第10話 「大切なことが見えない」
タイトル「大切なことが見えない」
試合終了後、更衣室で軽くアイシングなど済ませると一心と流稀亜は更衣室を出て帰ろうとしていた。すると体育館の中央の通路を抜けたあたりで星野とスホンの姿が見えた。すると、気が付いたスホンが秋田代表の方に近寄って来た。
スホンが口を開く。
「お前ら強い…今度もっと練習してお前ら倒す」
一心が口を開く。
「じゃあ、スホンさんバスケやるんですね!」
「どこでやるか決めてない…でも星野と相談して決める」
すると星野が口を開く。
「スホンは、在日だけど母親が韓国人だから別に日本でもいいけど俺は集中してやるつもりなら韓国の方がいいと思うけどな?」
星野がそんなことをスホンに言うと、帰ろうとしていた観客の大学生、数名がぽつりとつぶやく。
「韓国野郎は、最初だけだったな」
「民族衣装でも着て帰れよな!」
「キムチだろ!」
「島返せ!とかいいそうじゃねえ?」
「還流ドラマは流行が過ぎたしな!」
「人さらいするような奴らだ、ササッと日本から出ていけっていうんだよな」
「はははは」
それを聞いていた星野が言いがかりをつけそうになるが、スホンが星野の肩を抑える。
「スホン」
首を横に振るスホン。しかし、それを見ていた一心が叫ぶ。
「ねえ、僕の友達に文句があるの?」
すると数名の大学生が口を開く。
「ん?あこいつ、帝国の神木だぜ」
「足…マジで短くない?」
「ていうか、こいつのどこがすごいの?大学来たら通用しないんじゃねえ?」
黙って聞いていた一心が口を開く。
「…ねえ、お兄さン達って上手いの?僕とバスケで勝負しようか?」
「…はあ?高校生が大学生の俺たちに挑むのか?」
「バスケに年齢は関係ない。それに多分お前ら下手くそだろ!」
「おい、何だと!」
まさに、小競り合いしそうな雰囲気がその場に流れる。するとそこに機嫌が超悪そう関口が近寄って来る。あまりの体のデカさにビビる大学生。その大学生に八つ当たりするかのように睨み付ける関口。
「ああああ!」
一心が驚いた顔をしている。
「どったの?関口さん?」
「おーっち神木!俺は今、とても悲しいんだ!俺の愛梨が…アイドルの神楽坂と…スクープになってやがる…ん…ところで、お前は何をやってるんだ?」
「え?愛梨が?」(スクープ?)
お互いの状況を把握していない関口と一心。
「何だよ、神木…一般人と3オン3でもやるのか?俺も虫の居所が悪い…まぜろ!」
「ならイケメンもやろうかな~」
そこに流稀亜も加わる。スホンに言いがかりをつけた学生を睨み付ける。一心、関口、流稀亜。そして、そこに南禅寺や折茂、枡谷も加わる。
「揉めてるのか?」
一心が口を開く。
「いえ、別に」
そういうが学生が怪訝な表情で見ている。それに気が付いた南禅寺が口を開く。
「バスケで勝負したいなら…俺たちが相手になるぜ!」
一心、流稀亜、南禅寺、関口、折茂、枡谷に囲まれてバツが悪そうな顔をしている大学生。
「…チェ」
そう言いながらも、そうそうたるメンバーが目の前に並び怖気づく大学生。普通の大学生では太刀打ちできないのが本人達もわかっていた。
南禅寺が口を開く。
「俺たちを相手にするっていうなら、全日本の一人や二人はいるんだろうな!」 すると大学生が逆切れして叫ぶ。
「覚えておけ!」
そんな幼稚な捨て台詞を履いて足早に立ち去る大学生。それを確認するとスホンが口を開く。」
「…星野…おれ、国体出てよかった…」
「何?」
一心に話かけるスホン。
「何でだ?どうして俺をかばった?」
スホンがそう言うと一心が微笑みながら口を開く。
「だって、俺達ってどこの国に生まれてもみんな地球人でしょ?それに人類、皆兄弟!」
驚くスホン。少し何かを考えているスホン。
「…星野…ごめん、俺、韓国の代表になってコイツと試合したい…」
星野が口を開く。
「…スホン」
一心が偉そうな口調で語り始める。
「俺も、全日本の代表に必ず入るから!」
流稀亜も続く
「イケメンも同じく!」
南禅寺が口を開く。
「…全日本のスタメン?…神木!何が全日本のスタメンだ、俺たちはまだ何も成し遂げてない。その話はそれからだぞ!」
「いや~最近褒められてなくて…照れるな…へへへ」
南禅寺が口を開く。
「…そうそう、お前は偉い!って…褒めてねえよ!」
一心が口を開く。
「スホンさん…マジで俺、本気だからね。韓国代表 対 日本代表…」
「分かった…俺も本気だ、神木 一心」
「おいおい、神木、お前の行動がとんだ日本バスケの危機を招いたらどうするんだ?」
一心が笑いながら口を開いた。
「ははっは、俺負ける気、全くありませんから!」
「イケメンも同じく!」
スホンが一心と流稀亜に対して今度こそはという気迫を込めて口を開いた。
「…俺も負けない!」
お互いに譲らいと言った表情で少しの間、そのばで先の未来に対戦することを考えながら睨みあっていた。その後、星野とスホンが少ししてから立ち去ると関口が悲しい顔をして口を開いた。
「おーっち、ところで神木…俺が何で悲しいか分かるか?」
「から揚げ…売ってなかったんですか?」(どうせたいしたことないんでしょ!)
「おーっち…愛梨がトップシークレットのリーダー神楽坂と付き合っているらしいんだ」
「え?嘘でしょ」(え、本当なら俺の方がショックなんですけど…)
「…間違いない…昨日ニュースになってた…お似合いだよな…」
一心が口を開く。
「ネットやマスコミはウソの情報が多いですから大丈夫ですよ!」
関口が口を開く。
「おーっち、じゃあ何故ドラマの撮影のキスシーンがディープキスなんだ?」
「え?」(見てないから分からない!やばい!)
そんな話を聞いて動揺していると今度は突然、マートンが近寄って来た。マートンの隣には室橋 良二(201cm)も一緒にいた。
「良かったで、また決勝戦前に消え寄ったら裏切り者にクソチビに仕返しできんからのう!」
マートンが現れると南禅寺や、折茂、関口がすぐに帰ろうとしていた。
「神木、痴話げんかはお前らでやれよ!先に帰るぞ!」
「…はい」
流稀亜が口を開く。
「誰が相手でも負けないよ」
マートンが口を開く。
「何や裏切り者、の分際で!」
「僕は今度こそ、最強になるんだ!」
すると流稀亜を真剣な表情で睨み付けるマートン。
「貴様らだけは許さへん!裏切者にクソチビ!おい、室橋お前も何か言ったれや!」
室橋は体の大きに似合わず可愛い顔をしている。
「マートン…僕は争い事嫌い。帰る…」
一心が口を開く。
「ははははは、頼もしいな」
しかし、室橋は一直線に歩いて進んで行き一心とぶつかるが平然としている。一心が口を開く。
「イタ、何だよ」
室橋はまるで故意にぶつかったような陰気な笑みを浮かべながら口を開く。
「明日、俺の近くに近くに来たらもっと飛ぶ、ふふふ」
室橋は静かな闘志を秋田代表に対して抱いているのは間違いなかった。一心が口を開く。
「どや、神木、室橋はインターハイは怪我しとったけどな相撲から競技変更した、格闘型の大型センターや!ワイらと同じ歳やで!」
佐藤が口を開く。
「相撲やってたって、厄介そうなのがまた一人出てきたな」
一心が口を開く。
「ノブ、誰が来ても関係ないよ」
流稀亜が口を開く。
「そう、イケメン達は自分達のバスケをするだけだ!」
そう言ってその場を立ち去ろうとするとマートンが声をかける。
「おい、待てや!おまんら!俺を置いていくな!」
一心が口を開く。
「…自分のチームの奴と帰れよ!」
マートンは少しいじけた顔をすると室橋と一緒に帰った。そしてその後、流稀亜が待たせている女の子がいるから先に帰ると言い出した。
「シンごめんね!シン」
「え、うんいいよ」
後姿しか見えなかったが、会場の外で待っている着物を着た、いかにも和の雰囲気が漂う女の子に方に向かって走っていった。一心が口を開く。
「モテモテ流稀亜の一途な彼女か…」
佐藤が口を開く。
「キャプテン、ワシは洗剤を買って帰るとよ!」
佐藤は、帰りにコンビニにより洗剤を買うために先に帰った。
「あ、うん」
いつの間にか一人になってしまった一心は会場を後にして歩いた。当たりは歩道の両端に樹木が埋められていて歩いていると気持ちよさを感じる道だった。そんな歩道を歩いて少しすると後ろに気配を感じて振り返る一心。驚いたことに目の前に永野が立っていた。
「…ジェロニモ…今日はまた女の子らしい格好だな?」
履いていた黄色いスカートを手に持ってその場で回転する永野。
「え、うん。似合うか?」
「似合う?まあ、いいじゃねえか?」
永野は野良猫がエサを貰うために媚びを売るような顔で口を開く。
「そうか…ちょっと話せる?」
「ん?何を?…」
「お前さ、6年の時のバレンタイン覚えてるか?」
永野の不自然な微笑みに戸惑う一心。
「6年生の時?」(そんなに貰ってないけどな。ジェロニモからもらったかな?いや貰ってないよな)
「ああ、義理チョコだけど…確か3個ね」
一心が記憶をたどるようにして口を開くと永野は恥ずかしそうに口を開く。
「もう一つあったろ?」
「もう一つ?…いや、ない…はずですよ」
何故か敬語になる一心。少し考えると何かを思い出したように口を開く一心。
「ああ、あのロッカーに入っていた名前の書いてないチョコレートのこと?」
一心がそういうと、真冬の寒さを耐えて、春を待ち望んだ草花の様な笑顔で永野が笑顔を見せる。
「そう、それ!」
「それがどうしたの?」
一心がそういうと、永野は緊張からしどろもどろになる。
「あれ…俺…いや、その、あの…ひゃ…わ、見るな…よ…い…私のなの!」
「ん?…何の呪文?」
「真面目に聞けよ!俺さ、あの頃から…えっと…その…あっと…お前のこと…」
「ん?」
永野が自分の気持ちを伝えようとすると、歩きスマホをしている女性が永野の肩にぶつかった。永野が体制を崩して転びそうになると一心は反射的に反応して体を抱き上げて助ける。
「…キャー!」
「大丈夫か?」
見つめ合う一心と永野。
「…神木…」
抱き着かれていた永野が恥ずかしそうに顔を上げて一心をまじまじと見た。永野の高鳴る鼓動とは対照的に冷静な一心が口を開く。
「離れていいぞ?」
永野が目を背けて口を開く。
「いや…俺、あの頃からお前のこと…」
すると一心は何処からともなく強い目線を感じる。そしてその感じた視線の方向に目を向けると愛梨がそこに立っていた。
「ああ…!」
驚く一心。目に涙をためて走り出す愛梨。一心は永野から直ぐに離れると愛梨を追いかける準備をした。
「じゃあな、ジェロニモ!サッカー頑張れよ!」
「…誰だよシン!その女!」
「俺の大事な人だ!」
全速力で走り去る一心を涙目で見る永野。
「ペナルティーエリアでPKは外したことないのに…」
歩道の両脇にある樹木から葉がゆらり、ゆらりと、差し込んだ光に終わりを告げるように寂しくゆっくりと地面に落ちた。落ちた葉はまだ枯れてもいない若い葉だった…
しばらくして一心が愛梨に追いつくとお互い息を切らした。愛梨は裏切り者を見るような目つきで一心を見るとふっと、ため息をつきまるで窒息しそうなほど胸が苦しむような仕草をした後で心まで閉ざすように目を閉じた。一心が優しい口調で声をかけた。
「落ち着いて…」
そういうと、肩にかかった一心の手をハエたたきでハエをたたき落とすかのように真下に叩き付けた。
「…!」
驚く一心。しかし、そんな様子にはお構いなしに、愛梨は何をやっても許される、何の責任も、罪もない、赤子の様に喚き散らした。
「まさしく突発的な事故よね!事件は現場で起きている的な?」
「誤解だよ。あいつは俺の昔の同級生でさ…」
「何、その自分は何も悪くない、そう、何も悪くないかもね?ん?いや悪いわよ!」
「…え?」
「私だって仕事で色々なことあるのよ!なのに、私はいつも応援ばっかり…連絡しても無視するし…」
「ごめん」
「ごめん、ごめんって何度も謝って済むわけじゃないでしょ!」
「…ごめん」
「もう!」
「…」
「なら聞くけど…いちゃんにとって私はどういう存在なの?」
「存在?」
「今度、私の出演することの決まった映画のタイトルは?」
「…えっと…」
「はい、時間切れ正解はLOVE∞ウイルス」
「…」
「次!秋田で私が出た歌番組は?」
「…」
「はい、時間切れ、正解は「トップ ランキング」
「…」
「私が司会者としてやっているラジオのクイズ番組は?」
「…」
「はい、時間切れ、謎解き姫は眠らない」
「…」
「今度、始まる料理番組は?」
「…」
「はい、時間切れ、女子力の方程式」
「…」
「ネットで調べればすぐに出てくることじゃない!私は、いっちゃんのこともっと、もっとたくさん知ってるのに…酷いよ…」
「一度でも私のことを心から凄いな?とか言って褒めてくれたことあるの?私は貴方のなんなの?他の人と同じ?体が目的なの?…ねえ、ホテルに行ってセックスしようか?」
「ホテル?何…何言ってるんだよ」
「だって、そうでしょ。私の体が目的なんでしょ!」
「…違う」(いやでも少しあるかも…あれ、俺も聞きたいことあったんだけどな…ディープキス…あれ何だったんだ?)
「そんな顔して、ドスケベ!」
「ドスケベって…!そっちだってディープキス…」
(あ、まずい…馬鹿なの俺…いや今確実に誰かが俺の脳で恋愛ゲームしてる…)
「ディープキス?」
「言ってないよ。それは異世界の奴らが俺の脳を…」
「…キモイんですけど…」
「何か聞こえましたか?」
「全然…」(あれ、何で嘘つくの俺?)
「…怪しい。私のこと信じられないの?」
「え…そう、そうだよね、俺は愛梨を信じてるから…」
「…信じるってどのくらい?」
愛梨がその妖精の様な雰囲気を全開にして首を少し傾ける。眩しいほど光輝いて見える愛梨の姿に圧倒され挙動不審になる一心。
「…えっとね…うんと…それは…えーっと…このくらい?」
両手を垂直に広げる一心。
「…じゃあ…いっちゃんは全てを投げ出してでも私のこと守ってくれるの?私のためならバスケ辞められる?」
「バスケは…無理です…」
「…いっちゃんの箸休めになんかなりたくない。そのうちNBAに行くとか言い出して私のことを置いていくんでしょ!私、一人になるの嫌だからね!」
まくしたてる愛梨をどうやって止めたらいいのわからず思ってもいないことを口にする一心。
「じゃあ、どうすればいいんだよ!」
「…私たち別れようか?」
「え?」(さっきまで一人になるの嫌だって言ってたのに…今度は別れようか…バスケットと違ってどこからキラーパスが来るかわからないな…そもそも受け取っていいパスなのかもわからないし…女心は…不可解だ…何時、地雷を踏んだのかもわからない…ポルターがスト現象だ…)
「そんな顔して、何考えてるの?」
「いや」
「嫌なの?」
「いや、その嫌じゃなくて…」(やばい…もはや空気すら地雷の様だ…)
「ああ、そういうこと?私って足かせがなくなればもっとバスケも上手くいくんじゃない?私がいなければもっと気楽にプレーできるんじゃない?そういうこと?」
「そんなまさか!1ミリたりとも思ってないよ!」
「1ミクロンは思ってるの?」
「…はい?」(今、気が付いた…この将棋はすでにつんでる…俺の持つ手駒では愛梨に対抗できない…)
「え?…え?」
自分の歌を歌いだす愛梨。
「私の奥の奥の深い場所で…警告音が鳴り響く~乱反射する孤独の中で、自分の嫌気がループする…」
「あ、それ愛梨の歌だね」
その言葉で急に表情が柔らかくなる愛梨。
「分かる?」
「歌詞?」
「…違うわよ…もういっちゃんは…」
「え?」
「本当は私、怖かったのかも…いっちゃんがこれからどんどん遠くに行って私のこと捨てるかもって…優勝なんかしない方がいいと思うこともあった…ごめん」
精神的に不安定な愛梨を見て、自分のせいだけでなく仕事上で何かあったのだろうと一心は感じ取っていた。
「愛梨…」
「ん?」
愛梨がそういうと一心の表情も雰囲気をも急に変わる。その姿にドキっとする愛梨。
「嫌なら辞めちゃえば?」
「…え?」
「確かにさ、知らないし無関心だったかもしれない。でも愛梨のことをテレビで見るとすげーなって思うよ。愛梨の歌や存在によって救われるファンも多くいると思う。でも、愛梨にとってはそれがつらくて、平凡な普通の女子高生に戻りたい、そう思うなら別に俺はそれでもかまわないと思っている」
「つまりはどういうこと?」
「理由は聞かないし、分からないけど…嫌なら辞めちゃえば?愛梨がアイドル活動している理由は、片親のお父さんがギャンブラーでまともに働かないからでしょ。偉いと思うけど、嫌な思いまでして働かなくてもいいんじゃない?俺たちまだ高校生だし、どこかに助けを求めれば助けてもらえるかもしれないし」
「いっちゃん…ありがとう。でもまだ、辞められない。いっちゃんが今回、背番号を5番をつけて、お父さんにその活躍を見せつけようとしているように、私もお母さんに自分の活躍を見せつけてたい。そしてできればお母さんと再開して、私を捨てた理由を聞きたい!」
「…俺は預言者じゃないから分からないけど、、きっと叶うと思うよ」
「…うん…でも」
「何?」
「いっちゃんは何で私が悩んでいると思ったの?」
「なんとなく…かな?」
「…実は、僕もなんだけどさ周りで起きていることが自分自身で処理できなくてどうしようもないときっていうのは、近くにいる人にその思いをぶつけてしまう時があるから…こないだ母親が来てた時に怒るような話じゃないのに、優勝のプレッシャーで焦りもあったのか…大きな声出してしまってさ」
そう自分で言いながら母親の樹里との食事を思い出す一心。
「そうなんだ…私も最近はドラマが始まって共演者がトップアイドルのせいもあるんだけど…ありもしないことを雑誌に書かれたり、ネットニュースになったりで」
「そうだったんだ。ごめんね気が付かなくて」
「逆に、見てくれてなくて良かった…人は真実に興味がないのよね。私がいくら否定しても記事が載った時点で誰かを断罪したがっている」
「俺は愛梨を断罪したりしないよ」
「ありがとう…本当に私のこと捨てない?」
「心配性だな愛梨は」
「…なにそのちょっと上から目線的な発言…」
「え?そう、そういうつもりじゃないけど…」
「…そういうつもりはない…勘違いする女の子もいるんだからね!…いっちゃんはそういうの鈍感かもしれないけど…いっちゃんだって帝国高校のスーパールーキーで未来の3皇帝の一人ってネットでは噂になってるんだよ」
「そうなの?…でも俺は流稀亜と違って顔もカッコ悪いし、女の子のファンはいないよ」
「分からないわよ、さっきの子みたいに」
「…ジェロニモのこと?あいつはないよ」
そして吹き付ける風が愛梨の髪をかき上げる。一心は愛梨のとの距離を縮め頬に両手をあてて自分の手で直接、温める。すると恥ずかしくて少し顔を下に向ける愛梨。
「どう?」
「はははは」
「何?」
「ごめんね。あんまり温かくない」
「そうか」
一心の手をすり抜けて抱き絞める愛梨。
「…世の中って知らなくていいことあるよね」
顔が赤くなる一心。
「知らなくていいこと?」
「恋に落ちるっていること…私、深いふか~い…クレパスに墜ちたみたい。もっと強く抱きし絞めて…」
「…」
「温かい…」
少しの間そうやっているとお互いの顔が近くなる。お互いの鼻が擦れようとした瞬間、丁度いいタイミングで声が聞こえる。
「愛梨~」
愛梨のマネージャーが必死の形相で走って来た。
「お預けみたいね」
「…そうだね」
「ははははは」
いっちゃん!
「何?」
「優勝してよ」
「勿論、そのつもりだよ!」
埼玉国体「駆け抜けろ青春」
決勝戦~
決勝戦はさいたま市中央区新都心にある埼玉スーパーアリーナで行われた。収容人数は約25000人。会場は都心から近いということもあってか、満員で席という席が埋まりつくしていた。会場内の熱気もすごく、その空気がウオーミングアップをしている一心達にも伝わって来た。両校の応援団も声からしている。
「いけ~いけ~秋田!」
「押せ~飛べ~貫け~秋田!」
「きめろ、届け、秋田~全国制覇~」
コートの中央部分を割くようにしてお互いが叫び合っている。
「どついたれ~!かましたれ~!大阪魂~」
「大阪に持って帰るで~優勝カップ~!」
「止めろ~交わせ~シュートをきめろ~!」
同じ頃、撮影時間を変更され、都内のスタジオにいた愛梨はイライラが止まらなかった。周りに大勢の撮影クルーがいる中、そんなことはお構いなしに声を荒げる愛梨。
「マネージャーどういうことよ!私、今日は午後から休むはずでしょ!」
「…今回は初出演だし…あちらさんはすでに全国区のトップアイドル…スケジュール調整は仕方ないですよ…」
するとスケジュールをわざと変更した神楽坂が笑顔で愛梨のもとにやって来る。
「やあ、おはよう」
「…」
「機嫌悪そうだね…飯食べてないの?」
「…」
「一緒に何か食べようか?」
「わざわざ、決勝戦の時間帯にずらしたの?」
「いや~奇遇だねえ。コンサートのリハがあるからさ撮影の時間の変更をお願いしたら、監督、すぐにOKだってさ。良かったよ。今日も君にあえて…君、午後からスケジュール開けてるんだろ?だったら、俺のコンサートのリハに来ないか?」
「馬鹿な人。小道具のスタッフや、照明さん、音声さんもあなた一人の我がままでこんなに混乱してるじゃない。責任感ないのね」
「全部君のせいだよ」
「なに、日本人特有の責任転換?」
「確かに、急な変更でスタッフは参っているが、あと2時間もすればセットが出来て撮影が始まる。よっぽどのアクシデントがなければね」
「馬鹿につける薬はないって諺があるけど本当なのね」
「好きな女のたわごとっていうのもいいもんだな」
「あなた、毎回ふる側の人?」
「この俺が女を追いかける理由がないだろ?」
「そう思っているのは貴方だけなんじゃない?」
「本気だった人がいないんじゃないの?あなたに?」
「どういう意味だよ」
「おおかた、アイドルに近寄ってアクセサリーされているのは自分だっていうことも気が付かない馬鹿なのよ、あなたは…」
「何だと!」
「どんな女も、俺に夢中さ。愛している、行かないで、私の何がいけなかったの?そんな感じさ、なんて言っても俺は国宝級のイケメン…世の女が俺をほっとかないのさ…」
「ははっはは」
「何が可笑しいんだ!」
「…大好きな人に、ずっと好きでいて貰うために頑張るのがもう嫌だなあ…あなたそんな気持ちになったことないでしょ」
「ないね、何故ならみんな俺を好きになっちゃうから…」
「私に言わせれば所詮あんたみたいな顔だけ男なんて、フランチャイズ展開している店の料理と同じ。流行が変われば、すぐに消える。人の心は移り気だからね…そんなこともわからない国宝級バカね!」
「…この俺が国宝級バカ…」
「ねえ、マネージャー。ハサミを取って」
「はい?」
「もういいわ!」
近くにいたヘアーメイクのハサミを取る愛梨。
「まさか俺を刺すのか!」
「ふ、そんな価値すらないわ。なにより私は貴方に興味がないの…でも愛が何か教えてあげる」
「アイ?」
「髪はねえ…女の命。でも私の愛より重くないのよね…」
その場で、腰のあたりまであった長い髪を肩まで切り落とす愛梨。
「…!」
周りのスタッフが慌て騒ぎ立てる。それを見たマネージャーもまた両手で顔を抑えると天を仰ぐ仕草をする。その理由は、撮影しているシーンとシーンが前後で繋がらなくなるからだった。神楽坂が叫ぶ。
「おいお前!そんなことしたら繋ぎが効かないだろ!」
「人の貴重な時間を奪っていることを少しは思い知りなさい!」
「なんだと!」
「恋をするとね…人を愛することで女は強くなれるの!」
そう言い残して撮影現場を颯爽と抜け出す愛梨は周りのスタッフが慌てているのも全く気にせず笑顔を見せて出ていった。
「マネージャー、予定通り午後から休みだから」
「…休みって…」
「付いて来ないでよ~オ~ツ~カ~レ~様です~」
髪を切ったはずなのに上機嫌な愛梨は子供がスキップをするように撮影現場を後にする愛梨だった…
タイトル「全国制覇のメロディー」
その頃、試合前の更衣室では選手が全員、石井の話を聞いていた。石井は身ぶり手ぶり、大げさに思えるほど動かして熱い思いを伝えていた。
「主導権を握らったいば!ミスがあっても誰かのせいにするんじゃねえべしゃ!ながまさっけうたがうもんじゃねえべしゃ!しんじらったいば!ディフェンスでは隙があればぼーるばうばわったいば!求めでるものはめのまえにあらったいば!」
翻訳 下記
(主導権を握れ!ミスがあっても誰かのせいにするんじゃない!仲間を疑うな!信じろ!ディフェンスでは隙があればボールを奪え!俺たちが求めている物は目の前にある!もうすぐが届く!そうだろ!)
「はい!」
「すべてだしきってくらったいば!(すべて出し切って来い!いいな!)
「はい!」
「初代総監督、満島校長が来てらったいば!校長の話を聞け!」
「はい!」
初代監督でもある満島は現在帝国高校の校長をしているだけあって、石井とは違い穏やかな表情をしている。そして優しい口調で話し始めた。
「みなんな、ここまでよくやった。ご苦労さんとねぎらいたいところだけどまだだよ。僕は帝国高校の監督になるまでね実は全国優勝なんて一度もしたことがなかった…でも指導者になってからは紆余曲折があったにせよ、何度も何十回もした。でもね、それがどうしたっていうんだ?何度、後悔しても青春は戻ってこない。現役時代、何度か全国優勝のチャンスはあった…でもプレイヤーとしてはできなかった…」
そういった後、人が変わったような表情でロッカーを平手でたたく。
「…バン!」
大きな音が響き渡る。
「…」
急に、人柄が変わった満島の気迫に緊張感が走る。すると満島が、石井よりもさらに大きい声で叫んだ。
「いいかよく聞け!試合展開が苦しくなろうが、自分たちが不利な状況にあろうが、あせるな!絶対にチャンスはある。チャンスは逃がすな!」
「はい!」
「勝ち方というものは学ぶものじゃない!自分達で作るものだ!お前たちの手で名門を復活させろ!いいな!」
「はい!」
圧倒的力で勝ち上がって来た秋田代表だが、決勝戦前の勝敗の予想ではやや大阪代表が優勢という意見が多かった。しかし、そんな噂など一心はまったく気にしていなかった。
コートに出る前に選手全員で円陣を組むと南禅寺が叫ぶ。
「自分たちのバスケをするぞ!さあ!全力でたたきつぶすぞ!」
「オウ!」
「1,2,3,4、帝国~ビクトリー!」
「オウ!」
埼玉国体「駆け抜けろ青春」
決勝戦~
秋田県代表 帝国高校スターティングメンバー
南禅寺 清隆 184cm (シューティングフォワード)
神木 一心 176cm (ポイントガード)
暁 流稀亜 194cm (シューティングフォワード)
関口 悟 205cm (センター)
折茂 和也 191cm (シューティングフォワード)
大阪代表 スターティングメンバー
大阪代表 大阪常翔学園スターティングメンバー
ディリックマートン 203cm (センターフォワード)
三浦 雅俊 200cm (センターフォワード)
葛西 明彦 194cm (シューティングフォワード)
室橋 良次 201cm (センター)
朝倉 秀樹 188cm (シューティングフォワード)
コート中央に並ぶとあらためて平均身長が10cm近く小さいのがなお分かった。そして審判が笛を鳴らすと、センターサークルに入り、肩が触れ合う。マートンが口を開く。
「クソチビ、ガラ空きやんけ」
「…」
秋田は、相手が攻めやすいようにわざと、センターサークルの半分を開けていた。ジャンプボールに入るのは三浦と折茂。三浦のジャンプ力に絶対勝てるわけがなかった。そしておごりからなのだろうか、目の前ががら空きになっているのに三浦はそれを不自然とは感じなかった。その三浦がマートンに対して目で合図を送っている。おそらく前に走れという合図だ。先制点で豪快なダンクを決めるためだろう。秋田県代表はアルファベットで言うとYの形をした陣形を取っていた。
Yの字の先端部分、右側には一心、左側には流稀亜。後方に縁の中にも入らずサイドラインには関口。そして南禅寺は流稀亜後ろについていた。
「…」
ボールが上がる前、三浦やマートンは若干余裕の表情を見せていた。ボールが上がった瞬間、三浦の手首の動きを確認する秋田代表。手首のスナップは一直線にYの開いた部分の中央を指していた。
一心と流稀亜、お互いが縁に沿って神風の様なスピードで走り出す。そして三浦のタップしたボールが室橋に渡ろうとすると、高くジャンプして流稀亜が鮮やかにカットする。その瞬間、南禅寺が走り出す。
流稀亜はワンハンドでそのボールをキャッチすると足が床に着地する前に一心にジャンプパスをする。そしてそのボールを一心は何の迷いもなくそのまま関口にパスを出す。
「1、2、…関口さん!」
「おーっち!任せておけ!タッチダウンパスだ!」
関口のパスが今度は右斜め45度のラインにいた南禅寺にわたると南禅寺が落ち着いて鮮やかな3ポイントシュート決める。
「シュ」
ピンポン玉のように左右に弾けたボールはあっという間にゴールネットを揺らした。わずか、開始3,5秒の出来事だった。何が起こったのか一瞬分からず静まり返る観客席。そして会場全体が認識すると地響き様な歓声が沸いた。
「おおおお!!!」
「スゲーぞ!」
「何だ今の!」
それを見た観客席で見ていた飛島が含み笑いで口を開く。
「波が来たぞ…行け」(神木、暁…お前らの未来と現在…見せてもらうぞ!)
一心が大声で叫ぶ。
「2-2-1」
「オウ!」
大阪代表選手はその後、秋田代表の伝家の宝刀ゾーンプレスに苦しんでいた。なんとか平常心を取り戻して全体の指揮をとろうと、三浦がダンクシュートを叩き込むが、三浦が決めれば速攻が決まり、一度開いた点差が鼬ごっこのような形になってしまっていた。
結局、流れを変えられなかった大阪代表は1クオター目を12点差をつけられていた
「クソ!」
三浦がそいって床にボールを叩き付けた。
秋田 23 対 大阪 11
第2クオーター。大阪は、ディフェンスをゾーンに変えリズムを遅くしてスローペースに持ち込もみセットプレーから三浦を起点して得点を重ねてゴール下を連続で押し込
み、秋田代表に追いつこうと必死のプレーをする。それを必死にディフェンスする流稀亜。
「これぐらい!飛島さんに比べたら!」
「ピー!ファール」
「え?今のファールじゃないでしょ!」
審判に抗議する流稀亜をなだめる一心。
「ルッキー」
流稀亜がその日、3つ目のファールを犯す。(バスケットのルールでは一人の選手が5個ファールをしたら退場になる)明らかに誘われた感じで、伸びた流稀亜の手に対してぶっつかっていったが、そういったズルさでは国際大会なども経験している三浦の方が流稀亜よりも一枚上手だった。流稀亜が口を開く。
「飛島さん比べたらスピードもパワーも下なのに…」
南禅寺が口を開く。
「仕方ない。俺たちの先輩は後輩に対してずるがしこいファールはしないからな」
マートンが口を開く。
「おまんら、負け組の言い訳やろ、なんや退場でもするんか?裏切者!」
流稀亜が声を荒げる。
「何だってマートン!」
南禅寺が流稀亜を止める。
「やめろ!暁!」
「…」
マートンが口を開く。
「流稀亜、おまんはワシを裏切ったこと後悔させたルわ!勝った後で何言われようが俺はかまわへんで!」
「…」
マートン亜口を開く。
「なんや、何もいわんのか!」
不愉快そうな眼の流稀亜が口を開く。
「別に…それが君の求めてるバスケならいいんじゃないの?」
「…なんやと!」
その後、三浦に対するマークが緩くなったために逆に点差を縮められる秋田代表。引き気味のディフェンスをしてイラついたのか、流稀亜は珍しく熱くなっていた。
「シン!」
パスを出すと、マートン、三浦、室橋が3人がかりで200cmの壁を作る。すると流稀亜は隙間のない場所を強引にドライブインで持っていこうとして、三浦とマートンを吹き飛ばす。
「ピー!」
「チャージング!オフェンスファール!」
(チャージンぐとはオフェンスファールの一種で、動いていないディフェンスに対して強引に突っ込んだりするときに取られてしまうファール)
流稀亜はその笛が鳴った後でしまったというような表情をしている。振り返り石井の方を見るが交代させるつもりはないらしい。流稀亜は4個目のファールをしてしまっていた。(バスケットのルール上、5個ファールすると退場になる。それを意識するとプレーが萎縮してしまう)
「すみません」(あと1つで退場か…)
「何言ってるんだ、暁、ナイスガッツだ」
南禅寺はそう言って微笑んだ。確かに、守りに入ってきていたオフェンスの流れを流れを流稀亜の闘志あふれるオフェンスファールで活気つかせた。しかしエース流稀亜の4つ目のファールは痛い。
そして、それに対して気を遣った関口が口を開く。
「おーっち!神木!俺によこせ!」
折茂が続く。
「ちっちっち、俺に任せろ!」
南禅寺が口を開く。
「俺もだ!」
南禅寺、折茂、関口、らのその後の活躍もあり一度は同点に追いつかれたが2点差リードでで第2クオーターを終えた。しかし、状況は厳しかった。
秋田県代表 49 対 47 大阪府代表
ベンチに戻ると監督の石井が指示を出す。体力の消耗はひどくはないが流稀亜のファールが気になっていた。ベンチではいつも隣に座る流稀亜が声を掛けられたくないのか、少し離れた場所でぶつぶつ独り言を言いながら座っていた。
「いいか、大阪は第3クオーターからかなりのスローパースの展開に持ち込むはずだ!」
「はい」
「かと言って、ずっとプレスディフェンスは使うことはできない。体力の限界がある。なんとか耐えながらチャンスをうかがえ!いいな!」
「はい!」
「1,2,3,4、帝国~ビクトリー」
「オウ」
第3クオーター
大阪は、ディフェンスをゾーンに変えリズムを遅くしてスローペースに持ち込む。早い展開が中々できない秋田は攻めあえぐ事が何度かあったが、流稀亜の個人技と一心の個人技で何とかしのいだ。そして一進一退の攻防が続く。
「イケメンは最強!」
そしてそれに続くように南禅寺、折茂、関口も得点を重ねてた。
「ナイスシュートです!南禅寺さん!」
「お前らばかりにいいかっこうはさせられないからな!」
南禅寺に負けじと折茂も角度のない所から得意のシュートを決める。
「ちっちっち、次は俺の番だ!」
そして関口はリバンドを取るとパワープレーでそのまま豪快なダンクシュートを決める。
「おーっち!邪魔だいば!」
最初こそ、イージーミスやシュートミスもなく一進一退の攻防が続いたが徐々に高さの支配が壁になった。200cmの3枚の壁を飛び越えてのドライブインや、クイックネスなシュートは毎回決められるような簡単なシュートではなかった。そして残り時間もわずかになった頃…同点のままお互いが激しくぶつかり合っていた。
第3クオーター
残り58秒…
大阪府代表 68 対 68 秋田県代表
「俺さまはスーパールーキーじゃい!」
マートンが折茂、南禅寺のブロックを弾き飛ばしてダンクシュートを決める。
バスケットかカウントを取られる。マートンはしっかりとシュートを決める。
大阪府代表 71 対 68 秋田県代表
「…」
マートンのシュートに感化された流稀亜がボールを貰うと三浦と室橋のブロックに対して強引にシュートに持っていく。体が接触して流稀亜の体制が崩れてシュートが外れる。微妙な感じだったがファールの笛はならなかった。リバウンドを三浦が取るとワンハンドパスでマートンにわたり。逆に速攻をきめられてしまう。
残り28秒
大阪府代表 73 対 68 秋田県代表
ここから、調子に乗る大阪代表は三浦のラッキーシュートも決まる。流稀亜が4ファールで三浦のマークに着けずにいると折茂が三浦が放ったシュートに普通にブロックに行っただけなのにファールを取られて3ポイントが決まった上にバスケットカウントを取られてしまった。
そんな笛を審判が吹く理由は二つほど心当たりがあった。
1つは前半で流稀亜のファールを犯したときに抗議した事で笛が厳しくなっている。
2つ目はあまりないことだ帝国高校の名門復活をよく思ってない審判。
「ふざけんなよ!触ってねえよ!」
食って掛かろうとする折茂を南禅寺と一心が必死で止める。
「折茂さん!」
「折茂!」
折茂は何とか興奮が収まったが三浦はしっかりとフリースローを決めていつの間にか6点差になってしまった。
これ以上点差が開くと心が折れてしまう。一心は叫んだ。
「折茂さん、南禅寺さんまだいけますよ!」
「勿論だ!」
大阪府代表 76 対 68 秋田県代表
第3クオター残り14秒で8点差…何としても1ショットは決めなくてはいけない。
一心はボールを貰うと、待ってましたと待ち構えていたディフェンスを神風の如く交わしてゆく、そして3人の大きな壁が立ちはだかると、それをもろともせず縦の大きさに対して横の速さで揺さぶる。
「どうだ!」
そして開いた隙間を変えくぐるとジャンプする。一心は、室橋とマートンにはさまれるような形でブロックされる。
そしてその隙間から流稀亜に目で合図を送る。
「今だ!ルッキー」
一心の目の動きに合わせるかのように動き始める流稀亜。ゴールに近寄るのではなく3ポイントラインを弧を描くように動く。すると三浦がそれに気が付き流稀亜を追いかけ始める。一旦、三浦の前で止まる流稀亜。一心のパスしたボールが三浦の正面に飛んでくる。
「神木、パスミスやんか!」
三浦がそのバウンドしたボールを手でつかもうとすると90度方向を変えて
ボールが不規則な動きをする。
「なんや…これ!」
「…ふ」(スナップパスだよ)
そして、パスにつられて流稀亜を見失っていた。
流稀亜は45度の地点からゴール正面に移動するとボールを受け取り3ポイントシュートを当たり前のように決めた。
「シュ!」
第3クオーター終了
大阪代表 76 対 71 東京都代表
秋田代表はなんとか5点差で3クオター目を終えた。緊張と溜まった疲労がいつもよりもどっと足に来ていた。周りを見ると他のメンバーもそれなりに疲れているのが分かった。監督の石井が檄を飛ばす。
「暁!もうお前は手を出すな!オフェンスだけに集中しろ!いいな!」
「…はい」
「いいか、次のクオターも相手はスローペースで来ている。自分たちの展開に持っていけ!」
「はい!」
コートに出ようとしたとき、関口が流稀亜の傍に寄り方を叩く。
「おーっち暁、俺がカバーするから少しパワー貯めとけ。カメハメハの打ち方俺が教えるからみてらったいば!」
流稀亜が驚いている。
「カメハメハですか?」
関口が口を開く。
「おーっち、んだいば!」
「ははは」
関口のそんな冗談で秋田の選手に微笑みが戻った。
第4クオーター開始…最終コーターが始まると流稀亜が三浦のマークに付けないため、超高校級の三浦の得点力が炸裂した。
「おりゃ!」
そしてそれに続ようにマートンがダンクシュートを決める。
「クソ!」
試合開始から3分が経過する頃には9点差をつけられていた。石井がタイムアウトを取ろうか迷っていた。
「…まだ早い…」
一心は左にいた、流稀亜にパスを出そうか考えたがやめた。あと1回でファールすれば流稀亜は退場になってしまう。下手したらオフェンスファールもあり得るからだ、そして考えた末に自分で仕掛けることにした。それに気が付いた三浦がディフェンスの動きを変えた。。
「俺が止める!」
左右にフェイントし一人目を抜き去ると、カバーに入った三浦がフリースローレーン手前で仁王立ちしている。
それを、抜きしながら左右にフェイントして鮮やかに努を交わす。
「何!」
三浦を交わして、空中に舞い上がるふりをする(フェイント)。後ろからマートンがブロックに来るのは予想していた一心はマートンが空中に飛び上がると、体制を変えて飛び上がる。ブロックに来たマートンのしつこい手を左手で支えながら体のバランスを保つ。片手一本でしょい込むようにリングに向かってボールを浮かせると綺麗な放物線を描きネットに吸い込まれる。ファール!バスケットカウント!着地した瞬間、インターハイの時に痛めた肉離れした場所に痛みが走る。(肉離れは癖になると言われている)
「…」
誰にも悟られてはいけないと思い、いつもよりもゆっくりフリースローラインに向かう。
大阪府代表 81 対 74 秋田県代表
このフリースローは重要になる…そしてゆっくり、フリースローを打つ一心。
今迄も、試合中にほぼ落としたことないフリースロー。それは相手チームもわかっていて、すでに次の展開をチームメイトは考えていた。残り時間は5分38秒。ボクサーでも3分一ラウンド。全力で5分間のプレスディフェンスは持たない。南禅寺はどうすべきか迷っていた。その時。一心のフリースローが珍しく外れる。
「…しまった!」
しかし、そのリバウンドに関口が飛び込む。
「おーっち!神木、あとでから揚げだいば!」
しかし、関口がボールを取ると関口にシュートをきめさせまいと三浦と室橋が関口に激しく衝突する。
「取らせるわけないやろ!」
関口は室橋と三浦にはさまれるような形になり空中でバランスを崩すが、強引にシュートに持って行く
「おーっち!愛梨が見てらったいば!」(1年にばっかりに頼ってられるか!)
シュートは見事に決まる。
大阪府代表 81 対 76 秋田県代表
5点差になった。しかしシュートを決めた関口がそのまま膝から落下してしまう。
「うわ!」
試合は止まらず、マートンに速攻をきめられて7点差で負けて折り返す展開となった。ファールの笛が鳴らない審判に対して猛抗議をする監督の石井。しかしそれが覆ることはなかった。全国大会優勝の常連校だった帝国高校。いちがえには言えないが、かつての帝国が復活することをよく思っていない審判もいることは確かだった。
一心がつぶやく
「これはまずいな…」(審判を含めて7人相手に戦っているようなものだ)
仕方なくタイムアウトを取る石井。そしてベンチに戻った関口の膝は大きく腫れ上がっていた。
「うう…」
悶える関口を見てもその日の試合には出ることが気ないのがはっきり分かった。関口が口を開く。
「おーっち!俺はまだやれる!」
同期の折茂と枡谷が関口に近寄って声をかける。枡谷が声をかけて関口の肩を触りなだめる。
「グッチ、少し休め」
折茂が声をかける。
「ちっちっち、グッチ少し待ってろよ」
折茂が関口の方に触れえる。すると関口がその巨漢を震わせる。
「おーっち!マッコリ!ズル!触るんじゃねえ!俺は出るって言ってるだろ!」
関口が枡谷と折茂を吹き飛ばし大きな声を出してベンチに戻ろうとする。するとその巨漢の関口を南禅寺が右手一本で押さえつける。
「関口!お前にはまだバスケの未来があるだろ!」
関口は南禅寺の言葉を素直に聞き居れようとするが我慢できずに口を開く。
「…南禅寺さん、でも俺…試合に勝ちたい!」
「馬鹿野郎!お前はキャプテンの俺の言いうことが聞けねえのか!」(すっと待ち望んだ全国制覇…お前の気持ちは痛いほどわかるよ…でもな、お前のバスケ人生を終わらせるわけにいかないだろ)
一心は南禅寺がそういった威圧的な態度に出るのを始めてみた。しかしそれは関口を思ってのことだというのは十分理解していた。南禅寺の行動は常にキャプテンとして何が大事かということを行動でしめしていた。そして 南禅寺がそう言うと関口は古井戸に墜ちた捨て猫の様な顔をしてベンチに腰掛けた。そしてそれを確認すると監督の石井が何の迷いもなしに枡谷を呼びつけた。
「枡谷!」
身長164cmの枡谷が石井に呼ばれた。通常の考えであれば205cmの関口の代わりに出るのは同じような身長の選手だった。200cmの壁が三枚の大阪代表…
しかし、秋田代表、いや帝国高校は自分達のバスケットを貫いた。
石井が叫ぶ。
「平面、立体を制する!」
控え選手の中で一番素早い動きをするのは枡谷だった。
「枡谷!」
「はい!」
枡谷は待ってましたと言わんばかりにすでに万全の状態でウーミングアップを終えていた。
「佐藤!お前も準備してろ!総力戦になるぞ!」
「はい!」
「トップ、リードガードを枡谷」
「はい!」
「神木、お前は点を取る事に集中しろ!」(わかってるけど足が…)
「はい!」
枡谷がスタメンで出ることによって、平均身長でも約15cm以上の差がある。観客席から様々声がコートに響く。
「…身長差があり過ぎるだろ」
「まるで中学生と高校生の試合だな」
その声に負けじと南禅寺が叫ぶ
「お前たちの武器は変わらない!」
それに対して秋田代表のスターティングメンバーが全員で返事をする。
「分かってます!」
残り、5分03秒。
大阪府代表 81 対 74 秋田県代表
コートに戻ると一心と流稀亜にマートンが声をかける。
「あれは、俺もちょっとな…おもうたで…せやけど勝負は勝負だからな」
一心が驚く。
「珍しい…」
マートンが口を開く。
「何がや!」
「気を遣ってるなんて…」
「さっきのは、あんまりやん。って思うてへんけどな!」
一心が口を開く。
「…マートン、カミソリみたいに切れ味で行くよ」
流稀亜が逆にマートンを挑発する。
「アホか!裏切者!おまんがカミソリなら、ワシはイナズマじゃない!せめて同点になってから言えや!」
捨て台詞の様にディフェンスに戻るマートンに一心も小声で口を開く。
「そんなのすぐだよ…」
そして、その宣言通り試合が始まると会場が静まり返った。カメレオンが舌を伸ばして素早く捕食するように秋田のディフェンス陣は次々に大阪のボールを奪った。流稀亜が口を開く。
「俺は今日から超高校級だ!」(退場になったらその時は仕方ない!これが俺の全力だ!)
流稀亜のドライブインからのダンクシュートはこの日、35点目で得点でも三浦を突き放していた。帝国高校の時代遅れと言われた「平面立体を制する」そのバスケットスタイルを極めつつあった。そしてその職人技ともいえるようなプレスディフェンスの猛攻に観客も引き込まれていた。余裕の出てきた一心も要所でスナップパスを連発して、観客の度肝を抜く。
「何だ今のパス!」
「回転してバックスピンして戻ったぞ!」
それに合わせてシュートを決める折茂や佐藤。
もう、秋田の勢いは止まらなかった。
繰り返すゾーンプレスに大阪府代表も戸惑いを隠せない。そんな大阪府代表に対してさらにプレッシャーをかけてゴールを目指す秋田代表。
「俺に回せ!」
負けじと三浦が叫ぶ。ゴール下まで強引に突っ込む三浦。それを流稀亜がファールを怖がることなくがっちりと抑え込む。
「何!」
流稀亜が口を開く。
「超高校級は僕が貰いますよ!」
「…」
そして流稀亜が取ると南禅寺に鋭いパスを出す。右斜め45度にいる南禅寺。
「流稀亜!」
南禅寺にマークが付きシュートが出来ないため流稀亜にリターンパスを出す。
今度は三浦が流稀亜のコースを阻むが強引にパワーで押し切ろうとする。それ に対して流稀亜が三浦の頭上高く飛び手を伸ばす。めい一杯伸ばし切った手の先で手首のスナップで片手でシュートを打つ流稀亜。飛島との時にやったミナ来るシュートだった。
「シュ」
見事に同点のシュートが決まる。そしてたまらずタイムアウトを取る大阪府代表。
残り57秒。
大阪府代表 90 対 90 秋田県代表
溜まらずタイムアウトを取る大阪府。自信喪失して信じられないような表情の三浦が叫ぶ。
「何でやねん!」
試合が再開する。すると三浦とマートンが気迫あふれる闘志で攻め込んできた。
「三浦さん!まだ終わられまへん!」
「来い!マートン!」
そして、そのマートンが流稀亜のマークを振り切ると意地のジャンプショットを決める。
「裏切者みたか!よっしゃー!」
大阪府代表 92 対 90 秋田県代表
その逆転のシュートで焦りが出たのか枡谷が、折茂に長いロングパスを出してそれを三浦にカットされる。
「しまった」
残り34秒…
昇進しきる枡谷は一瞬、闘争心までそがれてしまった。
南禅寺が叫ぶ。
「枡谷!気にするな!」
折茂が叫ぶ。
「ちっちっち、勝ったらデミタスこーな!」
しかし、枡谷の表情を青ざめていた。絶対的にまずい状況だった。大阪代表は24秒ルールを制限まで使って20秒を超えた時にマートンが仕掛けてきた。
「裏切者!行くで!」
マートンが三浦にパスを出すと、流稀亜が床にへばりつきバチンと一度床を叩き絶対に抜かせないという姿勢を取った。
「絶対に行かせない!」
三浦が口を開く。
「しばいたるで!」
全員で枡谷のミスをカバーしようと他のディフェンスも気を張っていた。すると三浦は、3ポイントレーンの前後、長身から想像も出来ないほど、体を倒して急降下する流稀亜を抜き去る。
「早い!」
流石、今大会NO,1超高校級の意地の様なドライブイン。そのままゴールまじかに行くとジャンプする体制に入る。
三浦が口を開く。
「俺にも意地があるんや!」(こいつら…負けない!)
折茂が口を開く。
「させるか!」(ちっちっち、神木、流稀亜…関口、南禅寺さん、俺に力を貸してくれ!)カバーに入った折茂が意地を見せようとする。そのディフェンスが効いたのか、三浦は折茂にボールを取られまいとし、一瞬、へそまでボールが落ちる。その瞬間、ボールカットのチャンスが生まれた…
南禅寺が叫ぶ。
「チャンスだ!」
「バチン!」
南禅寺が目の前に立ちはだかり三浦のボールをカットするとボールがハンブルする。南禅寺が大きな声で叫ぶ!
「枡谷!」
そう南禅寺が叫ぶと顔色が戻った枡谷がサイドラインに出そうになったボールにスライディングするように飛びつき、そのまま観客席に突っ込み倒れながら一心にパスを出す。
「うおおおお!」
「行け!神木!」
残り時間13秒46
「ナイスパス!みんな!」
ボールを受けっ取って一人かわし、二人目を交わしたとき、急に目の前の画面が揺らぎ、がくんと、ひざが落ちた…一心の左太腿に力が思うように入らない。
「グュ…肝心な時に…」
コート中央付近。もたついている一心の左手が床につく。痛めた足が思ったように動いてくれない。それでも転びながらボールをつく一心。
「神木!」
すぐ後ろにはマートン、三浦が必死の形相で追いかけて来ている。
「あと少しなのに…」(監督の首もかかってるし、愛梨との約束、伊集院さんとの約束、みんなの思いがこんな形で終わるのか…でも、動かないよ…もうだめだ…)
そう諦めかけた瞬間、会場の2階スタンドから身を乗り出すようにして大声出す愛梨の声が響く。
「いっちゃん~諦めないで!」
周りの歓声でかき消され、大声を出している愛梨の歓声が不思議な事にはっきりと聞こえる。そして冷静に愛梨を見る一心(あれ、愛梨…髪切ったんだ)
「約束したんでしょ!優勝するって!」
「…そうだ…約束した…」
気合を入れ直しわけなのわからない声を叫ぶ一心。
「うがーーーー」
無理やりに起き上がる一心。その時一心の中で瞬間的に不思議な現象が起きていた。心臓の鼓動が高鳴り、すべてが情景がスローモーションのように見えていた。人が感じる時間速度は心臓の鼓動が関係していると言われているが、まさに今、一心は自分自身の鼓動を高め時間世界を意のままにしている感覚に陥っていた。
「いっちゃん!勝って!」
映るものすべてが一心の中でスローモーションになって映し出された。加速する一心。相手ディフェンスに囲まれる一心だが足をかばいながら相手の体に吸い付き体をうまく回転させ一人目を交わす。時計を見る、残り7秒21。
「俺が決める!」
一心は肩と肩をぶつけながら囲まれたディフェンスを突き破り、強引にシュート体制に持ち込む。誰もが一心のシュートを疑わない。
残り4秒09
体制が崩れる中、空中に浮かぶ一心に対いしてマートンと室橋が覆いかぶさるようにブロックに来る。
「決めさせへんで!クソチビ!」
室橋が叫ぶ。
「僕も意地がある!」
数日前に言われた樹里の言葉が思い出される。周りの人に助けてもらいなさい…お互いのチームメート、観客全員が一心を見ている。そして流稀亜の声が聞こえる。
「シン!」
すでに一心のシュートコースの頭上はマートンに塞がれている。
「終わりや!」
滞空時間すれすれでシュート体制から右手のワンハンドにボールを持ち替え、弓がはじくように鋭いパスを出す一心。
「まだ終わってない!」
「何!」
リングの真上をボールは通過し、バックボード(バスケットリングにある四角い板)の右斜め付近に当たると弾かれたボールが一寸の狂いもなく3ポイントラインに立つ流稀亜の胸元に正確にわたる。
「ナイスパス!シン!」
「決めろ!ルッキー」
一心の視界にもの凄いスピードで流稀亜の方に移動する三浦が入り込む。それは人の動きというよりサバンナのチーターが命がけで獲物を追うような姿だった。
「…ルッキー!」
三浦が流稀亜のシュートを阻止しするためジャンプする。
「させるか!」(なめるなよ!1年!)
「僕は最強になるんだ!」
流稀亜は飛島と合宿で習得しためい一杯腕を伸ばすシュートを3ポイントで行った。上空に上がるとほぼ片手。流石の三浦もその最高到達点まではついていけない。しかし、三浦も諦めなかった。
「とどけ!」
すでにシュート体制に入っていた流稀亜の異空間に三浦は気合で指先を伸ばす。その指先は重力に逆らうように入り込み、流稀亜が放ったシュートに指先が掠する。
「もろたで!」
「イケー!俺は最強になるんだ!」
しかし強くバックスピンがかかった流稀亜のシュートはそれに負けず軌道がずれない。ボールは糸が引くようにリングに沈んだ。
「バサ!」
「ピー」
審判のホイスチルが鳴り響いた。
秋田県代表 93 対 92 大阪府代表
リングをボールがすり抜けた瞬間試合終了のホイスチルが鳴り響いた。
南禅寺が放心状態で口を開く。
「勝った…」
一心と流稀亜が同時に口を開く。
「ちょっと休憩…」
体育館に鳴り響く怒号の中、一心と流稀亜はその場に倒れこむようにして床に寝っ転がって叫んだ!
「勝ったぞ!」
埼玉国体「駆け抜けろ青春」
秋田県が約5年ぶりの全国優勝を果たして幕を閉じた…
試合終了後に行われた表彰式では、南禅寺が優勝カップを大会の運営者から受け取るとそれを力強く高く持ち上げた。名門 帝国高校が復活した瞬間だった。
「取ったぞ!」
帝国高校の選手たちは会場からの拍手にお辞儀をして、コートで見守る選手に手を振り、笑顔を見せた。優秀選手には一心、流稀亜、マートン、三浦、スホン、赤井が選ばれた。そして得点王は一年生ながら流稀亜が勝ち取った。
最優秀選手には南禅寺が選ばれた。一心やチームメイトはそれを大きな拍手で称えた。活躍から見ると当然、一心か流稀亜になるが精神的な支えや、チームをまとめていた南禅寺になったのは選ぶ権利のあった監督の石井が下した粋な計らいだった。
「ありがとうみんな」
それに対して南禅寺は素直に喜んでいた。
「祝勝会」
その日の夜、駅前のホテルの部屋を貸し切って祝勝会が行われた。祝勝会には父兄やOBを含めて200人ほどが集まっていた。そしてOB達からの差し入れのケーキには
「祝 全国制覇54回!」
と書かれいた。そしてそのケーキに54本のロウソクに火が付くと、南禅寺と監督の石井が左右から火を消していく。鳴り響くクラッカー。そして声援。
「おめでとう!54回!」
監督の石井に愛情のこもったヤジが飛ぶ。
「おい、監督!クビがつながったな!」
「どうせなら、クビが良かったかもな!これからも試練が続くぞ」
OBの誰かがそういった言葉だったが、それは一心にとっても同じことだった。大会終了後、医者に足を見てもらうとそれほどたいしたものではなく一週間ほど休めば大丈夫とのことで怪我に関しては安心していた。
そして一心には今日のミッションがまだ残っていた。そのミッションとはこの雰囲気の中でどうやって会場を抜け出して、愛梨のいる場所まで駆け付けるかだった。
一心が口を開く。
「枡谷さん…あの」
「何だ?」
「一人一人、OBに挨拶したりってするんですかね?」
枡谷が口を開く。
「多分ないだろ、久しぶりの優勝で見てみろよ。大人は完全に舞い上がっている」
OB達は酒を交わし、すでに大声で歌を歌い始めていた。一心が口を開く。
「あと、どのくらい続くんですかね」
すると南禅寺が声をかけてきた。
「どうした?神木?」
「いや、足が…立っているのがつらくて」
「そうか、じゃあ俺が一緒に部屋まで送ろう」
「…いや、自分でいけるので…」(こういう時の南禅寺さんは厄介だな…)
「でも、何かあったら大変だから…」
一心が戸惑っていると、流稀亜が口を開く。
「南禅寺さん、イケメンが送り届けます!」
「…流稀亜」(ナイス!)
南禅寺が口を開く。
「そうか、なら安心だな。監督には俺から言っておく」
「はい…」
一心と流稀亜はトイレに行くようなふりをして会場を後にした。
会場を後にして少しの間、流稀亜と歩いていると突然、流稀亜が足を止める。
僕は、そこのコンビニがイーとインがあるみたいだからそこに立ち寄ってそれから部屋に戻るけど、深夜0時前までには帰ってきてね。何かあれば携帯に連絡しないと駄目だよ。
「…流稀亜…俺が何をしたいか…」
「彼女…待ってるんでしょ」
「えー!気が付いてたの!」
「誰かは聞かないけどね…正確に言うと正しい答えはわからない」
「正しい答え?」(ゲ、バレたかな…ルッキーには話した方がいいかな…でも愛梨に迷惑がかかるか…)
「まあ、誰かは分からない。そういうことだよ」
「…ありがとう」(何このもったいぶった言い方は…いやいや、大感謝です!)
「時計、さっきから気にしてるけど遅刻なんじゃない。早くいきなよ」
「うん」
一心は痛めている足をかばうようにして急いで待ち合わせ場所に向かった。
待ち合わせ場所である浦和駅から少し離れた場所にある喫茶店「アウル」に着いた頃にはすでに窓側の席に座る愛梨が帰り支度をする店や、歩道を歩く人々をじっと眺めていた。一心が愛梨に声をかける。
「ごめん、まった?」
「全然…大丈夫、それより優勝おめでとう」
「愛梨の声が聞こえたおかげだよ」
「そう…」
しかしどこか、上の空の表情の愛梨。そして一心は席に着くと愛梨の頼んでいたアイスコーヒの氷が半部以上は溶けようとしているのに気が付いた。待ち合わせの時間よりも随分前に来ていたんだろうということは,女心に鈍感な一心でもすぐに気が付いた。
「…あのさ」
気まずそうに、話しかける一心の言葉を遮るように愛梨が口を開く。
「この町も…もうすぐクリスマスになると賑やかになるんだろうね~」
溶けて小さくなった氷をストローでかき混ぜる愛梨。目を細めて悲しみに捕らわれた様な顔をする愛梨。
「え、うん」
「いっちゃん賑やかの好き?」
微笑む愛梨。明るい表情を無理に作っている愛梨のその微笑みと反比例するようにその分だけ心を閉ざしているように一心には見えた。
「え、どうして?」
「私は嫌いなんだ…」
そういうと愛梨の表情に喪失感が漂っていた。
「何で?」
愛梨はストローを置くと一心に喫茶店を出て歩くことを提案した。少しの間、一心と愛梨は距離を保ち、人ごみを抜けると近くの公園に着いた。二人は公園のブランコに腰か愛梨が先に口を開いた。
「さっきの話だけどさ…」
「何?ああ、何だっけ?」
一心は聞こえてなかったかのようにごまかした。
「だって、家族を連れた親子が歩いている姿を見るたびに何で私は…そう思って…なんだか頭がおかしくなって死にたくなるの…」
その話を聞いて少し戸惑う一心。
「そんな…」
一心の胸の奥の奥まで突き刺さる愛梨の悲しみ。
「本当だよ。そういう気持ちって幸せな人には分からないよ」
「でも俺も、親父がいなくて…少し気持ちわかるよ」
「そう?」
そう言って一心を見る愛梨。一心は何を話していいか分からなかったが兎に角、他の話に切り替えようと必死だった。しかし、すでに一心は囲まれた檻の中に入っていた…
「愛梨…髪切ったんだね」
一心は、愛梨が腰まであった長い髪を肩まで切ったのはイメージチャンジか何かで切ったと勘違いして明るくそう言った。
「…」
「似合ってるよ、凄く!」
「そうなの?切りたくて切ったわけじゃないんだけどな~」
女心が分からい奴!と言わんばかりに急に一心に対して背を向ける愛梨。
「…はい?」
「…女にとって髪は命…でも愛よりは重くないから…」
振り返り一心を見つめる愛梨。
「愛より重くない…髪?」
キョトンする一心がだ愛梨の指先のかさぶたに気が付く。
「…愛梨…なんか、かさぶた…酷いね…洗い物のし過ぎ?俺も洗濯とか掃除ばっかしてるとさ、たまになるんだよね~」
愛梨が一心を眉間にしわを寄せて見ている。
「…バカ」
「…はい…バカは知っているけど…どうしたの愛梨?」
また一心に背を向ける愛梨。
「病院の先生が言うにはね、私は強迫性障害らしいよ…なんだかイライラすると爪で指先の周りを掻いてしまうの…急に売れて何だか、元の生活が懐かしくなったり…売れることはいいいことなんだけどね…気楽じゃなくて…あ、これはね病院の先生が言うには喪失体験って言うんだって!」
明るく病名を言った後で、また振り返って一心を見る愛梨が痛々しい一心。
「え、病気なの?」
「なんでも事務所の人が言いうには名医の精神科の先生らしけど…話を聞いたら薬を出して…はい、さようなら、また来週…みたいな感じ。だから違うんじゃない?」
「違うって」
「満月と同じ…」
愛梨が満月の空を見上げる。
「満月と同じ?」
一心は愛梨のあべこべな答えに何が言いたいのかわからずに戸惑う。
「前に話したでしょ。月の大きさは何故、日によって大きく見えたり、小さく見えたりするのかって?」
「うん」
「どうしてだと思う?」
「重力とか、オゾン層が関係しているの?」
「ブー、馬鹿!」
「馬鹿って…そんなの答え分からないよ」
「はい、正解!」
「…正解?」
「月の大きさが毎日、変わって見えるのは、本当のところは現代の科学では証明できない。つまり、人間は地球に生きて何千年、何万年と経つのにそんなことすら分からない。私の気持ちも同じ…どんだけ名医で、どんだけ高い給料もらって、どれだけ勉強したのか分からないけど、所詮、医者になんかに人の気持なんかわかるわけがないのよね…」
どこか寂し気な愛梨を見て胸が痛む一心が口を開く。
「前も言ったけど…辞めればいいじゃん。どこで何をしたのか、決めるのは愛梨だよ。お父さんじゃない!」
「…いっちゃん」
「自分の生き方をすればいい!」
「…私の…生き方…」
「そうだよ!」
一心がそういうと愛梨の心に希望のような光が見え心が穏やかになった。
「…でも無理…お父さんも相変わらず働かないし…辞めたら…お母さんにも会えないし…」
一心は逃げ出そうとする愛梨を引き戻そうとする。
「愛梨にとってそれが正しいの?」
「え?」
一心がまっすぐに愛梨を見つめる。
「考えて正しい道に進むのが正しいの?」
「…どういううこと?」
「考えないで感じたままに生きてもいいんじゃないの?」
すると突然ブランコから立ち上がり、一心に抱き着く愛梨。一心も座っていたブランコから立ち上がり愛梨を支える。
「いっちゃん!」
「…何?」
一心の体に抱き着くと胸に顔をうずめる愛梨。
「もっと強くギュッとして…」
「え?」
強く愛梨の体を引き付け抱きしめる。
「もっと、もっとギュッとして」
「…うん」
愛梨の胸が一心の胸にうずまり、一心の顔の真横に愛梨の顔が近寄ると愛梨が耳元で囁く。
「信じていいんだよね」
「…勿論」
「じゃあ…して」
「して…?」
愛梨は顔を正面に向けると、鼻と鼻が付きそうなほどの距離で一瞬、一心を見つめると目を閉じた。一心は心臓の音が良く聞こえるほど緊張していたが、ゆだねるようにして愛梨に口づけをした。その瞬間、何故か涙を流す愛梨。一心には愛梨がうれしくて涙を流しているのが分からなかった。そして愛梨がまた小さい声でつぶやく。
「奥まで来て…」
一心にはその意味が分からず唇にキスしたまま、閉じていた目を開ける。
「?」
すると愛梨が一心の無口に閉じた貝のような唇を舌でこじ開けるようにして入って来た。一心の舌と絡み合う愛梨の舌。初めての体験に驚く一心。
「…え!」
愛梨の手は一心の頭を両手で挟み込むと唇と唇がまるでセッションするかのように激しく絡み合った。その後も少しの間、一年に何回しか会えないなんて織姫と彦星のように抱き合って離れずにいた…満月の夜がそんな二人を祝福するかのように優しい月明かりで照らしていた…
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