第4話 下村文人(2)
僕が通ってる高校。
県内ではまぁ、そこそこの進学校だ。
地域の指導者を輩出するとか、そういう大それたことは言ってない。
その程度の進学校。
教師連中は、熱心なのと、無気力なのが入り混じってる。
熱心なのは無給で講習会開くし、無気力なのは最低限の仕事しかせず、生徒とも向き合わない。
僕が潜伏先の高校に、ここを選んだのは「僕の生活スタイルで、無用なトラブルを呼びにくい」ただそれだけだ。
誰ともつるまず、本だけ読んで過ごしても、絡んでくる馬鹿が居ない程度にはレベル高いところ。
ただそれだけの理由。
そういう手合いは叩き伏せれば黙るかもしれないが、それ自体がトラブルの種で、さらなるトラブルを呼ぶ可能性があるからね。
日常生活を送るだけで、そんなストレスは抱えたくはない。
僕は喧嘩は嫌いなんだよ。
ただ、相棒の徹子も同じ高校を希望してきたときは「勉強ついてこれんのか?」って失礼ながら思ってしまった。
まぁ、今は反省してる。
あいつ、見た目はあんなだけど、勉強は真面目にやってんだよな。
読書はあまり好きではないみたいだけど。
一応赤点云々で泣きつかれたことは今までは一回もない。
きちんと勉強にはついていってる。
……まぁ、あんだけ料理できるのに、勉強できないってのはありえないか。
いきあたりばったりで美味い料理が作れるわけないんだから。
「下村君」
昼休み、僕が自分の席で今持ち歩いている本を読んでいると。
今日の日直の女子が話しかけてきた。
「読書中悪いんだけど、ごみ捨て手伝って」
……そういや僕も今日日直だったな。
朝に日誌を書いててそこで頭の中で日直終わってた。
日誌にはコラム的なことを書くスペースがあって。
僕は今日、延々、今読んでる武具の歴史書で面白かったところを書き連ねていた。
どういう経緯でこの武具が生まれたとか、どういう問題があったかとか。
他の人間は最近見たテレビの話やら、動画の話だとかそういうのが多いので。
僕が日直のときは日誌が異常とか言われて、ある意味好評だったりする。
目立ちたいわけじゃないんだけどな。
自分の考えまとめたいのと、あと純粋に面白いと思ったことを書きたいから。
でも、そのせいで、日誌以外の日直の仕事をすっかり忘却していた。
すまない。
ええと……千田律さん、だっけ?
今日のもう一人の日直の子……おかっぱカットの同級生少女に僕は詫びる。
「悪い。日誌書いて満足してその他の仕事全部忘却してた。もしかして他の仕事全部やってしまった?」
「ううん。これからやるところ。……黒板消しだけは私がずっとやったけどね」
「ゴメン!」
申し訳ない。
手を合わせると、彼女はフウと息を吐いた。
「下村君の日誌熱はすごいもんね。よくあれだけポンポン書けるのか不思議でたまらないよ。私なんて、コラム欄埋めるの無理矢理やってるのにさ。あんなに細かい字で、びっしりと」
「単に書きたいことが腐るほどあっただけだから」
書くと理解が深まるし、理解が深まると、仕事に活かせる。
今読んでる武具の場合は、錬成するときにより高品質なものを生み出す一助になる。
だから、書くんだよ。日直の仕事も出来て、仕事にも役立つ。
いいとこずくめだ。
……まぁ、そんなホントの理由は言えないが。
「きっと、読書してるからだよね……本、好きなの?」
「まぁ、そうだね」
……集中して読んでる間は考えたくないことを忘れてられるしな。
これも、言えない本音だ。
ふと、何もない、何もしていない時間が来ると。
色々あるんだ。僕たちは。
「今度、オススメの本を教えてよ!」
……なんかグイグイ来るな。
会話、弾ませてていいの?
やること、あるんじゃなかったっけ?
昼休み、終わるよ?
「ごみ捨て行くんじゃなかったっけ?」
なんか忘却されてそうな気がしたから、僕は言った。
「あ、そうそう! 早く一緒にいこ!」
千田さんは弾んだ声でそう言った。
僕が大きなごみ箱を運び、千田さんが小さいごみ箱を運んで。
ゴミ捨て場に通じる、中庭に差し掛かったとき。
僕は、気が付いた。
中庭にあるベンチに、徹子のやつが座ってることに。
中庭の観葉植物に囲まれながら。
なんだか、珍しく、落ち込んだ顔をしていた。
泣いてはいないが、じっとベンチで座っていた。
(……なんかあったのか?)
あいつは相棒。
メンタル面で不都合があると、僕にも支障が出る。
後で、ちょっと聞いてみるか。
そんなことを考えていると。
「……下村君?」
足を止めた僕を不審に思ったのか。
千田さんがそう言ってきた。
「あぁ、ゴメン」
再び歩き出す。
ごみを全部ごみ捨て場に出す。
空になったごみ箱を持って、さぁ、戻ろうかというとき。
「……下村君、個人的なこと、聞いていい?」
千田さんが、後ろからポツリ、と言ってきた。
「……何?」
振り返って。
無論、内容によるが。
「C組の佛野さんと別に付き合ってないって本当?」
「付き合ってないけど?」
「でも、この間二人きりでファミレスでお話してるの見たって人が」
「まぁ、友達だしね。中学のときから」
嘘は言ってない。
僕の中学は、ファルスハーツチルドレン養成所だったから。
そのときからの腐れ縁? かな。
「……本当に友達?」
「……何でそんなこと聞くわけ?」
あまりに食い下がってくるので、僕はそう言った。
そういうと、彼女は黙った。
……何か、さっきから僕を叱っているのかと錯覚するような詰問口調。
だんまりなので、これでお終いと判断した僕は、再び歩き出そうとしたら。
「……男の子大好きで、とっかえひっかえしてる佛野さんみたいな子が、男の子は大好きなのかな?」
……はぁ?
いきなりこの子、何言ってんの?
表情を見た。
僕は基本、人の顔は見ない。
特に女子の顔は見ない。
顔を見て話すのは、セルのメンバー相手くらいだ。
千田さんは、ちょっと幼い感じの少女だったが、顔は強張っていた。
ちょっと上目遣いで、怒りをため込んでいるような……
……これは、嫉妬?
「彼氏持ってる子、みんな佛野さんを警戒してる。自分の彼氏に手を出されるんじゃないかって……!」
「あのさ」
ちょっと、それは聞き捨てならなかった。
千田さんの言葉を遮った。
「あいつの名誉のために言うけど、あいつ不倫めいたことは殺されてもやんないから」
「やったとしたら、あいつが騙されただけ。男の方が100%悪い。それは断言しとく」
そりゃま、あいつは貞操観念ゼロだし?
出会い頭に「童貞捨てる?」なんて聞いてしまうようなありえない女だけど。
だからといって、何を言われてもいいなんて話は無いよな。
一応友達だから、ここは聞き捨てるわけにはいかない。
「千田さんさ、徹子のこと全然知らないよね? そりゃあいつは色々破綻したところあるやつだけど、それでも何を言ってもいいなんてのは……見過ごせない」
「僕はあいつの友人だからさ、悪口言われると腹立つんだよね。徹子の悪口言いたいなら、僕に聞こえないところで言ってくれるかな?」
そこまで言うと、千田さんはうつむいてしまった。
……ちょっと言い過ぎたかな?
でもな、あいつは一応一蓮托生の相棒だしな……。
的外れの誹謗中傷されるのは、どうしても、な。
罪悪感はあったが、後悔は無かった。
「……ゴメン、ちょっと言い過ぎた。そっちのごみ箱も持つよ」
彼女の持ってる小さいごみ箱を強引に奪い取って、僕は歩き出す。
「行こう。昼休み、終わるよ?」
振り向かず、彼女にそう声を掛けながら。
「徹子」
放課後。
他に誰も居ない靴脱ぎ場の下駄箱で、僕は徹子に声を掛けた。
振り向いてきた。
「何かあったのか?」
徹子は泣いてはいなかった。
昼休みの時と同じく。
でも。
落ち込んでるのが、目で分かった。
「あやと」
そして徹子のやつ、僕の胸に縋りついてきた。
……ホント、何があったんだ?
「今日、アンタの家、行っていい? ちょっと、帰るの辛いんだ……」
……これ、誰かに聞かれたら完全に誤解されるな。
まぁ、幸い今、ここに誰も居ないけど。
「……あぁ、いいよ。万が一にも、誰かに聞かれたくない話なんだな?」
こくっ、と徹子は僕の胸に縋りつきながら頷いた。
僕のマンションに帰る道中、徹子、タダで泊まるのは申し訳ないからと、食事でも作ろうかとか気を回してきたけど、食材買い出しを誰かに目撃されたらまた面倒なので「いいよ」と断った。
僕と徹子は、違うマンションに住んでいる。
理由は特にない。まぁ、恋人でも何でもないんだからそっちの方が自然といえば自然かもしれないが。
マンションに着き、徹子を家に上げる。
僕の家は兎に角モノが無かった。
まず、テレビが無い。
見る必要性が無いから。
パソコンが無い。
ファルスハーツの特製端末で全て事足りるから。
電話が無い。
同上。
あるのは、食器棚、テーブル、椅子、ソファ、本棚くらいか。
(ああ、あとはベッド。ちなみにこれは惜しみなく金を掛けている。睡眠の質を上げるのも、仕事のためには必要なことだから)
壁にも何も貼ってないし、ついでにいうとカーテンもつけてない。
そんな部屋に一応女の子の徹子を招き入れ、テーブルにつかせて、インスタントだが、コーヒーを2つ淹れた。
「……で? 話してみ? 何があった?」
向かいの席に座った徹子にそう切り出した。
すると、彼女はゆっくりと話し出した。
隣の部屋に、理想的な家族が住んでたこと。
自分は、その人たちと関わり合いを持ってしまい、結構深く付き合ってしまっていたこと。
そして、この前の仕事で、自分はマトに呪詛を浴びつつ仕事を終えたこと。
……そして。
その隣に住んでた理想的な家族が、奥さんを残して交通事故に巻き込まれてほぼ全滅してしまったこと。
現在、たった一人で隣の部屋で生活している奥さんが気の毒で仕方ないこと。
……そして。
この事態は、自分がマトに呪詛を受けたから引き起こされたんじゃないかと思えてならないこと。
だから、今日は家に帰るのが辛いんだ、とのこと。
そこまで聞いて、徹子を見たら、泣いていた。
「……あのさ」
ため息をついて、僕は言った。
「そんなこと、お前のせいであるもんか」
断言してやる。
「でも、でも……」
「そりゃな、最終的に僕らは地獄行きさ。でもさ、僕らに関わったってだけの理由で、何で何もしてない人が死ななきゃならない?」
「そんなことまでお前のせいだというやつが居たら、そりゃ筋違いだと僕が言ってやるよ。例え相手が閻魔様でもな」
「だから、気にすんな。……言っちゃなんだが、その人は、運が悪かったんだよ」
決めつけるように言った。
ここはこうしてやった方が相棒のメンタル的にも良いはずだ。
自分の分のコーヒーを啜った。
……ホント、こいつ、妙なところで「脆い」わ。
仕事に関しては、情け容赦なくきっちりこなすのに。
いつか、これが原因で破滅しなきゃ良いんだがね。
困るよお前。お前は僕の最高の相棒なんだから。
もう、同じ思いをしないために、なるべくお前、普通の人と関わらない方がいいな。
そこに折り合いがつけられないなら。
そう、言おうと思ったときだった。
僕の部屋に、いつの間にか3人目が居たんだ。
くたびれたスーツに身を包んだ、頭の薄い中年のおじさんが。
いつの間にか、徹子の隣に座ってた。
僕たち二人は、ギョッとする。
……知らない人では無いんだけどね。
「……おじさん」
徹子が言った。
おじさん。
エグザイルのピュアブリードということ以外は一切不明の、闇の虎セルの連絡係。
常に擬態の仮面(自分の容姿を完全に変えるエフェクト)を使ってて、正体も名前も分からないから。
僕らは、便宜上「おじさん」と呼んでいた。
理由は、この中年男性の姿を一番良くとるからだ。
この人が僕らの前に現れたということは……
「ぼっちゃん、お嬢ちゃん」
おじさん。
ニカッ、と明るく笑って。
「仕事ですぜ。ご準備を」
そう言った。
この人が現れたとき。
僕らは依頼を受けて。誰かの恨みを晴らしに行くのだ。
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