第16話 「国境なき絆」
新しい登場人物
中国の未来の 3皇帝
★ ジェミリーチェン、 193cmPG (ポイントガード)
中国バスケ界の新生の3皇帝のうちの一人で一心のライバル。得意なプレイスタイルは鮮やかなドリブルと早いモーションからのシュート。そしてノールックパス。性格は真面目で外国語の習得が得意。中国の司令塔として切れ味の鋭いパスを出すことから(スコーピオン)というあだ名がついている。
★ ヤン チェン 213cmCF (センターフォワード)
中国バスケ界の新生の3皇帝の一人。高い身長を生かしたパワープレーは戦車が走っているような姿だということから着いたあだ名が「ビッグタンク」チームメイトからもタンクの愛称で呼ばれている。
★ ワン ーリンジャ 200cmSF (シューティングーフォワード)
中国バスケ界の新生の3皇帝の一人。高い慎重ながら高い確率を誇る3ポイントシュートを武器に中国のスコアラーとして活躍している。また動きも早くその速さからついたあだ名が「ピューマ」と呼ばれている。
2020年~1月7日
タイトル「国境なき絆」 中国遠征偏~
中国、広州の空港に降り立つとまだ日本は肌寒い季節なのに日本とは違い暖かい空気が漂う。空港の入国手続きを終へてバスに乗るため空港内を移動すると思ったよりも大きいの空港に驚く。知識としては主要都市の上海が中国のメインと考えていたがどうやら一つ一つの都市が日本の首都である東京に匹敵するような感じなのが空港の大きさと人の多さでわかる。伊集院が言っていた言葉がずっと気になっている一心だったが、この人の多い中から選び抜かれた精鋭であれば自分達よりもレベルが上でも不思議ではない。そう思わせるほど空港は人であふれていた。レセプションの翌日に行われる試合が待ちどうしくなったが、バスの座席につく頃には飛行機に5時間ほど乗った疲れからか睡魔に教われ一心は自然に目を閉じていた。熟睡していた一心は、知らない間に自分の首が徐々に絞めつけられる感覚になると目を覚ました。原因は一心が寝ている間に愛梨から貰ったマフラーをマートンが自分の首にも巻き付け、そのまま立ち上がりトイレに行こうとしたため一心の首を絞めつけていた。
「アー苦しい!」
すると隣にいたマートンが席を立ちトイレに行こうとしていた。
「なんや、起きたか?」
マートンを見てまた大きな声を出す一心。
「…マートン!勝手に人のマフラー使うなよ!」
一心がそう言うとマートンはマフラーを外した。
「ケツ穴がちっさい男やな…マフラーぐらいで」
「これは特別なんだよ!」
「…なんや、まあええわ、寒いからちょっと借りただけや、ワシはちょっとトイレ行ってくるわ」
「いちいち言うな!」
目が覚めた一心が飲み物を口に含み一呼吸するとマートンが席に戻ってきた。そして席に着くなりマートンが先ほどまでのことは全く気にせずに、真面目な顔をして口を開く。
「なあ、」
マートンの少し思いつめたような顔に少し驚く一心。
「ん?」
「おまん…3ポイントシュート打つときって何考えてねん?普通のシュートと何が違うん?なんでおまん、あないな遠い距離のシュートがそもそも何で入るんや?」
「…何で?」
「…別に、教えたくあらへんならいいわ」
マートンは強がっていたが聞きたそうな顔をしていた。一心が口を開く。
「…ロングシュートはさ、まずは自分の気持ちが大事だよ」
「自分の気持ち…か」
「うん、入るんだって思って、強く思い込んで体に伝えるんだ!」
「…それ、意味わからん…」
「後は技術的な問題で言うと…そうだな近い距離と違って打点、ゴールに届くまではループが45度より少し上の方がいいかな。しっかりとループをかけるには手首の力と指先の調整が必要になるけど、最後はほとんど人差し指だけで打っている感覚かな」
「…人差し指か…」
「マートンもしかして3ポイントシュート、打てるようにしたいのか?」
「まあな、NBA行ったらワシもスモールフォワードやろ…打てるようにならんとな」
マートンが座る席のテーブルの上には「伊集院 誠の基本シュート」というタイトルの本があった。
「伊集院さんの本か…天才にしか理解できないよね」
「…アホ!わしゃ天才じゃい!」
「今はノーマークでどのくらいの確立なの?」
「半分やな」
「50%か…」
「なんや、不満か?」
「いや」
「何べん打ってもな、そこから格率上げんのが大変なんや。調子のいい時はノーマークなら65%の確立で入るけどな。ばらつきあるねん」
「まあ、最初はそんなもんじゃない?」
少し不満な顔をするとマートンはまた伊集院の本を読み始めた。周りはまるで最初から実力があるように感じたり、昔から才能があるように勝手に勘違いして日本の未来の3皇帝などと言っていたが、3人ともこういった日々の努力を惜しまずバスケが上達するために毎日努力を積み重ねていた…
翌日、軽い練習後にレセプション会場へと向かった。目が回りそうなほど綺麗で、ちょとだけ下品で豪華さの目立つホテルに案内されると、そこの最上階でレセプションが行われた。その豪華さに思わず中に入った瞬間チームメイトからため息が漏れた。
「うわースゲー!」
テーブルに並べられた見たこともないよう中華料理の数々。そしてその料理から香る
食をそそる匂い。今にも飛びつきたい食欲を抑え、おとなしくテーブルにつく。来る前にイメージしていたものと何もかにもが違い、そのギャップに驚かされた。そういえば夕方は街中が込んでいるので地下鉄で会場の
ホテルまで行った方が早いと言われたので地下鉄に乗ったが、それも来る前にイメージしていたものとは違った。地下鉄は思っていたよりもはるかに新しく綺麗な電車だった。揺れや止まるときの誤差に関してもなくスムーズだった。違うのは乗る前に場所によってはテロ対策なのだろうかエックス線による持ち物検査があることだった。値段も日本円で約20円ほどで遠くまで行けて便利さがあるため利用する乗客も多かった。日本に来る前にイメージしていた中国とまったく違う感じで逆に日本の方が遅れているのではないかと思うほどだった。
レセプションの雰囲気になじめない一心やチームメイトは子供のように行動の一つ一つが挙動不信だった。食事は見た目より油分が強く口に合わなかった。ただ広州の名物だというスープだけはあっさりしているのにコクがありとても美味しかった。そんな時、声をかけてくる中国人選手が一人いた。
流暢な日本語で話しかけてくるジェミリーチャン。
「君が神木 一心君ですか?」
「はい?」
誰かわからず一心が首をかしげる。
「試合、見たよ」
「え?」
「大学生を倒した試合、すごい活躍だったね」
ジェミリーは目を輝かせながらそう言った。
「あ、ありがとう」
「あ、あの…」
「俺はジャミリーチャン。日本語が話せるのは僕の母が日本人だから。父は中国人だけど仕事の都合でアメリカに行く機会が多くて、僕も一時期は中国を離れてアメリカに住んでいたけど、今は中国に住んでるんだ」
「そうなんだ、じゃあ3ヵ国語も話せるんだ…凄いね」
「そんなの全然、凄くないよ」
「ところで、料理は口にあったかい?」
「…あ、まあおいしいよね…」
「ジェンダ?…(本当に?)」
「え、まあ」
「ねえ、シン、おいしい水餃子の店があるんだ。そこなら油っこくないからダイジョブだよ。行こうか?」
「え?、レセプションは?」
「こんなのつまんないし、途中で抜けても何も言われないよ!」
「そ、そう?」
戸惑う一心だったが、なぜか言われるままにジェミリーの後について行った。二人はレセプションの会場を気が付かれないようにこっそり抜け出した。
そしてホテルからタクシーに乗り10分ほどすると、狭い路地に日本で言う屋台が沢山、並んでいた。そこは住宅街の中にひしめく小さな食堂のような飲食店で活気の溢れている地域だった。おでんのような屋台があったり、日本の焼き鳥のようなものを売っている店も中にはあった。味は分からないが、いい匂いがするのは確かだった。
「あ、あれはね日本で言うところの焼き鳥みたいなもので羊の肉を使った食べ物で、おでんのようなお店は、日本のパクリだね」
「へーー」
「羊の肉は美味しけど油がね、安いのを使ってるから多分お腹壊すよ。今日は辞めておこう。明日試合だろ?」
「うん」
二人が食事をすることになった店はこじんまりとした10坪ほどの餃子の専門店のような店で夫婦が家族経営していた。ジェミリーが口を開く。
「ここのジャオズーは最高なんだ」
席に着くとメニューに目も通さすにオーダーするジェミリー。
「脂っこいのは…」
「大丈夫だよ。中国は焼き餃子じゃなくて、水餃子がメインだから。通常の家庭では余った餃子を次の日に焼くぐらいで、ほとんど食べないよ」
「へーー」
「日本はオリジナルの中華料理だよね。実は俺も油が強いのは苦手なんだ。ちなみに餃子の具材も色々、俺のお勧めはね、ハマグリの餃子、後、あさりとか、とりあえずこの辺頼もうか、あ、あと定番のセロリの餃子と、卵とトマトの餃子も」
「結構頼んだけど食えるか?」
「ダイジョブだよ」
「ははは」
たわいもない会話をして10分ほどたつと、まん丸とした分厚い皮の熱い餃子が湯気を出しながらテーブル一杯になるほど運ばれてきた。セロリの餃子は皮の色も緑でほかの餃子と違った色をしていた。アサリやハマグリの餃子は、後味も強く口の中に入れると香もよく少しの間、話すのをやめ無言で食べ続けた。
「こんなに水餃子が美味しくて種類があるのに驚きだよ」
「だろ」
「ところで俺は、ウインターカップも見たんだ」
「なんか不思議だな。実は俺もジェミリーのプレー見たかったけど、なんか探してもなくてさ」
「情報規制があるからね中国は…君と試合で戦えるのが楽しみだったんだけどな…」
ジェミリーが晴れない顔をしている。
「明日、対戦するじゃん」
首を横に振るジェミリー。
「怪我でもしたの?」
「…」
「何かほかの問題があるの?」
「尖閣諸島問題だよ」
小さい声でそういうジェミリーからどうしようもない孤独感を感じた。
「…それって日本でも最近また、そこそこ騒がれてるけど…今回の試合に関係あるの?」
「あの問題が始まると…全ての対応が変わった。学校の先生、バスケの監督、それと一緒にプレーする仲間…小日本人とか、死ねとかさ、おまけに今の中国代表の監督が訳ありでね」
2012年に表面化した尖閣諸島問題はその後、中国国内で一時的に治まったがその後も継続して中国と日本は睨み合いを続けていた。そして2019年頃からまた問題が大きくなり、中国国内での日本人への対応が厳しくなっていた。ジェミリーは中国人と日本人のハーフなわけだが、表面化し始めた問題のせいで差別を受けていた。
「監督は自分の曾祖父が、満州で日本人に殺されたってことでね…」
ジェミリーの話によると実際日本ではあまり知られていないが、中国のテレビチャンネルは約40チャンネルほどあり、そのうちの2チャンネルぐらいは毎日のように日本を批判する内容のテレビや、戦争ドラマで日本人が悪いようなイメージを持つドラマが放映されているという話だった。
「それが試合に出れない理由なの?」
「まあね…」
「…なんだよそれ…」
拳を握り締めテーブルをたたく一心。
「仕方ないだろ…」
「そんなので、試合に出れないなんて…俺が何とかするよ!」
「何ともならないよ。俺たちは鳥かごの中で買われている鳥の様な存在だから」
「そんなことないよ!」
「いや、政府の力は偉大だよ。良くも悪くも。国民の感情も知らないうちに操るんだから。誰しもが正義の是非は問わないものだよ」
「…ジェミリー…難しいことはあんまりわからないけどさ、監督や政府が飼い主の犬なの?」
「はあ?何を訳の分からないこと言ってるんだよ。人間の俺が犬の訳けないだろ!」
「そっか、じゃあ、明日は出れるだろ!」
「出れるなら出てシンと戦ってみたいな…」
「出れるよ!」
一心がそう言うとジェミリーの顔つきが急に変わり眉間にシワを寄せた。
「軽々しく出れるなんていうなよ!お前に俺の気持ちが分かるのかよ!出たくても出れないんだよ!いい加減な気持ちで言ってるんじゃない。初めて同世代ポイントガードでライバルと出会えた…そう思っていたのに…その気持ちがお前にわかるか!」
テーブルを強くたたきながらそういうジェミリーに一心はさらに追い込みをかける。
「じゃあ、試合に出たらジャミリー率いる中国の方が強いの?」
「はあ?中国がお前ら小日本人に負けるわけないだろ!今回の試合だって、平均身長で10cm以上俺たちの方が高いし、事前に知らされた身体能力も俺たちの方が上だ!それに、僕を含めた3人は自分で言うのもあれだけど相当な実力だよ。すでにA代表の招集にも呼ばれていて、あと1年以内にはスタメンの座を勝ち取る予定だよ」
そんな勝気なジェミリーを前にして腹を抱えて大笑いする一心。
「ははっははっはあはは」
ジェミリーがキョトンした顔をして一心を見ている。
「何?」
「僕ね、初めてだよ。目の前にいる人が僕より上手いって言うのは…知らない間に僕自身が勘違いしてたのかもしれない。だから、確かめたい。どうしても、どんな手段を使っても君と試合をする!」
「だから、出来ないんだよ!」
諦めない一心は直ぐに問い返す。
「兎に角、試合になったら手加減しねえからね」
一心がそういうと笑いだすジェミリー。
「ははは、君には参ったよ」(こいつは…)
「いいこと思いついたんだよ!…僕らは高校生だしある程度のことやっても許されるんじゃないの?それが若さの特権だから!」
ジェミリーが不可解な表情で一心を見ている。
「お前、何が言いたいんだ?」
「ジェミリーはさ、ベンチスタートでも腐ってないでさアップしておけよ!」
そう言うと一心はジェミリーの肩を軽く叩いた。
「神木 一心…変な奴だな」
二人がそんなことを話していると、店にいた中国人が日本語に気が付き二人に近寄ってきて威圧してきた。何を言っているかわからないが、4人は近寄ってきてそのうちの一人が餃子の皿をわざとひっくり返した。
ジェミリーは立ち上がりこぶしを振り上げようとした。
「やめろよ!」
ジェミリーを制止する一心。
「腕の使い方、間違ってるだろ!怪我したらどうするんだよ!」
「どうせ、試合に出れるわけでもないんだ」
一瞬、驚いた一心。それに対して不敵に笑ってジェミリーはまっすぐ一心を見ながら反射的に利き腕と逆の左の拳で壁を叩き付けてジェミリーなりに大人を威嚇する。すると拳から血が流れ出した。
「…じゃあ俺も」
同様に一心も左のこぶしを壁に打ち付けると大きな音とともに拳からわずかに血が流れる。近寄ってきた男たちは呆れた顔をしている。
「馬鹿なのか?」
ジェミリーが口を開く。
「こうしないと、お前の気持ちわからないだろ!」
当たりを見ると今度は壁がへこんだせいか、店の主人が物凄く怒っている。
「二ージョシューガ、ダーポンダー!」(馬鹿野郎!)
二人はポケットからありったけの中国元をテーブルに置くと、慌てて逃げ始めた。なんだか笑いが止まらない二人。全力で逃げながら馬鹿笑いする二人。そんな走る二人を見て変な顔をするすれ違う人々。かまうことなくまっすぐ二人はしばらくの間全力で走っていた。息を切らせながら口を開く」一心。
「俺、頭悪いから、正しい答えなんてわからない。でも、俺なりにお前が出てこないとダメな状況を作ってやる。俺を信じろ!ポンユウ!」
「馬鹿、そんなことより逃げるぞ!ポンユウ!」
この奇妙な体験は心の奥深く一心の胸に焼き付いていた。
「はははは」
大変な状況にもかかわらず二人はそれを全く気にせず笑いながら夜の街を全速力で走り抜けた。まるでお互いに競い合うように…
タイトル「幻のダンクシュート」
中国学生選抜チーム
スターティングメンバー
ワン ジェーウー 201cmCF (センターフォワード)
ヤン ビョンライ 198cmSF (シューティングガード)
バ チェンロー 207cmC (センター)
リン マオウェイ 185cmPG (ポイントガード)
シュ ミョーピョン 197cmPF (パワーフォワード
中国選抜 代表メンバー 3皇帝
★ ジェミリーチェン、 193cmPG (ポイントガード)
★ ヤン チェン 213cmCF (センターフォワード)
★ ワン ーリンジャ 200cmSF (シューティングーフォワード)
日本高校選抜スターティングメンバー
神木 一心 176cm PG(ポイントガード)
暁 流稀亜 194cm SF(シューティングフォワード)
佐藤 伸樹 186cm SF(シューティングフォワード)
ディリックマートン 203cm CF (センターフォワード
室橋 良次 201cmC (センター
翌日、中国との試合会場は高校生の試合にも関わらず超満員。日本でいう有明アリーナぐらいの規模の体育館は日本の高校生に対するヤジやブーイングで湧いていた。圧倒的なアウエー。ウオーミングアップ中から中国の3皇帝と呼ばれるのが誰なのかはすぐにわかった。3人だけ代表のジャージの模様が違っていた。違っていたのはジャージの色だけじゃない。そして他とは違う雰囲気も十分、一心達にも伝わってきた。しかし、3人はウオーミングアップを終えるとベンチに座った。そしてマートンが口を開く。
「なんやあれ?」
室橋が口を開く。
「舐められたもんやな」
佐藤が口を開く。
「馬鹿にしとるとね!」
流稀亜が口を開く。
「しかし、大きいよね」
一心が続く。
「そうだね。マートンはあの左(ヤン)にいる動く城みたいなのが出てきたらマッチアップだね」
「じゃあ、イケメンは右(ワン)だね。どんな奴なんだろう?」
「俺は真ん中のジェミリーをマークする」
一心がそういううとマートンが口を開く。
「あいつら試合でえへんのちゃう?」
一心が相手ベンチを見ながらつぶやく。
「だったら、出さなきゃいけない状況を作るしかないな」
第1クオーター
試合が始まると一心、流稀亜、マートンが歓声と中国代表をねじ伏せるかのように次々と得点を重ね、守備でも攻撃的なゾーンプレス2-2-1(資料参考)を展開し、 中国の組織的なバスケットを翻弄していた。中でもマートン、流稀亜に対して見たこともないスナップパスを出す一心に観客は度肝を抜かれていた。
地面につくとゴルフボールがバックスピンするように右に、左に動くスナップパス、(パスの瞬間手首をひねって出すパスで、ボールがリバウンドすると、左右どちらにでも戻すことが可能なパス)流稀亜とマートンは相手を交わしながらバックダンクを決めたり、3Pを連続で流稀亜が鮮やかに決めたりとして波に乗っていた。
それらのスーパーパス、スーパープレーにバスケ熱が熱い中国の観客でさえ翻弄され、ブーイングをやめ試合に見入っていた。
そして第2クオーターに入り中国ベンチを見るとA代表に入っているという二人もウオーミングアップを始めていた。しかしそこにジェミリーの姿はなかった。第2クオーターが終わる頃。前半終了間際には(残り2分を切るころ)17点の得点差をつけて核の違いを見せつけていた。
全日本高校選抜 40 対 23 中国高校選抜
流稀亜がつぶやく。
「今更出てきてもこの点差をひっくり返すのは無理だよ」
続けて一心がつぶやく。
「そろそろいいな」
「なんや、神木…何をたくらんどんねん!」
「まあ、見てろよ」
残り2分を切ったときに頃合いを見計らったかのように、一心はセンターコートから中国のベンチぎりぎりまでドリブルして、ジェミリーを見つめた。
「おい、ジェミリー、なーに座ってんだ?暇だから早く来いよ!」
一心は、そういうとベンチに座っているジェレミーに向かって早いスピードのパスを出した。
「チャンと取れよ!ナイスパスだろ?」
「…」
ベンチに座っていたジェミリーはそのパスに驚き、ボールをハンブルした。一心のその狂った行動に一瞬、試合が止まり会場は凍り付いたように静まり返った…
一心はニヤっと笑うと、ここぞとばかりに大きな声で叫んだ。
「ホーニガマー!」(お前の母ちゃんでべそ、的な感じ)
通訳に頼んで教えてもらった中国人が傷つく言葉だった。静まり返った体育館に日本人の一心の中国語が木霊すように響き渡る。「ホーニガマー!」「ホーニガマー!」「ホーニガマー!」会場に響いたその声に物凄いブーイングの嵐がウエーブを帯びてやってきた。今度はジェミリーに向かって叫んだ。中国人は日本人に対するコンプレックスもあり非常にプライドが高い、しかし自分たちの仲間が軽蔑されたり、傷つくと絶対にゆるさない。尖閣諸島問題で本来試合に出れる実力があるはずのジェミリーがスタメンに起用されてない。それは中国ベンチのみならず、観客も知っていた。矛盾はするがそこで制裁を加えているのが日本人であるから中国サイドからすると、中国ベンチに座るジェミリーを日本人が馬鹿にしている。観客からジェミリーコールが沸き上がる。
「ジェーミリー!ジェミリー!ジェミリー」
自分達が本人をイジメるのはいいが他人がイジメるのは許さない。理不尽な話だったが作戦は思いのほかうまくいった。
「ジェーミリー!ジェミリー!ジェミリー」
一心が大声でジェミリーに叫ぶ。
「馬鹿野郎!アップしておけって言ったよな!」
「…シン」
「友情やバスケに国境も国旗の色も関係ない!差別は人の心の中にある意識の問題だ!さあ、バスケをしよう!」
一心はベンチに座るジェミリーに手を差し伸べた。そしてその手を掴むジェミリー。
「…」(こいつ…いい奴だな)
会場の雰囲気は、空気はすでにジェミリーを試合に出すしかないようになっていた。
第二コーター残り1分30秒、真っ赤な真紅のジャージを脱ぎ捨てジェミリーが出てきた。
「タイ 謝謝 二ー、(君にすごく感謝している)くそったれ日本人!容赦しないぞ」
ジェミリーは一心に近寄ると大きな声を出した。
「くそったれ中国人容赦しないぞ!」(よかったなジェミリー)
お互いが口の悪い言葉でそういうが本心は違う。大人の事情で問題が起こり、部外者である自分達が巻き込まれる。そんな国は自分達から見れば両方(日本も中国も)とも「くそったれ」そんな気持ちがあった。
試合に出てきた3皇帝に中国の観客も夢中で声をかける。三者三様に威圧感とオーラを放ち選手交代を済ませコートに足を踏み入れてた。そしてそれを迎え撃つかのように、目の前で立ちはだかる一心、流稀亜、マートンだった。中国の未来の3皇帝対日本の未来の3皇帝がコート上で激しく睨み合っていた。
交代で外に出る選手。
バ チェンロー 207cmC (センター)
リン マオウェイ 185cmPG (ポイントガード)
シュ ミョーピョン 197cmPF (パワーフォワード
交代で入る選手。中国3皇帝。
★ ジェミリーリン、 193cmPG (ポイントガード)
★ ヤン チェン 213cmCF (センターフォワード)
★ ワン リンジャ 200cmSF (シューティングーフォワード)
マートンが口を開く。
「ここからが見せ場やで!」
そして流稀亜も続く
「イケメンも気合入れ直すよ!」
一心も口を開く。
「さあ、どんなものなのか楽しみだな!」
サイドからボールを出しジェミリーにボールが渡ると一心がマンツーマンでマークについた。不規則な動きのドリブルから姿勢を落として一気に抜きにかかるジェミリー。ウオーミングアップをしておけば抜き去ることをできたかもしれない。しかし、ジェミリーの動きは完全なものではなかった。一心はまだ完全ではない動きを読み、わざと抜かせて後ろに回った。そしてその瞬間、ジェミリーのドリブルをカットした。
「何!」
一瞬あっけにとられたがジェミリーが笑う。
「本当にお前はやってくれたな!」(思ったより早い…)
一心も言い返す。
「ウオーミングアップしておけって言ったよね!」
捨て台詞の様にジェミリーが叫ぶ。
「馬鹿野郎!これから本気出すからな!」
カットしたボールはマートンにわたるとマートンが素早く一心にそしてまたマートンにパスを出す
「クソチビ!ナイスパス!」
そのままダンクを決めた。そしいて今度は中国代表の3皇帝の一人、ポイントガードのジェミリーが猛スピードで速攻を仕掛けてきた。一心がジェミリーのマークにへばりついた。一心が口を開く。
「やっと体が温まったみたいだな!」
「シン、俺の本気見せてやる!」
「望むところだ!」
するとジェミリーは一心のディフェンスを細かいテクニックで抜き去るのではなく純粋なスピードで抜き去る。
「早い…」
するとジェミリーが3ポイントライン辺りからリングに向かってバックビハインドパスを出す。背中から出たそのパスはまるでブーメランが回転するようにリングにドライブがかかるように落ちていった。
「俺のドライブパスだ!」
「え!」(あり得ない…)
ジェミリーのそのパスにヤン チェン213cmが反応してジャンプするとマートンも一緒に飛び上がる。しかし、そのマートンを空中で軽々と吹き飛ばし強烈なダンクシュートを決める。
「うおお!」
「…」(なんてパワーや…)
一心も驚いている。
「…」(何だ今のパス…)
そんな二人に対して流稀亜が声を上げる。
「シン!マートン、行くよ!」
逆に速攻を仕掛け、流稀亜が持てる個人技をすべてぶつけるかのようにして次々と中国のディフェンスをかいくぐる。そしてお返しとばかりにダンクに行こうとするとそのシュートを鮮やかにブロックするワン リンジャ200cm。
「何!」(日本では誰にもされたことがないのに…)
「ウオオオ!」
その後は日本代表と中国代表の一進一退の攻防が続いた。しかし、実力で勝る中国代表はじわりじわりと点差を詰めた。相手が波に乗り始めた頃に前半終了のホイスチルガなり、救われる日本代表。しかし、表情は青ざめていた。
日本代表 49 対 36 中国代表
13点のビハインドで日本優勢で前半を終えた。しかし、3人には中国の3皇帝の独特の威圧感が伝わってきていた。
一心はジェミリーに声をかける。
「後半楽しみにしてるかなら」
微笑むジェミリー。
「望むところだ!」
そして更衣室に向かう途中、流稀亜とマートンが一心に話しかけてきた。
「シン、僕はワンってやつを抑える!120%絶対に!」
マートンが口を開く。
「クソチビ、俺は動く要塞みたいなヤンとか言う奴な…」
いつもより元気がないマートンに首をかしげる一心。
「マートン、ビビってない?」
実際、ヤンは高校生とは思えないほど体格がよく筋肉質だった。日本ではビッグサイズのマートンだがヤンの冷蔵庫の様な体つきに比べると細く見えるほどだった。
「なんだとクソチビ!」(クソ、わかってるわい…でも負けへんで!)
流稀亜が口を開く。
「国内じゃマートンよりでかい奴はいなかったからな~」
「アホか!あないなただの石造や!ビビるかって!それにこんだけ得点差あるのに俺たち3人そろっていればダイジョブやろ!はははは」
しかし全日本高校選抜の誰もが底知れぬ中国代表の力を感じ取っていた。そして国内の試合ではしばらくなかった全力を超えた力を出す必要性があることを感じ取っていた。
3人とも顔は笑っていたが奥歯を強くかみしめていた…(スピード、パワーは大体分かった…でも俺たちだって…)
第3クオーター
試合が始まると中国選抜の動きが全く違った。ジェミリーにボールが渡ると不規則なドリブルでディフェンスを次々交わす。まるで曲芸でも見ているように軽々と抜き去る。一心もくら食らいつくがあっさりと中央を突破される。
「クソ!」
ジェミリーは右を見ながら左にノールックパス(技術ページ参考)をすると、反対側に走りスクリーン(技術ページ参考)をかける。ワンがリングに走りこむとリングめがけて飛び上がる。それをタップするとさらに上にジャンプしたチャンがバレーボールの時間差攻撃のようにジャンプして雄たけびをあげながらダンクシュートを決めた。
「YES!」
会場の歓声が沸く。
「ニービエファンチー(諦めないで)」
「ジャーヨーウ(頑張って!)」
「ジェンチーダオディー!(最後までしっかり)」
「ティンジユー!(持ちこたえろ)」
そんなアウエー独特の雰囲気にもめげずに取り返そうと長いパスを出す佐藤。しかし冷静さを欠いたそのパスがワンによって鮮やかにカットされる。
「すまん!」
一心が口を開く。
「ノブ!気にするな!」
「ありがとうキャプテン!」(キャプテンたち平気な顔してやりあってるけど…相手のチームは日本では戦ったことがないほど強いし、早い…でもそれを平然とした顔で楽しんでいるキャプテン達も変態の領域だな…)
流稀亜がマンツーマンでワンをマークする。
「行かせないよ!」
ワンはフェイントをかけドリブルすると見せかけると後ろに後ずさりした流稀亜の足を確認。3ポイントラインから1メートルほど離れた場所からジャンプして軽々と3ポイントシュートを決める。流稀亜は信じられないといった表情をしている。
「マジかよ…」
どよめく会場の中国応援団。
「ジャーヨージャー!」
あっという間に
日本高校選抜 49 対 41 中国高校選抜
今度は中国がコート前半から激しいプレスディフェンスをかけてくる。一心がジェミリーを簡単に交わすと猛スピードで中央に出ようとする。しかし、わざと抜かせたかのようにジェミリーは低い姿勢を保ちながらシンのドリブルを下から救い上げるようにして後ろからカットする。
「え!」
ジェミリーがつぶやく。
「お返しだ!シン!」
一心が驚くのも無理もなかった。国内でシンのボールをカットされたことなど高校時代に一度も経験したことがなかった。
「…」
それをワンが素早く拾い今度はジェミリーにパスを出す。
マートンがジェミリーに覆いかぶさるようにブロックをかけるとわざと空中でぶつかる角度で飛びファールを狙う。
「しばくで!」
マートンの手がジェミリーの腕に当たるがそこから左手に持ち替えてシュートを決めるジェミリー。
「バスケットカウント!」
シュートが決まるとジェミリーがどや顔で一心を見ている。
「…」(やるなジェミリー)
日本高校選抜 49 対 43 中国高校選抜
冷静にフリースローを決めるジェミリー。
日本高校選抜 49対44 中国高校選抜
中国の3皇帝がコートに出てから点差は2分経つころにはもう6点差にまで迫っていた。たまらず、ジェミリーのフリースローが入ったところでタイムアウトを取る日本。
息を切らせる一心、ルキア、マートン、室橋、佐藤。
流稀亜が息を切らせながら口を開く
「まいったな、なんだっけこういうの?」
一心が的外れな答えを言う。
「虎の腹をふんずけた?」
マートンがあきれた顔でつぶやく。
「おまんは、アホか!っはは虎の尾だろ」
一心が気にせず口を開く。
「スピードは速いし、なんていうか試合慣れしてるよ。何だろう国際試合の経験があるっていうのが肌で伝わって来るね」
マートンが口を開く。
「本気見せてやろうやないか!」
流稀亜が口を開く。
「そうだね…」
一心が口を開く。
「とにかく、全力だ!」
「オウ!」
試合が再開されると、やはり中国の攻撃力に少し押されていた。中国はジェミリーを中心に超攻撃的な展開を仕掛けてきた。
「行くぞ!」
さすが全中国が誇る司令塔と思わせるほど動きは華麗でスピードもあった。ディフェンスにつく一心は抜かれる度に悔しがった。
「クソ!」
ヤンのダンクからのバスケットカウント。
「ホオオ!」
ワンの力強いドリブルからのフックシュート。
「オリャ!」
対する日本もマートン、流稀亜のダンクや、ジャンプショット。
「イケメンは日本最強だ!」
マートンも続く。
「見とけボケ!」
観客席からは中国代表の応援が鳴り響く。
「ニービエファンチー(諦めないで)」
「ジャーヨーウ(頑張って!)」
「ジェンチーダオディー!(最後までしっかり)」
「ティンジユー!(持ちこたえろ)」
日本に負けるな!観客全体が一丸となって応援している姿が一心にも感じられた。しかしそんな猛攻を日本も黙ってみていなかった。マートンのダンク、流稀亜の3ポイント、一心も相手を翻弄するパスやシュートで点差を離そうとうとしていた。
「エクセレント!」
「クソチビ!ナイスパス!」
しかし、徐々に点差は縮まり試合終了時には
日本高校選抜 53 対 52 中国高校選抜
日本はかろうじて中国の猛攻を止めて1点をリードして第3クオーター目を終えた。ベンチに戻るとスポーツドリンクを一気飲みして喉の渇きを満たした。一心、流稀亜、マートンが口を開く。
「これはあれやで」(案外、俺たち行けるんちゃうの?)
「そう、あれだね」(そう、考えてみたら同じ年だしね)
「まあ、あれだね」(俺らも日本の3皇帝だからね)
「はははっは」
3人はそう口にすると肩で呼吸しながら笑顔をを見せた。思っていることは同じ事の様だった。
第4クオーター
変わらずお互いが超攻撃的なオフェンスと激しいディフェンスでしのぎを削っていた。そしていつの間にか、接戦の中でお互いに笑顔が漏れ、試合を心底楽しんでいた。
ジェミリーは一心とのマッチアップを楽しみ、マートンはヤンと、流稀亜はワンとそれぞれ楽しんでいた。
不規則なドリブルからジェミリーを抜き去るとノールックパスを佐藤に送る一心。
「何!」(こいつ…瞬間的な判断が以上に早い…面白い奴だやっぱり…)
満面の笑みで口を開く一心。
「驚いた?」(ディフェンスの感もいい…次は同じパスが通用しないな…)
佐藤のシュートが見事に決まる。
「よっしゃ!」
ヤンに対してしつこいディフェンスをするマートン。
「止めるで!」(何回もさせへんで!)
粘り強くディフェンスをするマートン。しかしヤンの213cmのパワープレーではじき飛ばされるマートン。
「邪魔だ!」(何てしつこいディフェンスだ)
ワンの豪快なダンクシュートが炸裂する。
「…クソ!」(なんてパワーや…日本にはこないな奴おらへんで…ワシも井の中の蛙だったゆうことやな…でもまだあきらめへん!)
すると今度はお返しとばかりに、流稀亜がディフェンスにつくワンを素早いフェントで抜き去るとそのままダンクシュートを決める。
「遅い!僕は日本最強!」(…一回一回のオフェンスで毎回100%集中しないと決められない…なんてディフェンス力だ…)
ダンクを決める流稀亜。
悔しがるワン。
「クソ!」(こいつ…本当に上手い…早さだけじゃない。どこのコースが空いているか見分ける判断が早い…小日本人…甘く見てたな…)
「日本人の分際でやるな!」
「中国人の分際でやるな!」
お互いの思いが口に出さずとも認め合っているのがプレーで見ている側にも伝わってきた。そんな有意義な時間も残すところ2分を切るころには中国に逆転を許す展開となっていた。
残り2分02秒
日本高校選抜 89 対 88 中国高校選抜
その場面で強引にドライブインするワンに流稀亜が弾き飛ばされるようにしてダンクシュートを決められる。
「クソ!」
「バサン!」
日本高校選抜 89 対 90 中国高校選抜
その後、少しの間、ノーゴールが続く。一心は決意したかのように果敢にドリブルで切り込むと中国のディフェンスを巧みにかわし流稀亜にパスを出す。
「ルッキー」
ディフェンスが十分に流稀亜に集まった所でパスを出して佐藤に3ポイントを託す。
「ノブ!」
しかし、そのシュートが外れてしまう。
「しまった!」
「ナニワ節…ナメんなよ!」
リバウンドに飛び込むマートンがヤンに指一本分で何とか競り勝ちリバウンドを奪う。
「負けられるか!」
マートンはそのままノーマークになっている一心にパスを出す。
「クソチビ!決めろや!」
一心はそれを確実に決める。
「よし!」
日本高校選抜 91 対 90 中国高校選抜
残り1分03秒。中国のリターンでボールを運ぶジェミリー。
ジェミリーの独特なリズムを崩す変則的なドリブルでディフェンス陣を交わすとボールを後ろに流してワンに渡る。それを読んでいたかのように鋭いディフェンスをする流稀亜。
「行かせない!」
左右にフェイントをかけるワン。体をうまく入れると完全に抜かれる体制になる。ワンは必至の流稀亜のディフェンスをあざ笑うかのようにすり抜けるとシュートモーショーンに入ろうとする。
「何!」
しかし、汗で濡れた床にシューズが滑り、尻もちをつきそうになる。
「…」
すかさずカバーに入る準備をしていた一心がボールカットする。
「うおおおお!」
残り37秒…
一心は前を走る室橋にパスを出し、最後はマートンがダンクシュートに持って行こうとするがこれをヤンが気合のシュートブロックで止める。
「ウオー!」(お前のパワーはまだワールドレベルに到達していない)
「クソ!」(なんでやねん!)
体の大きさだけでなく身体能力で完全にマートンはヤンに先を越されていた…
残り32秒…
一か八かで、ゴール下にいるジェミリーをわざとノーマークにして、3ポイントだけは打たせないようにする。しかし、ジェミリーは3ポイントライン手前で打つと見せかけフェイントをかけて後ろに下がり、そこからフェイドアウトしながら技ありの3ポイントシュートを決める。驚いた表情の一心。
「マジか…」(流石にこれは止められない…)
「見たか!YES!」(この試合…貰った!)
日本高校選抜 91対93 中国高校選抜
残り 14秒。
一心はボールを運びながら全体を見る。走りこむ流稀亜、マートン、室橋、佐藤、全てにディフェンスの当たりがきつくなかなかボールを出すこともできない。とりあえず外回しのパスを出すがどんどん時間が無くなってきていた…
何か策はないか…
「あ!…」何かをひらめき一か八かの賭けに出る一心。
「マートン!ルッキーにスクリーン!」
一心の指示通り動くマートン。
左斜め45度にいるルキアにマートンがスクリーンをかけると流稀亜が飛び出す。それに対して中国は流稀亜のマークを緩めない。そしてジェミリーが一心のボールを奪いにきた。しかしそれを分かっていいたかのように交わす一心が叫ぶ。
「マートン、外に出ろ!3ポイントだ!」
流稀亜に集中したマークがマートンのノーマークを生んだ。
「なんやて!」(こないな時に…なんでワシやねん!)
マートンは高校の公式戦においてほぼ3ポイントを決めたことがない。しかし、将来NBA入りを目指しているマートンが3ポイントの練習を欠かさず行っていることを一心は知っていた。そのマートンめがけて鋭いスナップパスを出す。バックスピンのかかった見事なパスがマートンの胸に正確に渡る。どよめく歓声。
「マートン、お前が決めろ!今日はやられっぱなしだぞ!最後ぐらい決めないとしばくぞ!」
「…」(足が震えるわ!ボケ)
しかし、瞬間的に一心との会話を思い出す。それは時間にしてコンマ何秒という世界だった。
「…ロングシュートはさ、まずは自分の気持ちが大事だよ」
「自分の気持ち…か」
「うん、入るんだって思って体に伝えるんだ」
「…それ、意味わからん…」
現実に戻るマートン。覚悟を決めた男の顔つきになっている。
「マートン!自分を信じろ!」(お前なら出来る!)
「分かってるわ!ボケ!」(恋雨さん!見とってください!ワシのミナクルシュート!)
マートンの放ったシュートは一度リングにあたると上に弾けて、その後またリングに戻ると、グルグルとリングを何度か回り続けた。
「行け!」(50%に賭けるよマートン。でも俺は信じている…)
何度もリングをグルグルと回る…奇跡的に不思議な軌道のシュート。決してやろうと思って出来るシュートではない。観客も息をひそめていた。そしてマートンが叫んだ。
「ワシのミナクルシュート!入れや!」
じれったいシュートだった。その後も何度もリングをグルグル回るとやっと真ん中の穴に落ちることをやっと決断したボール。
「バサ!」
シュートが決まるとマートンが叫ぶ。
「ワシ天才!恋雨さ~ん!」
一心が口を開く。
「危ねんだよ!」
マートンが口を開く。
「アホ!シュートなんて入れば一緒やねん!」
すかさず一心も笑顔で口を開く。
「とか言って…内心ビビったろ!」
日本高校選抜 94対93 中国高校選抜
勝利を確信した日本のメンバーは一瞬、ディフェンスを怠りシュートを決めたマートンをたたえハイタッチを交わす。そしてマートンが口を開く。
「俺様がMVPだ!」
残り3秒07…
一瞬の油断だった。そんな雰囲気をよそにエンドからボールを出すジェミリーが不敵な笑みを浮かべ口を開いた。
「シン、君の負けだよ…」(3秒あれば十分だよ)
ジェミリーが小声でつぶやく。一心の耳に入るジェミリーの声。
「しまった!」
「遅いよシン。油断したね!…1秒」
ジェミリがーが強靭な肩でエンドから出したロングパスは、高速でしかもまっすぐに、ゴール下に走りこむワンの頭上3m40cmらへんを通過しようとしている。それに合わせるようにして飛び上がるワンが空中でそのボールをダイビングキャッチ。
「早い…」
「2秒…」
そのスピードに気が付いた後で全速力で追いかけた流稀亜でさえ間に合わない…
しかし、国際試合とは相手の国の事情もあり何が起きるかわからない。そんな充実した試合に水を差す出来事が起きた。
そのワンのダンクシュートがリングに通過する瞬間に突然体育館の電源が全部落ちて真っ暗になった。
「3秒…ズドン!」
ダンクシュートが決まった音は確実に一心や流稀亜、マートンの耳には届いた。しかし暗闇のため何も見えない。
勝負に負けると勘違いした中国側が間違いを犯し会場のブレーカーを落としたのだった。マートンが口を開く。
「真っ暗やんけ!」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。少しするとわからない言葉と掛け声とともに、観客がコートになだれ込んできた。
「ごチャ、ごチャ、ごチャ!」
人混みでぐちゃぐちゃになる体育館に大勢の中国側の警備員が笛を鳴らし懐中電灯を照らしながらコートに入って来た。それを見た日本のメンバーは中国の警察と一緒に会場の外へと急いで避難を始めた。そしてその後、試合は勝ち負けないドローになった…
しかし、中国の観客は間違えていた。勝っていたのは自分達じゃない。中国代表だった。尖閣諸島問題もあり、どんな手段でも負けは許されない中国高校選抜。しかし、電気が消えた瞬間リングにボールがすり抜ける音がしたのは間違いなかった。
友情やバスケに国境や国旗の色なんて関係ない!しかし、悲しいが勝敗には関係があある結果になってしまった…そして「幻の逆転ダンクシュート」その幻のダンクシュートはしばらくの間、日本の未来の3皇帝と呼ばれる一心、流稀亜、マートンの夢の中にまで現れて呪いの様に苦しめた…
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