第6話 「重い代償」

タイトル「重い代償」


 翌日の準決勝、優勝候補の大本命でもある本別国際高校と対戦することになった。場所は仙台市体育館。仙台駅から近い場所にあるその会場には注目の一戦とも呼ばれているせいか多くの人が集まって立ち見客も出るほどだった。

 本別国際高校を率いるのは就任10年目の柚木 健一。元々はプロのチームでプレーしていたが怪我で引退。柚木がコーチを務めるようになってから、無名だった本別国際高校はめきめきと頭角を現し、ここ最近では東北を含めて北ではNO,1の実力を維持していた。

 現役時代に知り合いだった両校の監督である石井と、柚木があいさつを交わしている。

「まんつ、てさぬいでけれや」(とりあえず手を抜いてくれよ)

 石井がそういうと柚木が口を開く

「手加減できない性格でして」

 そういうとお互いに背を向けて自分たちのチームの方へと歩いてゆく。戻って来た石井が円陣を組むチームに活を入れる。

「まんつんがだちよ!一度まげてるがらってむねば借りるつもりで挑むでねでいば!おれだじがよ、かししてやらったで!最強がどごのチームがおしえでやれでや!最強がどごのチームがおしえてやれでば!おれだじがこの夏を制するだいば!」

(いいかお前ら!一度負けてるからって胸を借りるつもりで挑むんじゃない。俺たちが貸してやるんだ!最強がどこのチームか教えてやれ!俺たちがこの夏を制する!いいか!」

「はい!」

 試合前にざわついている体育館。お互いの応援が声をからす中その声は体育館に響き渡る。コート中央に立つお互いのスターティングメンバー。それぞれが相手を睨みつけている。一心がふと横を見ると異様に緊張している南禅寺の姿が目に移った。南禅寺はまだ試合前だというのに血の気が引いたような顔をしていた。

「南禅寺さん…」

「…」

 聞こえてないのだろうか南禅寺にもう一度声をかける一心。

「南禅寺さん?」(南禅寺さんが緊張している…初めて見た…)

「…あ、おう」

「大丈夫ですか?」

 南禅寺が驚きながら口を開く。

「え、何が?プレス行くのか?」

「じゃなくて、大丈夫ですか?」

「…正直やばいな」

「え?」

「ここ数年、優勝を逃してきた俺たちがこの試合に勝てば一歩またその優勝に近づくと思うと…なんかこう…」

「…」

 南禅寺の心の準備がまだできていないうちに審判がホイス散るを鳴らし緊張のため精神状態が不安定な南禅寺に、構うことなく最大の難関である準決勝が始まろうとしていた…

「ピー、両校前へ!」

 一心は一抹の不安を抱えながらコートに向かった。


 









準々決勝


秋田県代表 帝国高校 対 北海道代表 本別国際高校


秋田県代表 帝国高校スターティングメンバー


南禅寺 清隆  186cm (シューティングフォワード)

神木 一心   176cm (ポイントガード)

暁 流稀亜   194cm (シューティングフォワード)

関口 悟    205cm (センター)

折茂 和也   194cm (シューティングフォワード)



北海道代表 本別国際高校



赤井 翼      194cm  (シューティングフォワード)


松山 春斗     192cm  (ポイントガード)


鳥場 良      186cm  (シューティングガード)


飯田  匠 (兄) 201cm  (センター)  


飯田 和樹 (弟) 203cm  (センター)



 南禅寺の精神状態が気になる中、ジャンプボールのボールが宙に舞う「始まった!」

関口が目で一心に合図を出す。

「行くぞ!」(ルッキー)

「OK」(シン!)

 一心はコート左端に体をずらすと流稀亜に向かって指をさす。頭の中で対角線上つながる二等辺三角形。関口がタップしたボールを空中で受け取るとジャンプしたまま着地せずにリング右に向かって渾身の力でぶん投げる。

「流稀亜!」

 ボールはぐんぐん速度を上げリング頭上へそれを流稀亜がワンハンドキャッチしてそのまま豪快なダンクシュートをゴールに叩き付ける。

「ド、ゴーン!」

 観客はまるで曲芸を見ているような感覚に静まり返る。会場が一瞬静まり返って、次の瞬間、またすぐに歓声が沸く。

「わーわわー!」

 帝国の選手はそんな歓声を聞いても誰一人ガッツポーズもなければ先制点に浮かれてもいない。

「2-2-1、ゾーンプレスだ!」

 一心の掛け声とともに始める攻撃的ディフェンス。

「オールコートで来たぞ!練習通りいくぞ!」

 敵チームである本別国際高校の赤井がそういうが、ゾーンプレスは成功。その後わずか1分の間に3ポイントシュートを含むシュートが次々と決まる。するとあっという間に11対0になっていた。しかし、得点に絡んでいたのは南禅寺と流稀亜を除いたスターティングメンバーだった。

「いいぞ、いいぞ折茂~」

「いいぞ、いいぞ関口~」

「いいぞ、いいぞ神木~」

 最初のゴールの後の流稀亜は足の調子が悪く、いつもの様な動きに切れがない。そして南禅寺はまだ緊張が解けていないように見えた。

 しかし、開いた得点差に対してたまらず本別国際高校はタイムアウトを取った。笑顔が絶えない帝国高校のベンチだが南禅寺の表情はまだ血の気が引いた様な顔をしている。そして流稀亜の表情もすぐれない。ここは自分が踏ん張るしかない。そう心で強く思う一心だった。折茂が口を開く。

「ちっちっちっち、おいしい所を全部持っていきやがったなシン」

 関口が口を開く。

「おーっちんだいば、10点中6点がお前のスリーとスティールからのシュートだいば」

 一心が口を開く。

「へへ、褒められるのは苦手です」

「ちっちっち、褒めてねえよ。パス回せって言ってるんだよ!」

 一心がとぼけた顔をしながら口を開く。

「あ、そういうことですね。折茂さん…」

 折茂が口を開く。

「ちっちっち、何だよ!」

一心が口を開く。

「おデコ…やっぱりずれてますね」

 折茂が興奮気味に口を開く。

「ちっちっち、てめえ!」

「ははははは」

 笑いがこぼれるベンチだが流稀亜と南禅寺の表情は何かを思いふけっている表情だった。そしいてコートに戻ると赤井が一心に話しかけてきた。

「YOU、もうマジックはもう通じないZE、HEY!」

 一心も負けじと言い返す。

「…先輩、僕は英語が苦手なんです。きちんとした日本語は話せますか?」

 コート上でにらみ合う一心と赤井。その後試合が再開されると、赤井の宣言通り帝国高校のプレスディフェンスを、ツインタワーの二人を使って上手く避わすようになった。

「YOU、言ったよね!もう通用しない!HEY」

「クソ!」

 仕方く一気に引き気味のディフェンスを開始した帝国高校。すると、得点力のある赤井と双子の飯田兄弟が確実に点を重ねてゴールを量産してゆく。

 オフェンスにおいても、本別高校の固いディフェンスを中々崩す事が出来ず点取り屋の流稀亜も赤井の鉄壁のディフェンスの前に思うように攻め切る事が出来ないでいた。そんな流稀亜を挑発する赤井。

「YO,最強YO、ど・う・し・たHEY!」

 やりきれない表情の流稀亜。

「…クソ!」(たかがねん挫なのに…思ったより体重移動に響く…全力で振り切れないし、大きく強いステップも踏めない…)

 結局、最初に広げた点差も徐々に縮み、第1クオーター最後には1点差で逆に追いかける形になっていた。そして残り32秒。

 今日、調子が悪くフリーにされている南禅寺にパスを出す一心。完全なフリーの状態だがシュートに行かずまた一心にボールを返してきた。

「南禅寺さん!打って!」

「…」

 監督の石井の声も響く。

「南禅寺!お前だけフリーにされてるぞ!打て!」

「…」

 結局ボールを貰って3ポイントを打つがリングにかすりもせずにボールは落下。逆に本別国際高校の赤井に速攻でダンクシュートを許す。

「HYE!もらった!YO!」

3点差負けで1クオーター目を終えた。


第1クオーター


本別国際高校 24 対 21 帝国高校


 ベンチに戻ると監督の石井が激怒して南禅寺に怒りをぶつける。

「んがなばやる気あらったか!1,2、年が頑張ってんだろ!」

 自信なさげな返事をする南禅寺。

「…はい」

「交代だ!佐藤出ろ!」

 驚く一心。

「え、」

 驚いた表情の佐藤。こんなに早く出番が来るとは思ってなくウオーミングアップを行っていなかった。急いでタップを始める佐藤。

 一心は心の中で監督の石井に対してそれはないだろう。そう思ったがまだ自分にそんなことが言える力はなかった。実績もない1年生ガードは黙ってその指示に指をくわえて従うしかなかった。

「南禅寺さん!」(気持ちわかりますけど…待ってますからね!)

「神木…すまない」

 落ち込んだ表情の南禅寺を見るのがつらそうな一心。

「…」

 一心の他、流稀亜、関口、折茂も心配そうに南禅寺の方を見る。特に関口と折茂は南禅寺の気持ちが痛いほどわかった。目の前に立ちはだかる全国優勝の壁…どんなに練習を積んでも全国の壁は厚い。大会を終えて優勝できずに負けて帰れば「また負けたのか」とヤジの声がどこからともなく聞こえてくる。勝つことが当たり前とされている帝国の宿命だった。やっとその声からも解放されそうになった今年のインターハイ。キャプテンとして出場してそのプレッシャーに押しつぶされそうになる気持ちが痛いほどわかった。



 第2クオーターが始まると接戦が続いた。赤井は流稀亜とのマッチアップでは容赦なくドライブインで切れ込んではシュートを決める。ディフェンスしている流稀亜はいまいち足の踏ん張りがきない。ザルからすり抜けるようにそれを余裕で交わす赤井。

「HEY、何だよ~お前YO~口だけで歯ごたえがないねHEY」

 流稀亜を挑発する赤井。

「…」

 一方で関口も200cmの双子の兄弟飯田の息の合ったプレーに翻弄されている。

「なまら、どこ見てんの?ダイエットしたら?」

「クソ!」

 突然の南禅寺の交代。そして本別国際高校の鉄壁のディフェンスの前にパニック状態になる帝国高校のスタメン。その後も劣勢は続いた。飯田兄弟(兄)のダンクが雄たけびとともに決まる。

「おりゃ!」

「クソ!」

 関口が悔しがっている。そしてまた本別高校のオフェンスになると今度は涼しい顔をして赤井の3ポイントシュートが鮮やかに決まる。

「WHY、なぜ止めれれない?SO、何故なら俺、最強!A・K・IだぜHEY!」

 流稀亜が悔しがっている。

「…ああーちきしょう!」

 そして時間は過ぎてゆく。そんな中でも一心が小さい体ながらアシストにシュートに他のスタメンよりは頑張りを見せていた。そして本別高校には一心を抑えることのできるディフェンスがいなかった。

「シュ!」

 一心のシュートがネットを揺らすと赤井が声を上げる。

「HEY!後は神木だけだ!YO!飯田!ゴール前はお前らが叩け!GOOD!外はこれから俺がアイツのディフェンスにつく!HEY!」鉄壁のディフェンスを誇る赤井が調子の悪い流稀亜からマークするのを一心に変えた。そのせいもあってか、その後なかなか、一心も得点やアシストに絡む事が出来ない。しかし、知らず知らずのうちに点差は徐々に開き2クオーターが終わるときは12点差をつけられていた。


第2クオーター終了。


本別国際高校 57 対 45 帝国高校


 ベンチに戻ると全力のプレーが続き肩で息を切らす一心。そこに枡谷が声をかける。

「シン、本気出してないのか?」

「枡谷さん」

「冗談だよ、お前はよくやっている」

「はい」

 枡谷の気使いは一心にも伝わっていた。今試合に出ているリードガードは自分だ。体力がいつもより消耗している中で一心は第3クオーター目に向けて更に気合を入れる準備をしていた。疲労し、少し硬くなった太ももをたたきながら「俺はいける。まだまだダイジョブ」と呟いていた。そして第3クオーターが始まる前に監督でもある石井が全員を集め作戦を伝える。

「これ以上点差が開くのはまずい。第3クオター目は出だしから飛ばしていけ!最初が肝心だぞ!それと3ポイントは絶対に決められないようにしろ!いいな!」

「はい!」

 すると南禅寺に強い目線を向ける石井。

「…何だお前のその顔は!情けない顔をしているならコートから出ていけ!」

「…」

 うつむき加減の南禅寺。南禅寺に放たれた痛恨の激。南禅寺の顔は相変わらず暗い。しかし、今は少しでも点差を縮めるのが優先だった。伊集院との約束。自分の目標でもある9冠への第1歩目…何としても最初からつまずくわけにいかない!

「全体に勝つ!」

 鉄壁のディフェンス…あまりにも高い壁が立ちはだかり、気持ちを優先して奮い立たせるしか方法がなかった…

 第3クオーター目が始まると周囲が驚くほど一心のスピードとシュートが誰もついていけないほどの動きを見せる。そのプレーは鉄壁のディフェンスを誇る赤井すら防御できない。

「OH、お手上げだ!YOU!」

 元々、フォワードのディフェンスに強い赤井はポイントガードの一心の左右同じ動きをするドリブルやクイックネスに困惑していた。何よりも、その不規則に変化するスピードや左右の動きについていくのがやっとで、突然どこからともなく来るシュートにはタイミングをずらされていた。しかしその動きは一心にとっても相当な体力の消耗だった。

「シュ」

「いいぞ、いいぞ、神木~」

「ナイスパス!神木~」

「ナイスシュ、神木~まだまだいけるぞ神木~

 次々に決める3ポイントシュート。アシスト、そしてスティール。応援団がそのプレーを後押ししている。そして赤井が叫ぶ!

「俺の横にもう一人つけ!」

 ついに一心に対して2人がかかりでマークが始まる。そして知らない間に3人で行っても一心を止める事が出来なかった。しまいには勢いよくゴールに向かってジャンプすると2メートルツインタワーを交わしてシュートを決める一心。

「うおおお!」

 流稀亜は体調が万全でない。関口、折茂はツインタワーに押されている。佐藤はまだ動きがぎこちない。一心は自分で決めるしかないそれを十分理解していた。関口が珍しく一心を褒める。

「おーっち神木ナイスシュー!から揚げゴチするわ!」

折茂が口を開く。

「ちっちっち、グッチ!俺たちも決めるぜ!」

 その後、折茂と関口も一心に続き意地でシュートを決める。

「ちっちっち、角度ない所のショットは外さないよ!」

「おーっち、俺のダンク止めてみろ!クラッシュ!」

 しかし、流稀亜の様子が相変わらずいつもと違っている。その証拠にその日の流稀亜はまだ7点程しか得点していなかった。

「んー…」

 第3クオーター目は一心のワンマンショーにより開いていた12点差も縮まり2点差になっていた。そしてその日の一心はチームの得点の半分以上を稼ぎ出す39得点を取っていた。



第3クオーター終了


本別国際高校 71 対 69 帝国高校 


 ベンチに戻る帝国高校スタメン。ベンチに座ると顔にタオルを顔に乗せて休む。その中でも一番、息が荒い一心。

「はあ、はあ、はあ、」

 酸素を吸い呼吸を整えるのがやっとだった。他のスタメンも予想以上に粘りのあるディフェンスによって体と体の接触が普段より多く、体力の消耗が激しい。全員が、歓声も何も聞こえずに呼吸を整えることに専念していた。それに気が付いている石井は2分の休息時間の間は何も言わずに見ていた。(2コーターが終わると、10分の休憩がある。それ以外の1クオター3クオターは2分間の休憩にルールが決められている)そんな中で石井は流稀亜のことだけ呼び出していた。

「暁!」

「はい!」

「んがなば、いげらったか?」(お前行けるか?)

「勿論です!」

 普段通りの動きでないことは一目瞭然なのは、3クオーターを過ぎても相変わらず11得点と得点は伸びずにいることが全てを物語っていた。しかし、替えがいない。流稀亜いるだけでもその存在感は大きい。動くことが限界に近い様子だが覚悟を決めたような流稀亜のその表情に石井は否定することをしなかった。そして審判の笛が鳴った。

「ピー!」

 コートにゆっくり戻る帝国高校スタメン。すると一番最後に出てきた一心に赤井が話しかけてくる。

「YO~神木、ここからは本気の俺のDを見てろYO~」

「…何ですか?」

「YOU、その動きは見切ったぜ!HEY!」

 そうラップ口調で挑発してきた赤井に対して一心は言い返す余裕もなくなっていた。



 そして第4クオーターが始まると、宣言通り赤井が一心のドリブルコースを塞ぐ。しかし、その代りに最初は緊張感のあったノブがやっと試合に慣れ始めて普段通りの動きで3ポイントを決めはじめ波に乗っていた。一心はそのチャンスを見逃さなかった。ボールというボールを佐藤に合わせた。

「ナイス、ノブ!」

「シン!ナイスパス!」

 一心は更にきつくなった赤井のマークをはねのけて得点するのではなく調子の上がってきたノブをを生かして得点を重ねていた。少しの間、一進一退の攻防は続くが徐々に得点差が開いていった。そして第4コーターが残り2分弱になった頃には得点差は6点差を追いかける展開になっていた。一心はここで賭けに出る。

「オールコートだ!2-2-1」

「オウ!」

 しかし、それを待っていたかのように赤井が指示を出す。

「チャンスだ!」

 すると、また試合序盤でやったように身長を生かしたパスを続けて簡単にコートにボールを運ばれてしまう。本別国際高校は完全に帝国高校のゾーンプレスを攻略していた。

「しまった…」

「YOU,考えがSO,甘いぜ!WHY!」

残り時間1分31秒


 本別国際高校 89 対 81帝国高校


双子の飯田兄弟の兄が口を開く。

「なまら、タケノコみたいに…生意気な一年だ!」

 ツインタワーの双子(兄)が豪快なダンクシュートを決める。

「ドコン!」

「いいぞ~いいぞ~飯田!」

 一心は仕方なくゾーンプレス中止する。どうやって点差を縮めるか考えていると普段より動きの悪い流稀亜が意地を見せた。赤井のマークが外れた流稀亜も要所でシュートをそれなりに決め始めた。

「イケメン!が決める!」

 しかし、それに気が付いた赤井がまた流稀亜のマークにつく。

「YOU!来いよ!暁、勝負だ!HEY!」

「望むところだ!」(こんなところで負けられない…僕は最強にならないといけないんだ!)

「YOU!全部止めてやるぜ!HEY」

 流稀亜は赤井のしつこいディフェンスを神業の様なフェイントではねのけ、ゴール下へとドライブで切れ込むと素早くジャンプしてフェイドアウト(後ろに下がりながらのシュート)しながらシュートする。ボールはネットを潜り抜けるがそのプレーにしつこく反応した赤井が流稀亜に覆いかぶさるように接触する。

「あ…」

「うわ!」

 着地した瞬間、流稀亜が体制を崩して床に転がった。ファールの笛はなっていない。

「ああ…」

「ルッキー…」

 元々昨日の試合で痛めていた左足首を抑えてもがいている流稀亜。恐れていた最悪の事態が起こってしまった。一旦、試合が止まり急いで医務室に運ばれる流稀亜。仕方なく石井が交代する選手を探している。ベンチを行ったり来たりと落ち着きがない石井。


残り1分12秒 


本別国際高校 89 対 83 帝国高校


 南禅寺の方は全く見ていない。そんな石井に南禅寺も目を合わせようとしていない。

それを見ていた一心が叫ぶ。

「南禅寺さん!」

 南禅寺がベンチに俯き加減で座っている。顔を上げる南禅寺。その瞬間、監督の石井が茶々を入れる。

「神木!こいつの顔を見ろ!3年生でキャプテンのうえに唯一試合に出ているのに…とても試合に出れる男の顔ではない!」

 南禅寺の自信なさげなその表情を指差す石井。そんな石井の言葉を無視すると大声を出す一心。

「…南禅寺さん!このチームは誰のチームなんですか!」

「…神木…」

「試合を「楽しむ」そう言われたんですよね。伝説のメンバーの一人に…」

「…楽しむ…」(そうだ俺は周りのことや評価ばかり気にして…)

「チームのことを常に優先して考えて、上級生なのに俺らに洗濯もさせないで、自分で洗濯をやって、大会前でも朝の集合場所には一番最初に来て、バスに乗れば一番最後に降りて忘れ物がないか最後に確認して、試合に前になればみんなの身なりや、シューズの確認までして…能代に帰れば、練習終わりで疲れているのに近所のおばちゃんを助けたり声かけたりして…そんな全部の期待に応えようとしなくていいじゃないですか!俺、南禅寺さんのこと見習ってるし、尊敬してますよ。だけど…もっと自分のためにバスケするのを楽しんでもいいんじゃないですか!」

「…神木」

「悔しくないんですか!このチームはそうやって南禅寺さんの気使いがあってインターハイをここまで駆け上って来たんです。全部、南禅寺さんのチームをまとめる力のおかけですよ!」

「…」

「南禅寺さん僕にあと少し力を貸してください!」

 一心が手を差し出すとその手に重なるように自分の手を重ねる折茂。

「ちっちっち、この馬鹿チンが!僕たちにだろ!そうですよね、南禅寺さん!神木!お前デミタスコーヒー100本な!」

「…折茂」

 関口も佐藤も手を重ね口を開く。

「おーっち神木の馬鹿は南禅寺さんに向かって口の利き方がなってねえよ。南禅寺さんは最初から主役として登場するつもりに決まってるんだろう!…そうですよね!南禅寺さん!神木!から揚げ1キロ、追加だな」

「南禅寺さん!帝国のキャプテンは南禅寺さんじゃなかとですか!」

「…俺も…俺も勝ちたい!」

 南禅寺が大声でそう言うとベンチの全員が声をそろえて同じセリフを南禅寺に向かって言った。

「俺たちは南禅寺さんがいない勝利なんて爪の垢ほども望んでません!」

「…」

 南禅寺が立ち上がると石井が叫ぼうとしている。

「南…」

 すると、石井より先に南禅寺が自ら口を開ける。

「監督、俺が行きます!」

「…おそいったいば!このバカけ!」(遅いんだよ!この馬鹿!)

 南禅寺は着ていたジャージを脱ぎ捨てコートに勇敢な姿で向かった…

 

 残り1分12秒 


 本別国際高校 89 対 83 帝国高校


 得点差は6点。状況は良くない。いやはっきり言えば最悪だ。観客席で見ているお客の中には勝負がついたと思い帰ろうとしている人々もいる。スコアボードを見て少しの間、考えている南禅寺。そしてそれを心配そうに見ているスターティングメンバー。短い時間で早送りで繰り返されるシュミレーション。いいアイディアが浮かばない。そんな時、近所の叔母さん咲の大きな声が体育館に響き渡る。

「おい、馬鹿一年コンビ!キヨの脚を引っ張るマネはするなよ!勝ったらディープキスをしてやるから!」

 振り返る一心と流稀亜。

「…いらねえし!」

 目を背けるような一心と流稀亜。そして咲は南禅寺にも声援を送る。

「キヨ!そんな顔してどうする!お前は私のフィアンセだろ!もっと堂々としなきゃだめだろ!そんな男に惚れた覚えはないぞ!」

 咲の声援に小さく頷く南禅寺。何かが吹っ切れた様子の南禅寺の表情が変わる。そして、それに気が付いたチームメイトの表情も明るくなった。

「…咲ちゃんありがとう。おかげでいいアイディアが浮かんだよ。俺はほっぺでいいからね!神木には口で熱いのをしてやってね!」

 驚く一心と流稀亜。

「ゲ…南禅寺さん…」

「おかげでいいアイディアが浮かんだ。安いもんだろ!勝つぞ!」

「はい?」

 そういいながら自信に満ち溢れた南禅寺の顔に落ち着くチームメイト。帝国高校スタメンは誰一人として負けているチームの顔ではなかった。それどころか勝者のような顔つきでコートに戻っていった。

「行くぞ!」

「はい!」

 その表情に気が付いた赤井がチームに指示を出す。

「WHY!あいつらまだやる気だぞ!YO!来るとしたまず神木だ!HEY!それともう一人、控えで出てきた佐藤、折茂、関口、この4人を重点的に抑えろ!YO!試合に出てなかった南禅寺は直ぐには調子が上がらないはずだ!HEY!」

「オウ!」

 しかし、南禅寺の顔が自らが「やってやる」という表情に変わっていた。コートに戻るとすぐにその南禅寺が指示を出す。

「残り時間も少ない…オールコートに出よう!」

すると心配そうに佐藤が口を開く。何故ならオールコートゾーンプレスは本別国際高校には通用しないからだ。

「でもさっき…」

「そう、ゾーンプレスを本別高校に上手く攻略された…しかしそれでもあえてゾーンプレスを仕掛けるしか勝機が見当たらない!分かってる。でもやるんだ!行くぞ!」

 南禅寺は俺を信じろ!そういわんとするような表情をしながらスターティングメンバーを見つめていた。勿論スターティングメンバーは全信頼を南禅寺に寄せていた。

そしてその南禅寺の問いかけに全員が力強い返事をすた。

「はい!」

 通常オールこーゾーンプレスのセオリーは、コートサイドにドリブルをさせてアルファベットのLのような形で2人がかりでボールを奪うか、わざとパスコースが空いているように見せて遠くにロングパスを出させる。一番嫌なのが、中央突破されること。それとセンタープレイヤーが身長を生かして起点となりドリブルせずにボールを運ぶこと。本別国際高校はセオリー通り双子のツインタワーの高さを使ってパスワークで上手くゾーンプレスを攻略していた。

 コートに戻ると指示を出す南禅寺。

「ズル、佐藤、2-2-1の一列目に、俺と一心が2列目、グッチは3列目で!」

(2-2-1のプレスの順番)

「了解!」

 どんな策があるのかわからないが一心は南禅寺の提案にの乗ることにした。

「準備OKです」

 一心がそういうと南禅寺が口を開く。

「シン、いいからお前は俺の傍を離れるな!」

「…はい」

「YOU、馬鹿かよHEY!また攻略してやるぜ!HEY!」

 エンドから本別国際高校がボールを出すとリードガードにボールを渡すのではなくゾーンプレス警戒して身長の高い赤井にボールを渡す。

「WHY!何回も同じ手を食わないと言ってるだろHEY!」

 そして赤井は更に上に浮かせたパスを出し、身長の高い双子の飯田兄弟の兄、にボールをパスする。

「HEY!取れるものなら取ってみろ!YO!」

その瞬間、南禅寺が口を開く。

「シン!行くぞ!」

「え?」

「兄貴の方に突っ込め!」

「え?つっこむ?…はい」

 双子の兄弟でも兄の方が動きがいい。その兄にボールが来るのを南禅寺は読んでいた。

「シン!飛べるか?」

 ダンクシュートが出来るほど高く上がったボールを見つめる一心。

「…届きません!」

 赤井から飯田(兄)にパスされたボールは2メートルがジャンプしてやっと届く高さだった。

「そうか、お前でも出来ないことがあるんだな!」

 不敵な笑みを浮かべる南禅寺。

「え?」

「借りるのぞ!」

「何を?」

 南禅寺は飯田(兄)に十分近づいた一心の肩を左手でつかむとその反動を使って上に駆け上がる。

「届け!」

「…」

 南禅寺の薬指が微かにボールに触れる。いい作戦とアイディアだったがボールは飯田兄弟(兄)の腕に墜ちそうになる。しかし、指先に当たり方向転換したボールを飯田がハンブルする。

「シン!」

 叫ぶ南禅寺。

「任せてください」

 すかさず、こぼれたボールを奪うと一心はゴールに向かって一直線にドリブルを始める。

「WHY!囲め!あいつを止めればダイジョブだ!HEY」

 そう赤井が叫ぶと一心にディフェンスが集中する。しかし、その集中したディフェンスを雲の上を歩くようにすいすいとかわしていく。目の前に赤井が立ちはだかるとドリブルを止める。その瞬間、右斜め45度に入り込んできた南禅寺に気が付く。

「南禅寺さん!」

 パスを出す一心。

「任せろ!」

 右斜め45度、南禅寺のもっとも得意な場所でフリーの南禅寺。

「名門帝国高校は俺が復活させる!」

 その叫び声とともに放たれた3ポイントシュートはゴールネットを一直線にすり抜ける。

「シュ!」


残り 57秒

 

本別国際高校 89 対 86 帝国高校 

 

 勝利が射程距離に入った瞬間だった。しかし、カウンターを狙う本別国際高校は大きなロングパスを前線に走る赤井に出す。

「YO!貰ったぜHEY!」

 赤井がキェッチしようとすると、関口がそれを読んでいたかのよう阻止する。

「グッチ!」

「俺は小学校の時にリトルリーグでエースと呼ばれたんだ!南禅寺さん!」

 強靭な肩を遣って一直線に伸びるパス。そのパスは再び南禅寺の元へ。

「タッチダウンパス!」

「こい!グッチ!」

 そして南禅寺はそのパスを受け取るとまた右斜め45度から3ポイントを沈める。

「ナイシュ、南禅寺さん!」


残り48秒

本別国際高校 89 対 89 帝国高校


 ここで本別国際高校のタイムアウト。遂に同点に追いついた。しかし、一心は自分の脚の異常に気が付いた。左の太腿付近に裂けるような痛みを感じた。それと同時に上手い具合に足に力が入らない…

「神木!残りわずかだ!お前には負担をかけているけどあと少し力を貸してくれ!」

 南禅寺が生き生きとした顔でそういう。

「…はい」

 一心は悟られないようにそう返事するのがやっとだった。

「ちっちっち、お前にしてはやけに慎重な返事じゃないか?」

 折茂が口を開くと関口も続く。

「おーっち、シン、46点取ってとるぞ!今日の得点王じゃねえか?から揚げ3つな」

「いや、足が短いから無理だ。ニュースの尺に間に合わない」

 南禅寺が珍しく冗談を言う。

「ははははは」

 笑いが起きて和む中、一心は相手がどう攻めてくるかを考えていた。

 残り48秒…攻め方は2つ。1つは24秒ルール(24秒以内に攻めるルールがある)の時間をたっぷり使って攻めてくるやり方。もう一つは、隙があれば早い段階で攻めてくるやり方。ディフェンスに自信のある本別国際高校ならきっと1で来るはずだ。ゴールを決められる前に攻めるか、災厄は3ポイントシュートを決められることだ。それは何としても阻止しなければいけない。でもそうなるとゴール下のツインタワーがフリーになってしまう。制限時間内では平均身長が高いチームが有利だと少し気持ちが揺らいだが勝利を確信するようにしてその気持ちを引き戻す一心。

 全員がコートに向かう中、一番最後にゆっくりとコートに向かう一心。すると医務室から戻っていた流稀亜が声をかける。

「シン…足…」

 さすが流稀亜だ。一心の脚の状態に気が付いていた。一心は流稀亜の肩をたたいた。

「ルッキーが休んでるから、俺が得点王になるかもよ…」

「シン…」

 一心は両校の応援が鳴り響くコートに堂々と入っていった。残り48秒…

 ディフェンスは、3ポイントシュートを警戒して3-2のゾーンディフェンスで臨んだ。

「ボールボールボール!」

 気合を入れて全神経を指先まで集中して声を張り上げてディフェンスをする。ボールを持っている赤井はしつこいディフェンスにいやな表情をしているが赤井はその先を見ていた。

「HEY、任せたYO!」

 懸命にディフェンスをしている中、ツインタワーの一人(兄)がフリースローレーンでボールを貰うと同時に(弟)が上手くゴール下でボールコールしている。

「しまった!関口さん!」

 関口が懸命にカバーに入る。しかし、それはフェイクだった。パスを出すふりをしてボールを貰った飯田(兄)がそのままジャンプショットの体制に入る。しかしそのシュートが外れリバンドに全員で入るが、赤井にリバンドを取られてしまう。

「もらった!HEY!」

 残り32秒…

 最悪だった。24秒ぎりぎりで赤井が個人技でシュートまで来れば誰かがカバーに入るが入った瞬間、ツインタワーのどちらかにボールを出される。そしたらそれで終わりだった。

「ディフェンス気合入れろ!」

 南禅寺が叫ぶ。

「はい!」

 焦る帝国高校だが無常にも時間がどんどん過ぎていく。一心は一か八かディフェンスを諦めて自分の太腿の状態を少しでもオフェンスに蓄える決断をする。残り時間14秒。ボールを持っている赤井が仕掛けてきた。

「WHAT!俺様の時間~、誰にも邪魔できないHEY!」

 赤井には南禅寺がマークにつく。

「止める!」

 しかし、左45度付近から左右フェイントして南禅寺を抜き去ると、カバーに入った折茂のディフェンスの真ん中を強引に入ってきてそのままシュートに行く。その気迫に押され、シュート体制に入る赤井。

「しまった!」

「もらっぜHEY!」

「おーっち止めてやるで!

 最後に関口カバーに入りブロックに行くがそれをも交わしてシュートに持ち込む赤井。空中で体制を一度、変化させるとボールを浮かせて技ありのシュートを決める。

「オーMY、GOOD!YES!」

 

 残り9秒…


 急いで決めれば同点で延長に持ち込める!

 

 本別国際高校 91 対 89 帝国高校


 しかし、赤井が叫ぶ。

「HEY!ゾーンプレスだ!」

 最後の最後に隠し玉を隠していた。本別国際高校が帝国高校の18番のゾーンプレスをやり返してきた。時間がない帝国にとってはそのプレスは厄介だった。

「…何!」

 簡単には攻めさせまいと赤井の指示で3-2の超、前系姿勢のゾーンプレスをかけてくる。

「HEY!」

 向こうもインターハイの決勝戦がかかった試合に全力を尽くしてきている。すぐにボールを貰おうとするが一心に二人がかりでディフェンスが付いていてボールがもらえない。すると南禅寺がボールコールして前線にボールを運ぼうとする。

「俺によこせ!」

 ボールを貰うと南禅寺が奇声を発しながら強気のドリブルでどんどんディフェンスを交わす。

「うおおおお!」

 一心はそれに追いつこうとして懸命に走るがコート中央に差し掛かると太腿から

「ブチ」とう音がして次の瞬間転倒する。ボールは折茂にわたるが、赤井とツインタワーの弟がダブルチームを組んでシュートを打たせないようにプレッシャーをかけている。折茂はなんとかそのディフェンスから逃げだすが、後ろから赤井が折茂のドリブルをボールカットしたのが見える。

「あ…」

 一瞬だが夏が終わったと思わせる瞬間だった。しかし、南禅寺はまったく諦めていなかった。ボールはサイドラインから出そうになるが、そのボールにヘッドスライディングするように南禅寺が一人、追いつく。

「届け!」

 そして南禅寺がボールに触れると一心の方向も確認せずに大声を上げる。

「神木!任せた!」

 正確には確認する時間もなく南禅寺はベンチ横にあるパイプ椅子に衝突しながらもボールをコート中央に出した。一心は時間が止まった様な錯覚に陥る。

「任せた?俺が今いるのはハーフコート手前なんだけど…」

 戸惑いを見せる一心。不思議と遠くにいるはずの流稀亜の声もはっきりと聞こえる。

「諦めちゃだめだ!シン!」

 目から入り込む全体の画像がゆっくりとスローペースに進む。まるで映画の中の主人公の様に自分だけ時間に取り残されたように…

「諦めちゃダメ?…諦めてなんかいられるか!」

 素早く起き上がる一心。

「うおおおお!」

 足を引きずるようにしてボールを懸命に掴み取ると一心は残り時間を確認する。残り時間3秒。シュート体制に入る一心。ハーフコート手前。ゴールまでの距離は約14メートル。3ポイントシュートの距離が6,75メートルに対して、リングまでの距離はその2倍はある場所からの超ロングシュート。しかし距離など関係ない。そして奇跡を起こすわけではない。俺は決めるんだ!そう強く心に誓う一心。

「いける!」

 自分の思いをリングに近づけてシュートが入ることをイメージする。未確定な未来が手の届きそうな感覚。遠くにあるはずのリングがすぐ近くに見える感覚に陥る。まるで向こうから一心に近づくように…

「来い!」

 シュートを打った瞬間、指先がボールと摩擦する音まで聞こえる。しぶきを上げる自分の汗の水滴の数まではっきり見える。

「来い、来い、来い、来い、来い!来い!来い!来い!」行け!ではなくまるで確定している未来を呼び込むように祈る一心。綺麗な放物線を描きながら徐々にリングに吸い込まれていくボール。

「シュ!」

 ボールはリングの輪をかすることなく完璧な逆転の超ロングシュートが決まる。

「わあーー!」

 歓声と同時に時間が動き出したように一心の脚に痛みが突き刺さる。

「ゥぐ…」

 その場にうずくまる一心。


 帝国高校 93 対 91 本別国際高校


「ピー」

 ホイスチルが鳴り決勝進出が決まった瞬間、一心の目から何故か涙が流れた。うれしさもあるが悲しくもあった。同時にその思いが交差して精神が崩壊しそうになっていた。足が動かない…明日の決勝はおそらく無理だろう…そうとは知らずに動かない一心に近寄り関口と折茂がからかう

「ちっちっち、最後のいい所を持っていきやがって!デミタスコーヒーくれてやるぜ」

 軽く頭をこずく折茂。関口も続く。

「おーっち、一心、脚は短いけどナイスシュートだいば。からあげ5個おごるでや!」

 関口が一心の肩を軽く触る。

「…」

 南禅寺が口を開く。

「神木、なんか顔色が悪いぞ?どうした?」

 心配そうにノブも声をかける。

「シン…どないしたと?」

「南禅寺さん…すいません。足が…足が動かないんです…」 

 困惑した表情を浮かべるスターティングメンバー。




タイトル「檻の中」


インターハイ決勝戦


秋田県代表 帝国高校スターティングメンバー


南禅寺 清隆  186cm    (シューティングフォワード)

枡谷  恭一  168cm    (ポイントガード)

佐藤 伸樹   186cm    (シューティングフォワード)

関口 悟    205cm    (センター)

折茂 和也   194cm    (シューティングフォワード)


大阪代表 大阪常翔学園スターティングメンバー


ディリックマートン  203cm  (センター)

三浦 雅俊      200cm  (センターフォワード)

葛西 明彦      190cm  (シューティングフォワード)    

山口 元気      180cm  (ポイントガード)

朝倉 和也      186cm  (シューティングフォワード)


 

「行くぞ」

「オウ!」

 掛け声にこそ参加するもコートまでの距離は一心と流稀亜にとっては届かないほど遠い所に見えていた。一心が左太ももの肉離れ、流稀亜が左足のつま先を疲労骨折。ふたりとも全治2週間程度の怪我で試合に出るどころの話ではなかった。

二人はベンチで大声をあげて応援していた。

「いけ!」

「ナイスパス!」

「ナイスシュート!」

「ディフェンス!」

 第1クオーターは南禅寺や、折茂の思いッきりのいい、3ポイントシュートが決まる。

「よし!」

 少しの間は接戦となるが徐々に大阪常翔学園のペースで試合が進み始める。三浦が得意のパワープレーでゴール下を番人のように次々と得点を重ねる。

「うりゃー!」

 それにマートンも続く。

「どないなもんや!」

 折茂は、そんな三浦の徹底的なマークされて中々点が取れない。同じく関口もマートンのシュートブロックに自身のシュートを幾度となくブロックされてしまう。

「クソ!」

 そして、リズムを崩した体制からの南禅寺の3ポイントシュートは徐々にリングから遠ざかって行く。

「ちきしょう!」

 自分を信じて練習を積んできた一心と流稀亜。全国優勝にかける熱き思いは一緒だった。しかし、今日そのコートに二人の姿はない。こぶしを握り締めるのがやっとの二人。

 決勝戦での試合を信じて続けた努力と練習。試合中の緊張など何時もない二人だが握る拳から汗がにじみ出る。何故か鳴りやまない心臓の鼓動。嫌な予感しかしない。勿論二人は心から勝利を願っていた。しかし、出場する機会が絶望的ないことが分かりきっていると中々自身のテンションはあげられるものではなかった。絞り出すようにして出る声はすべてが単純な言葉だった。

「いけ~」

「決めろ!」

 そんな中、試合が進むにつれて、点差は広がりを見せて第3クオーターが終わるころには25点差で負けていた。


第3クオーター終了


大阪常翔学園  88 対 55 帝国高校


「まだまだ、諦めたらだめだ!」

 コートに戻ると直ぐに南禅寺が叫ぶ。他のスターティングメンバーがその時ばかりは南禅寺に対して驚いた表情を見せている。「まじかよ」そんな声が聞こえてくるような顔だった。

「…」

 弱いチームや、自分たちの実力を測ることのできないチームになら通用する言葉かもしれない。しかし、帝国高校スタメンにはその言葉は響かなかった。現状で逆転できる希望などないのが分かっているからだった。南禅寺も勿論そのことは理解していた。しかし、南禅寺の顔は「ベストを尽くさなければいけないんだ!」そんな使命感のを持った顔をしていた。

「顔を上げろ!」

 南禅寺の大きな声に静まり返るベンチ。

「…」

 今度は落ち着いた口調で話し始める南禅寺。

「勝とか、負けるとかだけの問題じゃない!最後まで全力を尽くそう!俺たちは最後までもがこう!」

「…」

 静まり返るベンチを背にして南禅寺が人差し指を突き刺して応援席を指差す。そして今度は声を荒げて話し始める。

「上を見ろ!何百キロ離れたところから来てると思う!こんな終わり方!出来ないだろ!」

 応援席では、得点差が開いているにも関わらず未だに大声で一生懸命応援しているベンチに入ることのできない選手。メガホンを手に取り、大声を枯らす。

「いけ、いけ帝国~」

「名門復活~」

「そろそろ本気を見せてみろ~1,2,3,4、帝国~」

 するとベンチにいるスターティングメンバーの顔が変わる。そして折茂が口を開く。

「ちっちっち、神木と、流稀亜がいないくらいで負けたら恥やな」

 今度は関口も。

「おーっち、んだいば」

「まだやれるけん!」

 佐藤が言うと枡谷も口を開く。

「俺も行けます!」

「俺たちは難破船なんかじゃない!たどり着くべき場所は、思いは一緒だ!そこに向かって全力を尽くすぞ!いいか!」

「はい!」

 南禅寺の船は強がっていた。ほぼ海に沈み壊れかけの船。しかし、その沈みかかっている船に南禅寺が再び魂を入れる。


 その後行われた第4クオーター。南禅寺の気迫が全員に伝わったのか、ベンチ、選手が一体化したように、選手のシュートは次々と決まり、徐々に点差が縮まる奇跡の様な展開を見せる。凄まじい追い上げに大阪常翔学園の選手の緩んでいた顔もまた緊張感ある表情に変わる。

「ナイスシュー南禅寺!」

「ナイスシュー佐藤!」

「いいぞ、いいぞ~折茂~」

「ナイスシュー関口~」

 しかし、逆転に至るには遠い道のりだった。得点差は何とか縮まって行ったが一度船に開いた大きな穴は塞ぐ事が出来なかった。沈没仕掛けている船の水を必死に外に出す姿をすぐそばで見ているのに手が出せないことにもどかしさと怒りを感じる一心。声を出すことしかできない。

「いいぞ~頑張れ!」

 一心と流稀亜は交互に叫ぶ。

「まだダイジョブ!」

 その後も必死に粘るが結局、試合は100点ゲームこそ阻止して96点に抑え込んだが、追撃むなしく試合は結局


大阪常翔学園 96 対 84 帝国高校 

「ピー」

 審判の笛とともに夏のインターハイ決勝戦が終わったことを告げた…


 インターハイは大阪常翔学園の優勝で幕を閉じた。試合終了後マートンがベンチにあいさつに来た時に口を開く。

「なんやおまんら、けったいな顔してるのう!そんな顔しとったら、次の国体とウインターカップもウチが貰うで!ええか?」

「…」

 悔しいが何も言い返すことのできない一心と流稀亜。

「なんや、なんもいわへんのか?チビ助に裏切者!」

「…次…」

 小声でそういう一心。

「イケメンも次は…」

 流稀亜も次の言葉が言い出せない。

「なんや、チビ助に流稀亜いうてみ!」

 流稀亜を挑発するマートン。

「…」

「そやな、いわれへんわな!怪我して試合にも出れん奴はだまっとるしかないわな!」

「…」

「けどな!だまっとたら、次もウチが優勝するで!」

 そういうと、背中を向けるマートン。

「…させるか!」

 一心と流稀亜が同時に口を開く。

「ホー!ホンマかいな!じゃあ、優勝できへんかったらうちに来るんやな!」

「…」

「流稀亜、クソチビ、次こそ勝負しようやないか…」

「望むところだ!俺たちが試合に出て勝負だ!」

 一心と流稀亜がそういうと寂しそうな顔をして背を向けマートンがぽつりとつぶやく。

「…ワイもな、そう望んどったで…」

「…マートン」

「…むなくそわるい優勝や!おまんら責任とれや!」

「…」

 立ち去るマートン。その背中をじっと睨みつけるように見ていた一心と流稀亜。勿論次に向かっての準備はするつもりだった。しかし、終わった夏は取り返す事が出来ない。

「次こそ…優勝する!」

 そう心に誓いながら一心と流稀亜はコートを後にした。



 敗戦後のロッカールームで普段は絶対に歌など歌わない南禅寺が柄にもなく歌を口ずさんでいる。落ち込んでいる全体の雰囲気に気を遣ってのことだろう。

「何だ?どうした?俺が歌を歌うと変か?…神木に流稀亜はどう思う?」

「…いえ」

 何も言えずに気まずくしていると監督の石井がロッカールームに勢いよく扉を開けて入って来る。

「バタン!」

「…」

 ローカールーム全体を見渡す石井。そして一呼吸着くと声を上げる。

「今日なば名門帝国復活まであと少しの所で負げだべしゃ!ツキが無くて負げたわけじゃねえべしゃ!運がなくて負げた?怪我さえなければ負げだ!そう思っているわらすもいるべしゃ!…すかす、ちがうど!負げの原因なんて数えてもきりがねえべしゃ!ツキや運が味方してくれるまで俺たちは待ってらったが!」

「…」

「俺たちは、頑張った。でも負げた。たんだそれだけだ!見えない敵に負けたわけでも、運やツキに見放されたわけでもねえべしゃ!予想を超える後半の巻き返し…確かに感動的だったべしゃ!だどもそれがなんだ!俺たち帝国が目指すのはNO,1だけだ!俺はお前らに生温かい青春ドラマを与えるつもりはねえべしゃ!だども俺についてけえでや!次の大会こそ、全国優勝、日本一というのがどれだけ心の奥底に響くか!それを教えてやらったいば!いいな!」


標準語 略

(今日は名門帝国復活まであと少しの所で負けた!ツキが無くて負けた。運がなくて負けた。怪我さえなければ負けた、そう思っている者もいるだろう!…しかし、負けの原因なんて数えてもきりがない!ツキや運が味方してくれるまで俺たちは待つのか!)


(俺たちは、頑張った。でも負けた。それだけだ!見えない敵に負けたわけでも、運やツキに見放されたわけでない!予想を超える後半の巻き返し…確かに感動的だった!でもそれがなんだ!俺たち帝国が目指すのはNO,1だけだ!俺はお前らに生温かい青春ドラマを与えるつもりはない!でも俺について来い!次の大会こそ、全国優勝、日本一というのがどれだけ心の奥底に響くか!それを教えてやる!いいな!)


「はい!」

「返事が小せいったいば!」

「はい!」

「よし、そすたら最後は「全国制覇だ!」で締めるべしゃ!行くぞ!次の大会~」

 全員が口をそろえる。

「全国制覇だ!」

 未来に向かって返事をするようなその声はロッカールームを超えて体育館の廊下にも次々に木霊して響き渡った。「全国制覇だ!」「全国制覇だ!」





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