第14話 束の間の栄光と醜い嫉妬

「あわわ……。わ、私、先生になんてこと! 今からでも謝ったほうがいいですよね!?」


 しばらくこれからどうすればよいか、どうお嬢さまの成績を上げるかを考えていたところ、先ほどまでの威風堂々とした態度はどこへやら。フィアメッタが半泣きになりながら俺の袖にしがみついてそんなことを言い出した。


「お嬢さま、気にしなくて大丈夫ですよ。むしろ、あれは怒るべきところです。いつでも頭を下げていればいいものではありませんよ」


 俺の発した言葉が勇気の一部になったのだろうか、とりあえず半泣き状態からは脱出できたようだ。


 明るい夜空の瞳が俺を見つめる。体勢も相まってかなりドキドキさせられる。

 だが、それも長くは続かずに。


「フィアメッタさま。先生はああ仰っておりましたが、わたくしたちはフィアメッタさまの潔白を信じておりますわ!」


 あの洪水を巻き起こすほどの魔術を見て、素直にフィアメッタの実力を認めた令嬢たちがわらわらと駆け寄ってくる。さすが貴族令嬢というべきか、綺麗な心を持っている者も多いらしい。


 クロエは、そんな様子を遠目から眺めているだけだったが。それと彼女の取り巻きは周りに待機していた。あの高低差を見るに、彼女らは床に座らされているのだろう。


「そんな! 私はただ、先生——フレデリック先生に教えてもらっただけで。私がすごいというよりかは先生がすごいといいますか」


 手を振りながら謙遜の言葉を紡ぐフィアメッタ。

 俺はそんなお嬢さまの肩に手を置き。


「何を言っているのですか、お嬢さま。俺はお嬢さまの実力をどう出そうか考えただけですよ」

「せ、先生っ!?」


 ビクッとしてフィアメッタは青い瞳をこちらへ向ける。そんな様子を見てご令嬢は甲高い声をあげ、俺たちのほうを興味津々に見つめていた。いったい何に反応したのだろうか。


 とりあえずこんな状況になるのは人生初なので、俺はできる限りのキメ顔を作っておく。


「わたくしもフレデリック先生に教えてもらいたいですわ!」


 すると、最初にフィアメッタへ話しかけた金髪翠目の少女がそんな嬉しいことを言ってくれる。


 まさか家庭教師にこんなオマケがあったとは。魔術師団に行かなくてよかった。それを志望している教え子を前にこんなこと思っていいわけではないけれど。


 素直でいい子そうだし嫌われまいと思い、俺はいい感じの微笑を浮かべながら言葉を紡いだ。


「非常に残念ですが、俺はフィアメッタ様の家庭教師ですので」


 そう言い、恭しく頭を下げる。よし完璧だ。


 実際に間違っていなかったようで、「はぁあ……!」と夢心地な声を発したかと思うと、そのまま手を組んで呆然としてしまった。まったく、イケメンすぎるのも考えものである。


「む、先生が人気になってしまうなんてちょっと複雑です」

「大丈夫ですよ。俺にとっての一番はお嬢さまですので」

「先生っ!」


 かわいらしい声を出した瞬間、フィアメッタがひしっと俺に抱き着いてくる。


 柔らかい感触、甘い匂い、よく手入れされた枝毛ひとつない銀の髪の毛。そのすべてが暴力的に俺の感覚を刺激する。ここからだときめ細やかな肌もよく見える。


 高鳴る心臓をどうしてくれようかと、一周回って悩んでいたとき。


「【アグレッシブ・フレイム】!」


 という、中級魔法の名前を叫ぶ声が聞こえてきた。

 この場でそれができる人物は限られている。一応名前を叫んだだけという線も考えられるが、その可能性は限りなく低いだろう。


 しかも、この声には覚えがある。ならば——。


「お嬢さまがた、危ない!」


 迫りくる焔を前に令嬢たちは無力なようで、ガタガタと震える者が多数を占めていた。


 水を生成しようとする生徒もいたようだが、たいていは初級魔法しか使えない。それに、詠唱していたら間に合わない。


 俺は無詠唱で結界をステージ全体に張った。一応、強度は上級魔法がしのげるレベル。


 容赦なく火炎は俺たちのほうへ突き刺すように飛んできたが、案の定結界によって消滅し始めた。だが、油断はできない。なお威力を高めながら襲い掛かる焔に負けじと結界を強化する。


 やがて勢いがなくなってゆく焔を見ながら安全を確信したが……何のつもりなのだろうか。


 そんなことをおもっていた俺が悪かったのだろうか、クロエが驚きの言葉を発する。


「ああ、仕留め損なったわ。この神聖な学院で不正を行った人物を」


 頬に手を当てながら残念そうにするクロエ。まさか、ブラフなどではなく本当に焼くつもりだったのか? 仮にもお嬢さまのクラスメイト。公爵相手にそんなことをするほど馬鹿だとは思いたくなかったな。


 まぁ、もう遅いけど。


「アンタたち、次はあの厄介な結界をどうにかするわよ。全員一斉射撃だからね!」


 分かった? と言いながら床下の彼女たちに指示を出す。そうなれば逆らうことはできないだろう。やはり、あれをやめさせないとお嬢さまの負担だろう。見ているだけでも胸糞悪い。


「あ、あのぅ。こんなことやめませんか? 間違った方向に飛ばしたらホールごと燃えてしまいますし、公爵を敵に回してもいいことないですよぅ」


 おずおずと手を挙げながら控えめに物申した薄桃色の髪の少女。か弱い小動物のような雰囲気に心が痛くなる。どうして、クロエはこんな少女を慈悲もなく使役できるのか。


 その言葉にしばらく呆然としていたクロエだったが、やがて動き出すと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る