第11話 「過去よりも前を…もっと先を」



新しい主要 登場人物


以下帝国高校 2年生スタメン


朝比奈 蓮 190cm SF(シューティングフォワード) 性格はおとなしいがバスケセンスは抜群。勝負所でのシュートに弱いが波に乗ると手が付けられない。性格はネガティブで内向的。中学の全国大会で2位になっている。


北沢 剛  181 cm (リバウンド専門)中学まではバレーボールをしていた北沢はジャンプ力と運動神経が抜群。1年生の時はベンチにも入れなかったが2年生になるとスタメンに抜擢される。口癖が「アカン!」性格は明るくうるさい。人の秘密をよくばらす。ムードメーカー。北沢は髪が赤い。


大阪常翔学園 登場人物


納屋 幸次 190cm SG (シューティングガード)中学はマートンと流稀亜と同じ初芝東中学出身。全国中学校大会で優勝に導く。鳴り物入りで大阪常翔学園に入った未来のスター候補。口は悪く生意気。しかし、マートンの男気にほれ込んでいるところがありマートンのことを「船長」と呼んでいる。


豊臣 恋雨 日本の政財界でもトップクラスの財閥系企業 豊臣グループの一人娘。性格は勝ち気。根っからのお嬢様。お洒落好き。唯一のコンプレックは貧乳であること。



タイトル「過去よりも前を…もっと先を」


2年後…2019年~12月下旬


 一心と流稀亜は1年生の時のインターハイこそ決勝戦だけを落としたがその後はざまざまな困難を乗り越えて全国制覇を何度も連続で成し遂げた。そして3年生になり一心は帝国高校のキャプテンとしてチームを引っ張っていた。キャプテンとなった一心だがユニホームは5番だった。帝国高校では通常4番はキャプテンが付ける番号だが4番を流稀亜がつけて5番を一心が付けていた。そうやって、何度か全国優勝を重ねるも父親とは音信不通のままだった。

これまでの成績表

(1年生の時、インターハイ全国準優勝。国体全国優勝、ウインターカップ全国優勝)

(2年生の時、インターハイ全国優勝。国体全国優勝。ウインターカップ全国優勝)

(3年生の時、インターハイ全国優勝、国体全国優勝)



 最後の大会であるウインターカップは東京代々木第2体育館で行われた。東京代々木第2体育館は1964年、東京五輪を行う際にバスケットボールをするために建てられた芸術的な建物で外観はアーティスティックで穏やか、中に入ると宇宙船の中に入ったような不思議な空間が広がる歴史に名を残す体育館の一つだった。そんなバスケットボールの聖地のようなその場所で開会式を終えるといつものようにマートンが一心に声をかけてきた。

「クソチビに、裏切者!この大会こそうちが貰うで!」

 すかさず一心が口を開く。

「はあはは、大阪の泥棒!」

「なんやと!クソチビ!」

「うちのセキュリティーは最後の大会も万全だぜ!」

「おもろいやんけ、粉砕したろうやないかい!」

 すると近くにいた北沢が会話に割って入って来た。

「毎年、毎年、ワレは尊敬するシンさんに近しいんじゃ!」

「また赤毛か!いい加減、大先輩に対する敬語を覚えや!まったく後輩の指導もなってないのう!」

 一心が口を開く。

「ははは、マートン北沢は養殖じゃないから放し飼いなんだよ!」

 一心はそんなやり取りをしながら、北沢と初めて会った頃のことを思い出していた…2年生ながらスタメンに入っている北沢も一心に憧れて入学してきた一人だった。一心が2年生になる頃には、前年の全国制覇で名門帝国高校が復活したとその名をまた全国にとどろかせた。結果、全国から名だたる優秀な選手が来るようになっていた。


2017年~

 

 桜も散り、春風が程よい温かさを運ぶころ新一年生が県内や全国から帝国高校の体育館を訪れていた。

「よろしくお願いします!」

元気のいい声が体育館に響き渡る。その日はバスケ部のしきたりでもある新一年生対、2年生で試合を行っていた。流稀亜と一心はすでに帝国高校の正式なスタメンとして試合に出ていたため怪我などを考慮して試合に出なかったが、その分、佐藤がチームを引っ張っていた。

「1年になめられてられんとよ!」

 その年の新一年生の目玉は何といっても中学時代に全国準優勝を果たして入学した朝比奈  蓮が目玉だった。身長192cmの蓮は身長も大きく、プレーも柔軟性があり可能性を感じさせる好プレーをいくつか見せて目立っていた。要所要所で見せる動きは流稀亜を彷彿させるものがあったが、気迫のような物に物足りなさをその時は感じていた。

「…」(上手は上手なんだけどな…)

 他の1年生も頑張っていたが、体力と体格差で普段練習で走りこんでいる2年生には歯が立たなかった。新一年生は膝に手をつき息を切らせていた。監督の石井の予想の範囲を超えていないせいか、一切笑うことも口を出すこともなく試合が進んだ。しかし、新一年生は全員、異様な雰囲気に緊張していた。そんな中で流稀亜が口を開くと隣にいた一心が答える。

「今年の1年は彼(蓮)ぐらいかな~シンはどう?」

 その日、見た中の新一年生は平均的に上手な選手はいたが何か一つのことに突出している選手は見当たらなかった。

「まあ、今日は初日だし気負って上手くいかないのもあるから明日まで様子見たいけどそうだな、今日の段階でスタメンに入れそうな1年は…彼(朝比奈)だけだね」

「だよねーなんかつまんない…イケメン」

相変わらず熱狂的ルキアファンが2階のスタンドで手を振っている。

「キャーー今こっちに向かって手を振った!」

「私によ!」

「ブス!私よ!」

「あんた、勘違いしてるんじゃない?」

 一心がつぶやく。

「あ、モンスターがまた増えてる…」

流稀亜が小声でそうつぶやいた。

「…ははは、困ったね」

帝国高校が全国優勝を果たした後になると、流稀亜の人気は秋田県にとどまらず全国区になっていた。連日のように訪れる大勢の流稀亜のファン。流稀亜はそんな自分のファンたちを愛嬌を込めて「モンスター」と呼んでいた。それを見て思わず一心が口を開く。

「ルッキー…バスケの選手を辞めて芸能人になったら?」

 すると、そのモンスターファンの間をかいくぐり、2階の観客席から突然、赤髪で180cmほどの身長の北沢がその強靭なバネを生かして飛び越えて、床についた。

「アカン!味ない試合やんけ!」

 北沢がそう言うと誰もが誰だこいつと言わんばかりの視線を向ける。一心が口を開く。

「…誰?」

「ほんまおおきに!この天才、北沢 剛…バレーよりバスケの方が女子にモテルと思って入学決めましたわ!これからもきばりまっさかいよろしゅうたのんます!」

そういうと、深々とお辞儀をする北沢にその場の全員が首をかしげる。

「…誰?」

 枡谷が口を開く。

「おい、お前は何か勘違いしてるんじゃないか?うちはお前みたいな未経験者が来てレギュラー取れるところと違う!帰れ!大体、シュート打てるのか?」

「シュート…?ほな、ちょっとやってみるさかい…どいてやす」

北沢はそういうとボールを持ち高さ305cmあるゴールに向かって一直線に走りだした。

「アカン!」

 そう叫びながら180cmの北沢が軽々と滞空時間の長いダンクシュートを決める。

「バサ!」

「アカン!気持ちええのう!おおきに!」

そして猿のようにリングにぶら下がったまま降りてこようとしない。流稀亜と一心は北沢を見て一瞬お互いの顔を合わせる。

一心が思わず口を開く。

「…すげー飛ぶな…滞空時間も長かったね」

隣で見ていた流稀亜も口を開く。

「シン、彼のバネ見た?エクセレントだね。ねえ、一緒にセッションしようよ」

 首をかしげる一心。

「ルッキー?俺は体育以外は成績オール1だよ。音楽は出来ないけど…?」

「…もうシンは本当に天然だよね…試合だよ!試合をやろうよって言ってるんだよ!」

「あ、そう。そういうことね。分かった。監督、いいですか試合に出ても?」

 一心が近くにいた監督の石井に向かってそういうと石井が答える。

「まんつ10分の試合形式で1本やってみれでや」(じゃあ10分の試合形式でやってみろ)

「分かりました」

一心と流稀亜がアップし始めると、二人に憧れて入ってきた一年生などがざわつき始めた。そして、折茂が声をかけてきた。

「ちっちっち、俺も出ようか?デミタスコーヒー一本でどうだ?」

一心が口を開く。

「折茂さんは、眩しいからダメです!」

「そうそう、俺は眩しいからダメって…てめえ、去年より生意気になりやがって!デミタスコーヒー100本な!」

関口が口を開く。

「おーっち、神木よ南禅寺さんが卒業して新キャプテンは枡谷になったけどお前のその天然発言が負担で背が伸びないままだったいば!から揚げ地獄だな」

枡谷が口を開く。

「神木、暁、先輩らしい所、見せて来いよ!」

「勿論です!」

一心も流稀亜も一度、心臓の鼓動が高鳴ると制御が出来ない。勿論初めから全力で行くつもりだった。アップを終えた一心と流稀亜が互いに目を合わせる。

「行くよ、ルッキー」

「そうだね」


 試合開始早々に一心が流稀亜と阿吽の呼吸でリングにめがけて「ビュン」と唸るようなパスを出す。

「ルッキー!」

「OK!」

 ボールはリング右上部に向かって真っすぐ進む。流稀亜がリングから離れた場所から真上にジャンプする。誰もこの二人の息の合ったコンビネーションの空間に入ることはできない。はずだった…

「イケメン一発目行きます~」

ダンクシュートに持ち込もうとする流稀亜、しかしそれをキャッチしようとする手前、高さにして3メートル40cm付近で180cmの身長の北沢が194cmの流稀亜よりも早く飛びつく。

「何!」

「おおきに!」

そして、そのままダンクシュートに持ち込もうとする北沢。しかし体制を崩した北沢が見事に豪快に外し、着地する。

「アカン!えらいすんまへん、おおきにな」

 流稀亜が口を開く。

「…自殺点だけど」

「え?アカン!」

 すると一心が口を開く。

「昔の誰かを思い出したよ」

 一心は中学の大会で流稀亜が自分のパスしたボールを自殺点で決めて「ナイスパス」と叫んだ時のことをもいだしていた。

「そんなことも、イケメンあったかもね」

お互い顔を合わせると笑いだす。

「ははははは」

 北沢はとんでもない反射神経の持ち主だった。戦歴を重ね、2度の全国制覇をしてきた流稀亜と一心でさえその運動神経に驚きを隠せなかった。



 その後、新加入した朝比奈 蓮は1年生からスタメンで活躍。バスケの素人同然で入って来た北沢は一心の熱心な指導もあって2年生になるとスタメンに起用されるようになっていた。北沢はリバウンドの専門職人という異色のポジションを独自に作り上げ、その分野のプロフェッショナルとなっていた。しかし、北沢はバスケの研究を怠らなかった。自分にはリバンドしかないと自覚していたためだ。常に敵チームの分析をして、どの方角にボールが落ちるかなどイメージトレーニングは欠かさず行っていた。

 そして2019年のインターハイが終るころにはデビューしたばかりのリバンド職人北沢の名前は、全国に広まっていた。一心は、そんな後輩の姿を見ると何故か南禅寺のことを思い出した。(南禅寺さん…俺もこんな感じでしたか?そうだとしたら迷惑でしたよね。でも、迷惑も通り越すと慣れるんですね…南禅寺さん…最後のウインターカップ始まります。勝ったら全力で挑みますのでフレッシュマンカップでお会いしましょう…)そこには後輩をそんな眼差しで見ることが出来る成長した一心がいた…


2019年~12月


 同じ頃、ここは、東京の高級住宅街にあるとある場所。大きな家というより屋敷の中で昼飯前に叫ぶ一人の女。

「爺!爺!おらぬのか?」

「はい、お嬢様!」

 スポーツ新聞を片手に走って来る執事の坂井 虎次郎と一緒に立ち尽くす豊臣グループの一人娘、豊臣 恋雨(れんう)

「爺!お父様に言っておけと言うたじゃないのか?」

「すみません、お嬢様…」

「爺、私はもう心に決めた殿方がおるのじゃ…見合いなど行きとうない。ランチは取りやめじゃ!」

「しかし…」

「18歳のこのかよわき乙女の頼みも聞けぬというのか?」

 わざとらしい恋雨の仕草に顔が引きつる坂井。

「はい…」

「爺、その手にしている物は?」

手にしているスポーツ新聞を見る恋雨。

「すみません、スポーツ新聞で馬蓮の予想を…」

「爺、その写真は?」

 丁度競馬の予想蘭の裏にマートンがダンクシュートを決めている写真がウインターカップの宣伝とともに乗っていた。タイトル「日本の未来の3皇帝」その一人としてマートンが、一心、流稀亜と共に顔、写真付きで乗っていた。しかし、プレーしている姿はマートンが豪快なダンクシュートをしている姿が乗っていた。マートンの写真を見て恋雨が上機嫌な顔をして口を開いた。

「ははははっははは、最高じゃ!っはははっは、なんて良い日じゃ。爺、このバスケットボールという協議の全ての日程を調べておけ!」

 驚く坂井。

「…はい…しかし…どうかなさいましたか?バスケットなら、NBAに資金協力している豊臣グループの子会社はございますが?」

「そんなNASAだかNFLなんてどうでもいいのじゃ!」

「…はあ?」

 不可解な表情の執事の坂井。それに対して高圧的な態度を見せる恋雨。

「わらわが言うことに、従えぬのか?」

「いえ…しかしこ奴、とんでもない不細工な男ですなお嬢様」

 マートンが豪快にダンクシュートをしている写真を見て大笑いしている坂井。その発言で急に不機嫌になる恋雨。

「じい…」

「何でしょう、お嬢様!」

 眉間にしわを寄せた恋雨が静かな口調でそして意味深に口を開く。庭の鹿威しが何かを案じるように「コン、コン」と音を鳴らす。(鹿威しは元々は畑などを荒らす野鳥や外敵を脅して追い払うのに使われていた)

「一度しか言わぬぞ!」

「はい…?」

「次に同じことを言ったらクビじゃ!」

庭の鹿威しがまた何かを案じるように「コン、コン」と音を鳴らす。

「…はい?」

坂井が驚いた表情をしていると、タイミングよく玄関のチャイムが鳴った。玄関に坂井が向かったことを確認すると新聞を手に取り見つめながら恋雨がつぶやく。

「勇者様…私は…どれだけあなたを…探したことか…もうあれから2年も貴方のことを思っている…」

「あのーお嬢様」

背後に立つ坂井の気配に気が付き驚く恋雨。

「…なんじゃ爺!」

「注文していた、バストアップブラが届きました!」

 受取人の名前の蘭には「ここに運べ」としか書かれておらず誰宛の荷物か分からなかった坂井は中身を空けてしまっていた。箱からはみ出ている大量のバストアップブラの数々。

「…無礼者!」

 恋雨がそう言って坂井から強引にブラの入った箱を取り上げると、

庭の鹿威しがまた何かを案じるように「コン、コン」と音を鳴らし響き渡った…しかし、坂井に背中を向けた恋雨の顔は笑顔で女の子らしい顔をしていた…









開会式の後で翌日から行われた、最後のウインターカップの対戦結果。


1回戦

帝国高校 106 対 79 長野安曇野第一高校 

2回戦

帝国高校 112 対 69 沖縄読谷国際高校

3回戦

帝国高校 109 対 77 仙台国文高校

4回戦

帝国高校 104 対 81 目黒諏訪山高校



 大会が始まると全ての試合を100点ゲームで順調に勝ち進み決勝進出を決めていた。帝国高校は反対側のブロックの準決勝の試合の見学をしていた。一心達は一足先に、東京代表の目黒諏訪山を高校を下して、決勝戦に進んでいた。帝国高校の選手は試合を終えた後で、明日の決勝戦の相手でもある大阪常翔学園の準決勝試合を見ていた。

 大阪常翔学園はどちらうとスローペースに持ち込み確実に点差を広げるのが得意なチームだった。そして去年まではマートンと室橋の200cmコンビ中心のチームだったが今年は新加入した新戦力一年生の長身ガード納屋も加わり、オフェンスの幅が広がっていた。納屋は粗削りながらも警戒すべき選手の一人だった。

 一方で一心が率いる新 帝国チームはそれまでにない、新しいタイプのチームだった。平均身長も、他の高校と比べると高い方ではなく、平均以下だった。そのため走るバスケを徹底していた。コート狭しと走って、走って、走りまくるバスケスタルだった。

 個々の新戦力では一つ下の世代、朝比奈 蓮などはたぐいまれなバスケセンスで、流稀亜の陰に隠れながらも実力をいかんなく発揮していて平均でも20点台の得点を取っていた。そしてもう一人の新戦力 北沢は元々中学までバレーボールの選手だったが持ち前の身体能力の高さで2年生になるとリバウンド専門職という独自のポジションを確立してチームを支えていた。そんな北沢は身体能力の陰に隠れていたがチーム一のバスケの研究オタクでもあった。


 準決勝の試合も終わり大阪常翔学園が勝利したのを見届けると一心が口を開いた。

「さてルッキー明日はやっぱりマートン達が上がって来たね」

 一心がそういうと流稀亜が少し寂しそうに口を開く。

「マートンとの試合も最後だね…高校生活が終わるんだね」

 名門復活の帝国高校に毎年のよう準優勝と負けていた大阪常翔学園だが、その実力は折り紙付きだった。最後の大会、エースのマートンが帝国高校を倒すために血のにじむような練習を重ね「今度は自分達が優勝する番だ!」と大会前から宣言していて鼻息が荒い。そして宣言通り大阪常翔学園もまた圧倒的強さで準決勝まで勝ち進んでいた。マートンはその宣言通り準決勝の相手でもある 福岡第一大牟田高校を103対72という大差で破った。

 そして試合が終わると体育館の観客席で見ていた流稀亜を見つけると観客席に向かってくる来たマートン。マートンの後を後輩の納屋もつけてきていた。そして目の前に立ち仁王立ちするマートンと納屋。

「おい、クソチビに裏切者!お前ら決勝ではシバたるで!」

 すると北沢が口を開く。

「アカン!うるさいのうチリ毛。おまんはすぐにいちびるよる。こちらにおられる方々はこの男 北沢 剛が尊敬するお方や!」」(いちびる=調子に乗る)

「赤毛サル100年早いちゅうねんボケ!」

マートンは坊主頭を真っ赤に染めている北沢にそう言い返した。

「誰がサルや!このチリ毛!すこいプレイしやがって!」(すこい=ずるい)

 そんな北沢の言葉をさえぎるようにして納屋が口を開く。

「おい、赤!実力なくリバンドしかとれへんくせしてうちの船長(マートン)に向かってなにいうとんねん!」

「なんや!お前!1年の癖して先輩に対する言葉使いがなっとらんで!」

一心が口を開く。

「お前もな…」

北沢が口を開く。

「アカン!シンさん!何でですやん!」

「北沢…恥ずかしい…と思ないか?」

「八つ橋でっか?まあ嫌いなわけちゃいますけど…」

「そうそう、八つ橋ってさ…って食い物の話じゃねえよ!」

 納屋が口を開く。

「俺は大阪常翔学園のスーパールーキー納屋 浩二さまじゃ!帝国はワシが倒すで!」

 北沢が口を開く。

「アカン!下手な奴の顔なんぞ、覚えとらんわ…しらん!」

 北沢は口ではそういう言ったが一年生ながら納屋のプレイが優れてているのを十分よく理解していた。

するとそれを見ていた朝比奈が北沢を止めに入って来た。

「おい赤毛、お前の出るまくじゃない」

「アカン!何やとこの糞ゴボウ!」

そういう北沢の袖を引っ張る朝比奈。

「先輩たちのサミットの邪魔なんだよ」

北沢がキョトンした顔をしていると納屋がまた口を開く。

「誰かと思ったら、蓮君やん。何時になったら俺の華麗なドリブルカットできるんかな?ああ、裏切者の暁 先輩もいよる!先輩!酸素吸ってまったか?」

 流稀亜が少し不機嫌な顔つきで答える。

「イケメンが生きてるって意味?当たり前じゃん」

明らかに不機嫌な顔をしている流稀亜。それに対してまた納屋が流稀亜にたて突くように口を開く。

「不機嫌そうな顔して、怒り張ったんですか?」

「イケメンは気にしてないよ」

「そやな、気にしてもらっても困るわな、裏切者!おまんにはなあ、貸しがあるんじゃい!ボケ!」

珍しく、マートンが納屋の肩に手を当て止める。

「おまん、それ以上はやめや!」

そんなマートンの腕を払ってマートンを睨み付ける納屋。

「…船長…どないして言わへんのですか!毎回、毎回…最後の大会やし言うたりましょうや!こいつのせいで推薦が…」

納屋がそういうと、一瞬大声を出すマートン。

「やめろ!…言うたよな…」

驚く一心と流稀亜。

「…?」

「推薦って…マ―トン何かあったの?」

流稀亜がそうマートンに問いかけるとマートンが首を横に振る。

「…まあ、気にせんでええ、もうええんや…そないな事より、最後に勝つのはワシら大阪常翔学園やで!」

 一心が口を開く。

「最後に笑っていられるのは俺たち帝国」

「気でもおかしいなったか?クソチビ!」

「うるさい、チリ毛!」

「何べん言うたらわかるんや!クソチビ!俺の頭はチリ毛ちゃうわい!天然パーマや!」

 先ほどまで緊張感のあった空間にいつもの様な雰囲気が流れ始める。しかし納屋は背を向けてそっぽを向いていた。

「…あのさイケメン思うに…」

 低レベルな言い合いにあきれ顔の流稀亜。そしてため息をつこうとしたときだった。

流稀亜の顔が驚いた表情に変わる。

「ルッキーどうしたの?」

 流稀亜がマートンに声をかける。

「…ねえ、マートン」

 急に流稀亜がマートンのジャージの裾を引っ張る。その表情はひきつっていた。

「なんや、裏切者!引っぱんなや!」

今度は一心が口を開く。

「…なんかマートンのすぐ後ろで物凄く綺麗な髪の長い女性が色紙…持ってるけど…幻覚症状かな?」

そして流稀亜も口を開く。

「いや…見えてるけど…イケメンのファンかな?」

 一心が口を開く。

「いや、つま先の方向がマートンの方向に向いてるから違うと思う…だけど…隣に変なおじさんもいるね…何だろう?」

 マートンの背中に豊臣財閥の一人娘、豊臣 恋雨(れんう)とその執事の坂井 虎次郎が立ち尽くす。その凛とした姿は周りの人を寄せ付けないオーラを漂わせていた。

「アホか!そんな正夢あるわけないやろ!絶対に!その手には引っかからへんで!どうせ振り向けば、犬かドブスなんやろ!もうワイはどうでもいいねん!女なんていらへんねん!」

「あのーー」

 恋雨がマートンに話しかける。

「じゃかしわい、このドブス!…」

 振り返り恋雨を近くで見てその美しさに驚き声も出ないマートン。

「…がゥ?ああ…あ…ま・ま・」

 氷の石造の様に固まるマートン。圧倒的な美のオーラを放つ恋雨に思わず見とれるマートン、一心、流稀亜。

「…酷い…ドブスだなんて…お父様にも言われたことない…」

 そう恋雨が言うと一心が口を開く。

「お父様?」

 続いて流稀亜が口を開く。

「ん?何処の誰?」

 天然発言を発揮させる一心。すると恋雨の執事の坂井が口を開く。

「おい貴様!この豊臣グループの一人娘、恋雨お嬢様に向かって無礼な口をききおって!」

「え?豊臣グループ?」

 豊臣グループは、金融、不動産、石油、などを中心に日本で最も大きな財閥系企業で日本が誇る巨大グループの一つ。

「私…ドブスですか?」

 恋雨がまっすぐな目線をマートンに向ける。するとうまく口が動かないマートン。

「いえ…い…やあ…あ…(A IYAA)

「いや…ですか…爺…私…」

 悲しんだ表情をする恋雨。それを見た坂井が反応する。

「おい、貴様!」

 驚くマートン。執事の坂井は持っていたステッキでマートンを指差すように杖の先を向ける。

「ん?」

 そして坂井が上半身を脱ぎだす。そして身構えた後で口を開く。

「お嬢様のその無念…この虎次郎が…必ず…」

一心と流稀亜が同時に口を開く。

「無念?」

 すると坂井が一歩前に出て時代劇に出てくるお奉行様の様なふるまいをし始める。

「いよ~~を!…貴様の悪行の数々…この虎次郎…見過ごすわけには…あああ~行かねえぜ!…お嬢様の目の前での傍若無人なふるまい、そしてお嬢様がヌーブラを重ねて小さな胸を大きく見せようと強調しているなどと国家機密情報を暴露…」

 一心と流稀亜が口を開く。

「ヌーブラ強調?」

「イケメンも初耳?誰か言った?」

 一心が呆然としながらも呟く。

「いや、誰も…」

マートンが恋雨を見て口を開く。

「確かに貧乳…やな」

 坂井が口を開く。

「あああ…お天道様が~許しても…この虎次郎が許さん!」

 虎次郎が持っていたステッキから日本刀が出てくる。驚きの表情でそれを見る一同。

 北沢が口を開く。

「アカン!…本物じゃあらへんよな?」

 坂井が呼吸をためた後で口を開く。

「てめえのらの悪行…この港区の蒙虎タンタン麺!激辛の虎次郎が成敗してくれるわ!」

 上半身の服を脱ぎ入れ墨を見せる。大きな虎の入れ墨が背中に入っている。

一心がぽつりと呟く。

「桜吹雪じゃないんだね」

 流稀亜が叫ぶ。

「逃げろ!」

 全速力で逃げ出す一同。しかしマートンは腰が抜けて動けない。納屋が叫ぶ。

「船長!」

数秒後、少し離れたところで一心が流稀亜と話す。マートンがいないことに気がついてはいない。

「何だったんだ今の?」

「豊臣グループは石油、金融、不動産を筆頭に、こなしていない商いはないと言われてる。日本の経済界で最も有名な財閥系の巨大企業だよ…金持ちの行動は常識では計り知れないね。このイケメンでも、まったくもって理解不能だね」

 逃げ遅れたマートに気が付き一心が声をかける。

「マートン何やってんだ。変態お嬢様から早く逃げろよ!」

 一心が叫ぶ。しかし、恋雨は膝をついてマートンの手を握る。

「勇者様…!やっぱりあなたは…私の勇者様!」

 恋雨が大きな声でつぶやく。

「え?」

 驚くマートン。

「やはりあなたこそ…私の待ち望んだ勇者様。この私を置いていけぬと…わらわを…それほどまでに、わらわのことを思って…そなたこそ真の勇者。それでこそわらわの惚れしき者…もうよい爺!」

 坂井が刀をしまう。

「かしこまりました」

 虎次郎がが刀を収める。一心が呟く。

「…あれ、動けないだけだよね」

 流稀亜があきれたように話し始める。

「うん、間違いない」

「ディリック…決勝戦に勝って…わらわのためにも…必ず優勝すると約束しなさい!」

 マートンの手を取りぎっしり両手で握る恋雨。細身なのに物凄い握力の恋雨。驚くマートン。

「いたーーー!」

 それを遠目で見ている一心達。

「爺!帰るわよ」

「はい、お嬢様!」

 足早にその場を立ち去る、恋雨と虎次郎。一心が口を開く。

「…あ、行った…何だったんだろうね…とりあえず彼女出来てよかったね、マートン」

 怖気ついていたマートンの表情が変わり、急に立ち上がる。一心達は再びマートンの傍に立ち寄る。

「恋する男はハリケーン!絶対に決勝戦は負けへんで!」

「はははは!優勝は俺たちが貰う!」

最後の決勝戦前、緊迫していた雰囲気は一気に晴れ渡り、体育館に笑い声が漏れた。


 


翌日~

 東京代々木第2体育館は超満員。帝国高校の8連覇がかかった試合に多くの観客が訪れ立ち見客が出るほどだった。大人から子供、老若男女。飛び交う応援合戦。

高校生活最後の大会、仲間との最後の大会が始まろうとしていた。どちらが勝っても最後まで笑っていられるのは一番最後に残ったチーム一つだけだった…

 観客席でそんな一心の姿を見守る南禅寺、折茂、関口はそれぞれがそんな姿を見て思いにふけっていた。

「神木…思い出すと懐かしいな。1年生の頃、逃げ出したときはどうなるかともったけど…当たり前だけど勝てよ!そして年末のフレッシュマンカップで戦おう!」

 折茂が思いふける。

「ちっちっち、佐藤…お前は神木や、一心の陰に隠れていたがお前の3ポイントがあってのチームだぜ。俺はお前を応援しているぞ、佐藤!勝ったらデミタスコーヒ買ってこいよ」

 関口が思い出し笑いをしている。

「おーっち、蓮に北沢…おまえら1年の頃は良くめそめそ泣いていたのに…活躍できなかったらから揚げだぞ!」

 枡谷が真剣な表情をしている。

「暁…ポジションは違うけどお前のひたむきな努力、いつも見てたぞ。前に俺だけにした話、叶うと良いな。そのためにもフレッシュマンカップで待ってるぞ!」


 そして観客席には試合を祈るような気持で見守っている愛梨や母親の樹里の姿もあった。

「いっちゃん…」

「シン…」

 そして両校の応援団が満員の体育館にもかき消されないような大きな声を出し合っている。

「飛べ、飛べ、飛べ常翔!~」

「今こそ~見せろ帝国魂!」

「ナニワの力は伊達じゃない!一本!一本!」

「玉砕!粉砕!走って飛んでウルトラC~!」!

 地響きがするほど歓声の声がする。コート上で目を閉じてその雰囲気にのまれまいと自分自身の集中力を高める一心。

ベンチで円陣を組み全員の顔を見渡す一心。

「行くぞ!…1,2,3,4、帝国ビクトリー~!」

「おう!」


ウインターカップ決勝戦


大阪常翔学園高校 スターティングメンバー


ディリックマートン   203cm CF (センターフォワード)

斎藤 修一       191cm SF (シューティングフォワード)

納屋 幸次       190cm SG (シューティングガード)

室橋 良二       201cm C (センター)

柿崎 勝美       192cm SF (シューティングフォワード)





帝国高校 スターティングメンバー


神木 一心        176cm PG(ポイントガード)

暁 流稀亜        194cm SF(シューティングフォワード)

佐藤 伸樹        186cm SF(シューティングフォワード)

朝比奈 蓮        190cm SF(シューティングフォワード)

北沢 剛         181cm R (リバウンド専門職)




 試合が始まると先制点と取ったのは大阪常翔学園だった。納屋からの鋭いパスをマートンがそのままダンクシュート(技術ページ参考)に持ち込み会場は大いに盛り上がった。

「船長!」

「まかしとき!」

 しかし帝国高校もその後すぐに一心のパスから流稀亜にわたるとディフェンスが充分、流稀亜に2,3人と引きついたところでノブにパスを出して佐藤が得意の左0度からの3ポイントシュートを決めた。

「よっしゃ!」(折茂さん見てますか?折茂さんにから引き継いだシュートです!)

するとベンチにいる折茂が涙目で声をからす。

「ちっちっっち…ノーブー!お前ってやつは…後でデミタスコーヒー買ってやる!」

 声が聞こえたノブがつぶやく。

「…折茂さん」

 そして佐藤はアシストされた流稀亜に人差し指で合図を送る。「ナイスパス」。

センター室橋のシュートが蓮のブロックが効いたせいで外れる。

「アカン!もらったで!」

 そのリバウンドを帝国高校のリバウンド専門職人の北沢がマートンよりも早く反応して天性の感で掴み取る。 独自のデーター収集と野生の感で誰よりも早くリバウンドに飛び込む北沢。入学当初、経験者ではないバスケの素人北沢が、名門帝国高校でスタメンになるなど誰が思ったことだろう。しかし、北沢のジャンプ力と瞬発力はずば抜けていた。しかし、それ以外のシュートはさっぱりだった。チームとのスタメンとしての役割はただ一つ。リバウンドの職人だった。北沢は今までになかったそのポジションを確立していた。

 マートンが口を開く。

「早い…なんやねん!」

「おおきに!~」

二人の活躍を見た関口が今度は涙目で大声を上げる。

 「おーっち、さすが俺の一番弟子!蓮に北沢!から揚げ買って来いよ!」

一心が口を開く。

「…おい、北沢…関口さんがお前になんか言ってるぞ!」

「アカン!ちゃうでワシはシンさん弟子や!そないな事よりもアカン!また目立ってもうた!」

関口が口を開く。

「おーっち、神木!から揚げ100個だな」


 その後も百獣の王ライオンにがむしゃらに挑む小動物のように大阪常翔学園は力いっぱい攻めてきた。

「ここからや!」

 マートンが叫ぶ。それに対して「王者」帝国高校は全員、意外なほど冷静だった。別に緊張していたわけではない。それは王者として領域だった。全国制覇を繰り返すことで王者のみが感覚で知る事の出来る「王者の領域」。帝国高校のスター-ティングメンバーは肌で感じる感触ではすでに高校生との試合に力の差を感じていた。何度も全国優勝を繰り返すと、伊集院が昔、言っていたように何かが見え始め、そして体でそれを感じ始めていた。

「そう簡単にパスさせねえぜ!」

 大阪常翔学園のガードの1年生の長身ガードの納屋(190cm)が一心の前に立ちはだかる。一心は左右にフェイントをかけると床すれすれに姿勢を倒し、飛行機が滑走路を走り去るように加速する。

「悪いなまだ俺の時代だ!」

 納屋が追いかけようとするがコースに入り込まれた足でふさがれ更に背中を使ってその追撃をかわしパスを低いパスを出す。

「任せたぞ!」

ジャンプしていない北沢にボールが行くと先読みしていたマートンがそのボールをカットしに行く。しかし、マートンがそのボールの指先に触れようとした瞬間。ボールはバウンドし、強烈な回転がかかったと思えばまるでゴルフボールがスピンして回転してグリーンにバックスピンするようにそのボールは北沢を通り過ぎて左0度付近にいるノブの胸元に正確に運ばれる。あっさりとシュートを決めるノブ。

「なんだ、なんだ、今のパス」

会場もざわつく。一心の編み出したスナップパスはさらに磨きがかかり鋭くなっていた。

(スナップパス。ゴルフのグリーンでバックスピンが掛かってカップに入るがごとくスピンしたボールは様々な角度にバックスピンして戻る。一心独自のオリジナルパスだった)

「くそっ」

納屋がつぶやくとマートンも口を開く。

「このガキ!逆転したるわ!」

「まだ手を緩めるな!ゾーンプレス行くぞ!2-2-1」(ゾーンディフェンスページ参考)

一心が声を上げる。

「おう!」

 帝国高校のお家芸ともいえるそのゾーンプレスに会場が湧いた。ボールがエンドラインから出ると素早くダブルチーム(一人に対して二人がかりでディフェンスを行う)でコーナーに追い込みその後、敵を欺くためわざとパスコースを開けてパスを出せるとそのボールをカット。そして、相手からボールが出た瞬間、チームメイトは仲間がボールを奪うことを予測して自分の得意なシュートゾーンやゴール下でパスを待ち受ける。

「もらった!」

「何!」

一度発動すると無限ループが繰り返されるように、何度も何度も同じような光景が続いた。「クソ!」悔しがるマートンだが思わず下を向いてしまう。その後、帝国高校は安定感のある試合運びで確実に勝利に近づいていた。


第一コーター 帝国高校 29対14  大阪常翔学園


第二コーター 帝国高校 54対30  大阪常翔学園


第三コーター 帝国高校 81対61  大阪常翔学園


第四コーター 帝国高校 89対72  大阪常翔学園 


 第4コーター残り7分、18点差となった時点で帝国高校は翌年も全国優勝を狙うため、3年生全員を下げた。

「よし、じゃあ後は蓮、任せたぞ」

 次期エースに期待を込めて一心は蓮の目を見てそういうがどこか自信なさげな蓮。

「…本当に僕に」

 一心が口を開く。

「勿論だよ」

 北沢が口を開く。

「アカン!おおきに!」

 審判の笛が鳴りコートに戻ろうとするとマートンが後ろから声をかける。

「おい、お前らまだ試合終わっとらんぞ!どこ行くんねん!」

 一心が口を開く。

「悪いな…次の世代に受け継ぐ時代が来たんだよ」

「なんやて…」

 マートンが物凄い形相で一心と流稀亜を睨みつける。そして拳を強く握りしめた。

最後の大会が始まる前に何度も目標をミーティングして話し合っていた。


1 全試合100点ゲーム


2 試合に出ていないメンバーを全員決勝戦まで出し続ける。


3 ウインターカップ後に行われるフレッシュマンカップで大学生NO1のチームを倒

  す。

(フレッシュマンカップ。フレッシュマンカップとは毎年12月31日に行われる大手通信会社、ベストバンクが運営する大会。高校選抜ウインターカップの優勝チームと全日本大学選手権の優勝チームが対戦する。大学生NO1対高校生NO1の一騎打ちの大会)伊集院は高校3年生の時にフレッシュマンカップで見事大学生1位のチームを破っている。

北沢が口を開く。

「おおきに!後は一番弟子、北沢に任せておきんなはれ!先輩方はなんのおかまいもできまへんがベンチでどうぞゆるりと過ごしておくりやす!」

「赤毛バカ!」

蓮がシラケたように北沢に向かってそういう。

「さぶいぼ!(肌寒い)ボケンダラ、シンさんの熱き思いのつまりはったこの3年間…俺にはわかる!みとーみ(見てみろ)赤毛もシンさんをマネして…」

「馬鹿、お前だけ特例で赤毛だろ。他みんな黒のウに頭だ」」

「べんちゃらありがとう。(お世辞ありがとう)この燃える闘魂!男 北沢 剛、本気で思ってはります!」

一心にむかってガッツポーズを決める北沢に対して首をかしげる一心。

「何を?」

 北沢が口を開く。

「次期キャプテン…」

 一心が即答する。

「…北沢…それはない…ない、ない!」

 何度も首を振る一心。欲しいおもちゃを買ってもらえない子供の様に駄々をこねて口を開く北沢。

「なんでですの~?」

さらっと重大事実を公表する一心。

「蓮に決まってるんだ」

「…らちあかん!(あなたとしゃべってもらちがあかない)がちょーん…北沢もベンチもどりますわ…」

 監督の石井が大声で怒鳴り散らす。

「んがなば、なにしてらった!はやぐいげでや!馬鹿野郎!」(お前たち何やってるんだ!早く行け!)


 北沢には悪いが監督の石井に来年のキャプテンを誰に推薦するか聞かれた時に蓮の名前を挙げたのは一心だった。良くも悪くも、蓮に全体を引っ張る力や、自分から前に出る気持ちがない。

 それが出来ない様ではそう簡単には全国大会は勝ち取ることはできない。勿論、実力的な物は十分に備わっていた。それでも、来年も王者として追われる立場になったときに優勝することの大変さを一心は理解しているつもりだった。期待を込める意味でも一心は蓮を強く推していた。

 北沢はどちらかというと自由にさせる方がのびのびプレーするタイプだと思っていたのと、どうしても運動神経が良い分、感で動き過ぎるので最終的な判断を間違えることもある。だからこそ蓮を強く推したのだった。落ち込む北沢に声をかける一心。

「北沢!お前は未来の副キャプテンだぞ!実は2番手の方が重要な役割なんだ!お前を信じて俺はお前を副キャプテンに押したんだ!任せたぞ、副キャプテン!」

「アカン!…シンさん…そないな…男 北沢 剛のことを…なんてなんぎな話や……男…北沢!剛かましちゃりますわ!」

「ははは、頼んだ北沢!」

「あかん!あかん!ほんまにアカンで!ほな、スパー副キャプテン!北沢出ます!」

 監督の石井がつぶやく。

「…馬鹿っけ」

 しかし、そんな勝利を確信したムードは帝国高校の勝手な思い込みだったといいことを少し後で気づかされることになった…



 マートンが猛烈に闘志を燃やしていた。「しばいたるで!」ベンチからコートに出る前にマートンが納屋や室橋、スターティーングメンバーに向かって頭を下げた。大阪常翔学園のベンチが異様な雰囲気に包み込まれる。

「頼む、俺を信じてボールを回してくれへんか?」

 納屋が口を開く。

「…船長…」

 いつもと様子が違うことはチームメイトも手にとるように分かった。そして帝国高校が犯したその行為を1年生の納屋も許せなかった。

「あいつら…船長の気も知らんと…」

「当たり前ですやん!まだ勝負はおわってないですやん!」

そして口数の少ない室橋も口を開く。

「マートン、俺もリバンド頑張る…任せろ!」


残り7分。


第4クオーター 帝国高校 89 対 71  大阪常翔学園 


 大阪常翔学園のエンドラインからボール出しで試合が始まった。18点差もあるので勝利を確信していた一心と流稀亜は履いていたバスケットシューズの紐を緩めるとアイシングをするためリングに背を向けて氷を取りに行った。すると直ぐに地震が起きたかと思うほどの大きな音が体育館に響き渡った…

「バッコーン!ドドドン!」

 物凄い音のダンクシュートが鳴りびく。まるでリングとバックボードが壊れたのではともう程のマートンのダンクシュートだった。マートンは無言で流稀亜に近寄り中指を立てた。

「裏切者!」

それに対して驚く一心と流稀亜。

「…」

 そして、帝国メンバーのオフェンスをことごとくマートン、室橋、納屋、その他のスタメンが必死で阻止する。納屋が口を開く。

「船長の命令や!わしらはディフェンスを固めるで!」

 室橋がぽつりとつぶやく。

「…何で一年のお前が仕切っとるねん…」

「学年かけあるかい!」

 そんな納屋の勢いに室橋もおとなしく従う。

「…そやな、いくで!」

 その後の数分間、帝国高校のオフェンスはことごとく撃破される。ブロック、スティール、リバンド…そしてオフェンスになるとマートンが鬼神の如く攻め込んできた。そのプレーを誰も止める事が出来ない。コート上はマートンのワンマンショーになっていた。

「ボールは全部ワシに回せ!チャンスや!」(なあ、流稀亜…覚えとるか?おまん転校してきたころまったく俺らになじめんでな。今でも何があったのかは分からへんけどな…せやけどお前が元気になってバスケに集中して良かったで…なのにおまんワシを裏切りよって…せやけどな、おまえがまた始めてきた時みたいに暗い顔せんとバスケしとって安心したんやで…せやのに最後の試合を…)

 マートンのキレのある3ポイントシュート、そして速攻、そしてダンクシュートが連続してきまる。そして得点差はあっという間に8点差になった。流石にまずいと思った帝国高校は佐藤、蓮、北沢が3人がかりでマートンを止めようとする。しかし、そのマークを全て吹き飛ばしてリングに向かっていくマートン。

「おんどりゃ!ワシは未来の3皇帝の一人、ディリックマートン様やで!おまんらみたいなチ○カスに俺が止められるわけないやろ!そやろ!神木!流稀亜!」

ベンチに座っている一心が口を開く。

「恋する男のハリケーンか?」

一心がそうつぶやくと流稀亜が何も言わずに立ち上がって再びコートに向かう準備をする。口ではそういったが一心はコートに戻らなくてはいけないことを自覚していた。そして緩めた靴紐をきつく結ぶころ流稀亜が声をかけてきた。

「シン、行くよ」

「うん」

(神木…おまんはホンマにバスケ以外はアホやのう…人の気持ちも知らんで…恋雨さんみたいな美人がワシに本気なわけなかろうが…多分…でもそうだったらええわな…まあ、ええんや俺はな本当のこと言うと恋なんかしているよりもバスケしてる方が楽しいんやで!おまん、横須賀基地で初めておうたときからスンゲーヤツだったけどよ…次世代に託す?まだ早えだろ…見てみろよ、お前ら以外に俺を止められる高校生なんておらへんで!)

またもマートンが蓮と北沢、そして佐藤を突き飛ばしてダンクシュートを決める。

残り3分


帝国高校 94 対 90 大阪常翔学園


 あっという間に4点差まで追いついた。たまらずタイムアウトを取る帝国高校は選手交代する。一心と流稀亜が再びコートに戻って来た。いつもと違った雰囲気の流稀亜が一心に向かってつぶやく。

「シン…最初から全力で行く」

「わかった」

試合が再開されると一心が流稀亜に絶妙なバックビハインドパスでオフェンスのお膳立てをする。流稀亜はボールを貰うと室橋を一瞬で交わし、目の前にいるマートンをダブルクラッチシュートで翻弄する。

「来い!マートン!」

「上等や裏切り者!」

 流稀亜のシュートが鮮やかに決まる。悔しがるマートン。それを見ていた納屋が闘志を燃やす。

「船長…」

 すると納屋が流稀亜に向かってドリブルで強引に突っ込んでいった。

「くそったれ流稀亜!邪魔じゃ!」(わしじゃ…わしじゃまだ…まだあんたに叶わんののは十分に分かっとるけど、分かっとるけどな!許さへんで!)

 流稀亜は完全にコースを塞いでそのドリブルを止めるがそれでも止まらず流稀亜を吹き飛ばす納屋。

「ピーオフェンスファール」

明らかに、故意に突進してきたように見えるそのプレーを見て一心が納屋に注意する。

「おい、危ないぞ!」

 納屋が放し飼いの狂犬のような振る舞いで言い返す。

「…はあ?だりーなお前ら!」

納屋は流稀亜、一心を挑発した。一心が、流石に納屋に言い寄るが流稀亜が止めに入る。

「流稀亜さん…痛いですの?」

 納屋の真意が分からない流稀亜が驚いた表情をする。

「…何?」

 納屋が我慢できずに声を荒げる。

「アホ抜かせ!船長以下、初芝東中学のメンバーや卒業生はそんな痛みやないですやん!」

 息を切らせ、煮えたぎる思いを伝えるように流稀亜に思いをぶつける納屋。初めて聞く事実に驚く流稀亜。でも何で自分のせいで傷ついたのか…思い当たる節がなかった。

「え?」

 納屋が口を開く。

「あんた、船長(マートン)は顔に似合わず優しいからなんも言わんと調子に乗りよって!ええかんげんにせえや!」

 一心が口を開く。

「流稀亜が何をしたっていうんだよ!」

「何をした?はあー?行くの決まっとった大阪常翔学園の推薦蹴ったら翌年、大阪常翔学園に推薦で行けるはずだった初芝東中学の2年生が行けれへんの分からへんのかいな!今年からやっと許してもうて行けるようになったや!空白の一年があったんやで!それなのに、おまんら…なんやねん!船長との勝負から逃げよって!何処まで人を馬鹿にしたら気が済むんや!おまんみたいな奴、先輩とちゃう!何が未来のイケメン三皇帝や!ワシが…ワシがその内、おまんらに追いついてボコボコんいしたるわ!船長に謝れ!」

 呆然とする流稀亜。

「…推薦…そんなことが…マートン…」

 マートンが笑いながら口を開く。

「ははっは、まあ、ホンマの話や…でも今は関係ない。もうええんや。流稀亜にクソチビ…兎に角、ワシら最後やで、全力でやろうやないかい」(もうええんけどな…本当のこと言うてもうたら俺も一瞬は迷ったんやで…お前とやりたくて、神木の馬鹿とも…でもな俺が行ってしもおうたらな、それこそ終わりやん。でも後悔しとらん。だってよ、お前らとこうやって敵同士でやりあえたんからな…)」

 流稀亜が口を開く。

「…マートン」

 流稀亜の言葉をさえぎるように口を開くマートン。

「謝罪はいらんで!全部浄化してもうたわ!」

流稀亜がマートンをじっと見ている。

「マートン…」

「…流稀亜、神木、最後や水臭いはなしはええ、全力でやりあうやないかい!」

 マートンはそういうと胸が熱くなる気持ちを抑え込み微笑んだ。観客席で一部始終を聞いていた恋雨は思わず大声を出した。

「勇者様!」

「勇者様?誰やねん…」

 マートンは恋雨の声援が聞こえたが勇者の意味が分からず首をかしげていた…



 そこからマートンの気持ちを組むように一心も流稀亜も更に集中力を高めて全力を尽くした。素早いドリブルからのノールックパスにドライブイン、そして流稀亜は個人技でマートンを抜き去りダンクを決めると、マートンも負けじとダンクを決める。

「よっしゃ!」

そして、北沢のシュートが外れボールが宙に浮くと流稀亜とマートンが同時にリバウンドに飛び込む。

「ウオー!」

「甘いで!」

リング高さ305cm付近の空中でお互いの手がぶつかり合い、地上に降りるまで二人とも手を離さい。

「離さんかい!」

「させない!」

お互いが顔を合わせると不敵な表情を浮かべる。そして、地上に降りてからも両社一歩も引かない。

「やるやんけ」

「マートンもね」

どちらのボールにもならない様子を見て審判が笛をならず。

「ピージャンプボール」

ジャンプボールになると先にボールに触れたのはマートンだった。そしてそのボールを納屋が繋ぎ、室橋にパスすると室橋がダンクシュートを決める。

「よっしゃあ!」

しかし、その後は自力で勝る帝国高校が徐々にだが点差を広げた。残り時間もわずかになると両チームが勝敗に関係なく流稀亜とマートンのためにスぺースを開けた。

残り、39秒、


 帝国高校は流稀亜にボールを渡すとスペースを開けてマートンと1対1をさせる。リング正面から激しいフェイントでマートンの横に出ると一瞬止まり、また前に出る流稀亜。

「クソ!」

完全にディフェンスのタイミングをずらされるマートンの脚が少しもたつく。そしてシュートモーションでマートンを飛ばすとそのままフェイドアウトしてシュートを打つ流稀亜。シュートは綺麗な弧を描いてネットに沈む。

湧き上がる歓声。


帝国高校 106 対 95 大阪常翔学園


残り27


 今度はマートンがドリブルで中央によるとフリーになり流稀亜と1対1になる。流稀亜をじっと見つめるマートン。

「お前、わざと手を抜こうとしてないやろうな!」

「100%ないよ!」

「安心したで…」

 そういった瞬間、マートンが加速して流稀亜を抜き去る様に見える。流稀亜は急いでターンするとマートンの後ろに爆撃機のようにそっと音をたてずについていきチャンスを狙っている。無人のゴールに見えるリングに向かってマートンがダンクシュートを放とうとすると、後ろから更に助走をつけてきた流稀亜が信じられないような高さでジャンプして、鮮やかにマートンのボールだけをカットする。

「バチン!」

「なんやて!」

そして流稀亜がそのボールを掴んでコートに降り立つと試合終了の笛が鳴った。

「ピー!」


帝国高校 106 対 95 大阪常翔学園


 その試合は帝国高校が対戦した相手で最も点差が開かなかった試合だった。そして最後まで諦めず戦い観客を魅了した大阪常翔学園にも会場から温かい拍手が送られた。

大会終了後、優勝カップを運営者から受け取ると優勝カップを高々と持ち上げた一心。

「取ったぞ!」(伊集院さん、一つ落としちゃいましたけどとりあえず8冠達成しましたよ…そして、南禅寺さん…いよいよ勝負ですね)

 会場からの拍手にお辞儀をして、コートで見守る選手に手を振り、一心が見つめる観客席に南禅寺の姿、そして隠れるようにして試合を見ていた愛梨の姿もあった。そんな愛梨に向かって一心は大きく手を振り笑顔を見せた。

「いっちゃん…」

個人の表彰でもキャプテンの一心が最優秀選手に選ばれ。優秀選手には流稀亜、マートン、佐藤、納屋、蓮が選ばれた。そして得点王は流稀亜が平均42得点という驚異的なスコアで勝ち取った。

よっぽど、悔しかったのか、表彰式にすら出てなかったマートンが体育館の出口付近で一心と流稀亜を待っていた。

「クソチビ…おまんのせいでワイの恋が…ハートブレイクや…」

 本当は失恋よりも負けたショックの方が大きかったが悟られまいと一心と流稀亜の前でそう言うマートン。兎に角、最後のウインターカップで負けて非常に落ち込んでいるマートン。一心と流稀亜も簡単には声を掛けられずに少しの間黙っていた。

「…」

「…マ―トン」

 するとそこに豊臣グループの一人娘、恋雨が厄介な執事の坂井 虎次郎と一緒にハイヒールの音をなびかせながら赤色のワンピースを着てマートンに近寄って来た。そして落ち込むマートンを見ると恋雨はマートの襟首をつかんだ。そして右手を大きく振り上げた。

「バチン」

頬を強く叩かれるマートン。

「この役立たずが!負けただけに飽き足らず、めそめそしおって。それが勇者の姿か!わらわがこの試合に幾ら賭けていたと思っとるのじゃ!貴様のせいで3000万も損したじゃないかボケ!」

 その瞬間、恋雨の足元に何かが落ちたのに気が付く流稀亜。

 一心がつぶやく。

「まさか…マートンは…お嬢様の気まぐれの賭けの対象だったの?」

 ショックな事実を聞かされてマートンは更に落ち込んで小さくなる。

「…はあ」

それを見て恋雨がまた大きな声を出して怒鳴り散らす。

「この役立たず!」

「…始めてマートンが可愛そうだと思う…」

 一心がそういうと流稀亜が口を開く。

「いや…そうでもないかもよ」

これ、落としましたよ。マートンの試合中のダンクシュートの写真を型どって入れたアクリルのキーホルダーを拾い上げるとそれを恋雨に渡そうとする流稀亜。

「…そんな物は…私のじゃない!」

「でもこれ、何かの鍵と一緒に付いてますよ?家の鍵?違いますか?」

 落ち込むマートンはそんな話すら聞こえていない。恋雨が口を開く。

「…知らん」

「あいつ口は悪いですけど…いい奴です。イケメンにとってこれからのも親友なんで今後ともお願いします」

 深々と頭を下げる流稀亜。

「馬鹿者!あいつがいい奴だということは…昔から知ってるわ!その証拠に今日の服は…」

驚く流稀亜。

「服?昔から?いつ会ったんだろう?…兎に角、電話番号は090-××××ー×××0です」

「わらわが、そんな番号…覚えれるか!」

 カギとキーホルダー取り返し大きな声を出す恋雨。

 立ち去る恋雨を捨てられた猫のような目で見つめるマートン。

「ワシの初恋…さようなら…」

「マートン!マートン!」

 マートンの肩を揺する流稀亜。

「まだわからないよ!」

「期待させるなやエセ イケメン!」

「彼女、電話を掛けてくると思うよ」

「ボケ!おまんまた適当なこと言うな!しょうもない嘘ばっかつきおって!」

「いや、この恋愛経験値2万2222のニコニコ、イケメンの僕が言うんだ間違いない。彼女の目はそういう目をしていた…」

「ホンマかいな…流稀亜!よし!頑張るで!なあ、クソチビ!次はあれや」

何かが吹っ切れたのか?マートンの表情が明るくなる。一心が口を開く。

「何だよ!」

「おまんらと俺も一緒やで!」

「何でだよ!」

「国際試合があるやん、それに行で!」

 流稀亜が口を開く。

「国際試合?」

 マートンが口を開く。

「そや、フレッシュマンカップが終ったらすぐ後に中国遠征やで!楽しみやな中国~」

「…そうなんだ、でもまずはフレッシュマンカップに集中しよう、流稀亜!」

「そうだね!」

そして一心が首をかしげる一心。

「でもあのお嬢様…変わった趣味だよな…」

「僕たちの知らないところで、イケメン的な出会いがあったのかもね?」

 流稀亜が微笑みながらそう言う。

「ボケが、ワシが大阪ナンバーワン、イケメンでいい男だからに決まっとるやろ!」

 一心が口を開く。

「100%ねえから!」

「うるさいわ!クソチビ!」

「俺がクソチビなら、お前はゲジ眉チリ頭セットのバリューセットだろ!」

 そんなやり取りを呆れた顔で見ながらも流稀亜は微笑みながらマートンに感謝していた。(マートン推薦のこと知らなかったよ。今更いっても俺はそんなこと知らん!と言うと思うから、言わないけど。悪かったよ。ごめん)そう思っているのが行動に自然に出たのか流稀亜はマートンに向かって軽く頭を下げた。それを見て勘違いしたマートン。が激怒する。

「流稀亜!なにうなずいてるねん!ワシはな!バリューセットちゃうで!」

「…うん」



 

 そんな大騒ぎを3人がしている頃、恋雨はなぜか上機嫌だった。その証拠に人目も気にせずずっとニヤついていた。待機していたリムジンへ歩く恋雨。そんな様子を見て執事の坂井が声をかける。

「お嬢様?」

「なんじゃ虎次郎?」

「どうかされましたか?」

「何がじゃ?」

「いや…」

 スマートフォンに入力したマートンの電話番号を見つめる恋雨の表情は恋をする乙女の顔をしていた…そしてマートンと出会った時の事を思い出していた。


 恋雨は高校1年生になると家のすぐ近くのマンションで一人暮らしを始めた。理由は2年生に上がるときに2年間イギリスに留学。寮生活することが決まっていたため、執事がいない生活に適用するためだった。恋雨は生まれてからそれまでやったことのない家事や料理を一生懸命こなしていた。そして半年も経つ頃にはすっかり生活になれ一人暮らしを楽しんでいた。しかしある日、友達と同窓会に出席するために店に向かおうとした時、駅前で財布を忘れたことに気が付いた恋雨。マンションに急いで戻り家の鍵を開けようとしたときに気が付いた。鍵をマンションの中に置いてきたのだ。オートロックマンションのために入る事が出来ない。

「わらわとしたことが…」

 管理人も夕方になり帰ってしまったため、部屋に入る事が出来ない。

「よし!」

恋雨は意を決して2階にある自分の部屋のベランダによじ登る決意をした。確か、ベランダの扉の鍵は閉めてなかったはず…

 家を出る前に下着を部屋に取り込んだときのことを思い出していた。同窓会に出席する時間が近くなっていたため、とりあえず取り込んだ下着をベッドに置いて、ベランダの鍵は閉めずに急いで部屋を出たのだった。お転婆娘の恋雨はお気に入りのワンピースを太ももまでまくると雨樋を伝って登り始めた。

「意外に行けそうじゃな」

 あと少しで登り詰めるところで油断したのか恋雨は足を滑らせ真っ逆さまに墜ちた。

「キャー」

 墜ちる瞬間、もうだめかと思いつぶっていた目を開けると、恋雨は大きな赤いヘッドホンをした203cmの野獣マートンに抱きかかえられていた。

一瞬、野獣マートンと目が合う恋雨。

「な…」

 マートンが口を開く。

「ん?…」

 状況を把握するのに2秒ほど時間がかかったが、恋雨は騒ぎ立てるようなことはしなかった。小さい頃から父と海外に行く機会が多く、大柄な黒人に対しての偏見はなかった。マートンが口を開く。

「おまん、なにしてんねん?」

「おまん?…わらわのことか?」

「…なんや、普通にしゃべらんかい!」

「…わらわは普通じゃ!」

 マートンが抱きかかえていた恋雨を下ろしながら口を開く。

「全然ちゃうけどな」

 恋雨はお礼も言わずにすぐに偉そうな態度をとる。マートンに指をさしながら命令口調で口を開く恋雨。

「下僕が、わらわを調教する気か?」

 マートンは聞いたこともない恋雨の言葉使いがツボにはまった。ゲームのキャラクターのマネごとでもしているのかと勘違いしていた。

「ははは、おまんおもろいな。なんや、コスプレでもすんのか?」

 お嬢様育ちで英才教育を受けていた恋雨はコスプレの意味が分からなかった。

「コスプレ?…宇宙食の事か何かか?」

「はははは、ごっつうおもろいな、おまん」

 少し微笑む恋雨。

「まあ、ええわ。わしゃ、腹がへっとるねん。せやかてもう行くで」

 味気ない、マートンの態度に何か言いたげな恋雨。

「あ…」

「なんや」

 急に女性らしくなり手を後ろに回してもじもじする恋雨。

「あの~」

「なんや」

「その…2階に行って部屋の鍵を…」

「食ったんか?」

「…鍵を食べる?そんなもん食べるわけなかろう!」

「なんやねん?うっとおしい貧乳やのう…」

 その言葉に過敏に反応する恋雨。

「貧乳!…わらわが一番気にしていることを…」

「冗談や、おまんあれやろワシに2階に上って鍵を開けてほしいやな?そやろ?わかったわい、ちょい待っとれ!」

 マートンはバスケットで培った身体能力を生かし、「タンタン、タタンーと」あっという間に2階に上るとベランダから部屋に入りオートロックの鍵を開けた。そして涼しい顔をして恋雨の前に立った。すると生まれて初めて恋雨は男性を目の前にして胸が高まるのを感じていた。

「(勇者様)…その、あ…あり…」

「ん?どないした?…なんもええ、困ったときはお互いさまやろ」

「…?」

 恋雨にとって意外だったのは何も要求しようとせずに、親切にするマートン。自分の周りの人間や、友達などは金持ちのお嬢様と知って事あるごとに何かを要求したり、何かを奪おうとしていた。そんな恋雨にとってマートンは理解しがたい人物だった。

(心臓が…ドキドキする…わらわは…病気か?)

「どないしたん?そないなびっくりした顔して…ああ、あれか?おまんのしょうもない地味な下着のことか?あんなションべン臭い下着…わしゃ趣味ちゃうねん。わしゃ、もっとこうエロスを感じるエロ下着が好きなんや。チラッとは見たで。ほおってあるのから仕方ないわな。でも取ったりしてヘン。気にすなや!」

「…この愚か者が!無礼にもほどがあるぞ!」

「…おまん、そんな時間あるんか?そないな綺麗な格好してどこか出かけるんちゃうのか?」

 恋雨はその日、お出かけ用のお気に入りの服を身にまとっていた。カジュアルな雰囲気とフォーマルの雰囲気を兼ね備えたAラインワンピースで腰についている大きなリボンが特徴的。色合いも鮮やかで赤と黒を基調として花模様が美しく演出している。

そんなワンピースを着ていた。

「…」

「ほな、またそのうち会たっらな。…その服ええ色しとるな。ワイも赤が好きやねん」

「え?わらわ…(好き?)初めて会ったのに…告白なんて…あ、あり、…とう」

「はははは、気にすなや!貧乳!」


 車から窓の景色を眺め頬を少し赤くしている恋雨(まただ…思い出すだけでドキドキが止まらない…)恋雨はその時のことを思い出して車の後部座席の窓から外の景色を眺めていた。ミラー越しにその表情に気が付いた執事の坂井が微笑み、口を開く。

「お嬢様…恋の病にかかったんですね」

「恋の病?何をニヤついておる!」

「申し訳ございません」

「まあ、よい!…ふふふ」

 その日、恋雨が来ていた服はマートンと出会った時に着るていた赤と青のAラインワンピースだった。恋雨にとって本当は試合結果などどうでもよかった。ただマートンが落ち込んでいる姿を見て腹立たしくなった。ただそれだけのことだった。そしていつになったら自分と会った時のことを思い出してくれるかと考えるだけで微笑まずにはいられなかった。

「運命の赤い服か…」

 外は晴れ渡り、西に傾きかけたお天道様も笑っているようだった。 そして助手席に座る虎次郎に話しかける恋雨。

「虎次郎?」

「何でしょうお嬢様」

「男は貧乳が嫌いなのか?」

「そうですな…一概に貧乳と言いましても…サイズが…」

 言いずらそうな執事の坂井。

「サイズ?申してみよ…遠慮はいらん」

「では…山にエベレスト、チョモランマ、富士山とありますが…お嬢様の場合は胸の傾斜角度はまさにエベレスト。この山に登って下山すことは命がけでございます」

「つまり、そのような女子と恋をすると言うことは命がけと…そう言いたいのだな?」

「…恐れ多くも正解でございます」

「虎次郎?」

「はい!お嬢様」

「クビじゃ!」

 恋雨のその声は車の外に漏れるほど大きかった。しかしそういいながらも恋雨の表情は微笑みで花が咲いているようだった…

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