らす。

「ファール!バスケットカウント!」

 悔しがる蓮を前に南禅寺が口を開く。

「この試合!もらった!」

 一心がファールした蓮を見ると顔が青ざめていた。それを見て一心が蓮に近寄って声をかけた。

「気にするな」

 蓮が急に一心に対して逆切れする。

「…そういうのかえって迷惑なんですよ!」

「…どうした…」

「何でなんですか!俺はいつも大事なところでシュートを決められず、こんな…こんな大事なところで俺のミスで…もし」

「それがどうした?」

「俺のせいで試合に負けたら…」

「蓮、お前は預言者か?」

「え…?」

「試合が終ったのか?」

 一心は電子掲示板の時間を指差す。残り時間は14秒06…

「…いえ」

「勝手に未来を心配して絶望する…お前は悲劇のヒロインか?蓮、大丈夫だ。俺について来い!」

一心は微笑むと蓮の肩を叩く。

「…シ…師匠…」

「…」(初めてだ、北沢じゃなくてお前が俺のことを師匠なんて…さてとは言ってみたもの…ディフェンスを固めてくるよな…どうするべきか…)

その後、南禅寺はしっかりフリースローを決めると大きな声を出した。

「浮かれるな!絶対守るぞ!」

帝国高校は逆転を許し、1点リードされる展開になった。



残り14秒06。



帝国高校 97 対 98 等々力体育大学



1点差で負けている帝国高校は監督の石井がタイムアウトを取った。

「ピー!」

両選手がわずかな休息をとるなかで、体育館の中では夏の最後に蝉が騒ぐように鳴り響く応援。

「イケーイケー帝国」

「王者の風格見せてみろ!等々力~」

ベンチに戻り席に座る一心。衝突による痛みと冷汗と疲労による大量の汗が体から噴き出る。監督の石井の話す声もどこか遠く感じる。

「いいか、絶対に焦るな!」

「兎に角、空いたら打て!」

「はい」

タオルで一度、顔を隠すように汗を拭きとる。するとどこからともなく聞こえてくる愛梨の透き通った聖水のような声が聞こえた。

「いっちゃん!私、ここで見てるよ!」

そして、オフェンス、ディフェンスともに要になっている流稀亜もだいぶ体力を消耗していた。タオルを頭にかぶせて息を切らす流稀亜。

「流稀亜さ~ん!華麗に舞ってくださな!」

互いにふと横を見て顔を合わせると笑う一心と流稀亜。

「ははっは」

 一心と流稀亜はそんな声援を胸にしまい込んで次のプレイのことを考えていた。審判が笛を吹きタイムアウトが終るとベンチにいる全員が円陣を組んだ。一心が声を上げる。


「これが最後だ、帝国のユニホームを着るもの負けること許さるざるべからず!…1,2,3,4帝国~ビクトリー!」

「オウ!」


 一心は目を閉じて集中力を極限まで高めた。試合が再開されてエンドから出したボールを受け取ると急いで中央にボールを運んだ。待ち構えていたようにハーフコートを過ぎたあたりから枡谷の激しいマークにあう。

「行かせないぞ!」

関口、折茂が続く。

「おーっちこいでや!クソ後輩!」

「ちっちっち!デミタスコーヒー!や!」

 流稀亜には三浦と折茂が二人マークについていてパスを出せそうにもない。しかし、流稀亜がシンに向かってスクリーンをかけると三浦がつられて一心のマークに付いた。流稀亜にパスを出そうとしたが、すぐにカバーに入り、流稀亜には関口と折茂が二人がかりでマークにへばりついた。わずかな隙間さえパスが出せそうな雰囲気がないほど徹底的にマークされていた。

「クソ!」

しかし、時間は徐々に終わりに近づいていた…


残り9秒…


ボールをキープしていた一心が意を決して勝負出た。

「行くぞ!」

 目の前には、枡谷と三浦が微妙な距離を保ちながら待ち構えていた。フェイントをかけて振り切りそのままドライブインするが二人がかりのディフェンスをなかなか振り切る事が出来ない。すると蓮が枡谷にスクリーンを掛け壁になる。

「シンさん!こっちです!」(シンさん…本当は俺がシュートを決められれば…すみません、俺にはまだ流稀亜さんみたいな力がなくて…)

「サンキュー蓮!」

 蓮のおかげで残りは三浦だけになったが、三浦を振り切る事が出来ない。しかしそれでも強引にシュートに行く体制に入る一心。すると三浦の大きな体がまるでグリズリーのように覆いかぶさり一心を押しつぶそうとしていた。しつこく追いかけてくる三浦。

「させるか!」

「うおおお!」(シュートは無理だ…)

その時、ふとコート全体を見渡すと関口と折茂の目線が、流稀亜から外れシュートが落ちた場合のリバウンドに入ろうとしていた。

「チャンスだ!あれで行くよ!」


残り5秒…


 誰に向かって言っているのか流稀亜は直ぐに理解した。そして直感に任せるようにリングと反対方向に走り出す流稀亜。そんな流稀亜の動きに誰もついていくものはいない。

 流稀亜がそっと移動したのを確認すると、三浦のブロックの上、はるか頭上に向かってボールを投げつける。

「行け!」

 一心が放ったパスは一心の必殺パスでもる、スナップパスの要領でバックボードに当たると高回転したボールは方向転換する「ギュキュキュ」勢いのあるボールは3ポイントラインから少し離れた右45度からゴール正面に瞬間的に移動した流稀亜の胸元に正確に届く。そのパスに満員の観客が地響きのような声を上げて興奮している。

「何!」

「シン!ナイスパス!」

 それを見た南禅寺が叫ぶ。

「暁!」(行かせない!)

 ドライブインからの助走でステップを踏みシュート体制に入ろうとする流稀亜に対して気が付いた南禅寺がブロックしようとして手を伸ばす。戦国武将の様な顔つきでお互いが譲らない流稀亜と南禅寺。

「うおおおお!!!!」(智也兄さん!)

 一心が叫ぶ。

「ルッキー!」

一瞬、流稀亜と目が合う一心。目線をノーマークの北沢にそらしパスを出す?

「あかん!男、北沢 剛!ノーマーク!パス?」

そう訴えかけた。しかし、微笑む流稀亜(大丈夫、僕に行かせてくれ…)

 阿吽の呼吸で一心に伝わる流稀亜の強い思い。するとそのまま空中に飛び上がる流稀亜。

「何!」

 飛び上がった最初のジャンプで南禅寺を交わす流稀亜。今度はゴール付近で200mコンビ、三浦、関口、2人の手が大きく開いた傘の様に流稀亜に迫る。

「おーっち!終わりだば!流稀亜!」

関口が叫ぶと三浦も続く。

「俺たちの勝ちだ!」

 それを空中で交わす流稀亜。するともう一段上へ上へと上昇する。まさに和製エアージョーダンの様に…一心が叫ぶ。

「いけ!流稀亜!」

一心は流稀亜を信じていた。いやチームメイト全員が信じていた。その期待に応えるかのように流稀亜はその長い滞空時間を自由に飛び回った。そしてまるで竜巻のように体を360度回転させマークについていた三浦と関口を回転しながら弾き飛ばす。

「バチ、バチ!」

「…クソ!」

「おーっち」

「うおおおおうううう!トルネードDUNK!」

 流稀亜は雄たけびをあげ、二人を弾き飛ばすと無人のリングにボールを叩き付けた。

「ドゴン!」

そして着地と同時にリストバンドしている左腕を高々と上げた。

「やったよ。智也兄さん!」地響きがするような歓声が会場に沸く。

「うわーーー!」

 ボールがネットから落ちた瞬間ホイスチルが鳴り響く。

「ピー試合終了!」



帝国高校 99 対 98 等々力体育大学


 フレッシュマンカップの歴史、始まって以来2度目の快挙。高校生NO,1が、現役大学NO,1のチームに勝利し歴史が動いた瞬間だった。地響きとともに会場が揺れるほどの観客の声援が聞こえてくる。愛梨の姿を見つけると大きく手を振る一心。そして観客席から両者をたたえる声援が聞こえる。

「スゲーぞ!流稀亜!」

「大学生も頑張った!」

「いい試合だったぞ!」

「顔をあげろ!」

「なんだ、あのシュート…」

「流稀亜!~流稀亜様!~」

「神木!お前もよかったぞ!三浦!顔を上げろ!」

 北沢が口を開く。

「アカン!女の子の声援が聞こえよる!」

 蓮が口を開く。

「おまえじゃねえし」

 北沢が口を開く。

「こすいやつ…ここぞという時にはよう外すチャンスに弱いカナリアの分際で!」

「ゆでたタコみたいな頭をしている君に言われたくないね」

「アカン!貴様!」

 一心が口を開く。

「おい、お前らうるさいぞ!」

 そんなやり取りを見て微笑えむ一心と流稀亜。ホットしたのか一心と流稀亜はその場で体育館の床に膝をついた。

「やったね」

「そうだね、はははは」

一心と流稀亜は互いにがっちり握手をした。

 


 その後、閉会式を終えて観客席にいる伊集院に目を向けると立ち上がり会場を去ろうとしていた。気が付いた一心と流稀亜は急いで追いかけて出口付近で伊集院に声をかけた。

「伊集院さん!」

「どうした?」

「伊集院さん、渡したいものが」

「何だ?」

「NCAAの優勝メダルを返します!」

どぎついサングラスを外すと口を開く伊集院。

「流稀亜…いいプレーだったぞ。智也さんも喜んでるだろうな…あの人だけだよ、全日本で生意気な俺の面倒を見てくれたのは、いつも部屋でお前の話ばかりしていたよ」

「智也兄さんが…僕の話を…」

「ああ、自慢の弟がいる。そのうち世話してやってくれってな」

「…嬉しいです…俺」

 しかし急に表情が変わる伊集院。そして目つきが異様にきついのがひしひしと伝わって来る。

「いいか、敵はここにいるんじゃない。外にいるんだ!」

「よくやったな!」と言われるかと思ったが、流石に伊集院の言葉は予測がつかない。二人とも驚き口をふさぎ黙り込んでしまう。

「…」

「今日勝ったのは、褒めてやる。でもな過信、慢心はするな!」

「…はい」

思わず一心が愚痴をこぼす。

「大学生NO1に勝ったのに…慢心するなって…」

 流稀亜が思わず愚痴をこぼす。伊集院は何も気を使うことなくマシンガンの様に話し始める。

「流稀亜!お前はもっとドライブインするときに一歩目のスピードを速めろ。今のままだと国際試合で上のレベルの連中にはブロックされるぞ。体の当たりも強くしないといけないから、上に飛ぶ筋力だけじゃなくて体を守る筋肉も少し強化しろそれと自分でリンバンドを取った後ドリブルより先に開いている人間を見つけてパスを出して、お前自身が早くフロントコートに入れ。それと、ドリブルの一歩目がまだ遅い。もっと低くしないと抜けないぞ、上のレベルでは。3ポイントのシュートも今のタイミングよりもっと早いモーションで打てるようにしろ!」」

「シン、お前はもっともっと早く動かないといけない。そして、ドリブルがうまい分、過信してパスが遅れているときがある。もっと一瞬でアシストをする技術とパスの速さが必要だ。判断力をもっと敏速にしろ。それとシュートだけど、お前は自分で気が付いてないかもしれないが左手がくせになっているぞ。あれじゃあこれから打ちますって言っているようなもんだ。俺なら全部止める。お前は素直だからプレーにその癖が出るる。レベルが上がれば個人の動きそのものを研究してくるぞ!

「…は、はい…結構限界まで追い詰めたつもりだったんですけど…伊集院さんから見るとまだまだってことですね」

 伊集院は一心がほめてほしいことは心で感じていたが、敢えてそうすることはしなかった。

「厳しいか?辛いか?解放されたいか?」

「そ、そんなことは…」

「なら…今日勝ったことも忘れて備えろ、もうすぐお前らも気が付く」

「…」

「明日から、また全てを忘れて今日よりも、今までよりも努力しろ!」

「卒業まで少し、正直ちょっと休もうかと…」

 様子を伺うようにして伊集院を見る一心と流稀亜。

「俺と同じ高みを見に来るんじゃなかったのか?」

「すみません、具体的な目標がないと…」

「ジェミリー、ヤン、ワン、この3人は特に要注意だ。中でもジェミリーは…今のお前より確実に上手い」

「あの伊集院さん…意味が?誰ですか?それ…」

「お前ら高校選抜と中国代表の高校生の試合が2週間後に組まれているはずだ。これで少しは世界を知れ」

「中国の高校生?」

「ああ、特にさっき話した3人は俺も対戦したことがあるが今日の対戦相手よりも上だと思え」

「え、南禅寺さんや三浦さんや折茂さん、枡谷さん関口さんよりもですか?」

「相手は中国の高校生ながらA代表のメンバー入りしている中国では3皇帝といわれている連中だ。俺も対戦したことが一度あるが、ガードのジェミリーは特に上手いぞ。他の2人も今の全日本が相手でも止められる奴がいるかどうか?」

 流稀亜が口を開く。

「伊集院さんにそんなこと言わせる奴がいるんですね」

「ああ」

 一心が口を開く。

「じゃあ、伊集院さんが出ても無理なんですか?」

「おい、この俺様を誰だと思ってる。俺が出た試合は僅差だが勝ってる。でもその後は知らん。だけど、俺様のドリブルを一度だがスティールしやがった。…ジェミリー…アジアで俺様のドリブルをカットした奴はあいつが初めてだな」

 一心が口を開く。

「伊集院さんのドリブルを簡単にカットした…」

 流稀亜が続く。

「伊集院さんのドリブルを堂々とカットした…」

 伊集院が口を開く。

「っておい、誰が簡単にカットされた言った!事故だ、事故!ちょっと気が緩んだだけだ!」

 一心と流稀亜が同時に口を開く。

「ですよねー」

 一心が口を開く。

「まさか、これだけでかい口たたいている伊集院さんが高校生みたいなヒヨッコにねえ~」(あ…)

伊集院が仁王立ちして一心を睨み付けている。

「おい、俺がいつデカい口を叩いたって?」

「…」(やばい、おわったかも…)

「シン…随分言ってくれるじゃねえか?遠征、負けて帰ってきたら何をしてもらうか?罰ゲームっていうのはどうだ?そうだな都内一周裸で走るか?連帯責任で流稀亜もだな!」

「…イケメンもですか?…シン…君ねえ!天然にもほどがあるんだよ!気を付けてよね!」

「…反省します…」

 伊集院が口を開く。

「はははは、勝てばいいんだよ!勝てば!」

「まあ、お前らアレだ…今日はいいとして明日からまた練習に励め」

「…はーい」

「返事が小さい!」

「はい!」

 伊集院が口を開く。

「まずはアジア、近隣に強力な選手がいるってことを知るといい」

 一心が口を開く。

「あの~勝ったら、勝ったら何かいいことありますか?」

「あ?そうだな、お前らで考えておけ。何でも買ってやる!」

 流稀亜が口を開く。

「え、じゃあイケメンはフェラーリお願いします!」

 一心が口を開く。

「俺はポルシェ」

 伊集院が口を開く。

「ホーその対価は高くつくぞ!」

 一心が口を開く。

「…いえ、やっぱりかつ丼か何かで」

 流稀亜が口を開く。

「僕はパスタで…」

「まあ、まずは行ってこい」

「はい!」

 伊集院が口を開く。

「シン、流稀亜…勝ったら…俺の試合を見に来るか?」

「え?」(あれ、なんか変だな…いつもなら…俺様の試合に特別に招待してやるとか…そういう感じなんだけどな…ん?なんだろう)一心は試合だけでなくポイントガードとして人の変化を見抜く能力が成長していた。そしてその不自然な誘い方をした伊集院に少し疑問を抱いていた。伊集院が口を開く。

「いや…何でもない」

「行きます!プライベートジェット使えるんですか?」

「…検討しておこう」

「やったー!」

 立ち去る伊集院。しかし、本当の戦いはこれから始まる。一心と流稀亜が予期せぬところですでに同じ時代の強者が動き始めていた。世界は広い。一心と流稀亜はそれをこれから知る事になるとはその時は思ってもいなかった。一心が口を開く。

「プライベートジェットってシャワーとかお風呂もあるのかな?」

 流稀亜が口を開く。

「どうだろうね」

「楽しみだな~」

「イケメンはディズニーランドに行きたいな」

「よし、中国には悪いけど…コテンパにしてディズニーランドだ!」

「おう!」

 一心と流稀亜はその時、中国の実力も知らずに相手が同じ高校生なら負けるはずがない。とその程度に考えていた。



そして、その日の夕方、愛梨からのラインが送られてきた。

「いっちゃん、フレッシュマンカップ優勝おめでとう。18時からネット配信、テレビ、マスコミの取材を受けるの、その取材を見てほしいの」

「愛梨…」


 そしてその後、一心がネットで生配信になっているその会見を見ると愛梨は多くの記者に囲まれて社長と一緒に取材を受けていた。画面に映るテロップには

「国民的スーパーアイドル愛梨の緊急生放送!何が起こるのか!見逃すな!」

と書かれていた。そして記者会見は始まった…

社長の伊達が口を開く。

「本日はお集まり頂いた皆様ありがとうございます。並びにいつも応援してくださっているファンの皆さまありがとうございます。突然ですが愛梨は日本の芸能界での活動を休止して来月からアメリカに留学します」

 すると驚きの声が上がる会場。そして記者の質問が飛び交う。

「愛梨さん!突然、日本の芸能界の活動を休止される理由は何故ですか?」

「やりたいことが見つかったんです」

「やりたいことって、何ですか?」

「ハリウッドです。留学して語学の勉強をしながら本格的に目指します!」

「…失敗したら日本でまた活動するんですか?」

「私、失敗しないので!」

 会場からその冗談に笑いが漏れる。そしてまた記者が愛梨に質問を始める。

「…では質問を変えます。先日、行われたフレッシュマンカップでバスケ界の未来の3皇帝の一人、神木 一心君を応援していたようですが彼とはどういう関係ですか?」

「…」

 少し、黙り込む愛梨に対して社長の伊達が変わって口を開く。

「彼は、秋田にいるときに知り合った友達だそうです」

「誰が見ても友達を応援する姿じゃない。そう見えましたけど…二人は付き合ってるんじゃないんですか?」

「それは…」

 社長の伊達を少し気にして黙って口を開かない愛梨。そこには女性アイドルが抱える「恋愛禁止」という暗黙のルールが存在するからだった。アイドルは応援してくれる不特定多数の人を等しく愛する事が求められる商売。特定の異性しか愛さないならアイドルとしての価値がなくなるからだった…

「愛梨さん、あなたに聞いてるんですけど神木 一心君とは友達なんですか?それとも恋人なんですか?」

 伊達がまた口を開く。

「もう一度言います。愛梨はただ友達がバスケを応援している姿を応援しただけです」

「あの~社長さんに聞いるんじゃなくて愛梨さんに聞いているんです!」

「ですから、彼は仲のいい友…」

 伊達が口を開くと愛梨が手を垂直に横にして伊達を制止するように止める。

「社長!私…逃げません!」

「…愛梨…」

 伊達の目をしっかりと見る愛梨。自分を今の値位まで育て上げるために掛かった経費と労力。でも事務所はそのおかげで大きくなり東京の一等地に自社ビルを建てるまでになった。もう、私が遠慮をする理由はないですよね社長。私も力をつけ、社長も力をつけた…

「私の口から直接、伝えます!」


いっちゃん、私たち最初は噛み合ってなかったよね…


坊主頭に犯罪者…


嘘ついたり、背伸びしたり…


時にはトンチンカンなことを言って笑わせて


でもどんどんいっちゃんが私の心に近づいて


遠くにいても目を閉じると側にいるような気がして


いつの間にか夢を見るようになって


私はいっちゃんの心の中を歩き続けて

気が付いたら…ドキドキが止まらなくなって

ありったけの思い…


「聞いてください!」


何かにおびえて震える私の心…真っ直ぐに受け止めて…


そっと私の手を握りしめて大切にしてくれた


私が何も伝えなくても落ち込んでいると


両手を広げて全てを包み込んでくれた…


飼い主に鎖でつながれた犬の様に誰かに従う事しか出来なかった私…


いっちゃんが少しずつ少しずつ…心の鍵を開けて私の奥に奥に入り込んできて…


そんなあなたに…


「大事な話があります…」


もう誰かの顔色ばかりうかがっている私じゃない!


たとえ好感度が0になっても構わない!


「私はこの恋を隠そうとは思ってません!」


だってね…そんなのが我慢できないくらいに…私は…


「これから先の未来永劫、365日、1日24時間、1440分、86400秒。例え空が深い闇に包まれていても、槍が降っても、理不尽な雨が降り注いでも…愛梨が必要とするならいつでも俺が駆け付ける!」


「…バカ…まるで私の呪いみたいじゃない…」


思い出すだけで高鳴る愛梨の心臓の鼓動…(いっちゃん聞いて!)


「私、三島 愛梨は…」


大勢の記者に囲まれる中で愛梨はありったけの意識を集中して心を込めて口を開いた。


「過去も未来も現在も…全て含めて…私の愛する人は神木 一心ただ一人です!」


 スマホの画面の奥で、眩しい光の如く豪快なダンクシュートを決めた愛梨をポカンと口を開けて一心は見ていた…愛梨…


            

 FLASH DUNK

            


               第1章 



                完

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