第11話 魔術試験

 教室についてみると、確かに遅刻ギリギリだった。あと二分遅れていたらお嬢さまに対する先生がたの心象が悪くなっていたかもしれない。家庭教師の移動魔術とどっこいどっこいかもしれないが知らん。


 とにかく間に合ってよかった、と自分で納得していると、隣にいるフィアメッタが冷たい目で俺を見ながら口を開く。


「先生、これって最初から移動魔術を使ってもよかったのではないでしょうか?」

「そういえばそうですね。でも、できれば使いたくなかったのです。お嬢さまが遅刻の危機に瀕しているとあらば事情は別ですが」

「なるほどです」


 移動魔術は一度でも見た場所へ瞬間移動することができるからとても便利なのだが、そういった魔術は魔力を食うのが普通だ。


 これもその例に漏れず、人によってはこれ一回で魔力切れを起こす人もいる。といっても、今回は距離があまりなかったので比較的少ない魔力で済んでいるのだが。


「学校長に学校設備の見学を申し出ていて正解でした。そうでなければ今頃遅刻でしたよ、まったく」

「まったく、じゃないですよ。ほぼ先生の責任なのですからね!」


 そう言い、ぷりぷりと怒り出すお嬢さま。かわいい。抱きしめたい。

 仔犬とじゃれあうがごとくお嬢さまと会話していると、教室のドアが開いた。


 カツカツと靴音を鳴らしながら入ってきたのは、茶色の髪に黄色の髪が特徴的な女性。年齢は二十代後半か三十代前半だろうか。どことなく若いイメージを持った。


「皆さま、静粛に。今年から二年生になりましたが、浮かれてはなりませんよ。クラスは三年間変わりませんが、使用人のかたが増えましたので自己紹介させていただきます。カヴァリエーレ女学院二年クラス担任の、カリサ・マエストロです。これからよろしくお願いいたします」


 どこからともなく聞こえてきた拍手の音を聞き、慌てて手を叩く。さりげなく見渡してみると、確かに使用人が多い。俺のせいでお嬢さまが浮くことはなさそうでよかった。


「今日は初日なので、課題の提出及び演習をして終わりです」


 ピシッ、と空気が固まったような気がした。恐らく、課題のひとつであった『魔術練習』が原因だろう。そのほかの課題は地味だったためほぼ覚えていない。


 カリサ先生はさらに続けた。


「二年生は第一ホールが割り当てられました。もちろん魔術無効化結界は張っているのでご安心を。配布物はもう机にありますのでお取りください。では、課題をここに提出し終えた者から順に第一ホールへ来なさい」


 先生がそう言い、教室のドアを閉めた瞬間、お嬢さま方が一斉に机のなかにあった配布物を鞄に仕舞う。それを手早く済ませた令嬢たちは即課題を提出して先生を追い越さんばかりの速度で早歩きをし始めた。


 教育が行き届きすぎだろ、と若干圧倒されていたがフィアメッタも当てはまっていたようで。


「先生、申し訳ございませんがまた鞄をお持ちいただければ幸いです」

「任せてください」


 無言で鞄を使用人に押し付ける令嬢も多いなかで断りを入れてくれるとは優しい。世界よ、これが公爵令嬢だ。


 少し遅れながらも、課題を置いたお嬢さま。スタスタと行ってしまう背中を追いかける。


 しばらく経つと、豪華なホールが見えた。舞台のようなところで、観客席エリアが半分、板張りのエリアが半分くらいとなっている。全体の面積が広いので充分魔術試験に使えそうだ。


 待機している令嬢はふっかふかの椅子に座り、たまに喜劇でも見たかのように笑い声をあげる。魔術が不発に終わったときや弱かったときだ。


 なぜ練習してこなかった、などと怒られるときもくつくつと声が聞こえてくる。


 まさか歴史ある女学院の実態がこんなどす黒いものだったなんて、と最初はショックを受けていたものの、耐性がついてくる。


 すぐに舞台で繰り広げられる魔術に目線が行くようになった。そして、思う。


 この試験、お嬢さまが高得点を取れるかもしれない。


 強すぎずも弱すぎることもない初級魔法。特に刮目すべきところのないものが延々と繰り広げられる。


 フィアメッタの話なら、別に初級魔法でなくても二つ魔術を披露すればいいらしいのだが、初級魔法を展開する人のなんと多いことか。たまに生活魔法を展開するかたもいるが、つつがなく進行してゆき。


「次、クロエ・アッファーリ」

「はい」


 凛とした、しかし気の強さを感じさせる声が響き渡る。


 彼女は黒髪をはためかせながら壇上へ上がり、自身をたっぷり載せた声でこう言い放つ。

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