第8話 伝説の回帰の予兆

「先生って面白いですね」


 出会った当初からは想像できないほど、フィアメッタは中学生らしい言葉を発する。


 だが、今の俺にはこれを注意できるほど偉くないのである。社会の塵芥みたいな存在になるかならないかの瀬戸際にいるのだから。それに、平常時でも何も思わないし。


「お嬢さまが楽しそうで何よりです」

「はい。とても楽しゅうございました」


 ジト目で俺を睨みながら皮肉るお嬢さま。普段とのギャップがあり、これはこれでアリである。いや何を言っている、俺。


「ですが、無意識下でも想像魔術を展開させられるなんて……。本当に先生は凄いです」

「あ、ありがとうございます。次からは力の使い方を間違えないように努めます……」


 この『次』はフィアメッタの前という意味ではなく、俺のこれからの人生でということだ。ここまでして許されるとは思っていない。そもそも公爵に知れたら俺の命も無事か分からないのだが。もしかしたら暗殺されるかもしれん。


「ならいいです。ですが、次からは本当にやめてくださいね!」

「いいのですか?」


 ぷく、と頬を膨らませながらも許しをもらうことができた。お嬢さま優しい。一生ついて行きたい。


 いつかお嬢さまの優しさに甘えすぎる日も来てしまうかもしれない。それだけは何としてでも避けねば。そんな執事に価値はない。


「ま、魔力暴走なら仕方ないですから。もうこの話はやめにしましょう!」


 思い出して恥ずかしくなったのだろうか、お嬢さまは頬を朱に染めそっぽを向いた。白銀の髪がふわりと舞い、煌めく。本当に美しいご令嬢だ。この方とできるだけ長い間いれるよう、極力努力せねば。


 普段は魔力暴走などめったに起こさないから油断していた。これでは魔術師失格である。


 俺は気を引き締め直し、フィアメッタに改めて謝罪の言葉を言う。


「本当に申し訳ございませんでした。今後は一層お嬢さまのお役に立てるよう努めてゆきますので、よろしくお願いいたします」

「わ、分かりました。明日からはもっと色んな魔術とか、剣術とか教えていただけるのですよね?」


 途端におどおどした様子を不審に感じながらも、俺は「はい」と答える。


「よかったです! わ、私言いすぎてしまって。お恥ずかしいです……」


 伏し目がちに呟き、指をつんつんと動かす。雪景色に桜の花弁でも降ったかのような光景だ。可愛らしく、美しく、幻想的で、愛らしい。


 しかし、あれでカッとなって言いすぎてしまったのか。確かに普段は温厚や聖女といった態度なのでまだ納得できないことはないのだが……。本当に、心のすべてが優しさでできているような方だ。


「お嬢さまはお優しすぎるくらいですよ。あれくらい言うのは普通です」


 俺の学校は特に模擬戦で罵詈雑言が飛び交っていたのだが、カヴァリエーレは違うのだろうか。さすが歴史深い女子校。徹底した教育である。


「そうなのですか?」


 目を丸くして問うフィアメッタに、こちらが驚いてしまう。嘘を吐いていて「私聖女すぎ! 優しい!」と思っている表情には思えない。主をそんなふうに疑うのはよくないと分かっているが、やはり勘ぐってしまう。


「はい。少なくとも俺の学校では」


 国立学校で実力さえあれば学費なしでも入れる学校だったこともあり、平民や孤児も在籍しているのが当たり前な環境ではあったが。


 とはいえ、別に平民や孤児全員が侮辱の言葉などを言っていたということではない。貴族でも勝つために必死だったので盤外戦術の一種として言っていたやつもいる。むしろそちらの割合が多い。


「そ、そんなことが許されるのですか……?」


 信じられない、と言わんばかりの顔でショックを表す少女。世の中の綺麗な部分を煮詰めたような彼女には、到底信じられないのかもしれない。だけれど。


「ええ、そうです。残酷なほど、勝つことがすべてなのです」

「やはり、どこもそうなのですね。私の学校ではある程度騎士道に基づくことが推奨されていて、守っている生徒も多いのですが……」


 フィアメッタの瞳に絶望の色がなだれこむ。やはり貴族令嬢、それも上位の爵位を持つ家が通う学校だ。なるべく禁止するようにしても、やはりそういうことはあるらしい。


 その環境は、お嬢さまにとって地獄以外の何物でもなかったのだろう。戦場は、心優しい者から壊れる場所だから。


「だからこそ、お嬢さまは聖女になるべきなのです。お嬢さまのように、心優しく折れそうな者の光となるために。この世から、傷つく者を減らすためにも」

「私なんかがなれるのでしょうか?」

「むしろ、お嬢さまがなれなかったら聖女はこの先誕生しないかと存じます」


 これは本当である。あの魔力量と聖女にぴったりの性格でなれなかったら聖女は想像上の人物だったと結論づけるだろう。少なくとも俺は。


「えへへ、ちょっと頑張ってみます。明日から、教えていただけますか? 私に、創造魔術回復魔術を」


 道端に咲いた花のように、控えめに微笑む聖女。


「ええ。喜んで」


 一回了承してしまったら伝説を創造するしかなくなる誘いに、俺も笑みを浮かべ返す。


 まさか、魔力Eランクの令嬢の家庭教師が聖女を育成する家庭教師になるとは思っていなかった。


 伝説の回帰が、俺の手にのしかかっている。

 その実感がたまらなく苦しくて、たまらなく嬉しかった。



『4月1日

 今日はお嬢さまの実力などを確認致しました。一部の魔術は成功し、威力も高いことが判明。魔力測定をおこなったところ、平均よりかなり高く、質のよい魔力をお持ちになっておりました。

 使える魔術の傾向が特定できましたので、創造魔術を中心に初級魔法や中級魔法などのベーシックな魔術を練習することに致します。

 剣術は型がきちんとできておりましたので、実践を見据えた教育方針に。

 よって、魔術師の道を諦めさせることを現時点では視野にいれておりません。しばらくは様子見に徹しようと思っております。 フレデリック・ソロモン』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る