第11話 仕置(2)

★★★(根鳥常史)



 隠れ家的居酒屋に予約を入れた。

 ここ、魚以外にも牛や鳥の希少部位の刺身が味わえる店で。

 加えて、日本酒の品揃えに力を入れてて。

 地酒の地域数なんて、有名どころだけじゃなく、日本全国網羅する勢い。

 まぁ、その分高いんだけど。


 客は、酒を飲むのが本当に好きな、それなりに稼いでいる奴らに限られる。

 俺みたいな、な。


 貧乏人が来る店じゃないのよ。


 俺たちの祝勝会には、ベストチョイスだろ? 

 俺たちのような、選ばれた人間には。


 しかし、遅いな。

 栄田。


 電話にも出ないし。

 何やってんだ? 


 予約テーブルについて、ずっと待っている。

 予定時刻から20分過ぎてるのに、まだ来ない。


 おかしいな。

 あいつ、こういう席に飢えてて、大体いつも開始時刻前10分には現場に来てるのに。


 ひょっとして寝てんのか? 


 俺は、ちょっと先にはじめとくか、とビールを注文する。

 あまり強いの呑んで、祝勝会始める前にべろべろになってたらなんだかなー、だし。


 あと、枝豆でも頼んでおくか。


 しばらくすると注文の品が来て。

 腹も減ってたし、さあ、ちょっとやってみるか、と思ったとき。


「課長……」


 予想もしない訪問者が来た。

 なんと、俺の未来の花嫁だ。

 山本香澄。


 どうしてここに? 

 どっかで見られたのか? 

 これは運命か? 


 彼女は、白いジャケットとタイトスカートという出で立ちで。

 恥ずかしそうな顔で、もじもじしている。


「山本さん……?」


「お時間、よろしいですか?」


「……なんだい?」


 彼女は言った。

 消え入りそうな声で。


「……課長に抱かれてから、ずっとあのときの快感が忘れられなくて……」


 ぐし、とスカートを握りながら。


「外で構わないです。今から、人目につかないところで……例えば店の陰で、私を抱いてくださいませんか?」


 え? 


 マジ? 

 もう堕ちた? 


 すげえな。俺のチンポ。


 見てるか? 元旦那の害虫? 

 お前の元女房、もう俺のものだぜ? 


「し……しかし。今、僕、避妊具を……」


 懸念事項。


「生でいいです」


「え……でも妊娠……」


「出来たら産みますから」


 そして彼女は恥ずかしそうにこっそり棒状のものを見せてきた。

 妊娠検査薬だ。


「陰性ですから大丈夫。今出来たら課長の子供です」


 至れり尽くせり。

 さすが高学歴女。100点だけある。


 そっか。

 半年待つ必要、ないのかぁ……


 じゃあ、中出ししない理由ないよな。


 俺は席を立つ。

 ちょっと店の人に、席を外す。友達来たら通しといて、と言い残して。


 俺たちは店を出て、路地裏に進んだ。


 あぁ、ドキドキする。

 こんなの、童貞を捨てたとき以来だわ……。


 そして、完全に人目につかないポイントに入った時。


「課長!!」


 彼女が抱き着いてきた。

 俺はそれを抱き返す。


「山本さん!!」


 ああ、これから孕ませ上等で……


「香澄って呼んでください……って、言うと興奮しやすか?」


 ……え? 


 声が、違ってない? 


 オッサンの声に聞こえるんだけど……? 


 あれ? 


 なんか、頭の禿げた太った中年のおっさんが、俺の腕の中にいた。


 さっきまで、山本香澄が身に着けていた衣装を身に纏って。


「山本香澄だと思った? ざーんねん。おっさんでやすよ」


 ニカッ


 固まってる俺を見て、そのおっさんは笑いかけ……


 輪郭が突如歪んで、スライム化し、巻き付いて来た。


 え? え? 


 ……苦しい……! 


 数秒後。

 俺の意識が途絶えた。


 ……


 ………


 気が付くと。


「え?」


 俺は、どっかの知らない部屋で。

 壁紙も貼ってないような、コンクリート打ちっ放しの部屋で。


 素っ裸で。


 金属製の椅子に拘束されていた。


「なんだよこれ!?」


 俺は叫ぶ。

 何がどうなってんだ!? 


「ようやくお目覚めね」


「……地獄にようこそ」


 声がした。二人分。

 見ると、妙な黒いヘルメットを被った高校生に見える男女……学ランとセーラー服……が、居る。


 女の方はソファで黒いビニール袋に入ったサッカーボール大のものを弄びながら。

 男の方は、俺の前に据え付けられた大きなモニタのセッティングをしている。


 ……で、俺を撮影する形で、カメラが一台設置されている。


 嫌な、予感がした。


「準備できたぞ」


「じゃあ、はじめよ」


 そんな俺を他所に。


 男が、モニタのスイッチを入れた。

 映像が、浮かび上がる。


 そこに居たのは。

 スーツ姿のいい女。

 俺の未来の花嫁・山本香澄だった。



★★★(佛野徹子)



 おじさんにマトを拉致してもらってきて。

 その後セッティングにちょっと手間取っちゃったな。


 文人が拘束具を錬成するのはわりと早かったんだけど。

 パチンパチン留めていくのにだいぶ時間かかっちゃった。


 そっちやるからモニタのセッティングお願い、って言ったの、失敗だったな。

 結局両方手間取ることになってしまったし。


「お前はソファで待機してろ」って叱られて、ちょっと情けなかったよ。


 文人のオリジナル拘束具だから、留め方難しいんだよね。

 文人のせいでもあるんじゃないの? 


 まぁ、そんなこと言わないけど。

 呆れられそうだし。手伝うって言っておいて、それか? って。


『いい格好ですね。根鳥課長』


 モニタの中の香澄さんが、薄ら笑いを浮かべてそう言っていた。

 こんな表情の香澄さん、初めて見た。


 ……それぐらい、憎いんだ。


 香澄さんの恨みの深さを知って、胸が痛んだ。


「山本さん! これは何だ!? 何の真似だ!?」


『何って……』


 香澄さん、小首をかしげながら


『課長をこれから嬲り殺しにしてもらうんですが?』


 きょとん、そんな感じの表情で。

 当たり前でしょ? そう、顔が言ってる。


「え……?」


 マト、一瞬ぽかんとして。


「ば、馬鹿な真似は止せ!!」


 慌てふためく。

 ちょっとウケる。


『馬鹿な真似?』


 香澄さん、そう復唱して。


『最愛の夫と娘の仇を取るのが、馬鹿な真似ですか?』


 表情が無かった。


「キミのためにしたことだ!!」


 マトが意味不明のことを言い出した。


『へぇ、私のため?』


 にやぁ、と香澄さんは笑う。


「あんな男、キミの夫に相応しくない!! 僕の妻になるべきだ! 僕とキミなら、最強のパワーカップルになれる!」


『だから殺したと? 娘も殺したのも、彼の子だからですか?』


「そうだ!」


『ふざけないで……』


 香澄さんの顔が、怒りに歪む。


『私と啓一の28年を、お前のような悪魔に否定されてたまるか!! 私たちの天使を、お前に害虫呼ばわりされる筋合い無いわ……!!』


「お……落ち着け! 冷静に考えろ!! 僕の妻になった方が絶対に幸せだって! 僕の方がイケてるし、金だって稼ぐし、身体の相性だって……!!」


『黙れ!!』


 香澄さんの目から涙が溢れる。


『お金なんて、必要なだけあればいいものよ! 必死になれば必要な額は稼げる!! 節約って方法もある! それを夫婦二人でやれば、何にも問題なかった!!』


『大事なのは、絆。苦しい時に、絶対に助けてくれるって信じあえる絆なの! 彼と私にはそれがあった!! それを、お前が全部壊した!!』


「そんなのは錯覚だ!!」


『なんだと!!?』


 ……まるで話が通じていない、マト。

 見下げ果てたことに、彼は自分を男の上位種で、ついでにヒトの上位種だとでも思ってるよう。


 修正してあげないと。


 少なくとも、ここではそうじゃないんだって。


 つかつかつか、と文人がマトに歩み寄る。

 アタシが行く前に、行動を起こしたみたい。


 気が利くね。さすが相方。


 ドゴッ! 


 歩み寄って、いきなり顔面を殴った。

 鼻血が噴き出る。


「あぎい!!」


「口の利き方に気をつけろ。蛆虫」


 マトの髪を掴んで、彼は顔を近づけて、言った。


「ここでは、この空間では、お前は一番身分が低いんだ」


「何をわけのわからん事を……」


「もう一発、殴ろうか?」


「お……俺には殺し屋の親友が居るんだぞ! 今すぐやめないと大変な……」


 あ~ら。

 ベストタイミング。


 アタシは準備していた黒ビニールの中身を投げ出した。

 マトの目の前に。


 ごろり。


 栄田の、生首。

 舌を吐き出した、命の無い顔。


「ひっ……」


「親友って、これのこと?」


「とーっても、弱かったな。最期、泣き叫んで命乞いしてたんだけどー」


 ……ちなみに。

 これまでのアタシたちの会話。


 全部ボイスチェンジャーをかけている。


 依頼人に声バレするとまずいので。

 これもヘルメットの機能。


「ちなみに、そのアナタの拘束具。全部親友の死体を材料にしてるから」


 これは本当。

 命を無くして死体になれば、モルフェウスの能力で物質扱いできてしまうので、こういうことが可能になっちゃう。


 死体の処分が出来て、道具も作れる。

 まさに一石二鳥。


「よかったねー。親友と一緒よ。……地獄まで」


「そんな! どうやってそんな真似を!?」


 あら、そこに今気になりますか? 


「相方、やってみせてあげて。その三流以下の生首を使って、さ」


「了解」


 文人は、生首に手を当てて、念じたそぶりもなく、事も無げに、分解、錬成。


 一瞬後、彼の手には植木ばさみが握られていた。


「……こんな感じだ。親友の生首を素材にした植木ばさみで……ちょっと、耳でも切ってみるか?」


 はさみを近づける。


「ひぃ!!」


「……もう一度いう。口の利き方に気をつけろ」


「わ、分かりました!!」


「……この空間で、一番偉いのは僕たちの雇い主である山本香澄さん。お前のごとき蛆虫が、さんづけで呼んでいい相手じゃ無いんだよ」


 ずい、と顔を近づけて。


「……分かったか?」


「わ、わかりました……」


「次からは山本様と呼べ。自分のことは俺ではなく、蛆虫と言うんだな。破れば、耳を刻む」


「そんな……」


「不服か?」


「い、いえ……」


 もう、涙でマトの顔はグチャグチャだった。

 よっぽど、怖かったんだね。


 でも、こんなの序の口ですら無いんだけどね。


「じゃあ、まずさっきの暴言を取り消して、誠心誠意謝罪しろ」


 植木ばさみの刃をマトの目玉に近づけながら、文人。


 じゃきん、じゃきん。


 はさみを開閉させながら。


 マトは、唾を飲み込んで、ボツボツと言い始めた


「……先ほどの暴言を取り消します。山本様……この蛆虫があなた様の幸せを壊したことを、心からお詫び致します……」


 びくびく震えながら。情けない感じで。


『……そう。分かればいいのよ』


 謝罪を受けた香澄さんは、穏やかに笑った。


『じゃあ、殺し屋さん。すみませんけど、そこの蛆虫の股間からぶら下がってる汚らしい肉の棒を、その植木ばさみで細かく切り刻んでいただけますか? ついでに去勢もお願いします』


 ニコニコと。


「……!! 何でだ!? 約束が違うぞ山本さ……!!」


 じゃきん!! 


 すかさず文人のはさみが入って、マトの左耳が半分無くなった。


「あぎゃああああああ!!」


「言ったろ。お前は言いつけも守れないのか?」


「すっご~い! 相方! ドS! ステキ! 抱かれた~い」


 アタシは自分の体を抱いて、身をくねらせて茶化した。


『約束? そんなことした覚えありませんけど?』


「キミには人情というものが……」


 じゃきん! 


「うぎゃあああ!!」


 あ、左耳全部無くなっちゃった。


「口の利き方」


 嘆息交じりに、文人。


「ねえ相方。耳が無くなったら次はどこを刻むの?」


 興味本位、という風で聞いてみる。


「指を落とす。その場合は、のこぎりでも用意するか」


 にぎにぎ、と植木ばさみを開閉しつつ。

 その場合、これを錬成しなおすってことね。


「まぁ、耳は残ってるわけだしさ。とりあえず、お客さんのご要望に応えようよ」


「そうだな」


 文人は、はさみを片手にマトの足の間に座り込む。


「ま、待て! キミは男だろう!? 男なのに、それをやるのか!? 痛みが分からないのか!?」


「いやあ、僕に言われても」


 全く無視で、陰茎を手に取って。

 亀頭の先端を、植木ばさみで切り取った。


「あぎいいいいいいいいいいい!!」


 じゃきん、じゃきん、じゃきん


 うぎいいい!! るぎいいいいい!! へぎいいいいいい!! 


「あーらら、どんどんちんちん短くなってるねぇ」


 そして。


 ビチャッ。


 ぽいっ、と。

 抉り出した睾丸を投げ捨てて、文人は言った。


「はい。去勢まで完了。次の要望は?」


 さすが文人。

 麻酔なしで去勢までやって、ショック死させないとか。


 普段から勉強しまくってるだけのことあるよね。

 すごいよ。


 相方として誇らしい! 


 アタシも仕事しないと! 


「ご自慢のおっきなちんちん、もう小学生よりちっちゃいねぇ。ねぇ、どんな気持ち? 男として? ……あ、もう男でもないんだっけ? オ・バ・サ・ン」


 これを言われた時のマトの顔。

 最高だったよ。


 男として自慢のものを奪われて。

 もう男でもないなんて。


 笑える。


「……殺してくれ」


 マトは言った。

 泣きながら。


「は?」


「殺してくれ……もう十分だろう?」


 何言ってんの? 


「あのさ」


 アタシは言う。


「まだ全然、終わりじゃないから」


 指摘してあげる。


「ほら、オバサンのちんちんの名残。ギリ止血できるだけ、残してるでしょ?」


 しっかり、止血処理をしているちんちんの名残。


「相方さ、勉強熱心で、拷問の研究と、救命医療の研究、すっごいの」


「言うなれば、一流の医師立会いの下、拷問が行われてる感じね」


「オバサン、わかるかなぁ? この意味?」


 オバサンは思い当たったようでした。


「つ・ま・り。まだまだ全然殺す気無いし、加えて事故死はかなーり、キビシイってこと」


 笑いながら言ってあげた。


「最後はのこぎりで首を落として終わるけど、そこに至るまで大体発狂してるから」


「頑張って、正気を保ってね。オ・バ・サ・ン」


「嫌だ……嫌だ……いやだああああああああああ!!!!」


 文人は、そんなマトの悲鳴など全く意に介さない。


 あぎいいいいいいいいいいいいい!!! 


 文人の拷問は容赦なく続いて。

 アタシは笑っていた。


 演技じゃない。


 心の底から笑っていた。


 脳が溶けるほどの快感を感じながら。


 ……あーあ。


 ゴメンネ。澄子ちゃん。

 お姉ちゃん、終わってるの。


 澄子ちゃんの仇が討てて嬉しい、よりも。

 クズが切り刻まれて泣き叫んで死んでいくのが、純粋に気持ちいいの。


 ホント、終わっちゃってるよねぇ。


 絶対、お姉ちゃん死んでも同じところには行けないよ。

 ゴメンネ。


 お姉ちゃん、殺人鬼なんだわ。

 相方も、だけど。


 そして。


 あひひひっ、うひひっいひゃい、いひゃいよみゃみゃ、みゃみゃたしゅけて、うひいいいいいい


 何をやっても反応が変わらなくなっちゃった。

 狂っちゃった……。


 腕は肘から先が無い。

 文人がのこぎりで肘に切れ込みを入れ、捩じって捥ぎ取ったから。

 足は膝から先が無い。膝にのこぎりを入れ、腕と同じやり方で捥ぎ取った。


 歯は全部抜歯済み。


 お腹を割いて、内臓も死亡寸前まで摘出済み。


 顔面は鼻も耳も唇も削いで、まるで髑髏。

 目玉は片方抉っている。


 よくもまあ、殺さないでここまでやれちゃうよ。アタシの相方。


「……お客さん。こいつ、発狂したみたいだが、まだ続けるか?」


 拷問の手を止めて。

 文人は、しれっと香澄さんに確認をとる。


 泣きながら目をそらさずに、この凄惨な拷問を見守っていた香澄さん。

 その顔に、笑みなんて無かったな。


「……もう、いいです」


 意思確認をされた香澄さん。

 香澄さんは、絞り出すように言った。


「了解」


 それを受けて。

 文人は、手に持っていたのこぎりでマトの首を切り始めた。


 全くの平時の調子で。


 ギコギコギコギコ……


 あぐえええええええ!!!! うぎえええええええ!! 


 血しぶきが散る。


 そして人の言葉と思えない言葉を発しつつ。

 マトは首を落とされ。


 カメラの前に、その無残な生首を晒した。


 香澄さん、肩を震わせて


「ざまあみろ……」


 顔に両手を当てて、叫んだ。


「ざまあみろ!!」


 血を吐くような、叫びだった。

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