第7話 解雇が近すぎる

 と思ったら、急に顔を真っ赤に染めてアワアワと動揺しだす。謎だ。


「す、すみません! 私ったら先生を疑うようなこと……。そ、それに、急に顔を近づけるなんて!」


 あうぅぅ、とうめき声に近いものを出しながら、顔に両手を当てるお嬢さま。耳までも赤く染めっており、愛玩動物のような可愛さを醸し出している。


「こ、この落とし前は身体でっ!」

「か、身体!?」


 到底貴族令嬢、それも華麗な公爵令嬢の口から出る言葉とは思えない発言に動揺を煽られる。煽られるどころか現在進行形で動揺度マックスなのだが。


「ど、どんときてください!」

「どんとですと!?」


 フィアメッタもかなり気が動転しているらしく、目の焦点が合っていない。さすがに教え子へ手を出しはしないものの、想像くらいは許してほしい。


 脳裏に繊細で、控えめなラインを描いた雪の妖精の姿が浮かぶ。他は白いにも関わらず、頬とある部分はサーモンピンクに色づいていて——っ。


 だめだ。この妄想はやっちゃいけない部類のやつである。想像も許してくれないというのだろうか。


「ふひゃぁぁっ!?」

「どうしましたか、お嬢さ、ま?」


 うまく発音できていない叫びを聞き、即座に現実へと戻る。しかし、俺はこの選択を一寸先で公開することとなった。


「み、見ないでくださいっ……!」

「すす、すみません!」


 気高いお嬢さまが全裸になって座り込んでいる光景が目に入る。


 ほぼ妄想通りである、白雪の肌、上気した桃色の頬、先端と下腹部のあの部分は腕に隠されて見えなくなっているが、それでも俺に衝撃を与えるには充分な光景である。羞恥と動揺の色が混じった顔などはまさに理想の表情といえるだろう。


 そう、これは俺の理想が具現化したようなものなのである。

 そして、往々にしてそのようなことは現実で起こらないものなのだ。


 つまり何が言いたいのか。それはこの状況がすべて俺の魔術によって引き起こされていることになる。無論、無意識下で発動したものではあるが。故意でこんなことをやるようになったら自主退職しなければならない。


 ものすごい勢いで廻っていた魔力を元の速度にさせる。


「あれっ、戻った?」


 すると案の定元に戻った。やはり俺の魔術が原因だったらしい。だが、たまに魔術解除すら効かないことがあるらしいので、それは不幸中の幸いとでもいうべきだろうか。そんなことで言い逃れできるとは思っていないが。


 ふぇふぇ、と驚きの声をあげているお嬢さまに、俺は流れるようにスライディング土下座を発動した。


「せ、先生? 別に先生が謝ることじゃ……。ま、まさか」

「本当に申し訳ございませんでしたァァァァァ!」


 他のメイドや執事、公爵夫婦にも聞こえてしまうかもしれない声量で謝罪の言葉を叫ぶ。


 断片的に言葉にならない言葉を発しているお嬢さまに向かって俺は謝罪をし続ける。


「えっと、先生のせいなのですか?」


 落ち着いてきたのだろうか、お嬢さまは冷ややかな声を俺に投げかける。やはりというか何というか。普通にこうなることは予測できていたが、心に矢が刺さった。


「俺のせい……ですね。ほんっっっとうに申し訳ございませんッ!」


 額を床に擦り付けながらせめてもの誠意を見せようとする。床はカーペットに覆われているのに、額がかなり痛い。天罰だろうか。


「先生、変態さんなのですか?」


 天使の桜色の唇から紡がれる言葉とは思えない代物に、心がさらに抉られる。だが、このくらいの傷などお嬢さまが受けたものと比べたらかすり傷みたいなものだ。


 嘆くことはできないし、やる資格もない。俺に許されたのはただ額を擦り付けて許しを乞うのみよ。とはいえ、許されるとは思っていないが。


「はい。本当に俺はド変態です。申し訳ございません」


 できれば否定したかったが、無意識で教え子の服を剥ぐなどという所業をしでかしておいて否定しても信じてくれないだろう。そりゃそうだ。俺がお嬢さまの立場でもそう思う。というか即解雇すると思う。そんな家庭教師兼執事。


「先ほどのは創造魔術ですか?」

「はい。無意識下でした。マジすみません」


 お嬢さまの透明な声を聞いていたら罪悪感が増す。早く解雇かいほうしてくれぇぇぇ!


「む、無意識下でも想像魔術ってできるものなのですか?」

「はい。お嬢さまにもお伝えした条件が合えば、展開できることもあります。勝手に展開されている魔術なので、魔力暴走にカウントされることもありますね」

「ならば、先生は私の裸をすごく詳細に妄想したということでよろしいでしょうか?」

「グフゥッ!」


 ピンポイントで痛いところを突かれ、謎のうめき声のようなものが口から零れ出る。


「その反応は図星ということでよろしいですか?」

「はい。本当変態ですみません」

「大丈夫ですよ。顔を上げてください」


 主からそう言われたので、やっと俺は顔を上げる。

 そこにあったのは——いたずらっぽい笑みを浮かべた女神の表情だった。

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