第6話 創造魔術

「では、創作魔術についてお願いします」


 やはり自分の可能性を感じる部分があるのか、それとロマンからか。うずうずしている教え子に微笑みを向けて、俺は解説しだす。


「そもそも創作魔術といいますが、これには二種類存在します」

「二種類、ですか?」


 面白いほどきょとんとした顔を浮かべてくれるので、こちらとしても授業のしがいがあるな。


 俺は人差し指と中指をピッと立てて、教え子に向ける。別になくても授業は進むのだが、視覚からも情報を入れたほうが分かりやすいだろう。


「まず一種類目ですが。これは本物の創作魔術と一般には言われているものですね。恐らくお嬢さまのイメージもこれかと思われます」


 その言葉にお嬢様ははて、と言わんばかりの不思議そうな表情を作り、サファイアの瞳を俺の指へと向ける。


「これは、本当に『存在しない魔術』です。完全オリジナルの魔術ですね」

「わ、私、それしかないと思っていました……」


 動揺の顔を俺に向ける教え子に、俺は思わずにっこりと笑みを浮かべて続きの言葉を紡いだ。


「実は違うのですよ。二種類目は『想像展開』になります。これは創作魔術に含めない人もいますが、正式には当てはまっているのでね」

「それは前者と何が違うのですかっ?」


 興味深いのか、前のめりになりながら問うフィアメッタ。銀髪が靡き、鼻腔に甘い匂いが漂ってくる。


「前者は『存在しない魔術を創造・展開』し、後者は『既存の魔術を想像・展開』しているのです」

「なるほど。存在するか否かの差なのですね」


 姿勢を戻し、ノートに文章を書き込む。勉強熱心で何よりだ。


「はい。なので、意気揚々と学会に提出したオリジナルが実は既存だったということもあるらしいですよ」

「それは……辛いですね」


 微妙に引きつった顔をする彼女。あるらしいと言ったが、実際俺のクラスにも何人かいた。だいたいそのあとは慰め会になるのが定跡だ。俺は入れてもらったことがないけれど。


「そういえば、私は聖女さまのような回復魔術を使いたいと思っているのですが。これって後者の部類に入るのでしょうか?」

「恐らく入ることかと存じます。ただ、随分と昔のことなのでもしかしたらオリジナルとして処理されるかもしれませんが」


 実際、神話の魔術を具現化した例は何度か報告されている。その場合、明確な記述が確認できれば後者、なければ前者として扱われるみたいだ。今回の場合、一応詳細ともいえる記述が残っているので後者だと思うのだが……。


 もはや信じていない人も出てきたくらいだ。提出してみるまでは分からない。俺も詳しいラインは知らないし。


「そうですかー。とにかくできるようになりたいです」


 どっちつかずな答えだったからか、お嬢さまは飄々とした雰囲気を漂わせながら決意を表明した。こうなるならばもう少し勉強しておくべきだった。今からでも知識の補充を行おうか。


「じゃあ、次は創造魔術のやりかたについてご教授願えますか?」


 キラキラと目を輝かせ問うお嬢さまに感心しながら、俺は口を開く。


「そうですね。まずひとつめ、イメージを膨らませることです。効果を詳細に想像するのですよ」

「ふむふむ」


 相槌を打ちながらペンを走らせる。なめらかに滑るペン先はまるでノートの上で舞っているかのようだ。


「ではふたつめ、魔力を集中させます。これはありったけ集めて構いません。もし魔力過多になった場合でも、無意識下で魔力をある程度制御してくれるので」


 無言で頷き、真剣な顔つきでノートに文字を記入する。健気に頑張る姿は見ていて和む。まったく、教師は最高だぜ!


「最後に、思いっきりぶちかまします」

「た、単純ですね……」

「単純だからこそ、必要なのです。創造魔術は八割方気合いでできていると思ってください」

「そこまで重要なのですか!?」


 まさか最重要過程とは思っていなかったのだろう。最初は俺の言葉に口元をヒクつかせていたが、今では情熱の焔を目に宿している。だいたい熱意があれば何とかなるのが創作魔術だ。もちろん、第一、第二工程を疎かにしていいわけではないが。


「他に何か極意などは!?」


 唐突にフィアメッタが俺に顔を寄せてきた。文字通り目と鼻の先に、フィアメッタの美しく整った顔がある。花のような匂いが鼻孔をつつき、かなり心臓に悪い状況となっており。


「あ、あの。もう少し離れたほうがよいのではないでしょうか?」


 俺のほうからそう打診するレベルとなっていた。さすがにこの状況下で教えられるほど精神は強くない。むしろそこピンポイントで弱いといっても過言ではない。


「極意を教えてくれるまで動きません!」


 むむむ、と言いながら目力を込め、こちらを見つめるお嬢さま。穢れのない、深い空色の瞳が一向に俺を放してくれず、心臓は音を大きくしてゆくばかりだ。


 このままでは埒が明かない。それに、極意という極意はないのだ。もし見つけたとしても、自分にとっては極意だったが相手にとっては違うということも起こる。


「ですから、先ほど言ったのがほぼすべてです! 気合いです気合い!」


 あまり根性論は好きではないが、こればかりは有効なのだから仕方ない。魔術は精神なのだ。


「む~」


 なおもじぃっと俺の目を軽く睨んだフィアメッタだったが、俺の言葉に嘘偽りがないことを悟ったのだろうか。元の位置へと戻ってくれた。

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