第1話 令嬢の希望を折るだけの簡単なお仕事
「初めまして。本日からお嬢さまの家庭教師兼執事をさせていただきます。フレデリック・ソロモンと申します」
目の前の令嬢に跪いて、自己紹介をする。いざ自分が仕える側に回るとなると緊張するな。
「初めまして。フィアメッタ・クレイヴェンと申します」
小さな主は音色のような心地よい声で自己紹介したかと思うと、軽くお辞儀をする。公爵令嬢とだけあって、かなり洗練された上品な礼である。
今日から教え子にも主にもなる少女を失礼にならない程度に見つめた。
やはり卒業前に呼び出されたあと、見かけた少女と同じらしい。
シャンデリアに照らされ煌めく銀髪に、澄んだ海色の瞳、雪のように白い肌。顔立ちは精巧に作られた人形のごとく奇跡的なバランスで構成されており、触るのも憚られる雰囲気。身分を隠していても上品さが駄々洩れになっているので、貴族であると気づかれるだろう。
ここまで美しい少女に出会えるとは僥倖でしかないのだが、任務の内容が残酷なのでさらに苦しくなってしまう。別に見た目が悪かったら苦しくないわけではないのだが。
「あの、お父さまから聞いた話なのですが。フレデリックさまって王立魔術師養成学校を首席で卒業なされたのですか?」
「はい。といっても、首席なのは魔術試験のみですが」
筆記はさしてパッとしない成績だったので、一応フォローを入れておく。変に万能扱いされるのはごめんだ。
しかし、小さな精霊は大輪の華が咲き誇るかのごとく顔に笑顔を浮かべ、ソプラノの声で嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「わぁ、すごいです! ごめんなさい、一時でも疑ってしまって」
その後すぐに、申し訳なさを顔いっぱいに表した表情に変わってしまう。コロコロ変わる表情は見ているだけでもかわいいし、癒される。是非とも俺のクラスにひとりいてほしかった。男子クラスと女子クラスで分かれているので、ほぼ叶わないが。
「そのくらい、気にしなくて大丈夫ですよ。あと、俺のことは呼び捨てで結構です。基本は執事としてお嬢さまにお仕えする予定なのですから」
「よ、呼び捨てだなんてそんな! 私としてはこんなに凄い人が家庭教師になってくれたのが嬉しいので……。フレデリック先生、または先生でいいですか?」
「ええ。是非」
思ったよりも謙虚な子らしい。執事となればもう少し態度を崩してもよいと思うのだが。
「あ、あと。もしよかったらですが、私の呼びかたももう少し崩してもいいですよ!」
「いえ、俺は従者なので……」
気持ちは嬉しいが断ったとき、フィアメッタがわたわたと焦ったように言う。
「あ、気にしなくても大丈夫ですから! 私なんかのためにこんな能力のある人が来てくれたのがちょっと申し訳なくて」
えへへ、と笑う。この表情の奥に、どれだけの失望や絶望があったのだろうか。
改めてこの任務の難しさを思い知らされる。俺が、彼女を傷つける原因とならなければいけないのかもしれないのだから。
できれば、この子の才能を開花させてあげたい。
そう、切に願うのみだった。
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