第12話 反逆の狼煙
「わたくしは中級魔法の【アグレッシブ・フレイム】と【アグレッシブ・アクア】をやらせていただきますわ」
すごく猫を被っている。お前生徒に嫌われて先生に好かれるタイプのやつか。
だが、内容はすごいのである。他人に金を配る余裕のある人ならば、さぞかしよい家庭教師を雇っているのだろうし、素質もあるのだろうけれども。中等部二年になったばかりでこれはすごい。
せいぜいお嬢さまの【アグレッシブ・アクア】とどちらがすごいのか見させていただこう。今図に乗っておいて公爵にボロ負けする姿が楽しみだ。
「ふむ。ではやってみなさい」
「ええ」
鳥肌が立つほどの笑みを浮かべてそう言うと、目をつむって魔術の準備態勢に入る。形は絵画のように綺麗だ。
「文明を共にした炎よ。気高く紅い焔よ。我が内なる魔力よ。この場に暴力的な魔術を展開させたまえ」
流れるように詠唱を詠ったかと思うと、クロエの手から禍々しいほど紅い炎が湧き出る。
音さえも凌駕しそうな速度で進む火炎は魔術無効化結界に威力を殺されているものの、結界が壊れてしまうのではないかとひやひやしたが途切れる焔を見て安心する。
沸き立つ会場に満足しているのか、満面の笑みを浮かべるクロエ。黄色い声も聞こえてくるが、何人サクラが混じっているか分からないので素直に凄いとは思えなかった。
けれど、少なくとも【アグレッシブ・フレイム】に関してはかなりの実力を持っているらしい。中級魔法でここまでの威力が出せるのは才能がある証拠だろう。うちのお嬢さまもそこはまったく負けていないが。
「ちゃんと鍛錬を積んでいるようで感心しました。では次、お願いします」
その声を聞き【アグレッシブ・アクア】も展開したのだが。
「やっぱりクロエさまはすごいですわ!」「さすがSランク! わたくしたちの誇りよ!」「わたくしもあのような魔術を使えるようになりたいですわ」
という、令嬢たちの感想とは裏腹に、俺の精神は冷めていた。
あんなものか。ただこれに尽きる。
お嬢さまも思っていたより威力の弱いその魔術に困惑している様子だ。
——これは、イケる。
クロエのことを褒めちぎる教師。沸き立つ会場を見てそう確信した。
ひとしきり自分の実力を見せつけたことにご満悦なのか、ドヤ顔をまき散らしながら適当な席に座る。と同時にお嬢さまへの嘲笑も忘れない。
当のお嬢さまはそんなクロエを白けた顔で見ていた。少なくとも、【アグレッシブ・アクア】は自分のほうができるということが分かってしまったから。
それからもたまにAランクやSランクのご令嬢が出てきて会場が沸き立つことがあったものの、総合ランク順になっているのだろうか。どんどん歓声の聞こえるときが減っていく。
会場が完全に冷え切ったとき、勝負の瞬間はやってきた。
「えー、次は……フィアメッタ・クレイヴェン」
ただでさえ冷たかった空気が氷点下まで下がる。
だが、一部は苦しみから解放された表情をしていた。
総合Eランクは退学、または留年となるシステムなのだ。総合Dランクの落ちこぼれとされているフィアメッタが呼ばれたことを鑑みて、もうすぐ帰れることを察したのだろう。
しかしお嬢さまは、そんな空気感を振り払うかのように堂々と舞台まで歩いてゆく。
先生さえも興味のなさそうな顔をしている。恐らくフィアメッタに魔術の成績Eをつけたのはあの人だ。そうなるのも無理はない。
「フィアメッタさんは……特別に一回のみでいいですよ」
先生がそう提案すると、汚い笑い声がそこかしこから聞こえてくる。いらない配慮がいじめの温床になるのは往々にしてあることだ。
最低の環境のなか、お嬢さまは澄んだ声をあげた。
「いえ、皆さまと同じ、二個やらせてください」
「はぁ」
教師が呆れたような声を出す。恐らく変なプライドが働いたと思っているのだろう。
「では、選択する魔法を言ってください」
「【アグレッシブ・アクア】と【レジェンド・エントランス・ソイル】をやらせていただきたいです」
ずっと練習してきたその二つの魔法名を申告する。【レジェンド・エントランス・ソイル】は成功率八割だが、成功しなくても中級魔法の格に落ちるのみ、というのが多い。
その中級魔法で上級魔法程度の威力を放つので、万一失敗してもバレなさそうだ。
俺の応援とは真逆に、先生は目を吊り上げて叫ぶ。
「はぁ!? 何を言っているのですか。身の程を弁えなさい! 上級魔法を扱う方に失礼ですよ!」
さすがに俺もこれにはカチンときた。魔術は終わるまで成功するか失敗するか分からないのである。勝手に嘘と決めつけないでほしい。
そもそもこの課題は春休み中の努力を見るものだ。なおさらたちが悪い。そりゃあ、言いたくなる気持ちはあるのだろうけれど。
だが、怒っていたのは俺だけではなかった。
「あなたこそ必死に努力している生徒に向かって失礼なのではないですか? とりあえず文句は失敗してからおっしゃってください」
「まぁ!」
お嬢さまご自身である。そりゃそうだ、必死になって努力したのにこんな反応をされるのだから。
先生も『もしかしたら、できるのでは?』という疑惑すら持つ様子もない。ただ問題児に憤慨しているのみだ。
フィアメッタはそんな教師から目を離し、手を組む。
令嬢たちは勢いよく啖呵を切った劣等生が何をしでかすのかと、フィアメッタへ視線を集めている。
空気に緊張感の走るなか、フィアメッタの水晶のような声がホールに浸透した。
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