第2話 下村文人(1)
「あやとー」
ファミレス。
約束通り、仕事終わりの打ち上げを二人でやっていた。
僕の前の席で、僕と同じ高校の、緑色のブレザー姿のタメの女子高生がテーブルに突っ伏している。
突っ伏して、僕の名前を呼ぶ。
彼女は僕の相棒になってるファルスハーツチルドレンの
コードネーム・
シンドロームはハヌマーン/エンジェルハィロゥ。
見た目は、まぁ、かなり可愛いと思う。
髪の毛は金髪に染めていて、肩のあたりで切りそろえた髪型。
スタイルはかなりいい。
スレンダーな感じだが、胸はかなり大きく、男のスケベ心を刺激する体型だなとは思う。
目は大きくて、美少女と言って差し支えない。
で、その大きな目に青いカラコンを入れていた。
もっとも僕は、こいつとの出会いの問題で、こいつを女として見たことは無いけれど。
まぁ、人としては人殺しであることを除けばそんなに悪い部類ではないので、嫌いではないが。
よく勘違いされるが、こいつは彼女でも何でもない。
よくて友人。相棒が一番しっくりくる。
ちなみに。
僕の今の格好も、こいつと同様にブレザー。
実はこっちが正しい学生服。
学ランは、仕事着だ。
こいつも、仕事の時はセーラー服を着る。
ウチのセルリーダーが「学生らしさを出していこう」なんて言うから、付き合っている。
「どした?」
僕は読んでる本から目を離さずに、何か悩んでいそうな相棒に声をかける。
相棒は、徹子は、なんか不完全燃焼っぽい様子だった。
いつもは仕事の後は殺人欲求が解消されて、イキイキしているんだが。
「昨日の仕事さ、ちょっと刺さっちゃってさ」
「刃物が?」
「違うよ」
徹子はテーブルから顔を上げる。
なんだか浮かない表情だ。
「アタシの担当がさ、動画見せたら泣いたんだよね……」
彼女はちょっと遠い目をする。
あぁ、トラウマが刺激されたのか。
「まぁ、殺っちゃったのは全然平気なんだけどね。仕事だし。でも、あれでもウチの牝豚よりはマシだよなぁ、って思ったらさ、ちょっと不完全燃焼」
そこまで言って、あふー、といった感じでまたテーブルに突っ伏した。
まぁ、こいつ生い立ち相当ややこしいからな。
色々繊細な部分もあるんだろ。
「なんかモヤモヤするなら、パフェでも食えば?」
読書しながら、僕。
甘いものでも食えば気分も落ち着くだろ。
「やーだー。甘いものドカ食いしたら太っちゃうじゃんか」
太ったらボランティアに支障が~!
徹子は文句ばかり言っている。
面倒な奴だな。全く。
「じゃあ金の使い道でも考えれば?」
「どうせ貯金でしょ。あやともそうでしょ?」
「……そうだけど」
すでに、実は上級サラリーマンの生涯収入に迫る勢いで貯まってる。
全く、金なんて地獄に持っていけないのにな。
住居はファルスハーツの手が回ってるから、家賃ゼロだし、電気代ガス代水道代もゼロ。
自分で使うのは書籍代くらいだから、全然減らなくて。
女遊びだとか、酒に嵌るとか、ギャンブルとか、する気ないので、マジで使わない。
こいつも似たようなもんで。
女だから、普通はスイーツ食べ歩きなんか好きそうだと思うけど、こいつはそういうことはしない。
化粧道具なんかは買ってるみたいだが、あまり高級品は使わないらしい。金はあるのに。
贅沢するのが嫌なんだと。
加えて、自炊。
しかも、相当上手い。料理人になれるレベルだと正直思う。
「自分で作った方が大概美味しいし」と、自惚れでもなんでもなく、普通に言える奴だ。
だから外食でもあまり金を使わない。
こんな人間にならなければ、多分しっかり者の可愛い彼女として、誰かと幸せによろしくやれてたんだろうなとは思う。
こいつの人生の躓きがなければ、色々方々幸せだったんだろうな。
まったく、ついてない。僕もだが
躓いて、揃って薄汚い人殺しかよ、と。
「まぁ、そろそろ何か頼むか、ドリンクバーをお替りしてきたらどうだ? でないと、飲み食いしないで席だけ占領って、最悪だろ。客として」
まぁ、ドリンクバーだけで数時間居座るのも大概だけどな。
僕は席を立った。コーヒーが切れたから。
徹子のグラスには……何も無い。
「何がいい? ついでに汲んできてやるけど?」
「お茶~」
机にへたりながら、徹子。
「お茶? ウーロン茶? 紅茶? ジャスミン茶?」
「ウーロン茶がいい~」
へいへい。
僕はへたってる相棒のグラスを手に取って、ドリンクバーに向かった。
そろそろ、なんかお菓子的なものひとつくらい注文しないと、店が苦情を言ってくるのではないか?
自分のコーヒーを淹れ、グラスにウーロン茶を注ぎながらそう考えた。
……戻ったら、相談するか。
そう思いながら席に戻ると。
相棒が、徹子が、他の女子と揉めていた。
「だから、誤解だってば!」
「そんなはずない! 私、見たんだから! アンタと義男君が楽しそうに話してるところを!」
徹子のやつが誰かに噛みつかれてた。
制服は同じだから、同じ学校の女子か?
噛みついている女子の方はすごい剣幕で、徹子は困り果てているようだった。
……僕が割って入るべきか。いや、そもそも今戻るべきか……?
近場に飲み物を置き、しばし思案した。
それぞれの場合を想定し、頭の中で対策を立てる。
「そもそも義男君って言われても、わかんないよ……あ、あやと、ちょうどいいところに」
そうしていると、僕が戻ってきたことに気づかれてしまった。
……仕方ない。
「……何が起きてんの?」
「この子、アタシの話聞いてくんないんだ。アタシが自分の彼氏に手を出そうとしてるって、その一点張りで」
なんとかして、という風に徹子は俺に頼ってくる。
……久々に来たな。
そうならないように、色々やってんのに。
こいつ、学校ではヤリマンだと思われていて。
こういうトラブルが起きることがたまにあるのだ。
……まぁ、実際は根も葉もない噂でもなんでもないんだがね。
世間一般の意味合いとはだいぶ違うが、事実上大差ないことをやってはいる。
こいつは。
だからまぁ、誤解されても仕方ないし、弁護できない面もある。
でもま、頼まれた以上、助け船は出さないと。
「……相手の名前は?」
「上木義男君だって」
上木義男?
調べた覚えが無いな。
念のため、ポケットから一見スマホ風の携帯端末を取り出して、調査履歴を調べた。
……うん。無い。
「あ~」
一拍おいて、僕は怒れる女子高生に、事の顛末を伝える。
「僕が保証する。キミの彼氏はそいつと浮気してないから」
「何でそんなことが言えるのよ!?」
僕の言葉に、怒れる女子高生は納得していないようだった。
「だって、そいつが付き合う相手、全部僕が事前調査してっから」
「……はぁ?」
前に一回あったんだ。
こいつが「お付き合い」をすると決めた相手に、ちゃんとした相手が居たことが。
こいつ、そのときショックを受けて。
泣いてその彼女さんに謝ってて。
「知らなかったとは言え、あなたの彼氏に手を出してしまい、申し訳なかったです」って。
それ、だいぶ引き摺った。
そんな風に相棒のメンタル面がグチャグチャになって、仕事に支障出たら困るので、それ以来お付き合い決定した相手は事前に僕が全部調べることにしていた。
……まぁ、決まった相手の有無くらいなら10分もあれば調査出来るから、大した労力でも何でもないんだけどね。
「あなた、この子の何なの?」
「友達」
「友達なら止めなさいよ! この子が不特定多数の男と付き合うの!? け……経験人数3桁行ってるって噂じゃない!」
後半、ちょっと口ごもってたな。
でも。うん。多分間違ってないね。
月に平均10人くらいと「お付き合い」してるしな。
それをもう2年以上続けているわけだし、余裕で3桁行ってるだろ。
「いや、何で?」
「は?」
「何で止めなきゃならんのよ? こいつにだって、考えがあって、そんなことしてんだし」
僕の受け答えが理解できないようだった。
仕方ないので説明してやる。
「こいつはね、真っ当な肉食系男子を増やしたいって思ってんの」
「で、そのために、奥手で経験なさそうな子に女慣れしてもらって」
「そういう子が、女の扱いを覚えて、積極的に彼女を作れるメンタルがつくように、一肌脱いでんだよ。文字通り」
「色々努力してんだよ? 見た目は最高になれるように、食事に気を使ったり、服装や化粧の技術磨いたり」
嘘は言ってない。すべて事実だ。
正直、そこのところの目的意識の高さだけは尊敬してるし。
ちなみにお金はとっておらず、だからこいつはこの行為を「ボランティア」と呼んでいる。
本人的には社会貢献してるつもりなんだな。
……ただま。
僕がこいつと出会ったのは、ファルスハーツチルドレンの養成所だけど。
そこで僕の養成所でのパートナーとして紹介されたのがこいつで。
あっていきなり握手もなしで「アンタ童貞?」「童貞なら捨てさせてあげるけど?」だからな。
僕はそういう冗談嫌いだったし、後で冗談では無かったと知るに至ったけど、今度はそういう価値観を持ってる女を女として見る趣味が僕には無かったから。
これが、僕がこいつを女としては見てない理由。
友人としては付き合えても、男女の関係ではちょっと無理だわ。
僕の言葉を聞いた怒れる女子高生は、僕たちを汚いものでも見るような目で見てきた。
「……なんなのそれ……理解できない……不潔よ……!」
「いや、こいつ生涯彼氏なんて作る気無いし、決まった相手がいるわけでもないから、どういう付き合い方しても自由でしょ」
だいたいさ、女慣れしてない男ってだけで倦厭する女ってどうも多いみたいじゃない?
だったらさ、こいつの行為、そんなに非難されることかね、と正直思わないでもない。特に女。
……まぁ、こいつの価値観でこいつを女として見れなくなった僕が言うのもなんだけどさ。
「まぁ、そういうわけだ。ちゃんと調べている以上、全くの誤解だから、安心して彼氏と付き合ってくれ」
そう会話を無理矢理締めくくった。
いつまでも言い争うのは、得策じゃないし。
もう少し店に居たいのに、このままじゃ「失礼ですがお客様。退店をお願いします」なんて言われかねない。
だけど。
強引に行ったのが良くなかったのか。
怒れる女子高生、捨て台詞的にとんでもないことを言ってしまったんだ。
「……この子が人のものだと知ってて手を出した可能性もあるじゃない?」
これを聞いた瞬間。
これまで困ったような笑顔だった徹子の顔が、豹変した。
目が吊り上がり、視線だけで殺しかねない目で怒れる女子高生を見たのだった。
「……あ?」
ドスの効いた声だった。
「……今なんて言ったの? よく聞こえなかったなぁ?」
ゆらぁ、席からと立ち上がり、発言の主へと接近しようとする。
マズイ!
僕は女子相手だったが、徹子の腕を掴んでそれを止めた。
「スマン、ちょっとそれだけは訂正してくれ!」
「殴る」「殺す」と呟いている徹子を視界の端で見ながら、続けた。
「こいつ、不倫関係死ぬほど嫌ってて、そういうことをやってる奴は残らず死ねばいいって思ってんの! 耐えられない侮辱で、逆鱗なんだ! 頼むからさっきの言葉だけは訂正して!」
徹子の豹変ぶりに、怒れる女子高生は、すでに怒れる女子高生で無くなっていた。
怯える女子高生だった。
「ご……ごめんなさい!! 言い過ぎました!! 訂正しますぅ!!」
そして、逃げるように居なくなった。
……全く。
「てめえ逃げんな」「顔覚えたからな」「背骨外してやる」
僕に腕を掴まれたまま、ブチキレフェイスでそんな物騒な事をブツブツ呟いている徹子を見て。
お前の場合、洒落にならんから。
仕事でもないのに人を殺すのはやめてくれよと願った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます