最終話 エピローグ

★★★(佛野徹子)


「殺し屋さん」


 渾身の呪詛を吐いた後。

 香澄さんは、小さく、言った。


「なんだ? お客さん?」


 文人は、後始末を開始しながら、返す。

 死体と道具を砂利に変え、血しぶきを水へと錬成し、拷問殺害現場の痕跡を消しながら。

 手を全く止めていない。


「あとひとつ、お願い、いいですか?」


「言ってくれ」


 続いた言葉。

 アタシは辛かったな。


「……私も殺してください。方法は任せます」


 ……香澄さん。


 何でそうなるのよ? 

 香澄さん、何も悪いことしてないじゃん。


 香澄さんは、頭を抱えて、震えた。

 その表情は、強張っていて


「……私は、今地獄に堕ちた悪魔に、辛い現実から逃げたいからと、身体を許してしまいました……それがどうしても許せません……家族に顔向けできない……罰して欲しいんです」


 香澄さんは震えながら泣いていた。


 文人、手を止めないで話を聞き。

 一言、言った。


「殺しは追加料金が発生する。当たり前だよな。僕ら、殺し屋なんで」


「……おいくらですか?」


「3兆円」


「……!!」


 砂利を、砂利袋に入れつつ文人は、何でもないようにそう答える。


「払えるか? 払えるならすぐにでもやるけど?」


「ちなみに、現金以外受け付けない。犯罪絡みの金も拒否する。真っ当に稼いで、3兆円」


 文人……


 この相方、こういうところ。ホント好き。


「……分かりました……お願いするのは、諦めます……」


 香澄さん、依頼は断念したようだった。


 ……でも、このままではいけない気がした。


「ねぇ、お客さん」


「……なんですか?」


 モニタの中の香澄さんがアタシに反応する。


「ちょっとさ、アタシの昔話、聞いてほしいんだけど、いいかな?」


「……どうぞ?」


 アタシは、語った。

 今に至るまでの、話を。



 アタシは、真面目な父と、情熱的な母の子として生まれた。

 恋愛結婚だったらしい。

 でも、アタシが5歳のときに、状況が一変する。


 母が家族を裏切ったのだ。

 もうあなたにときめきを感じないの、という下らない理由で。母は他の男の女になった。


 それだけなら、まだ良かった。


 母は、離婚調停を有利にするためか。養育費を掠めとる目的か。

 アタシを連れ去り、不倫相手のところに転がり込んだ。


 アタシは不倫相手の家で育てられ、9歳になったとき。

 不倫相手が、アタシを犯した。


「だからさ、アタシの初体験、9歳。すごいでしょ?」


 笑って、言った。


 香澄さんは、絶句していた。


 続けた。


 そして、アタシはそのことを母に告げ、助けを求めた。

 でも……


「お前があの人を誘惑したからそうなったんだ! って言って、助けてもらうどころかボコボコに叩かれたよ」


「いやらしい身体! いやらしい娘! お前なんて産むんじゃなかった! 死んでしまえばいい! ってね」


 そして、アタシは1年間、母の不倫相手の性的玩具、母にはそれを嫉妬されサンドバックという地獄に居て。

 10歳の時、オーヴァードとして、目覚める。


「そこからは、もう、快感」


 アタシを虐待した豚二匹に、今までのお返しをしてやった。

 手足を切り刻み、どっちから先に死ぬかを相談させてやった。

 そうしたらさ……


「先にお前が死ねって、罵りあってんの。何が恋よ。何がときめきよ。笑わせる」


 最期は二人とも背骨を引き抜いて殺してやったんだけど。

 最初は不倫相手。最後は母。


「牝豚やるときは面白かったな。最初に不倫相手を殺したもんだから、自分は助かるとか思ったらしくてさ」


 ありがとう。あなたを産んでよかった。私も苦しかったの、とかほざいてきて。

 それに「え? 牝豚のくせに、助けてもらえるとでも思ってんの?」って言ってやった時の表情。

 今でもゾクゾクするほど興奮する。


 泣いて命乞いする牝豚を、少しずつ刻んで、全く動けなくなったところで背骨を引き抜いて殺してやった。

 あれは、最高に気持ちよかった。


「で。その後今の組織のスカウトマンに拾われて、今ここに居るの」


 香澄さんは、何も言わなかった。


「勘違いして欲しくないのは、アタシは、今はそれなりに幸せってことで。同情して欲しいわけじゃなくてさ」


「ここにいる限り、クズを殺して愉しめるし」


 そう言って、アタシは座って作業している文人に抱き着いて、彼の背中に胸を押し付けるようにした。

 まぁ彼、こういう冗談あまり好きじゃないから、後で文句言われるかもだけど。

 今は許して。


「こんなステキな、地獄への道連れもできちゃったし」


「でもさ」


 香澄さんの方に送信される映像を意識して、カメラ目線で言った。


「だからこそ、お客さんみたいに、家族を大事にして、一人の男性への愛を貫き続ける女の人って、アタシ、好きだし、憧れるんだよ」


「だから、死んでほしくないなぁ」


 香澄さんは、黙っていた。


「以上、終わり。ご利用、ありがとうございました!」


 立ち上がってアタシはペコリと頭を下げ。

 カメラの電源をオフにした。



★★★(山本香澄)



 私は、映像の消えたモニタを片付けはじめた。

 傍に、空間の歪みがある。

 殺し屋さんたちが、いきなりこの家族の祭壇のある部屋と、どこかを繋げてきて。


 歪みから出てきた知らない女の子が


「このモニタを設置してください。あなたの憎い相手が嬲り殺しにされるところを観察できます」


 って言ってきた。

 拒否する理由は無かったし、説明をさらに聞くと、こっちからの声も伝わるので、やってることに注文もつけられる、って。


 とても、ありがたかったわ。


 最後に、とても嬉しい言葉も聞けたし。


 あの、殺し屋の女の子。

 境遇、徹子ちゃんに似てた。

 顔は見えなかったけど。ヘルメットみたいな仮面被ってたから。


 ……あの子、親のせいでまともな人生歩けなくなったのね。

 そして、邪悪な人間を殺すときに、母親を殺したときの快感を思い出して、愉悦に浸ることを死ぬまで続けるのか……

 そしてそれを地獄行き間違いなしって分かってて、それでもやめられないのね……


 不憫だった。

 同情は要らない、それなりに幸せって言われたけど。


 本当は、真っ当に人を好きになって、愛し、愛されたいって思ってるんでしょ? 

 でなきゃ、私に憧れるなんて言わないはず。


 コード類をすべて抜き、ひとつにまとめたモニタを歪みから伸ばされた手に引き渡した。

 手は引っ込み、歪みが消える。


 部屋が、静まり返った。


 あの子には、死んでほしくないって言われたけど。

 まるで、徹子ちゃんに言われたみたいに感じたけど。


 ……でも、無理なの。


 どうしても、自分が許せないの。

 あんなクズに身体を開いてしまった自分が。

 現実から逃げたいという下らない理由で。


 考えるだけで、泣いてしまう。

 気が狂いそうになる。


 啓一は確かに許してくれるかもしれない。

 でも、私が私を許せない。


 ……やっぱり、死んでお詫びするしかないわね……。


 それに、生きててもしょうがないし。

 誰も居ないんだから。


 死んでも啓一と澄子には会えないだろうけど、生きてても辛いだけだし。


 私は、台所に包丁を取りに行こうとした。


 そのときだった。


 突然、吐き気が襲ってきた。


 トイレに駆け込む。


 ……澄子を身籠ったときを思い出していた。



 次の日、病院を予約して、病院で検査してもらった。

 結果は、妊娠していた。

 時期から考えて、絶対に啓一の子供だった。


 ……啓一とは、子供は授かりものだから、澄子の次の子は、神様に任せようということで。

 普通に愛し合えるときに愛し合うだけで、特に妊活なんてしていなかったのに。


 ……死ねなくなっちゃった。


 私は、啓一の子供が宿っているお腹をさすって、これは彼の意思なのかも、と思うことにした。



 絶対にこの子は産まなければならないから、私は方々手を尽くした。

 会社にも早期に連絡し、しばらくは出産を第一に考えさせて欲しい。万にひとつも流産したくない、と伝えた。

 評価がまた下がるか、復帰後に何かあるか、最悪解雇されるかもしれないけど、避けられないことだ。

 この子が産めないと、私は生きていることの意味を失う。


 仕事は探せばいいけど、この子は今しか産めないし。


 殺し屋さんに払った貯金はもう無い。

 でも、一般口座にはまだ1年くらいは生きていけるお金があるわ。

 クビだったら、それでなんとかやっていこう。


 そう思っていたら、会社は別にクビにはならなかった。

 あの悪魔に狙われてしまった会社だったけど、今はありがたかった。



 そしてあの悪魔は、失踪したことになっていた。

 どこかの高級居酒屋で、会計もせずに姿を消したと。

 居酒屋から苦情が来て、その最後の足取りが知られることになったのだが、未だ見つかっていない。

 見つかるわけない。それを私は知っている。

 もう、この世に居ないのだから。何もかも。死体さえも。


 殺し屋さんたちの男の子。

 悪魔の死骸を全部砂利に変えていた。

 どこかに撒くのだろうか? 

 絶対に見つからないだろう。死体とは似ても似つかないものになっているのだから。

 しばらく無断欠勤状態が続き。

 社内連絡で、解雇扱いで悪魔が処分されているのを確認した。


 次の課長が気になったが、次の課長は外部の人間だと突如失踪するようなおかしなのが入ってくると上が判断したのか。

 順当に、社内で適当な人が選ばれた。

 最初から、そうして欲しかったですよ。



 あの日以来、私を気遣ってか。

 たまに徹子ちゃんが私の家に遊びに来るようになった。


 ある日、徹子ちゃんが家に来ているときに、おなかをさすっていると。

 彼女にその行為を気づかれた。


「山本さん、おなか、どうかしたんですか?」


 って、聞かれたから


「実は、亡くなった旦那の子、今おなかにいるの」


 と答えたら、大喜びして


「おめでとうございます! 無事産んでくださいね! きっと、素晴らしい子ですよ! 香澄さんと旦那さんの子ですもん!」


 って言ってくれた。

 やっぱり、いい子ね。

 こんなに喜んでくれるなんて。


 ……そして、しばらく後の日。


 その日、買い出しに出て、帰ってきたら。

 A4封筒が郵便受けに入ってて。

 家に戻って開封してみると


 通帳と、キャッシュカードと、印鑑と、手紙。


 手紙には「ゼッタイシャベルナ。コンカイダケダ」って書かれてて。

「5648」って4桁の番号。


 通帳には、1500万円。

 印鑑は、もちろん「山本」で、通帳のものだった。


 ……正直、この子の学費、どうしようか不安だったから。

 とても、嬉しかったわ。


 勉強は私が見てあげるとしても、限度があるしね。


 ……ありがとう、ございます……

 私は通帳を抱きしめた。



★★★(下村文人)



「……問題になったりしないよね?」


「しないさ。僕らがもらった金をどう使おうと自由だろ」


 いつものファミレス。


 油による火傷に関する本を読みながら、僕は相棒にそう返した。

 僕の前の席で、相棒が不安げな声を出している。


「依頼で出て行った金が1500。降ってきた金が1500。金額的にも問題は無いはず。税金その他文句言われる筋合いも無いし」


「でも、先生が知ったら美学に反するとか言ってくるんじゃ……」


「お前が、香澄さんが妊娠してる、お金がないせいで我が子を虐待したらどうしよう、とか泣き言言うからしょうがないだろ」


 僕が嘆息すると、相棒が申し訳なさそうな顔をした。


「香澄さんの家、アタシの理想だったからさ……そこが壊れるの、嫌だったんだよ……」


 それは知ってるさ。

 お前にとってそれが心の拠り所なのもな。

 だから。


「先生が文句言ってきたときのために、半分僕が出しただろ」


 そういうと、相棒は黙った。


「お前一人に処分集中するよりはマシな内容になるはずだから、問題ない」


 そう。

 通帳の中の1500万円。


 僕が半額出して。

 ついでに、印鑑も錬成した。


 何か先生が文句をつけてきたら、「僕もやりました。同じ処分を」と言ってやるつもりだった。

 そうしたら、手駒が一気に傷つくから、先生も多少大目に見るはず。そういう目論見。


 何も落ち度がない依頼人を罰するのはありえないし、今更出て行った金を取り戻しに、人を派遣するのもありえない。


 何も問題ない。多用出来ない手ではあるけど。


「……ごめんね。迷惑かけちゃってる」


「その分支えてくれてるだろ。気にすんな」


 ジャームにでもなられて、相棒が居なくなる方がよっぽど困る。

 それだったら、こんなもん安いだろ。


 僕はお前と仕事したいんだよ。


 相棒はまた黙ってしまった。


 僕はドリンクバーで汲んできたコーヒーを飲みつつ、火傷の本を読み続ける。


「あやと」


「何?」


「身体だけの関係、興味ない?」


「無い」


(了)

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悪を狩る獣たち XX @yamakawauminosuke

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