第2話 才能測定のハウツー
「早速、現時点でのフィアメッタさまの実力を拝見させていただきます。多少の緊張はあるかと存じますが、戦場では言い訳をする余裕もありませんからね」
「は、はい!」
執事から家庭教師へとモードを変換させた俺は、木刀を持った教え子と対峙する。
構えはしっかりできているようだ。あの学校で平均評定をもらうだけの実力はあるらしい。
だが、結局そこまでなのだろう。
「では——始め!」
俺が声を張り上げて戦いの合図を鳴らすと、素早くこちらへ攻め込んでくる妖精の姿が見える。だが。
カァン、と乾いた音が広い庭に響き渡る。
フィアメッタの剣は俺の腹とはまったく違う方向を向く。刹那の動揺を見逃さず、少女の後ろに回った。
すかさず精霊も銀髪を翻して俺の右腹を狙おうとしてくるが、距離を取り攻撃を避ける。
それでも諦めず果敢にこちら目掛けて走ってくる、美しい戦乙女のまっすぐな攻撃を受け止めたうえで——剣を弾き飛ばした。
「あっ」
乾いた砂の大地にことりと落ちる少女の木刀。当然のごとく隙だらけになる少女を見て、俺は口を開いた。
「もう結構です。おおかた実力は見えました」
「そ、そう、ですか」
しょぼんと肩を落とす少女に、最低限のフォローを入れる。
「綺麗な攻撃でしたよ。よく努力しているのですね」
「あ、ありがとうございます!」
ぱあぁ、と満面の笑顔を見せる美しい少女に俺も笑いかける。
綺麗なのだ。綺麗すぎるからこそ、彼女の攻撃は実践に向かない。だけど、まずは正しい攻撃から覚えていくのが得策だろう。そうでなければ学校側も一個一個丁寧にやってはいない。
そもそも、本題はここではないのだから。
どれだけ残酷な光景を見なければならないのだろうか、と思いながらも俺たちは剣を片付け、また少女と対峙する。
「では、できる限りの魔法を放ってください。こちらで相殺しますので、心配はいりません」
「はいっ!」
勢いよく返事した主の声とともに、守護魔法を展開させる。無詠唱でも初級魔法を抑えるには充分だろう。
どんな魔術を展開させるか、はたまた展開すらできないのかと期待と不安が入り混じる。
「我が内なる魔力よ、この場に焔を起こしたまえ。【スモール・フレイム】!」
きちんとした呪文を口に出し、魔術を放とうとした妖精の思惑とは裏腹に、手のひらでボヤ程度の焔が巻き起こったかと思うとすぐに消滅する。
初級魔法といえど、攻撃でも通用するレベルにはなっているのだ。だが、あれは生活魔法の一種である【ファイア】よりも小規模なものになっている。刹那に消える焔など戦いどころか炊事にも使いづらい。それに、本来ならば小さな火炎放射のようになるはずなのだが、そうなる気配もない。
「ご、ごめんなさい! 私、また失敗してしまって」
シルバーの長髪を太陽光によって煌めかせながら、頭を下げて謝るフィアメッタ。
一旦守護魔法を解除して、俺は微笑みを浮かべた。
「いえいえ。気にすることはないですよ。実戦で使えるようになればよいのですから」
「は、はい」
ぎこちなくはにかむ純粋な少女を見て、ちくりと胸が痛む。先ほどの魔術でこの子には適性がないと判断したばかりなのに、期待を煽るようなことを言ってしまった。
「ほ、他の初級魔法をやっていただくことは可能ですか?」
「はいっ! 今度は成功させられるように頑張ります!」
その言葉を信じ、いつでも魔術を展開させられるよう準備する。
「我が内なる魔力よ、この場に水を発生させたまえ。【スモール・アクア】!」
「おお」
三角になるよう組んだ綺麗な手の真ん中に、大きな青い光の球が現れる。これは水を扱う魔法のほぼすべてに見られる特徴だ。先ほどとは違い、極端に小さく現れているわけではない。むしろ、平均的な【スモール・アクア】よりもかなり大きな球なのではないか?
「もう少しっ……!」
苦悶の声を漏らすと同時に、青い光が徐々に透明度を増してゆく。それはやがて大きな水の塊となり、撃てる、と感じた次の瞬間。
「ハァァッ!」
精霊の叫びとともにシュッ、と風を切る音を鳴らしながらこちらへ飛んでくる水の刀。
思ったよりも威力を含んだそれに対抗するため、瞬時に中級魔法【アグレッシブ・フレイム】を展開させる。
太陽の光を反射しながら突き進んだ透明の剣はそのまま焔の盾に当たるかと思われたが。——どんどん失速して、赤色を振りまいている盾と応戦することなく乾いた地面に落ちる。
湿り気を帯びた地面だけが、少女の魔術の軌跡を残していた。
「ああっ……」
フィアメッタは悲痛な面持ちで色の変わった地面を見つめていた。【スモール・アクア】の球のような瞳で。
すぐに慰めてあげたいところだが、どうしても引っかかる部分がある。
ひとつめは、どうして【スモール・フレイム】は不発に近い形だったのにも関わらず【スモール・アクア】は平均以上の威力を発揮していたのか。
ふたつめは、どうして直前になって突然失速するのか。飛ばすだけの魔力がなかったといわれればそこまでなのだが、ヴァージル公の話を信じればその線は薄いだろう。高い魔力があるのにあれだけの水を魔力切れで飛ばせないことはないはずだ。
とりあえず、フィアメッタの魔力を解析して原因を探してみるか。元々調査してあるのを見るのも早いが、自分で調べたほうがより分かりそうだし。
「そんな悲しい顔をしないでください。よかったですよ」
最初の段階は、と心のなかで付け足す。だが、フィアメッタもどこを指して「よい」と言っているのか分かっているのだろう。必要以上に嬉しそうな反応を見せることはなく。
「そう、ですかね。今度は飛ばせるように頑張ります」
「はい。そうやって頑張るのが一番大切ですから」
微笑みながら、教え子にそんな無責任な言葉を投げかける。どうして先生は才能のなさそうな生徒にそんなことを言うのかと疑問に思っていたが、今ならわかる。
誰も、残酷な事実を突きつけたくはないからだ。
こんな形で先生の思惑を知りたくはなかったが、知ってしまったものは仕方がない。なるべく才能を開花させるために行動するのみだ。
まだ、初日なのだ。諦めさせるにはまだ早いだろう。
理性にそう言い聞かせ、俺は教え子を連れて屋敷へと戻った。
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