第13話 「決戦前の熱い湯船~」
タイトル「決戦前の熱い湯船~」
宿泊先の民宿「さとこ」は銭湯が併設されている。男女別で約60人ほどが入れるスペースがある銭湯。一心をはじめとするチームメイトと一緒に温泉につかっていた。そこには何故か流稀亜によって招待されたマートンも遠慮なくつかっていた。そのマートンが口を開く。
「なんや、やっぱ悔しいわな…3年間、勝てたんわ一度だけやったわな!」
「いっちょん、しつこい追跡ミサイルだとよ」
佐藤がそう言うと北沢も口を開く。
「…アカン!あかんで!リバンド王!は俺や!」
「アホ、おまん…ワシも認めたくないが同率でワシと一緒やろが!しかも俺は得点ランキングでも2位やで!」
「アカン!得点ランキング1位の流稀亜さんは平均42得点。2位のおまんは差がついて、平均37得点やないかい!しかも師匠も平均27得点で5位やで!まあ師匠はアシストでは断トツなんやけどな!」
「…しかし、おまん181cm足らずでよくリバンド…取りよるな」
「アカン!ワシが天才ってばれてもうた!」
一心やチームメイトは北沢のリバンド力がバスケットIQの高さから来るものだというのを知っていたがチームメイトでないマートンにそれを言ったところで理解されないだろうと思いその理由はあえて言わなかった。
元々、運動神経抜群で帝国高校に入学してきた北沢だがバレーの選手だっため2年生でレギュラーでスタメンの座をつかむのは容易なことではなかった。北沢はリバンドに関して研究に研究を重ね、それはもう大学教授が論文を書くような物になっていた。
北沢が2年生になレギュラーを初めて取りインターハイを迎える前のことだった。恒例の帝国OBが全国から集まり練習試合を行うことになった。しかし、北沢は試合前の練習に参加せずにぼーっとOB達を眺めていた。すると監督の石井が北沢を怒鳴りつけた。
「北沢!んがだば、何ボケっとしとらった!アップせでや!」
(お前は何をぼーっとしてるんだ!早くアップしろ!)
しかし北沢は一向に動かない。
「んがなめてらったか!」
ついに石井が切れて北沢に近寄っていく。それに気が付いたスターティングメンバーの一心、流稀亜、佐藤、蓮も近寄っていった。
「アカン!監督!邪魔せんでもらえますか?OBのデーターはないですやん」
「…?」
「んがなば!なにいってらった!」
「北沢、監督の言う通りだ。アップするぞ。OBにも失礼だろ」
「アカン、師匠のシュートはボール回転が多くて、3ポイントのシュートの場合、リングに到達するのまで10~12回転、ボールの軌道は綺麗な放物線を描きますねん、でも流稀亜さんは11~13回で師匠よりも打点が高いせいかボール度の軌道の角度が一回り半おおきいですやん、佐藤さんは9~11、蓮はまだ個人技のレベルが低いのかばらつきがあって、7~11回転。あと蓮のシュートはボールの軌道が低い時は公判が多いから、おまん体力がないんやな。OBとの試合は僅差になりますやん。ボール回転ボールの軌道、シュートの癖、見とかないとわかりませんやん、どっちの方向にボールが飛ぶか?ちゃいますの監督?」
「…あ?」
驚いた表情をする石井を見て北沢が口を開く。
「アカン!監督、全日本はそこまで研究はしはりませんの?」
「…」
その他にも北沢は相手の利き腕の長さや、癖で外れる場合は毎回のリングのどこらへんにシュートが落ちるのかを予測していた。そんな研究熱心な北沢のバスケIQを一心も流稀亜も見習って、よく話をする中にになり後輩の中では一番かわいがっていた。
そんなことを一心が思い出しているのも知らず北沢はまだ口を止めることなく話していた。
「アカン!」
「どうした?北沢?」
「アカン!脇毛が…生えてきた」
全員がそれがどうしたと言わんばかりの目線を北沢に向ける。そしてマートンが口開く。
「せやけどあれやな…来週はおそらく、優勝するのが等々力体育大学だから、等々力体育大学と試合やろ。どやねん。勝てそうな気するんか?まあおまんらでも無理やと思うがせいぜい気ばってこいや。相手は大学NO,1やからな…三浦さんもおるしな」
三浦 雅俊 200cmPF(パワーフォワード)大学2年生ながら全日本にも選ばれている日本の将来を担うとされているプレーヤーの一人。
流稀亜が口を開く。
「イケメンたちはそこを目標にしてきたからね」
一心も口を開く。
「三浦さんには1年生の時のインターハイでの借りもあるしね」
佐藤が口を開く。
「試合に出る事が出来なかったけんね、二人とも」
するとマートンが口を開く。
「いい訳ちゃうか?それにあんとき三浦さんが出てたからおまんら出ても無理だったんちゃうの?」
流稀亜が口を開く。
「…過去は変えられないよね」
一心が何かを思い出したように口を開く。
「南禅寺さん、枡谷さんに折茂さん、それから関口さん久しぶりだな…特に南禅寺さんには一年の時に色々教わったな…」(今の俺があるのも…南禅寺さんには言葉じゃなくて行動でよくいろいろ教えてもらったな。俺は今同じキャプテンとして南禅寺さんの様にできているのかな…南禅寺さん…キャプテンって難しいですね。ある意味、孤独な時もあるし。今になって気持ちが分かりました。試合、楽しみですけど少しやりずらいです…関口さんも折茂さんもいるんだもんなあ…)
「それでもイケメンは勝つよ。最強になるんだ僕は。そうだろシン?」
「…ああ…そうだね、あのさルッキー…」
「何?」
「少しやりずらくない?」
「なんで?」
「え…いやなんていうかさ」
「僕らが遠慮してたらかえって失礼だよ!シン!それにね、試合に勝って最強になるんだ!」
流稀亜は湯船の温度と同調するかのようにヒートアップしていた。すると湯煙の奥から見たことのある巨大な石造の様なシルエットと、すこし輝いたオデコが見える。すると北沢が叫ぶ。
「なんや、えらい眩しいな!誰やそこの禿げ!」
「…北沢…お前…俺が怒られるだろ!」
北沢に湯船の水をかける。
「何するんですか!師匠!」
「はははは、神木!久しぶりだな」
目の前に南禅寺、枡谷、折茂、関口の姿が目に入る。一心と流稀亜は湯船から急いで出て立ち上がると一礼する。
「ご無沙汰してます…バカ北沢!お前も挨拶しろ!」
「…なんですの師匠、ハ~イ~!」
北沢のその生意気な態度に頭に来た一心が近くにあったタライを投げつける。
「イタ!何するんですか!師匠!」
「お前な!俺の教育がなってないと思われるだろ!赤ザル!」
「アカン!今なんて言いましたん!」
南禅寺が笑いながら口を開く。
「はははは…まあ、神木、気持ちはわかるけど失礼な天然発言ならお前の方が上だったよ。はははは」
「…そんな…」
それを見て折茂が口を開く。
「ちっちっち、神木~デミタスコーヒーある?」
「お疲れ様です!」
今度は関口が口を開く。
「おーっち、まんつ神木!暁!佐藤!から揚げかってこいや!」
すると一心が口を開く。
「関口さん…あのーダイエットした方が…」
一心が巨漢の関口の体を見てそう言う。
「おーーっちシン、対戦するときは俺の脂肪に潰されないようにな!」
「…はい」
「ははははは」
枡谷だけは獲物を駆るような顔で一心を見ている。他の先輩の笑顔とは裏腹に気まずい空気が流れる湯船。枡谷は帝国高校時代から後輩の一心にスタメンの座を奪われそれをバネにすると大学に入ってからは見事に名門 等々力体育大学のスタメンとして活躍していた。そして、1年から活躍していたのは折茂と関口も一緒だった。その様子に気が付いた佐藤が口を開く。
「すごか…枡谷先輩身長…伸びたとです」
「20cmは伸びたかな。大学に入ってから。もっと早く伸びていたらシン…お前にレギュラーの座を渡すこともなかったかもな!」
「…あ、はい」
南禅寺や、折茂、関口は、少しは身長が伸びていたが枡谷の身長は本当に伸びた。大学に入ってすぐに膝のケガをして休んだ約半年の間に20cmも伸びていた。枡谷は高校の時に身長が164cmしかなかったが大学に入ると怪我をして3か月間、休んでいる間に急に身長が伸び始めて今では184cmになっていた。
普段筋力を使うことを駆使しているスポーツ選手が怪我などで休むと、その時期に身長が伸びるという話は都市伝説だと思っていたが、そんな現象が起きるなら自分も3か月ぐらい休みたいと少しは思った。
同じガードのポジションとして敵意を見せていた枡谷に南禅寺が含み笑いをしながら口を開く。
「あそこは、ベビーなままだけどな」
南禅寺がそういいうと、枡谷が口を開く。
「そこの大きさは関係ないでしょ南禅寺さん!」
「ははははー」
「俺たちは、お前らと戦うために今度の大会を優勝するわけじゃないが、神木…対戦すると思うと楽しみだ」
「おーっち、そうすると、俺の相手はあれか?泣き虫、蓮か?」
関口がそういうと蓮が気まずそうな顔をする。蓮は入学してきたころ関口に特にかわいがってもらっていた。
「もう、泣いてないです!」
「おーーっち、んがだば1年の時…よくお前お母さん、お母さん!ってスマホ片手に電話してたよな」
「はははは」
そんな楽しい会話がその後少しの間、続いた。湯船を出ると一心は南禅寺に個人的に呼ばれて帰りの駅まで一緒に歩くことになった。
「神木、こうやって良く帰りに歩いてさきちゃんに怒られたな…」
「そうですね」
「神木、わかっていると思うけど先輩、後輩は関係ないからな!」
「…まさか、南禅寺さん…それを言うためにわざわざ…」
「どうだろうな…お前は変なところで気を遣うからな…」
「…南禅寺さん!」
「何だ?」
「全日本大学選手権…絶対に優勝してくださいよ!そして一緒に試合しましょう!」
「ああ、俺たちが負けるわけないだろ!」
「はい、そう思います」
「お前はしっかり応援してればいい。安心しろ!」
南禅寺と一心はお互いにがっちり固い握手をした後で駅前で分かれた。お互いの背中に服の隙間から真冬の冷たい風が吹き上げた。
「フュ―…」
しかし、風が通り過ぎた後もお互いの背筋には背筋が凍るような緊張感が漂っていた。何も言わずとも語り合う背中と背中が試合前の静かな闘志を感じて警戒音が鳴り響いていた。
「神木…手加減はしない!」
「南禅寺さん…全力で行きますよ!」
互いに見えていない場所で南禅寺と一心が同じことを口ずさんでいた。
「帝国のユニホームを着るもの、負けること許さるざるべからず!」
タイトル「異次元の男,襲来!」
全日本大学バスケットボール選手兼決勝戦
それから数日後、等々力体育大学は順調に全日本大学選手権を勝ち進み、前評判通り松濤大学との決勝戦に臨んだ。
等々力体育大学の対戦相手である松濤大学は近年マンモス校ならではの資金力を生かして海外から優秀な留学生を呼び、力をつけてきた大学だった。バスケットボールは身長が高い方が有利とされるスポーツだが、松濤大学のスタメンがほぼ全員200cmを超えているのを見ればその資金力で選手を集めていることは明白だった。
等々力体育大学 スターティングメンバー
枡谷 恭一 184cmSG (シューティングガード)
折茂 和也 196cmSF (シューティングフォワード)
関口 悟 205cmC (センター)
南禅寺 清隆 191cmSF (シューティングフォワード)
三浦 雅俊 200cmCF (センターフォワード)
松濤大学 スターティングメンバー
星野 流星 194cmPG (ポイントガード)
赤井 翼 196cmSF (シューティングフォワード)
飯田 匠 201cmPF (パワーフォワード)
飯田 和樹 203cmC (センター)
ダニエル マニング 211cmCF (センターフォワード)
応援席に座る帝国高校のチームメイトに大阪常翔学園の生徒が一緒になってペットボトルを力いっぱいたたきながら喉を嗄らす。
(いーけーいーけ、いーけいけ折茂、おーせーおーせ、おせおせ枡谷、いいぞ、いいぞ関口~いいぞ、いいぞ関口!
(ナースシュート折茂、折茂、折茂、でもーでもーも一本!もう一本!)
マートンとの応援合戦をする佐藤。試合は一進一退の攻防だった。等々力体育大学は速い展開のバスケを仕掛けるが、スタメンがほぼ200cmクラスの松濤大学はペースを崩さず着実に点を重ねる。そしてディフェンスでは赤井を軸にして鉄壁の守りを固めている。
「HEY!どうしたYO!俺のディフェンス抜いてみな!三浦!HEY」
等々力体育大学は今大会の優勝のプレシャーからか動きが硬くいつもよりシュートの確立が悪い。序盤試合を優位に進めていたのは松濤大学の方だった。
「WHAT?たいしたことないね?俺のディフェンス凄すぎる?HEY!」
「俺たちが、優勝する!」
飯田が折茂のシュートをブロックして星野にロングパスを出す。
「赤井、なまら無駄口は叩くな!」
星野がドライブインで切り込みシュートを決める。
「高校の時は散々世話になったからな!」
第一クオーター
松濤大学 17 対 10 等々力体育大学
第2クオーターが始まっても松濤大学の優勢が続いていた。等々力体育大学は外からのシュートの確立が相変わらず悪く、そのこぼれたリバンドを2m3枚コンビニすべて取られていた。攻撃では、星野や赤井が起点となりシュートを決めていた。
「よっしゃ!」
リーゼントの頭をかき上げガッツポーズする星野。
「豪快なダンクシュートを決める赤井」
「YES!」
そんな試合も前半残すところあとわずかな時間になっていた。ベンチで見守るマートンが口を開く。
「なんや、三浦さん少し動き固いな…」
一心が口を開く。
「とにかく応援がんばろうよ!」
「チビ、珍しく良いこと言うやんけ、せやなそのうちエンジン全開になれば、あーっという間に点差広げて試合終わりやわ!」
今度は佐藤が口を開く。
「じゃけん応援ならワシにまかせとくたい!ワシは1年の時はユニホーム着れなかったけん、応援団長やっとたとよ!」
「飛べ、押せ、かましたられ!三浦のいいとこ見せてやれ!あっぱれ!どっきり!差し込め等々力~!」
そんな中、試合に夢中になり応援していると、会場がざわつき始める。
「おい!あれって!」
「まさかいるわけないだろ!」
最初は気にしていなかったが何故か、その足音確実に近づいて耳に入ってくる。
「カツ、カツ、カツ…」
どんどん近くに来るただならぬ気配に、一心は応援する手を休め一旦後ろに振り返える。相変わらずざわつく会場。姿こそ見えないがなんとなく誰がいるか感じていた。でもいるはずがない。去年ドラフトでNBA入りしていて今はまだシーズン中のはず…
「おいあれって…」
「ああ、間違いないだろ!」
「…?」
一心の座っていた位置からはまだその姿が見えない。試合は2コータ目を終えるところに差し掛かり、残り時間もわずかとなっていた。ハーフタイムに入るまでにあと20秒ほど残っていた。ざわつく観客たち。
「おい、あれって!」
「何でいココにいるのよ!」
「そっくりさんじゃねえのか?」
「いや、あれは…本物じゃねえか?」
「でもいるわけないよね…」
「だってNBAまだ試合中だろ」
そこには真冬にもかかわらず、サングラスにTシャツ、引き締まった浅黒い肌。隣にはスタイル抜群の金髪美女(マネージャーのシャネル)周囲の異変に気が付いた一心と流稀亜も振り返る。
「い…伊集院さん!」
「おー過信、慢心、一心って、おい、元気か?ウジ虫ども」
「…!」
伊集院を知らない北沢が無防備に絡む。
「あかん!あかんで!、サングラスご苦労さん。何、いちびるでやんす?この男、北沢がが最も尊敬するバスケ界の師匠にして短足ガード神木 一心さんに向かって!…」
「おい!北沢…馬鹿か!」
瞬間的に武道の達人、ノブに襟元を強引に引っ張られる北沢。
「おい、ノブが、」
「怒った…」
「やばい…」
「何するんどすか?ノブさん…ワイはこの失礼な…」
びびった北沢は自信な下げに声を出す北沢。それに対して烈火の如く怒り狂った表情をしている佐藤。
「いっちょんおもしろくなか!この方は、この帝国高校のOBいや日本のバスケ界きっての至高の存在じゃけん!い…伊集院さん…す、すみません。こいつ見てのとおり、あ、赤くて、その、赤くて馬鹿なんです!…すみません!」
佐藤に続き一心が伊集院に頭を下げる。
「伊集院さん…ご無沙汰してます!」
「おまえ、最近未来の3皇帝とか呼ばれてらしいな…じゃあ俺は何光年だ?」
「…それは…僕が言っているわけじゃなくて…」
「ははっは冗談だ!シン…ところで俺の席はどこだ?」
「こ、こちらにどうぞ」
「だいたいお前ら気が付くのが遅い!」
伊集院がマネージャーのシャネルと共に席に座る。
「…」(いや、まさかアメリカにいる貴方様が来ると誰もが思ってないし!)
「何だ?なんか言いたそうな顔をしているな…」
「いえ、まさか!」(この人は人の気配にも敏感なんだよな…)
そしてそのころ丁度、前半が終了する。
第2クオーター終了~
松濤大学 54 対 46 等々力体育大学
予想に反して等々力体育大学が8点差で負けている。直立不動の一心と流稀亜。
「シン、流稀亜、固くなってないで座れ!」
「あ、はい」
「座る席が…ない」仕方なく無理やり北沢の隣に座る一心。
伊集院はサングラスを外すと一心と流稀亜をじっと見る。空気が重く感じる一心と流稀亜。
「お前ら、1年の時のインターハイ落としたな…」
「…すみません!」(てかコワ…前よりも威圧感半端ない…)
「まあ、試合に出ることが出来なかったらしいな。仕方ない」
「…」
「まあ、でもあれだ、約束は約束だからなあ。フレッシュマンカップに勝ったらチャラにしてやろう」
「はい?」
「お前らの次の相手は…あれ、あのバカ達、下らねえ試合してるな。南禅寺に、枡谷、折茂、関口か…なんだ三浦もいるのか?ったく、対戦相手は半端門の集団だろ…あいつら何やってるんだ?なあ?お前らもそう思うだろ?」
「…」
「シン!お前の分析は!」
「え?」
「お前のリードガードとしての分析だよ!考えないで思ったこと言え!」
「え、いや…どうしても勝ちたいって気持ちがあって緊張しているんじゃないかと思います…それで走るバスケもできてないから苦戦していると…」
「そうか?評論家みたいだな…お前らなら勝てるのか?」
「勝てるって…どっちとですか?」
「強い方だよ」
「え、いや、そうですね…はい」
「自信ない返事だな」言葉で詰め寄るだけでなく威圧感のある伊集院に押され気味の一心。意を決して口を開く。
「勝って伊集院さんの記録に並びます!」(言ってしまった…)
「そうか、本気なんだよな!」
「はい、勿論です」
「じゃあ、俺がパワーを注入してやる!」
伊集院の含み笑いが嫌な胸騒ぎを感じさせる。ゆっくり立ち上がる伊集院。試合は2コーター目が終わり等々力体育大学と松濤大学の選手がコート裏手の更衣室に戻ろうとしている。更衣室に戻るろうとしている等々力体育大学のスt-ティングメンバーに向けて、大きな太鼓が「バン!」となるようにひと声かける伊集院。
「おい!」
その声のでかさに会場全体が伊集院の存在に気が付き一瞬ざわつく。そして南禅寺、枡谷、折茂、関口の4人がつぶやく。
「伊集院先輩…」
「…」
三浦は一度だけ伊集院と全日本で一緒になったことがある。その後、伊集院はNBAに行き、チーム上の理由で日本代表の招集は断っていた。(プロのチームではよくあること。金銭問題があるため、所属チームを優先する)伊集院の姿に気が付き、ざわつく観客。
「おい、あれって!」
「嘘、まじかよ!伊集院だ!」
会場の目が伊集院に集まる。驚いた表情を見せる南禅寺、枡谷、折茂、関口、三浦。そんなことは気にせず、静まり返ったコートに向けて大きな声をかける。
「おーい、南禅寺、枡谷、折茂!関口、それと、三浦!俺様が誰だかわかるか?」
「…」
「ビッグニュースだ!ここにいる高校チャンプ達がよ!この試合の後に行われる試合(フレッシュマンカップ)でお前らに楽勝で勝つってよ!」
「…」
「それでよ!そこの司令塔…一心先生がよう、言うにはよ、お前らが前半負け越しているのは、勝とうと意識してプレーが硬くなってるらしいけど本当か?本来の走るバスケが出来てないって!よ!」
うつむき加減の南禅寺、枡谷、関口、折茂。そして三浦。しかし、三浦は顔を上げて伊集院を睨み返す。
「…どうした三浦、威勢だけじゃ試合に勝てねえぞ」
そう言った後、伊集院が席につこうとして座ろうとした瞬間だった。1階のコートから2階の観客席にいる伊集院めがけて三浦が持っていたボールを伊集院に向かって投げつけた。
「…誰に向かって…投げてんだボケ…」
それを軽々と片手で止める伊集院。三浦がコート下から叫ぶ。
「俺は誰にも負けませんよ!」
大声でそういって伊集院を挑発する三浦。
「そうか、でかい口たたくようになるのは実力が備わってからにしろよ。でないと恥かくのはお前らだ!」
すっと立ち上がる伊集院。伊集院はあろうことか何十メートル離れているかもわからないが、2階の観客席からシュートモーションに入る。
「まさか!」
そして2階の観客席から下の会場のバスケットリングに向かってシュートしようとしていた…美しいシュートフォームから繰り出される虹のようなシュート。
「えー!これは…入る」
そのシュートは綺麗な弧を描き遥かなたのリングに向かって超が飛ぶように舞い鮮やかに決まる。
「バサ!バサ!」
ウオーミングアップすらまともにしていないのに超ロングシュートを決める伊集院。世の中に音楽の絶対音感があるならば、伊集院には距離感など関係ない。絶対距離感のようなものがあるのだろうか?
マグレか?
それとも奇跡か?
違う…この男なら何度でも同じことをするだろうと思わせるものがあった。その証拠にネットをすり抜けたボールは綺麗な回転がかかり一直線に伊集院のいる場所へと戻って来ていた。一瞬、静まり返る観客とコート。その後に凄い歓声が上がる。
「うおおお!」
「伊集院だ!」
「本物だ!」
「スゲーぞ!」
「わりい、また一番目立っちまったな~」
Vサインで観客にファンサービスの笑顔を見せる。
「…」
そんな伊集院に驚きながらも一心と流稀亜がひそひそ話を始める。
「出た…一言も言ってないし…勝てるなんて…」
「シンは悪くないよ」
「まずいよな…後で怒られるの俺なのに…変わってないな…」
「うん、何しに来たの?イケメン思うにNBAまだやってるよな気がするんだけど…」
「ルッキー…決まってるだろ、暇つぶしに人格破壊しにきたんだよ」
伊集院がいい加減にしろよと言わんばかりに一心と流稀亜をじっと見る。蛇ににらまれたカエルのようになる一心と流稀亜。
「おい!全部、聞こえてんぞ?人の悪口はいないところで言うんだよな」
「すみません!」
「目の前で言うのは果たし状か何かか?」
「いえ、めっそうもございません」
「…そうか」
流稀亜が口を開く。
「ところで…NBAはシーズン中ではないんですか?」
「俺のことか?…なんかよ、試合中にイエロージャブ、って言われてむかついたから殴り倒した後よ、そいつの顔面を足で潰したらよ、罰金2000万と10試合出場停止になってよ、暇だから飛行機乗ってぶらぶらしてたらお前らのこと思い出して、来たわけ」
驚いた表情の流稀亜。
「え?…ふんずけた…うどんじゃないですよね…」
一心が口を開く。
「僕たちの試合を見るために…まさか…ワザとじゃないですよね」
「…どういう意味だ?」
「…いや、その」
「気分の問題だ」
不機嫌そうに伊集院がそういうと一心の頭は軽くパニックを起こす。
「…えっと…気分…ですよね~」(気分の問題で出場停止なの!)
流稀亜が口を開く。
「あの…飛行機って行き先変えられるんですか?」
「ああ、俺の場合は自家用だから」
「自家用…」
「乗るか?」
「是非!」
「俺が運転するぞ」
一心と流稀亜が直ぐに口を開く。
「あ、まだ死にたくないんでダイジョブです!」
「あ、イケメンも普通の飛行機十分です!」
「そうそう、死にたくない…ってアホ!」
その後、伊集院の「喝」が効いたのか等々力体育大学は3コーターが開始すると個々の能力を十分に生かしたプレーを見せつけ徐々に点差を放していった。4コーターが終わるころにはある程度の点差をつけて勝利していた。
等々力体育大学 96 対 83 松濤大学
試合が終わると等々力体育大学のメンバーが応援席にあいさつに訪れた。伊集院が口を開く。
「やればできるんじゃんか」
「伊集院さんには参りましたよ」
南禅寺をはじめ、等々力体育大学のメンバーが伊集院を見つめている。
試合は間違いなく伊集院のおかげ?
伊集院のせいで?
変化があった。しかし、伊集院の発言後から守りに入っていた等々力体育大学が本来のオフェンスを思い切ってやるようになったのは間違いなかtった。そのパフォーマンス効果は絶大だった。
そして伊集院はプレーだけでなくそういったものを見抜いたり引き出したりする才能があった。ポイントガードして高い能力があるのは勿論のことだが、そんな伊集院の凄さでは一言では言い表す事が出来なかった。
「さて、俺様はホテルに戻る!」
伊集院がそういうとはきはきと答える一心。
「お疲れ様です!」
そんなことを考えていると伊集院がまた物凄い威圧感をビュンビュンと飛ばしながら語り掛けてきた。
「なあ、一心、流稀亜、ガキの使いでバスケしてるんじゃねえよな?お前らこれを(バスケ)仕事としてこれからもやるつもりなんだよな?」
凄みと含みのある言葉を相手の年齢を考えないで言うのも伊集院の怖い所だった。
「あ、はい勿論です」
「だったら、自分で吐いた言葉は責任もって飲み込めよ…お前らは俺に勝ちます。そういったはずだ。見せてみろ。お前らの成長した姿…」
「…はい」
「結果次第では、俺はお前らと会うことや話すことが今回で最後となるからな!」
「勝ちます!」
一心と流稀亜はまっすぐに伊集院を見てそうはっきりとした口調で言ってみせた。それを見て口元に笑みが浮かぶ伊集院。
「じゃあな、シンに流稀…」
「伊集院さん!」
流稀亜が立ち去る前の伊集院に声をかける。
「俺、次の試合は伊集院さんに認めてもらうためじゃなくて、最高のスコアラー(得点屋)として証明してみせますから!俺、最強を目指してるんで!」
普段はオチャらけている、流稀亜がいつになく真剣な顔つきをしている。等々力大学との対戦にただならぬ決意を感じた。
「そうだな…お前があの人に追いついたのか?追い越したのか?楽しみにしてるぞ…個人的な意見になってしまうが…あの人は今の三浦よりも上手だった…」
「…」(間違いない…智也兄さんのことだ…)
一心には心当たりのない会話の内容。少し気になったが流稀亜が話したくなったらきっと話すだろうと思い、あえて聞かなかった。そしてその後、立ち去る伊集院。伊集院の背中に微かに浮かぶ光のようなうっすらとした輝き。他の人からは感じたことも見えたこともないが、これがオーラと言う物だろうか?姿が見えなくなるとどっと疲れが出る一心と流稀亜だった。
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