第4話 魔術の創りかた

「明日は『魔術創造』をやってみましょう」

「ま、『魔術創造』ですか!?」


 澄んだブルーの瞳を驚愕で見開かせる妖精。そりゃあ、初級魔法もおぼつかない少女に魔術創造をさせる人などいないだろう。


 俺以外は、という話だが。


「ええ。最初は小さなものからですが。魔術を自分で創造できるようになれば、お嬢さまに怖いものはありません」

「それは言いすぎですよ! ……でも、やってみたいです。私だけの魔術、創ってみたいです!」


 フィアメッタが期待や希望に目を爛々と輝かせ、身体を前のめりにさせながら言う。


「いい返事です。では休憩後、【スモール・ソイル】をやってから少し練習してみましょうか」


 その様子があまりにかわいらしく、応援してあげたくなったので笑いかけながら小さな頭を撫でる。少し照れる様子が愛らしい。


「家庭教師であるとともに執事でもありますので、何かあったら呼んでください」


 そう言い、部屋から出ようとしたところフィアメッタの細い指が俺の袖をきゅっと掴む。


 振り返ると、フィアメッタの大きいサファイアの瞳が俺の赤眼を上目遣いに捉えていた。


 とうとうリア充イベントを望むがあまり教え子を洗脳してしまったのかと一瞬考えてしまったが、そもそも洗脳魔術などを使えるようになった覚えはない。それに、無意識で行えるほど洗脳は容易いものではないだろう。


 ドキドキしながら一瞬のときを過ごすと、微かに薄桃色の唇が動く。


「き、休憩なんていらないです! もし先生がよければ、ですが。私、はやく一人前になって人々を守れるように、救えるようになりたいのです!」


 あ、うん。崇高な目標だね。先生嬉しいや。


 困り眉を作って休憩なしで続けようとする努力家な教え子を前に、俺はしばし沈黙する。


 ここで続けたとして、万が一魔力暴走などを起こしてしまったらどうしようか、というのが議題である。恐らく大丈夫だとは思うが、少ない可能性を考慮して進めるのがベストだろう。だけど、まだ大丈夫か。さすがに初級魔法のみで魔力暴走を起こしはしないはずだ。


「では、やりましょうか。危険度の低い【スモール・ソイル】ならば庭に移動する必要はないと思いますが……どうしますか?」

「ならここでやります」


 早くやりたいのか、うずうずとしている。向上心の塊か何かなのだろうか。

 魔力は消費するが念のため、中級魔法程度の魔術を無効化できる結界を張っておく。


「大丈夫ですよ。どーんとやっちゃってください」

「どーんと、って言われても困りますが……頑張ります!」


 そう言い、口をキリっと結んで目をつむる。

雰囲気が変わったと同時に手を三角に組み、可憐な口元から呪文を奏で始めた。


「我が内なる魔力よ、この場に土人形を形成したまえ。【スモール・ソイル】!」


 その瞬間、三角に組んだ手の真ん中に薄茶色の光が形成される。【スモール・アクア】と同じくらいの大きさか少し大きいほどかと思っていたが、どうやら違うらしい。


 平均より大きいはずの【スモール・ソイル】よりもふたまわりほど大きい。攻撃が絡んでいないだけでこうも変わるとは。これを上手く利用すれば彼女の希望も叶うかもしれない。


「さあ、行きなさい」


 静かに宣告したと思えば、光の球が床へ着地する。徐々に光が引いてゆき、50センチほどの土人形がフィアメッタの前にそびえ立つのを確認した。普通、初級魔法の土人形は30センチ、大きくとも40センチほどなのに。


 驚いて土人形を見つめていると、フィアメッタが不安そうな顔をしていることに気がつく。どうした、と尋ねてみると精霊は驚愕のひとことを放った。


「独学でやったので、どこかおかしいところでもあるのかなと」


 このクオリティを独学でやっただと?


 眉をハの字にさせてこちらへ視線を送る主に、俺は恐怖心すら抱いた。天才と言われた俺だが、初めのころは独学で何かをすれば軽い魔力暴走を起こすか、不発に終わったのだ。今は独学で新しい魔術を展開しようとしてもほぼそんなことは起こらないが。いざとなれば、創作魔術でなんとかする。


 まぁとにかく、ひとりでこれをやるのはかなり難しいということだ。


「いえ、何もおかしいところはないですよ。むしろ高クオリティです。大きさや動きの調整は可能ですか?」

「たぶんできると思います」


 実を言うとできるとは思っていなかったが、こちらが想定していたよりも才能あふれる魔術使いだったらしい。微かに銀の光を放つ糸が見えると、それは霧散し、代わりに土人形が行進を始め、部屋を一周したら止まった。


「先生、さっきのはどうでしたか? できていましたか!?」


 手ごたえがあったのだろうか、輝いた表情で俺に出来を問うフィアメッタ。


 その姿は純朴な少女そのものの姿だったのだが、ここまで出来がよいと逆に不安になってしまう。強すぎる力は時に身を滅ぼすこともあるのだ。——かつての聖女のように。


「ええ。とてもよい動作でしたよ。次は大きさの調整をお願いします」

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