第12話 「終わりがない…交差する思い」

タイトル「終わりがない…交差する思い」



「師匠~師匠~」

北沢が何度か一心がいる部屋のドアをノックしている。北沢はドアに耳をあてて音を確かめるとテレビの音だけが聞こえていた。

「師匠!コンビニ行きますけど何か買ってきはります?」

「…」

 返事がないので首をかしげる北沢。

「師匠、入りますよ?」

 北沢が部屋に入ると一心はベットに横たわりぐっすり寝ていた。部屋の灯りがつけっぱなしになっていて、そこらへんに衣類が散乱していた。お構いなしに、意味不明の寝言を言いながらニヤついている一心。

「そんなことないよへっへへ」

「うわ…キモ…」

北沢がそれでも近寄って一心の体をゆすろうとすると同じ部屋の流稀亜が丁度、部屋に戻ってきてその手を止めた。

「ツヨ、シン疲れてるみたいだよ」

「アカン、見てください、スパースター神木 一心の顔…気持ち悪くないですか?」

「きっと、いい夢を見てるんじゃないの?」

流稀亜が一心の赤ん坊の様な無防備な寝顔を見て微笑む。

「アカン!女ですかね?」

「さあね」

「なんつう、顔してはりますねん…ブスの夢ちゃいますか?」

「…案外みんながびっくりするような彼女と付き合ってたりしてね」

「アカン!まさか…流稀亜さん、あるわけないですやん。ははははは?」

「そうかな?」

 流稀亜は北沢の方を見て問いかけるようにそう言った。

「アカン!でも師匠もアイドルの愛梨の隠れファンだっていうのは、知ってますわ!こないだ愛梨のクイズ番組のテレビ欄チェックしとったの見ましたねん。まあ、あの愛梨の魔女の衣装は反則ですやん。男ならいちころでファンになりますわ!プルルン、プルルン、ピカ!ピカ!ピリリ!」

「…え?ピカピカピカリ…ああ!」

 流稀亜は一心が1年生の国体の時に間違えて送ってきた動画のことを思い出していた。

「なんですの、流稀亜さんも愛梨のファンでしたんか?」

「いや、北沢その「Niaって女の子の画像って出せる?」

「なんですやん、急に?」

北沢が愛梨の「Nia」に変装した姿の写真を見せる。

「え、この子が愛梨っていうの?」

「…先輩、どこの時代からタイムスリップしてきたんですか?日本全国知らん男子、いませんやん!」

「えー!イケメン衝撃…」

「今更ですやん。流稀亜さん…自分がモテモテだからって女に興味ないのは分からんでもないですけど…2年も前から大ブレーク中のド真ん中、メージャーリーグ級のアイドル「愛梨」を知らないなんて…ホンマでっか!」

 驚く流稀亜。思わずスマートフォンを床に落としてしまう。そんな流稀亜の様子を見て呆れたような顔で北沢が口を開く。

「衝撃?…流稀亜さんが変なこと言うさかい、外は雨が降ってきてまんがな…明日のオフの集合場所とか遊びに行く所、師匠と打ち合わせしようと思とったのに…」

一時的だろうが外は強い雨が降り始めていた。その降りしきる強い雨を見ると流稀亜の表情は戻り、今度は対照的に真剣な顔をしている。

「本当だ、雨だね。晴れると…いいな…」

 流稀亜は窓ガラスに乱反射する自分の姿と外の雨を重ね合わせるようにして見ていた。その表情は無重力の中に存在しふわふわと浮かんでバランスを取る事が出来ない自分が不自然に感じるような顔をしていた。流稀亜にとって夜の雨はそういった何かを思い出させるものがあった。「兄さん…」

「アカン、コンビニに行くのはやめますわ、ほな明日は適当にいきましょか?」

北沢が流稀亜に問いかけるも反応しない。

「…」

「…聞いてはりますの?シカとはないやないですか!師匠も、流稀亜さんもどうなっとんねん」

 はっと我に返って慌てる流稀亜。

「そうだね、起きてから決めよう」

「どないなっとんですか?流稀亜さんまで?」

北沢は少しおかしな流稀亜の行動に首をかしげたが流稀亜が何を思ってそんなの表情をしているか、その感情を読み取ることはできなかった。外の雨はそんな北沢の声をかき消すほど激しさを増し降り続けていた…



 愛梨は最近聞き始めるようになった、海外の洋楽のメロディーを口ずさみながら上機嫌な顔で編物を編んでいた。知らない間に振っていた外の雨も止み波を打つような静けさが漂う時間になっていた。愛梨は完成した編物にほつれや、縫い間違いがないか、丹念に調べると満足げな顔をしていた。

「よし!上出来だっきょん!」秋田県の県南地域出身の愛梨はほっとしたのか久しぶりに出た方言に自分でもおかしくなった。

「ははははっははは」

そんな上機嫌な愛梨が時計を見ると深夜の2時を指していた。明日、一心と久しぶりのデートで気持ちが高ぶっているせいか寝れない愛梨はスマートフォン片手に

掲示板「バスケットボールトレイン」を検索して眺めていた。

「帝国高校 神木…」

 検索すると今回のウインターカップのことやフレッシュマンカップの試合の予想などの書き込みがされていた。

以下書き込み内容。

「今年の帝国の強さは神がかっている~」

「マジ、高校生の強さじゃねえ!」

「ウインターカップも途中で手を抜かなければ決勝戦までずっと圧勝だったしな!」

「フレッシュマンカップも大学生1位に勝てるかもよ!」

「勝てば、NBAで活躍中の伊集院以来だからな」

「神木と流稀亜は高校生のレベルじゃない。あと、ちょいレベル低いけど大阪常翔高校のマートンも止められない」

「まさしく、日本が誇る未来の3皇帝~」

「等々力体育大学は三浦意外のスタメンは元帝国高校メンバーだからな。全日本大学選手権の決勝は多分、大学バスケットボール界の2台巨頭、帝国と松濤大学だろうな」

(12月31日の大みそかに行われるフレッシュマンカップは全日本選手権のチャンピョンとウインターカップ優勝者が行う大会)

「松濤大学も星野、赤井、飯田兄弟、それとアフリカの留学生マニングがいるからどっちが勝つかわからないぜ!」



等々力体育大学 スターティングメンバー


枡谷 恭一    184cmSG     帝国高校  出身

折茂 和也    196cmSF     帝国高校  出身

関口 悟     205cm C     帝国高校  出身

南禅寺 清隆   190cmSF    帝国高校  出身

三浦 雅俊    200cmCF    大阪常翔学園  出身 



松濤大学 スターティングメンバー


星野 流星     194cmPG  目黒諏訪山高校 出身

赤井  翼     196cmSF  本別国際高校  出身

飯田 匠      201cmPF  本別国際高校  出身

飯田 和樹     203cmC   本別国際高校  出身

ダニエル マニング 211cmCF  東アフリカインターナショナルスクール出身



「等々力体育大学が勝てば先輩 対 後輩 対決だな」

「面白そうだ、体育館~満杯だろうな~」

「もし高校生が大学チャンピョンに勝ったら、大変なことになるぜ!」

「全国NO,1大学生 対 全国NO,1高校生、年末のお祭りの大会だけど面白くなるよね~」

「俺は帝国に賭ける!」

「馬鹿、三浦もいるんだから無理だろ、帝国は強いけど身長が違うよ」

「その分はスピードで補う!」

「そっれにしても、日本は2021年の東京オリンピックが楽しみだな!」

「神木、流稀亜、マートンは全日本にも召集されたって噂だぜ」

「でもあれだろ?最後の大会に集中したいからって3人とも断ったんだろ」

「マジか~」

「神木たちは、Nリーグに(日本のプロ)に出ても活躍できるんじゃねえの?」

「噂では神木が横浜のレッドブルドックス、流稀亜がサイバートリックス、マートンがナニワゴールドって話だぜ」

「流稀亜は卒業したらNBAに行くつもりなんじゃねえの?」

「いや、まだ体が細いよ。キチンと体を作ってから行くべきだと」

「どのくらい?」

「1,2年はかかるんじゃないかな?」

「じゃあ、大学に行きながらプロかな?」

「どうだろう、噂だとプロのチームとも契約して掛け持ちするらしいけど…」

「じゃあ、あの3人は大学に通いながらプロの試合に出るの?」

「実際、等々力体育大学の三浦が今はそうだろ。ちなみに三浦はナニワゴール所属やん」

「だな」

愛梨は持っていたPCを開いたままスマホをでNリーグを検索する。

「あったこれだ!」

Nリーグホームページトップ画面の概要説明。

Nリーグ歴史と理念。

Nリーグ創立は2005年。加盟チーム数は日本全国各都道府県全18チーム。通称 NBS(日本 バスケットボール スクール)(人間育成の場)スクールの略である。選手の強化、育成、アジア地域におけるトップレベルの維持を目的としたプロチーム。

Nリーグ理念

プロスポーツ選手の寿命は短い。よって現役生活後も選手自身がきちんとした形で社会と接する事が出来るように人間形成、人間行性をする場でもあり、その中で地域との触れ合いを通して、連帯感、協調性、いたわり、助け合いの精神を自分自身の人園形成の中で育み、成長させる。そういった人間育成の場でもあるとNリーグは考えている。


Nリーグの現在の参加数~と地域。チーム名。


北海道     札幌   エンジェルグリズリー

秋田      能代   ホワイト・ウルフ 

山形      山形   キングフルーツ 

茨城県     筑波   ゴールドモンキー

埼玉県     浦和   ケルベロス生命 

神奈川県    横浜   レッドブルドッグス

千葉県     千葉   サイエンス・ホエール    

福島      双葉   エンジェルキャット  

福岡      博多   ベストバンクホークス  

東京      渋谷   サイバー トリック

東京      港区   バッファロー侍

京都      京都   セキュリティーサムライ

大阪      大阪   ナニワゴールド

兵庫      姫路   ダブルキャッスル

愛知県     名古屋  ファイティングソルジャー

沖縄      沖縄   キングポセイドン

石川県     北陸   レッドシャークス      



「そういえば、マートン彼女出来たらしゼ!」

「嘘だ!」

「マジ、超お嬢様らしいぜ!」

「関係ないけどさ、アイドル顔負けのイケメン流稀亜は全国にファンがいるのに、一途らしいぜ!」

「流稀亜や神木はバスケにストイックだよな」

「でも、神木は別として…流稀亜はあんだけ顔が良ければ芸能人にもなれるのに…」

「キャー流稀亜さま!」

「でた、流稀亜信者…うせろ!ここはバスケの掲示板だ!」

「でもよ、神木は?」

「神木は、足が短いからモテないな」

「確かに…男は憧れるけどな。モテモテのキャラではない」

その書き込みを見ると「クス」と笑う愛梨。

「バスケは一流なのにね」

「私、神木の彼女になってもいいけどな」

「私も!」

「ちょっと、私が先だから!」

「うるさいわね、私だから!」

「出たよ、有名人と付きあいたいフランケンガール」

「私は日本の3皇帝、将来の日本バスケ界が楽しみ~」

「そういえば、スーパーアイドルの愛梨が何年か前に、バスケの会場で誰かの応援してたってネットに上がったよね」

「あれ、デマだったんでしょ」

「髪の毛、短かったしね」

「でも、その後で行ったドラマの記者会見では愛梨の髪が長かったよな?」

「そうそう、でもあれはカツラとウイックの組み合わせだったっていう噂だけどね」

「いや、でも愛梨はスーパーアイドルグループのトップシークレットの神楽坂とも噂になってたよね」

トップシークレット。5人組のアイドルグループとして活動している日本のトップアイドル。

「愛梨二股」

「クソ女決定~」

「クソ女死ね…」

「より良き母になれない二股女」

「アバズレ確定」

「ドラマのキスシーンは愛梨から舌を入れたって噂だぜ!」

「愛梨終了~」

「ていうかさ演技が幼稚園レベルでドラマとかお遊戯会かと思ったワ…はははっは」

「まあ、アイドルだからしかたねんじゃねえ!」

「でもさ、歌もそんなにいうても…なあ…何で愛梨って人気出たんだっけ?」

「事務所のゴリ押し!」

「テレビの上層部と枕営業~」

「でも、バスケ界の神童と言われている神木が愛梨と付き合ってるのが仮に本当だとしたら終わりだな」

「なんで?」

「神様は俺たち全人類に平等なんだ。全てを与えない」

「意味わからねえし!」

「下僕どもよ、よく聞け!神木がもしあんな美人と付き合っていたら夢中になってバスケどころじゃなくなるだろ!甘い甘い、愛梨の汁が何度もほしくなって中毒になるのさ」

「確かに集中できないよな!」

「薬物中毒、神木、オワタ(終わったという意味)」

「これからが一番伸びる時期なのに…俺なら女かな」

「俺はバスケかな!」

「お前らどっちも無理だし!」

「愛梨に変態コスプレさせてえ~」

「変態出現!エバージェンシー!」

「誰か、こいつ止めろ!」

「コスプレなら裸にエプロンか?」

「バスケの話に戻せ!」

「はい~」

「神木だって、オリンピックで活躍して世界的に有名になれば愛梨よりもいい女に会えるかもよ!」

「愛梨もあと何年かしたら落ち目だろ」

「アイドルも大変だよな~」

「二股、愛梨終了~」

「神木はこれからの人だからな」

「2年後のオリンピックで活躍したらNBAも夢じゃない!」

「愛梨、神木の足枷~」

「愛梨、神木の重荷~」

「愛梨、神木の病原菌~」

「そして…神木、二股の愛梨と別れる」

「グッドラック!」

「どんだけ~」

「ていうかさ、愛梨には神楽坂がお似合いだろ?」

「そうよ、私たちの未来のスター選手に手を出さないでほしい!」

「秋田の田舎娘!」

「農業でもやってろ!」

「二股女!」

「ていうか、この掲示板、全員が狂ってねえ?バスケの神木とアイドルの愛梨が付き合ってること前提で書かれてるけど…そんなわけないだろ!」

「まったくもって正論です」

「想定外~」

「逮捕!」

「愛梨ちゃんが神木の短足と付き合うはずないよな~」

「それもそうだな!」

「ないない、絶対ない」

「でも、もし本当だったらやっぱり神木にとっては足かせだよな~」

「神木&愛梨…100%ないから~」

「はっはは」

 愛梨は掲示板のページを閉じるとベットに横になりスマートフォンを抱きしめて横になった。「私のことは何を言われてもいい…でも…私は足枷なの?…いっちゃん」目を閉じると何粒か数滴の涙が頬を通り過ぎた。



くっきりとした、朝日の光がカーテンの隙間をから入り込む。5人ほどが寝れる部屋で布団でっそりと動く一心。もしもの時のためにセットしていたタイマーを切る。昨日の夜からパジャマから普段着に着替えていた。ロングの黒のダウンジャケットを着こみ買っていたプレゼントの傘を持ちそっと部屋を出る。

「起きちゃだめよ~」

ゆっくりと閉じるドアの向こうにはぐっすりと眠る流稀亜や佐藤が熟睡している。ほっと胸をなでおろすと宿舎の出口へと急ぐ一心。靴を履こうと下駄箱から靴を取ろうとすると声が聞こえる。

「シンさん早いっすね。出発何時です?昨日は爆睡してはりましたね!」

「北沢…」

 驚く一心。

「なにしてはりますの?師匠、縁起かつぎどすか?一緒にいきましょうか?」

「いいんだ!」

「何でですの。冷たいですねん!朝の散歩でしょ。ほなワイも行きますよ!」

 北沢の迷惑な行動に半分あきれ顔の一心。

「あのな、北沢…いいんだって!」

北沢のことは帝国高校の中でも一番、可愛いがっていたが常に見てはいけないものを見る北沢。そしてそれを自然に全員に言いふらす。そんな習慣が北沢にはあった。その北沢に内緒で外に出ようととした所を目撃された…一心は覚悟を決めるしかなかった。でもなんとかしてごまかせればと考えていた。

「あ!まさか…噂の不細工彼女…他の人に見られるのが嫌で…師匠!気持ちわかりますで!」

 こちらは急いでいるのに、それを見て楽しんでいるように見える北沢。わざとやっているのか無意識なのかわからないがとにかく邪魔な北沢。返答する答えも雑になる一心。

「はい~はい~」

「彼女、年上でっか?同期?それもまさかの後輩?ん…やっぱり年上?」

 散々、「迷惑なんだよ!」そんな目線を送っても気が付かないのか、気が付いているのにそうじゃないふりをしているか本心は分からないがどちらにせよ図太い神経の持ち主だと半分諦めた表情をする一心。

「同期だよ」

「シンさん声がうらがえってますやん。まあ…男、北沢 剛。例え南極のクレパスが割れようが、ワシの口は割れまへん!」

北沢の醸し出す雰囲気、言葉、それら全てからそれが嘘であることを感じさせるものがあった。すかさず言い返す一心。

「北沢…南極のクレパスは温暖化で割れてるんじゃないの?…信用できない…まったく」と小声でつぶやく

「シンさんちよか?」(おちつきがない)

「なんか顔が怪しい…」と小声でつぶやく

「ほな、気を付けて」

「…ああ、今日の原宿探索は、直接現地に行くからな、みんなに伝えとけ」

「おおきに!…ってシンさんそれなんではりますの?」

シンが持っている傘を指差す北沢。

「ああ、ちょっとな雨が降るかと…」

(変なところに気が付きやがって…)

「今日は晴れですやん」

(わかってるわボケ!ていうか何でお前の顔、そんなに嬉しそうなんだよ!ドSかよ!)

急いで傘をリュックにしまおうとすると、手のひらサイズの透明の袋に入った白の5番のリストバンドがバッグから落ちる。(5番の数字は黒)直ぐにそれが何かに気が付く。

「アカン!あああ!師匠!それを男、北沢に託すんですか?」

「ん?」

訳が分からない顔をする一心。勝手にリストバンドを拾い上げて喜ぶ北沢。

「…返せ」

北沢からリストバンドを取り上げる一心。

「アカン!…欲しいですやん!」

「…今年のウインターカップの記念だからな…ただのリストバンドじゃない。幸運が詰まったリストバンドなんだよな」

「…アカン!ますます欲しいですやん!師匠!師匠の臭い汗を吸い込んだ一見、価値のまったくない汚い汚い、まさに御下劣リストバンド…わしには黄金に輝いて見えますやん!まさに超ウルトラレアカードですやん!」

「…お前…バカにしてるの?」

「アカン!ちゃいますやん!」

「…」(嘘くさい…)

「アカン!」

「…フレッシュマンカップ終わったら考えておくわ…でもお前にやるかは分からないぞ」

「なんでですの?」

「んー何でだろうな?そんな予感がする」

「はあ…」

落ち込む北沢。

「話を戻すけど…ていうかお前!絶対に言うなよ!」

「おおきに!」

(おおきに!全然気になるし…はあ)屈託のない表情でそういう北沢がどうしようにもなく信用できない一心はある決断をくだす。

「北沢君…原宿にと~っても、旨いラーメン屋があるんだ…そこの飯を奢るっていうのはどうだ?」

「アカン!ラーメン?…んーでもワイだけ奢ってもらったらバレませんか?」

「…ちょっとしたカツアゲだな」

「アカン!師匠!どうかしはりましたか?」

「お前な…分かった。じゃあそれで手を打とう」

急いで玄関を出る一心。半分笑い顔の北沢が大きく手を振る。

「アカン!師匠~ファイト~」

北沢はまるでダンクシュートを決めた後の様な晴れ晴れとした笑顔で手を振っていた。

「…」

(あいつめ…いつか復習してやる!北沢…お前はすでに狙われている)

「アカン!師匠~」

「何だ?」

「アカン!何か言いはりました?」

(何で俺の心の声が聞こえてるんだよ!あいつの前世はきっと魔族だ!)

「何も…」

「アカン!そうでっか?おかしいな…ほな!」

(おかしいのはお前だ!)外に出ると太陽の光は好意的に一心を照らしていた。それを感じたのか一心は駅に向かって走りながら空を見上げた。晴れ渡る空にこまごまとした雲。空の声が聞こえてきそうなその様子に気分もよくなり笑みが漏れた。



大門駅近くにある増上寺についたころには待ち合わせの時間をほんの僅か遅れていた。スタイルの良さがひときわ目立つ愛梨。そのたたずまいに周りの草木も気を遣って息をひそめるように静まり返っていた。愛梨はグレーのボア付きのコートに長いスカートを履いていたがそのスタイルの良さは服の上からでも明らかだった。よそ行きの格好で訪れた一心だったが、大人びた愛梨の傍に行くと外見は弟のようにも感じられる。

「いっちゃん…」

「愛梨…」

 シンに抱き着く愛梨。腰に手を回すとくびれたウエストを自分の方に引き寄せる一心。愛梨の顔が一心の真横に来ると耳元で囁く愛梨。

「手が冷たい…」

 一心のダウンジャケットに少しずつ手を入れ、抱き着く愛梨。何の香かはわからないが甘くていい香りが一心の鼻に自然に入って来る。押しつぶされた胸が腕に当たる感触が肌に伝わり緊張がます一心。ポケットに入れた愛梨の手が指が一心の指に隙間なく絡み合う。一心は愛梨の指先を大事な物を大切に取り扱うように探り当てた。(最近はかさぶたがないみたいだ)一心が安心した表情を見せると愛梨が声をかけてきた。

「今、かさぶた確認したでしょ…女の子は強くなるんだよ」

そう言ってほほ笑むと、今度は急に鼻と鼻が付くほどの距離まで顔を近寄せてきた。さらに心臓が高鳴る一心は言葉が出ない。すると何故か気まずそうに愛梨が声をかける。

「…あのさ…」

愛梨の微妙な距離感のある「あのさ」が気にはなった一心だが緊張でレーダーがが正常に作動していなかった。一心の精神状態は久びりに会う愛梨の前では、まるで磁場が狂った磁石の様だった。

「何?」

「…何でもない…そのやっぱりいいや」

「どうしたの?」

「いい…なんでもない…行こうか?」

 愛梨が何を言ったのかさえ緊張でわからない。とりあえず返事をする一心は動き始めたことによって何をしようとしていたのか判断していた。

「…うん」

二人は増上寺の本堂に向かいゆっくりと歩き始める。愛梨と一心は毎年、12月に行われるウインターカップ後は毎年この増上寺で会っていた。理由は3つ。

1 閑散とした都会の中で増上寺のようなお寺があるわりには時間帯によっては人が少ない。

2 高速道路の入り口が近く愛梨の仕事の時間がぎりぎりまでいられること。

3 増上寺の隙間から見える東京タワーを愛梨が好きだったためだった。

「ねえ、なんで傘持ってるの?」

「え、ああこれプレゼント」

一心は貯めていたお金で勝ったブランドの傘を差しだす。ちょっと不思議そうに傘を開く愛梨。

「…素敵…でもなんで傘なの?」

「え?…最近、テレビや雑誌、ネット番組で前よりもよく見るようになったし忙しいとほら、色々なことがあるんじゃないかと思って、それから守ってくれる傘っていうわけ!どんな雨もやまない雨はないっていうでしょ」

「いっちゃん…ありがとう。凄くうれしい」愛梨は本心を一心に伝えることが気なかった。本心では「何かあったら傘ではなくてお前が来いよ!」そうツッコミを入れたかった…しかし、一心はバスケを頑張っているのでそれを邪魔したくはなかった愛梨はその気持ちを抑えて微笑んだ。それはまさに愛梨の女優だ魂だった。そうとは知らず、愛梨の言葉に喜んでデレデレする一心。

「へへ、良かった。その…忙しそうだけど…その体とかダイジョブなの?」

 晴れない霧の様な表情で一心を一瞬見つめる愛梨。

「あの…掲示板」

「掲示板?」

愛梨をのぞき込むようにして見る一心の目をそらす愛梨。

「…私は健康…でもダイジョブだよ」

 そう言いながら持っていた袋からプレゼントを取り出す愛梨。

「私からは…はい」

 長くて紺と白の2色がまじった長いマフラーをプレゼントされる一心。

「え、まさか…手作り?」

「うん…初めてだったから上手じゃないけど…」

「えええ!ありがとう!すげー嬉しいよ!」

子供の様にはしゃぐ一心。それをまるで弟をなだめるように見ている愛梨。

「こうやって、こう。長いから…私も一緒に巻けるんだ」

 愛梨がマフラーを一心の首に巻き付けて自分の首元にも当てると手をつなぎ歩き出す二人。マフラーに顔を沈め少し顔を赤くする一心。

「…」

 周囲には人はホントんどいない。周りの目を気にせず笑顔が絶えない愛梨。二人で参拝を済ませると一緒に首に巻いたマフラーをしながら、本堂の傍にある階段に腰かける一心と愛梨。二人で写真を撮ろうとすると増上寺の後ろにある東京タワーが映り込む。スマホを目の前から仕舞い終えると、少し先に見える愛梨が広告塔になっている看板が一心の目に映り込む。

「あ…」

 少しの間、それを見ると一心が愛梨に話しかけた。

「愛梨あのね…」

この日のために少しずつ集めた思い出や笑い話を話し合う。真珠のように輝く愛梨の瞳の奥で一心の姿が見え隠れする。その場の雰囲気に溶け込み、二人は甘い角砂糖がコーヒーに溶けるように溺れ時間を忘れるように話し合う二人。見えるはずのものが見えない二人だけの世界に陥っていた。

「ねえ、何をお願いしたの?」

「バスケのことと…愛梨のこと」

「愛梨のこととバスケのことじゃないんだね」

「あ、ごめん」

「うん、ダイジョブ…そういうつもりじゃないから…嫌な日があっても朝日は登るし、沈む…この世の秒針は世界共通なんだよね」

 愛梨は高校に通うと秋田に妖精の様な美少女がいるとネットで噂になり、下校時にスカウトされ大手事務所に入ると芸能界でトントン拍子に有名になった。しかし、右も左も業界のことを知らない愛梨に居場所などなかった。そんな場所で扶助理な気持を処理することが出来ない日が続き、デビューしてから今迄、ずっと不安を抱えていた。毎日のように何百件とネットに書き込まれる辛辣な言葉。様々な批判的な意見は言葉の暴力を通り越していた。しかし、親を養うため責任感のある愛梨はそんな精神状態に鞭を打って仕事を続けていた。そんな気持ちは所詮、彼氏と言え理解できないだろう…人は嫉妬深く、他人には無関心なのだから…若干18歳にして、そんなことを考えていると、一心が天然発言で愛梨を笑わせた。

「え!愛梨!大変大変!南極と北極の秒針って同じなの!」

「ははは。そうだよ。世界共通だからね」

「知らなかった…」

 愛梨は一心の方を横目で見ながらオブラートに包むようにして質問を問いかけた。

「所でさ…いっちゃんの夢は何?」

「夢…NBAに行くこと…かな」

「それで?」

 愛梨は自分の不安を隠しつつ一心の気持ちがどこにあるのかを探っていた。そして不安を消し去る要素を必死に探していた。

「伊集院さんに追いつく」

一心がそう言うと表情が急に大人びた顔になり驚く愛梨。

「そっか…」(なかなか、期待通りの応えは帰ってこないよね)

 すると一心が目を輝かせながらまるで少年の様に愛梨に尋ねる。

「愛梨は?愛梨は何かあるの?って愛梨はもう叶ってるもんね」

増上寺から見える東京タワー近くの高層ビルの屋上に愛梨が表紙を飾るファッション雑誌の大きな看板が飾られてた。クールな表情の愛梨。そしてそれを指差す一心。

「…叶えたのか?願ってもいないのに叶えられたのか?分からないけどね」

 神社からも見える屋上に飾られた自分が出ているファッション雑誌の表紙の大きな看板を見る愛梨。それを見て意味深な表情をする愛梨。

「…」

 その表情を一心は読み取ることはできない。その時は考えもせず安易に自分が写っている広告をみているのだろう、ぐらいに思っていた。愛梨はまた一心のポケットに手を入れて目をつむる。絡み合う手にまた心臓がどきどきする一心。そんな一心の心臓に頭を押し当て甘えたように寄り添う愛梨。空を見上げると東京タワーが目に入る。まるで一年に一度しか会えない織姫と彦星のような二人。最初はぎこちない会話だったが徐々に慣れてくると笑いが漏れる。愛梨は気を遣ってかバスケの話は一度もしない。それを知っている一心もまた愛梨に芸能界のことは一切聞かない。お互いにたわいもない話をしていた。

「こないだね、流稀亜がさ俺も素敵なトレーナとかほしいなあって、テレビ見ながら言ってたらさ、その後ね後輩がどんなトレーナーがいいですか?って聞くわけ。そしたら流稀亜はどっちかっていうとスパルタ系かな?と答えたわけ。そしたら次の日の誕生日にもすごい派手なトレーナーをプレゼントされたの。「趣味じゃないよ」こういうのって、流稀亜が言うんだよ。でも前の日に言ったじゃないですか!スパルタ系なのって。「トレーナー」の意味合いが違くてね。流稀亜はトレーニングする時にアドバイスをくれるトレーナのことを言っていたらしいんだ。後輩には伝わらなかったんだねえ、その時のトレーナーがこれなんだ」スマホのファイルから写真を見せる一心。流稀亜はピンクやら黄色やらが絵の具で落書きされたようなパーカーのトレーナーを着ながら写真を撮っている。それを見て微笑む愛梨。

「流石に…ないね。ははは」

日常のどうでもいい話。どうでもいい会話はその後も少しの間、続いた。そんな夢見心地な時間が数十分経つ頃に愛梨のマネージャーが少し離れた場所で時計に手を当てる仕草を見せると、コーヒーの角砂糖が全て溶けてなくなった事を知らせた。

「はーもう楽しい時間って早いよね。でも急速充電完了!」

立ち上がり敬礼する愛梨。起き上がろうとする一心の肩に手を止めて額にそっと優しくキスをする愛梨。

「…あ」

「今度、会う時はしようね…」

愛梨が耳元で囁く。(え、何をするの?)

「え、する…え、あ、はい」

そんな一心の表情を見て大笑いする愛梨。笑い過ぎて目から涙が出る。

「なんかもう、いっちゃん可愛い…」

「え…だってさあ…」

 立ち上がり入り口の門の前に向かって歩き出す愛梨。少し放心状態の一心。

「今度会ったら何をするの?」はっと気が付き我に返ると急いで愛梨を追いかける。

車に乗りこんだ愛梨が窓を開けて一心に声をかける。

「いっちゃん…後悔してない?」

どこか寂しそうな顔の愛梨。

「え?」

「私…信じていいの?」

「いや、魔除けになるかわからないけど…選んだ傘に後悔はないよ!」

思ってもない一心のその返答に拍子抜けした表情の愛梨。

「そこ?」

「そう、そこ?あれ、違うこと聞いてたの?」

「はははは」

「…ははっ」

「いっちゃん、フレッシュマンカップの応援なんだけど…残念なことに私、その日は仕事で日本にいないの…ごめんね」

「え、海外で仕事?凄いじゃん!」

「社長が勝手に映画のオーディションをスケジュールに入れて…」

「スゲーチャンスじゃん!もしかしてハリウッド映画ってやつ?」

「…うん」(馬鹿…行くなよ愛梨!とか行かないでっていうところだろ!このヘッポコ3皇帝!)

「何?なんか言った?」

「え、な…何も…」

「スゲーな愛梨…ハリウッド映画デビューか…」

「まだ決まってないし、オーディション落ちたらそれで終わりだから…そもそもそんなに…」

「落ちるわけないだろ!やる前から決めるなよ!」

「…いっちゃん?」

「誰かに「やらされてる」そう思うなら最初から行かなければいい!」

「…いっちゃん、私の演技好きなの?」

「そうだね、ドラマや、映画での愛梨の演技はなんか、なんだろう素の愛梨が見える時があって…俺は好きだよ!」

「…素の私?」

「そうだ!愛梨にいい物あげる!」

「え…まだ、何かあるの?」

一心はバッグの中からウインターカップでつけていた白の5番が書かれたリストバンドを取り出す。

「これ、あげる!」

 一瞬、リストバンドに驚く愛梨。

「…な…何?これ?」

「これはリストバンドっていってさ、試合の時に汗をかくでしょ。その時に拭く奴。俺が最後の大会、ウインターカップでつけてたやつ」

「そうなの!」

「ちなみに洗ってないから汗臭いけど」

 一心が愛梨にリストバンドを手渡す。

「あははは、やだいっちゃん」

「大丈夫、必ず勝つから!」

「でも貰っていいの?」

「勿論」

「なんか凄いね…日本一か…もう何回もやってるよね」

「…勝てたのには運もあるし…たいしたことないよ。それに…愛梨は俺にない物…持ってると思うんだ」

「え?私が?イッちゃんにない物?」

 愛梨は静かな暗闇のトンネルをのぞき込むような顔で動作の一つ一つを見逃さないように一心を見た。

「大勢の人に勇気を与えたり、笑顔や、やる気を起こさせる…凄いよ愛梨は!」

「…いっちゃん」(でも私は…)

「これには俺の勝利に対する執念が入り込んでるから!」

「…勝利の執念…」(私の執念って何?こだわりって何?)

「ハリウッドデビューか…俺も頑張らなくちゃな!待ってろよ!NBA!」

 愛梨の抱えていた闇に少しの光が見え微笑む愛梨。そしてマネージャーが運転する車に乗り込む愛梨。

「愛梨!頑張れよ!」

幼い子供用に無邪気に手を振る一心。

「…」(頑張るか…もうダメかも…)

 かすかに見えた光と反比例するように、自分の気持ちに整理がつかない愛梨はその問いかけに対してうなずくことしかできなかった。そしてゆっくりと走り出す車…

 愛梨を見送る中で一心がふと見上げると高速道路の入り口付近に見える愛梨の看板が目に入る。先ほどのファッション雑誌とは違い、クールな表情ではくテレビ番組の宣伝のせいか笑顔だった。しかし、そんな愛梨の笑作り笑顔を振りまいている姿に疑問を抱く一心。そして今日一日、自分自身が浮かれていて気が付かなかったが、その表情と同じ作り笑いを何度か見かけた。

「うん、ダイジョブ…そういうつもりじゃないから…嫌な日があっても朝日は登るし、沈む…この世の秒針は世界共通なんだよね」

「…叶えたのか?願ってもいないのに叶えられたのか?分からないけどね」

 徐々に遠ざかる車。愛梨の笑顔。一心に見せた笑顔と看板の笑顔の愛梨。頭の中で交差する笑顔。違和感を感じる一心。2年前から愛梨のことは知っているがどこか表情が悲しい。でも理由は分からない。とにかくそう感じた。それは、一心が愛梨の瞳の奥に映る何かを感じ取った。

「なんか…ちょっと違う…」そこからは、そのことをじっと考えるよりも先に足が動いた。

「愛梨!」

 増上寺から30メートルほど離れた所で信号待ちのため車が停車している。それを見て、全速力で走り出す一心。

「愛梨!…愛梨!」

反対側の信号が点滅しはじめて青に変わろうとしている。車に追いつく一心。息を切らせ車の窓を強くたたく一心。驚いた顔の運転手。愛梨は窓を開けた。

「どうしたの?」

「愛梨、無理してないか?本当はダイジョブじゃないんじゃないの?」

 一心がそう言った瞬間、疾風が愛梨の長い髪を吹きあげて、胸に風穴を開け愛梨の心に光が広がった。

「もうやりたくないとか、行きたくないって、そう思ってるなら前も言ったよね。辞めてもいいよ!」

「…」

「大丈夫って無理して作り笑いしてるんじゃないの?」

車の中でうつむく愛梨。一心に隠そうとして涙を見せまいと背中を向ける。

「本当は何か悩んだり…苦しんだりしてるんじゃないの?」

「泣かせる気なの?」

 しかし、愛梨の涙腺はすでに緩み切っていた…

「愛梨に理不尽な雨が降るなら、傘じゃなくて俺が行く!」

「え…いっちゃんには私がどう何が見えるの?」

「え?」

「…私はいっちゃの差し伸べる手を待っている…そんな顔をしているの?」

「…俺、人を好きなるの初めてだから恋愛って不可解で謎で…それでいて胸が熱くて…バカだから考えたって分からない…でも胸の深い場所に愛梨がいるって感じで…だから言葉だとなんて伝えたらいいかわからないけど、何かこう…そうだ映画やドラマのヒーローはさ実在の警察と違って何かが起きる前に察知して助けたりするじゃない。そんな感じかな…愛梨が笑顔で大丈夫って…そう言って隠しても俺に真っ直ぐに聞こえるんだ…愛梨の悲鳴が…」

一心を見る愛梨の目が少し潤んでいる。

「…いっちゃん」

「これから先の未来永劫、365日、1日に24時間、1440分、86400秒、たとえ空が深い闇で包まれていても、槍が降っても、理不尽な雨が降り注いでも、愛梨が必要とすなら俺は愛梨の傍に駆けつける!」

「…バカ…まるで私の呪いみたいじゃない…」

愛梨は自分の涙をぬぐうと正面を向いて窓から手を出して一心を軽く何度も何度もたたく。そして何度か続いた後で、その手をがっちりと掴む一心。

「もう何も言わなくていい!」

自然に顔を寄せ愛梨の唇にキスをする一心。自分度も驚くほど大胆な行動。でも自然に体が動いた。肌寒い天気にも関わらず体温が上昇して体が熱くなるのを感じた。おぼつかないしぐさでした触れ合う唇と絡み合う息づかい。そうした行為を体が、心が、記憶が、その後もしばらく忘れることを拒否するように二人の奥深くに陽だまりのように包み込んだ…



そんな一心の様子を一部始終、増上寺の柱に隠れて見ていた流稀亜。隣には彼女である姫月 香が着物姿で流稀亜の手を握り立っていた。姫月の手は緊張で少し汗ばんでいた。そして姫月が歌を詠み始めた。

「雪降れば 冬ごもりせる草も木も 春にしられぬ花ぞさきける…」

「紀貫 之かな?」

 そう流稀亜は答えると一心の様子を見ながら香の手を引き正門から中に入る。

「御名答です…(ていうか流稀亜さん…急に手を握ってきた!今日こそは!Aをクリアするぞ!)

「流稀亜さんの知り合いなのですか?」

 流稀亜の試合を見に来たことのない姫月は一心のことを知らない。

「うん。でも彼がコート以外であんなに早く走るのを初めて見たよ。それにまさか同じ事を考えていて、同じ場所で会うとはね、世の中狭いね」

「どうして流稀亜さんは、隠れたのでしょうか?」(まあ、わたくしはその瞬間手を握っていただき、心の臓が飛び出そうになりましたが…ははっはは!)

「彼女が有名人でね、隠したいんだよ。シンがね」

 流稀亜がそういうとキョトンした顔をしている香。

「あら、私テレビやネットをまったく見ませんので知りませんけど有名な方なのですね」

 流稀亜はうなずくと香の肩を自分に引き寄せて口を開く。

「香はそのままでいいんだよ」

 照れて顔が赤くなる香。

「え、流稀亜さん…そのままだなんて…」

「着物も似合ってるよ」

「本当ですか?これは社交着でたいしたものでは…絵羽模様は気に入っておりますが…似合います?」(脱がせるのは大変かもしれないけど…下着は簡単な物をつけてます…ヤダ!わたし変態みたい…)

「詳しくは分からないけど、好きだよ」

「え、好き…あの…流稀亜さん…」(やだ…妊娠したらどうしましょう…男の子?女の子?名前は?学校はインターナショナルスクールかしら…?)

「香…何ぶつぶついってるの何か聞きたいことがあるならわかる日本語で話してよ」

「え?」(キャー心の声が聞こえてる…っていうか駄々漏れしてる…どうしましょう話をすり替えないと…)

「その…卒業したら東京に来ないで…アメリカに行くのでしょうか?」

 少し恥ずかしそうに姫月が流稀亜に問いかける。

「まだ、やり残したことがあるんだ。それが終ってから決める」

「やり残したこと?」(私とのキス?それとも…もっと激しい…いけない私ったら…18歳未満、禁止のR指定にされちゃう…)

 そんな妄想を抱く香をよそに、いつになく真剣な表情で口を開く流稀亜。

「フレッシュマンカップだよ」

 流稀亜のどこか思いつめた様な表情を見て香りが一瞬考えてから口を開く。その表情を見ると本堂の階段の途中で急に立ち止まる香。そして家元の娘としての格式を十分に感じさせる雰囲気を出しながら口を開いた。

「私、お母さまにお願いしてお稽古を休んでも駆け付けます!」

 香の家は100年以上も続く生け花の「姫月流」の家元。姫月流は日本支部160箇所、世界46か所ある日本の華道会では有名な家元の一つだった。そのため流稀亜の応援に一度も行けず毎日、稽古をしていた。行けたとしても、試合が終る頃、いつも会場の近くの喫茶店で会っていることが多かった。

「どうしたの?急に…」

「私は、花しか知らなくて、流稀亜さんのバスケもよくわからなくて…ごめんなさい。でも…私にとって心に決めた殿方は…その…流稀亜さんだけです。何かは分かりません…でもあなたの奥底の深い深い場所で広がる波紋が、私に伝わりました。だから私、そのコーンカップの応援に参ります!」

「…コーンカップ?ははは」

大笑いする流稀亜に対して怪訝な表情をする姫月。

「流稀亜さん…酷いです。私は本気ですよ!お母さまやお父様がなんて言っても必ず参ります!私、一度は生で流稀亜さんのプレーを見たかったですし!」

「はははっは、香!コーンカップに応援に来るの?」

首をかしげる香。

「あら、違いましたか?」

「ありがとう香…」

流稀亜は間違いとも、正解とも言わずに香の手を握りしめて、参拝に向かうためまた歩気始めた。手を握られた香は少し頬を熱くなっているのを感じていた。(ヤッターもしかして今日はA?B?まさか…C?…下着は上下セットのはず…いいえ、わたくしは健全な高校生…しかも姫月流の家元の娘…でも今は違う!よっしゃー!Bまでいっちゃうかも!でもまだAも終わってない…キスってどんな味や香りがするのかしら…色は何色かしら…)

「香…」

「…はい」

「何ぶつぶつ言ってるの?英語の発音の練習?」

 突然、流稀亜と握っていた手を放す香。(やだ、聞こえてた?恥ずかしい!どうしよう!何?流稀亜さんってエスパーなの?)

「え、あ、その…アメリカに行くなら支部があるので…ついて行こうかと思って…レッスンを…」

「香…そんなに僕のことを…」

流稀亜が香りを抱きしめた。そして155cmほどの香よりも40cmほど高い身長の流稀亜の顔が香のオデコの当たりに近づいてきた。姫月は覚悟を決めるようにして大きく息を吸い込み目を閉じた。

「…キャ…」(妊娠しちゃう~)

 流稀亜は香の唇に優しくキスをした。すると香は思わず抱きしめていた手を離してガッツポーズをしていた。(ヨッシャー!Aミッション成功!インポッシブル!)

高級な着物を着こんだ家元の女子高生。そんな外見からは想像がつかないが姫月はお転婆なところがあったのだった…

(やだ、私…このままどうなるの…もしかしてこの後…やだ…まだ早いわ。私は健全な女子高生にして姫月流家元の娘…でもでもでも~流稀亜さんから誘われたら私…断れない…どうしましょうお母さま!避妊はしますので許してください!え、そんな流稀亜さん…私まだ…「香、僕たち卒業したら結婚するわけだし…いいよね」いいえいいえ、流稀亜さん私は…私は家元の娘だから…駄目なんです!)

「だめ~!」

 自分自身の大きな声でふと我に返り、当たりを見渡す香。流稀亜がいない事に気が付き探す香。

「え、うそ、何でいないの!やっぱりエスパー?」

 先を見ると流稀亜が本堂のさい銭箱にお金を投げ入れて願い事をしようとしていた。

「…!流稀亜さん~酷いじゃないですか!」

 流稀亜の元に小走りする香。

「だって、香があの後で急に何かにとりつかれたようになってたから…家元の修行で妄想しているのかと思ってさ」

「え、やだ…隠れた努力は見られてはいけないのですが…流稀亜さんにだったら…」

「面白かったけどね」

 何かを感ずいた顔でいたずらに微笑む流稀亜。

「え?」

「そんな一面を見れるの俺だけでしょ。家元」

「…流稀亜さん!」(やだ、カッコイイ!抱きしめて!ル・キ・ア!)

 階段を駆け上がると流稀亜にとびつく香(よっしゃーこの波に乗って今日2回目の口づけ、ミッションインポッシブル!)

「香…」

「はい、覚悟はできてます」

 黙って目を閉じる香。自分の心臓の音が聞こえるほど緊張が高まる。そして流稀亜の声が聞こえる。

「次…順番待ちの人待ってるから…」

「え?…え~」

ハッと我に戻って顔をあかくする香。そんな香りを見て流稀亜は優しく微笑み香の手を握った。

「行こうか」

「…はい」

その日、香のミッションはAのみクリアされた…今後、ハイレベルなミッションをこなすべく香の修行は続くのだった…



タイトル「赤色の妄想」


 流稀亜達との待ち合わせ予定場所、「原宿駅」傍にある明治神宮入り口付近。既に先に到着しているチームメイトが一心に向かって手を振っていた。北沢が口を開く。

「師匠!~まだ誰にも言ってませんからね!」

遠くからそんな声が聞こえると一心が拳青軽く握りながら小声でつぶやいた。

「ドンだけ割れやすいクレパスだよ…飴細工じゃあるまいし!」

 明治神宮で参拝をすませると原宿にある「初代、侍ラーメン」でラーメンを食べることになった。店内はいい香りが充満していた。テーブル越しにキッチンをのぞき込むと分厚いチャーシューが目立つ。北沢が口を開く。

「アカン!上手そうやんけ!」

北沢がそういうと珍しく蓮が反応する。

「ラーメンはウルサイですよ僕」

 一心と流稀亜、佐藤、北沢、蓮は店のおすすめ「無限流塩ラーメン」を食べる。一人「二刀流とんこつミックス」を食べる北沢。

 メンを食べると早速、スープを飲み干して北沢が口を開く。

「なんだこの味は、とんこつは滑らかな味わい、腰の強い麺。そしてもう一つの醤油麺は柚子のインパクト半端ない…一度で二度おいしいとはこのことやな」

「本当かよ!」

全員に突っ込まれる北沢。すると普段は物静かな蓮が口を開いた

「いや、この一刀流味噌ラーメンもなかなかです。味玉一つとっても手の込んだ力作。豚のチャーシューは柔らかくてほんのり甘い。高級感のある黒メンマ、正体不明だがうまみを増す調味料。見た目も元気がよく弾けるようなインパクト。まさにグレートラーメンですね」

「おいおい、普段は物静かな蓮がラーメンを語ってる…」

 一心が口を開く。

「なんだこの異常事態は…エバージェンシー、暴走モード突入です!」

 ウケを狙う一心の言葉を北沢が一瞬でかき消す。

「あれー!シンさんマフラー持ってましたっけ?」

「…?」(バカ沢め…)

 意外な所で余計なことに気が付く北沢。そういうと他の全員が怪しい目線を一斉に向ける。一心は愛梨からもらった長いマフラーを首に巻き付けていた。その場をごまかそうとする一心。

「え?何の話?」

「長いねマフラー。イケメンと一緒にまこうよ!」

 流稀亜がマフラーを触ろうとすると明らかに顔つきが変わる一心。

「だ、駄目だよ!ルッキー!」

 すると佐藤が口を開く。

「ん…あやしい。例のサッカー少女からもらったと?」

一心が口を開く。

「違います!」

 佐藤が口を開く。

「まあ、もういいけん。それよりも、キャプテン良かったと?奢ってくれるなんて…」

「…安い安い。ラーメンで済むなら…気にしないでたかだか、一人1000円で6人で6000円ってははは」

作り笑いをした一心だが、何の詫び入れた様子がない北沢に腹が立ち隣に座る北沢の足を踏むつける一心。

「アカン!イタ!」

 佐藤が口を開く。

「どうしたと?北沢…」

 するとまた北沢のクレパスにひびが入る。

「…師匠…師匠がが言いはりましたやん!不細工な彼女とのデートを黙っとったら御馳走してくれるいうて!あないな朝早く行きはるのはよっぽどなブスちゃいますの?誰にも見られんようにしとるんやと思いまして、誰にも言うてまへん!いうたじゃないですか!南極のクレパスが割れようが、この男北沢 剛の口は割らへんって!先輩が朝からブスと会ってるなんて、口がさけてもいいまへんで!…あ」

 その場にいる全員が確信していた(この男だけには秘密を漏らしてはいけないと…)

「あ…じゃねえよ、北沢…クレパスじゃなくてお前の口は自動ドアだろ!」

 一心はやっぱり北沢のことを信用した自分が馬鹿だった。そう思っていた。

「アカン!自動ドア…!」

珍しくまた蓮が口を開く。

「シンさんの彼女…都市伝説じゃなかったんですね…」

「蓮…あのなあ」

すると佐藤も口を開く。

「キャプテンの彼女…どない人か興味あるとね。1年の時に噂になったサッカー少女じゃないとね」

 すると流稀亜が意味深な発言をする。

「ねえシン。本当のこと言えば?」

「流稀亜…まで…え、本当のこと?」(あれ?ルッキーってやっぱり何か知ってるの?そう言えば、1年の国体の時も…)

 急に落ち着きがなくなる一心はとりあえず何をしていいかわからず、北沢の脚をまた踏みつける。

「アカン!イター!アカンですやん師匠!」

「もしかして、まさかの本当の有名人なんじゃ…」

 蓮が一心にそうにそう聞くと全員が首を振る。

「まさか…」

「この顔で?」

「この毛ガニと呼ばれる短足で?」

「このげじげじ眉毛で?」

「ない、ない」

 全員が勝手に納得したように首を横に振る。一心が口を開く。

「あのーサクっと傷つきますよ!そういうの!」

「シン…いっちゃえば?」流稀亜は一心の耳元で小さくつぶやいた。

「…流稀亜?」(あれやっぱりバレてるのかな…)

流稀亜が口を開く。

「ねえ、北沢!」

「アカン!何ですの流稀亜兄さん」

「もしさ、シンの彼女がすごーく美人な人だったらどうする?」

「アカン!どうするのも何も、そんなおとぎ話、あるわけないですやん!…でも、もし本当だとしたら…そうですね、ワシ一人でゴムパッチン!しますわ!何十メートルあってもやりまっせ!」(ゴムパッチンとは本来2人で向かい合ってゴムを口にくわえて徐々に遠くに離れて伸びきったところで離す痛々しい罰ゲームのこと)

その北沢の言葉に直ぐに反応して大きな声を出す一心。

「はっはあは、北沢!男に2言はないからな!」

「アカン!…師匠…可愛そうに…そんな妄想にとりつかれて…勿論、証拠があればいつでも何処でもやりますねん!」

「証拠…かあ」

急に弱気になる一心。その様子を見かねた流稀亜が突然、口を開き呪文を唱える。

「プルルン、プルルン、ピカ!ピカ!ピリリ!」(北沢…お前の罰ゲームは確定だよ)

「アカン!なんですの流稀亜兄さんまで…」

 流稀亜が口を開く。

「北沢にNiaからの稲妻の雷が落ちたりしてね!」

「…流稀亜兄さん…だいじょうぶでっか?」

 そんな時、タイミングよく蓮が大きな声でそう言った。

「ごちそうさまです!」

そして会計を済ませて店を出る頃には愛梨の話は忘れられ別の話になっていた。

「アカン!あーでもアイドルと言えばワイは「仮想世界」の二人組コンビの一人、光月 ゆらに会いたい!」

佐藤が口を開く。

「俺は影月 ゆみに会いたいとよ!」

「アカン!そか影月は貧乳やないですか!」

「ワシはおっぱいが大きい子はスケベだと姉貴からずっと聞いて育ったから貧乳好きとよ」

 その発言に驚く一心。

「アイドル…ノブって…そういう趣味あったの?」

「っはははは、キャプテン何を言ってると!ははは。健全な男子高校生はみんな同じとよ!」

「アカン!ゴボウ!お前は誰が推しなんや?」

小さな声でつぶやく蓮。

「あ、僕は愛梨がいいな…」

「え?愛梨?」

一心がの反応に気が付きからかう流稀亜。

「シンも?」

「いや、その俺は…」

「なんだか、怪しけんね。…まさか謎の彼女って…?」

流稀亜がわざと一心に詰め寄る。すると蓮が口を開く。

「え、坊主頭が…ないですよそれ。愛梨の好みは長身で細身のマッチョがタイプだって雑誌のインターッビュで言ってました。一応ファンなんで…あ、あとこれは噂で聞いた話なんですけどね…愛梨って出身秋田で秋田市にある「ツーアウト満塁」ってラーメン屋によく来てたらしいですよ!」

「アカン!どんなラーメン屋や!」

その発言に一番驚いている一心(ツーアウト満塁…知ってます)

「…」

「噂レベルだけど、高校一年の頃に彼氏と一緒に来たことあるらしいです。しかも深夜!」

「まさか、シンじゃないよね?」

 流稀亜がいたずらに微笑む。

「…え、うん」

 すると佐藤が口を開く。

「まさか、だって秋田までどうやって行くとよ」

 流稀亜が確信犯的な口調で口を開く。

「でも、シンが逃走したときって自転車だったよね」

「え?」

 そう言いながらも、どこか顔がにやけている一心。北沢がまた大きな声で口を開く。

「アカン!ははははは、そないなことあるわけないやろ、シンさんが?…うん、ありへん、ありえへん。ゴムパッチン!っはははは」

 北沢の何故か否定するのではなく、そうでありたいという感じの雰囲気に違和感を感じる一心。

「…北沢…」(お前のゴムパッチン…絶対実現させるからな!)

 蓮がまた口を開く。

「でも愛梨が常連だったのは事実ですよ。彼氏らしき人が来たとき店主が写真をこっそり撮影してツイッターにあげたことがって。今は削除されてますけどね。見ますか?これなんですけど」

「(こいつ…関口さんが卒業して愛梨モンスターがいなくなったと思ったら…こいつも相当コアなファンだな…まあ、でもファンならアンチよりましか…愛梨のためにもファンを大切にしないとな…)」

一心はそんな理不尽な道徳で揺れていた。人間にとって道徳は厄介なプログラムであり、優秀なプログラムでもあると考えていた。そして驚いた一心が口を開く。

「え?蓮いや蓮君、君の携帯は僕が預かる!」

「シン、落ち着いて」

流稀亜が声を上げるとおとなしくなる一心。

「え、…うん」

画像を見せる蓮。全員でその画像をのぞき込む。(あ、これは俺だ…まずい)シンは動揺しながら他のメンバーの顔色を伺っている。

流稀亜がつぶやく。

「これバッシュ(バスケットシューズ)じゃない?」

佐藤も続く。

「帽子かぶっていてよく見えんけど…きっとバスケ部とよ…」

「アカン!秋田県内のバスケ部の奴とつきあってたんか…アカ~ン!ファンじゃないさかいショック。いかれてもうた…処女じゃないな」

(関係ねえだろ!ボケ!)一心が北沢の脚をまた踏みつける。

「アカ~ン!痛いですやん!」

「気のせいじゃないか?」(ふ…お前には近いうちにゴムパッチンを食らわせてやる!)

蓮がぽつりと口を開く。

「この後姿…ってシンさんに似てません?」

流稀亜が一心に変わって口を開く。

「…似てない似てない。だってシンはもっと足短いし…」

「(ナイスアシスト流稀亜!)」一心は大きくうなずいた。幸なことに鏡に反射して映ったその写真は反射のせいか細長く撮れていた。

「そうですよね!」

何故か嬉しそうな蓮を見て腹立たしくなり思わず口を開く一心。

「俺かもよ!」(やばい…俺…何言ってるの!)

その場にいる全員が一同が一瞬一心をまるで変質者を見るように冷たい目線で見る。最初に佐藤が口を開いた。

「…キャプテンはたまに妄想がはげしいとよね」

流稀亜も続く。

「あーイケメンもそれ分かる。よく独り言、言ってるし。妄想病じゃないの?」

そして一心がどうにでもなれという顔をして口を開いた。

「あのー君たち…キャンユー スピーク ジャパニーズ?」

「アカン!わかったで!妄想病や!」

最後蓮も口を開く。

「救急車呼びましょうか?」

それを聞いた流稀亜が微笑みながらイタズラに口を開く。

「…バスケの神童が精神異常者だと知れ渡ればバスケ人気の将来にかかわる…このことは秘密にしよう。僕はイケメンだから誰にも言わないよシン!」

(何が秘密だよ!病気じゃないし!)





そんなくだらない話を終えると一心達はまた原宿の街を歩きはじめた。バスケットシューズを見たり、クレープを食べたり、裏原宿を歩き古着屋に入って洋服を見たりと完全オフを楽しんでいた。すると先頭を歩いている北沢が悪い顔をして笑いながら口を開く。店の入り口付近を指差して走って来る北沢。

「あかん!あったで!コンドマン!おおきに!」

全員が首をかしげる。

「コンドマン?」

佐藤が口を開く。

「何の店とよ?」

「アカン!アカ~ン!ここは男のロマン…ここは、そう!コンドーム専門店!」

一人盛り上がる北沢に驚く一同。

「…」

「アカン!まだワシも彼女おらへんけど、その時に備えて…蓮おまん、何アホくさいって顔しとんねん!」

冷静な顔をしている蓮。

「あ、僕は興味ないからパス。下等生物じゃあるまいし…」

「アカン!ホンマいけすかんやつや!蓮、おまんは黙っとれ!」

そんなやり取りをしていると一心の様子がおかしことに気が付く流稀亜。

「シン、どうしたの?」

蓮が無表情のまま口を開く。

「あ、先輩…鼻血出てますよ…」

「え?」

自分の鼻に手を持っていくと掌についた血に驚く一心。

「うぎゃー!」

「はっははは」

「アカ~ン!師匠!やっぱり妄想病や!まさか本当に愛梨と想像してたなんて!」

北沢がそう言うと佐藤が一心をかばうように口を開く。

「キャプテン、心配することないけん。誰もホラ、あないな大きい看板娘と付き合ってるなんて信じないけん。心配することないとよ」

 佐藤が前の前のビルの屋上に飾られている愛梨が広告で出ている看板を指差す。

「…愛梨…」

ついさっきまで一緒だったとは勿論言えない。しかし「今度会ったらしようね」その言葉がよ蘇り一心の頭の中をかき乱していた。(今度会ったらしようね、今度会ったらしようね、今度会ったらしようね)思わず小声で口走る一心。

「今度会ったらしようね」

「今度会ったらしようね」

「今度会ったらしようね」

 耳元で木霊する愛梨の声。赤面する一心。近くにいる全員が首をかしげている。そしてそれを見ていた流稀亜がみんなを代表して口を開く。

「…シン何をぶつぶつ言っているの?とりあえず拭きなよ」

 赤面する一心。「今度会ったらしようね」「今度会ったらしようね」「今度会ったらしようね」また木霊する愛梨の声。

心の中で言ったつもりだったその声が聞こえて思わず全員が笑い出す。

「ははははは」

「アカン!アカ~ン!師匠!大丈夫でっか!」

 蓮が真顔で流稀亜と佐藤に尋ねる。

「今度こそ救急車、呼びましょか?」

 流稀亜が口を開く。

「面白いから呼んでみたら?」

すると本当に連絡を入れるふりをする蓮。それはまさに迫真の演技だった。

「ええ、住所は原宿1-2-…」

そこまで聞くと一心が口を開く。

「ん?蓮君なにしてるのかな?」

「流稀亜さんが、救急車って言うから…」

蓮のその行動を止めようとして携帯電話を取り上げようとする一心。

「蓮!お前はそういうところが融通きかないの!」

「大丈夫ですよ。先輩、呼ぶわけないじゃないですか」

「…あのな…」

 思わずその場にいる全員が大声で笑いだした。

「はあ、はははは」

 一心が口を開く。

「き・た・ざ・わ!…全部お前のせいだ!」

「アカン!はよ救急車よばなあ!」

「はははは」





1週間後に始まる「フレッシュマンカップ」~

高校生活最終目標でもある大会前のオフを一心達は心から楽しんでいた…世間では大学チャンピョンと高校チャンピョンの対決ということで年上、年下と学年ばかり気にしていたが本人達は相手が大学生であろうが関係なかった。何故なら金銭をめぐる争い事や相手と拳と拳をまじ合わせる様な決闘でもない。同じ条件、同じ土俵の上でバスケットボールで戦う。ただし勝者はどちらか1チームのみ…

 同世代の一般学生はこの時期、受験に向けて励んでいた。しかし、ある意味で日本の最高峰東京大学に合格するよりも勝利するなが困難なのは間違いなかった。

それから数日後、大会が近くなると、どちらに勝利の女神が微笑むかマスコミやテレビインターネットが賑わい出してそれぞれが予測を立てた…

しかし人々の予測など所詮妄想でしかなく決定事項ではない。

フレッシュマンカップが行われるその日、その場所でバスケットボール界の歴史は動き人々は目撃するのだった…日本バスケットボールの新しい光を…

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