第10話 売られた喧嘩の対処法

「あらあら、フィアメッタさま。帝国魔術師団を諦めてお婿さん探しでもしているのかしら」


 六年間男しかいないクラスでほぼ女子との交流がなかったのでガチガチになっているところ、級友と思しき黒髪緑目の人物がお嬢さまに近づいた。


 関係性は分からないが、内容的にかなり険悪なのだろう。もう少し交友関係について聞いておくべきだった。


「わ、私、諦めてなんかいないです。そ、それに、もうあなたたちにバカにされる私じゃありませんっ!」


 顔を赤くさせながら叫んだフィアメッタ。その様子はさながら戦乙女のようである。


 短期間で立派になられて……。などと思いながら感動していたそのとき。


「そんなこと言っちゃって可愛いわね。もう諦めてアタシの奴隷にでもなっちゃえば? あ、間違えた。眷属だったわね!」


 彼女はそう言ってにこりと笑い、まっすぐ伸びた黒髪にこぶしを軽くコツンと当てる。


 すると、面白くも何ともないのに周りから笑い声が聞こえてきた。だが、明らかに不自然である。何だか、無理矢理笑わされているような——。


「そこのアンタからも言ってやってよ。ここにいるみんなの一部になれるんだからさ。そうなれば友達倍増、眷属だからこの学校に在籍していられる。ね、いいでしょ?」


 汚い笑みを浮かべた彼女の言葉に寒気が走る。ここにいる十人余りの女子生徒が全員眷属——奴隷といったほうが正しいのだろうか——だなんて。


 俺の学校でもボス格のやつはいたが、基本的に個人戦だった。味方が裏切ることもあるし、グループ戦の場合成績を考慮して振り分けられるので、こんな奴隷制度はなかった。


 ここまで大々的にやっているということは学校公認なのか?


 花園のような空間を想像していた俺は膝から崩れ落ちそうになるのをぐっとこらえる。教え子が頑張っているのに教師兼執事が崩れていてどうする、みっともない。


「よくないですし、俺はフィアメッタ様の家庭教師です。よく分からん生徒の奴隷になぞさせません。フィアメッタ様には絶対に帝国魔術師団に入団していただきます」

「せ、先生!?」

「……あ?」


 フィアメッタは銀髪をひらめかせ、俺のほうへ振り返りながら驚愕の声を出し、黒髪は不快そうに俺を睨んでいた。お嬢さまの澄んだ青い目とは違い、せっかくの緑色もくすんで見える。


「何を言っているのかしら。知っているの? この子の成績。魔術の評価Eよ!?」


 学内で公開される仕組みなのだろうか。結構どこの学校でも共通しているものだな。


「それがどうかしましたか? あんなものでお嬢さまの実力は測れません」

「何よ馬鹿馬鹿しい。結局成績がなきゃ進級できないのよ! 成績こそすべてなの。分かる? まあ、どうせアンタもロクな学校出てないだろうし、落ちこぼれの学校生活を送ってきたのでしょうけれど! だったらそんなこと言わないもの。ねぇ、アンタたち」


 黒髪が性格の悪さを前面に押し出した言葉を投げると、周囲から「そうですわ」「そうに違いありません」などと下らない同調の言葉が聞こえてくる。俺はそれに気持ち悪さを覚えたのだが、黒髪は満足したように頷く。


 もうちょっと何か言ってやろうかと思った矢先、お嬢さまが声を張り上げた。


「あ、あなたなんか比較にならないくらい先生は凄いお方なのだから! 馬鹿にするのも大概になさってください!!」


 ものすごい勢いで捲くし立て、俺を擁護する言葉を存分に吐く。実際黒髪にどのような影響があるのかは分からないが、気持ちだけでもかなり嬉しい。家庭教師冥利に尽きるというものだろう。


「はぁ? アンタこそ大概にしてアタシの下につきなさいよ。アンタの家、金には困ってないだろうけど、お小遣いあげてもいいのよ?」

「結構です」


 普段の様子からは想像もできないほどの雰囲気を醸し出し、断る。公爵令嬢にふさわしい態度、魂だと思えた。


「まぁいいわ。どうせアタシの配下になるんだから」


 そう言い、彼女はバサッと黒髪を手で振り払い、カツカツと昇降口へと向かう。

 その姿が見えなくなったので、俺はお嬢さまにある提案をする。


「お嬢さま、アイツを嬲り殺しにして差し上げましょう」

「何をおっしゃっているのですか!?」


 言い方が悪かったのだろうか、フィアメッタは事態が呑み込めずに目を白黒とさせている。


「そんな大層なものではありません。ただ次の試験か、あるいは学校長や担任の許可を仰ぎ、グラウンドを貸してもらうなどして決着をつけるのですよ」

「そ、そんなこと私できません! クロエ・アッファーリさまは前年度の魔術試験でSランクを叩き出した人ですし。それに、私攻撃はからっきしじゃないですか!」

「クロエ・アッファーリという人は先ほどの黒髪緑目のかたでよろしいですか?」

「は、はい」


 ふむ。Sランクは凄いのだろうが、お嬢さまはそんな枠で収まるかたではない。ぶっちゃけ、お嬢さまが攻撃魔術をバンバン展開できる精神の持ち主ならば敵ではなかっただろう。


 だが、たらればの話をしたいわけではない。どうすればクロエとやらに、学院全体にお嬢さまの真の実力を示せるかが重要なのである。別に誇示したいだけではない。


 こんな絡みを毎日されていたら変なところで精神をすり減らしてしまう。そうしたら魔術にも影響があるので、早いところ改善したいところなのだ。


「お嬢さま、攻撃魔術さえ避ければ大丈夫ですか?」

「そう、ですね。恐らく大丈夫かと思いますが」


 歯切れが悪かったが、特に問題はなさそうだったので俺は続けた。


「でしたら、ちょうどよいものがあります。【スリープ】という魔法がありましてね。お嬢さまほどの力があれば充分使いこなすことが可能であると思います。それに、魔術を解除すればその作用もなくなりますので」

「確かに、それを使えれば私でも勝てそうかも……! でも先生、練習期間はどのくらいかかるのでしょうか」


 進路が見えてくると、お嬢さまも反対しなくなってゆく。今日みたいに嫌なことを散々言われたのだろうか。

 そんなことを考えながらも、俺は口を開いた。


「五日ほどあれば可能でしょうか」

「そんな短期間でできるものなのですか?」


 普通は無理かもしれないが、お嬢さまの魔力と要領のよさを鑑みると決して無茶な計画ではない。むしろ現実的ともいえるだろう。


 それに、【スリープ】は比較的簡単なものだ。今まで使ったことのない系統のものだから少しは手間取るだろうけれど、心配は無用。


「俺と、お嬢さま自身の実力を信じてください。必ずや成功させてみせます」

「分かりました。私も、クロエさまの人身売買じみた行動は気になっていましたので……」


 哀しさを漂わせながら伏し目になる。『お小遣い』とやらを渡す代わりに奴隷契約のようなものを結んでいるのだろうか。


 この学校に関わらずだが、ブランド欲しさに資金を鑑みず入学する貴族も多い。恐らくそういった貴族の弱みにつけこんだのだろう。それで助かった人もいるかもしれないが、悪事には変わらない。


 この学校では有償ボランティアの募集をしているし、そんな契約を結ばずとも家を保ってゆくことは可能。親からしてもちょっと金に困っているだけで娘が奴隷になっては不本意だろう。無理やり契約を交わされた人も多そうだし。


 そういえば、アッファーリという商売上手として有名な伯爵がいたような……。


「ところで先生」

「なんですか? お嬢さま」


 にこっと笑いながら喋るお嬢さまに見惚れていると、衝撃のひとことを発した。


「私たち、校内にいながら遅刻になりそうです」


 俺はすぐさま移動魔術を展開した。

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