第3話 魔力測定のハウツー

「ではお嬢さま、横になってください。なるべく平常心でいるようお願いいたします」

「は、はい」


 魔力の解析をしたいとフィアメッタに提案し、次に落ち着けるところが望ましいと伝えたらあっさりと自室の入室許可をいただけた。


 ここだけの話、女の子の部屋に入るのはこれで初めてだったりする。クレイヴェン家に来なければ女子の部屋に入る機会もなかっただろうから、フィアメッタ様には内心感謝している。もちろん口には出さないが。もし出してしまった場合、無職の未来が待機していることだろう。


「では……失礼」


 最も魔力を感じやすいとされる腹部に手を置く。普段から練習しているのだろう。ほどよく引き締まったきめ細やかな肌に触っていると罪悪感が湧いてくる。


「ふぁ……」


 やってきて一日目の男に腹を触られるのは当然慣れていないのだろう、フィアメッタがか弱く甘い声を上げる。


 無論、事前に『魔力解析はこうするつもりです』と簡単な方法を告げてはいるのだが。


 ええい、いつまでもこうしているわけにはいかない。早いところ解析を終わらせてお嬢さまの能力を引き出さねばならんのだ。


 心を落ち着かせ、少女の身体にある魔力源を探す。おおまかな見当がついたら、彼女の魔力と自分の魔力の波長をできるだけ合わせ、溶け込めると感じた瞬間に。


「【ファインド・アウト・マギア】」


 そう、静かに唱える。

 次の瞬間、俺の脳にフィアメッタの魔力がダイレクトに伝わった。


「うあっ……!?」


 思わず魔術を中断し、フィアメッタの腹から手を離す。


 ——まるで、光の濁流だ。


 身体じゅうが魔力の通り道みたくなっている彼女。だが、それでも氾濫した河川のごとく魔力がこちらも追いつけないほどのスピードで駆け巡っていた。ここまでの魔力を持っている人物など、片手で数えても足りるだろう。


 魔力がどのようにして通っているかは未だ解明されていないが、魔力解析をした魔術師たちは異口同音に「血管のようなものに通っている」と言う。俺も養成学校の演習で隣のやつを解析したことがあるが、そんなイメージを持った。血管よりも太かったイメージはあるが、おおむね合っているだろう。


 しかし、この子は違う。血管なんてものではない。血肉どころか骨の髄まで魔力が溢れているのではないかと言わんばかりの魔力。しかも、質が高い。


 普通解析で魔力が眩しく感じることなどない。座学でやった限りでは、光り輝いているほど質が高いらしいので、恐らく最高品質だろう。演習でも確かに光ってはいたものの、眩いと感じるほどではなかった。


 さらに怖いのは、この演習は魔術師養成学校の名門、それも高等部三年で行うものなのである。つまり、学生時代俺が解析したやつも魔術師としてかなり優秀なのだ。


 ——帝国魔術師団も夢物語ではない、のか?


「先生、どうしたのですか?」


 高すぎる魔力に戦慄していると、魔力の妖精が心配げにこちらを見つめてくる。

 そりゃあ家庭教師が小さくも叫び声をあげて魔術を中断したとなれば心配にもなるか。


 俺はそんな教え子を安心させるべく、口を開いた。


「何でもありませんよ。ちょっとお嬢さまの高すぎる魔力に戦慄していただけです」


 何も嘘は言っていない。これで少しは自信回復してくれるといいのだが。

 そんな俺の気持ちとは真逆に、銀色の精霊は青い瞳に哀しい色を宿しぽつりと呟く。


「そんなことないですよ。初級魔法も満足にできないですし……」


 そうだ。問題はそこである。

 どうしてここまでの魔力を持ちながら初級魔法を成功させることができないのか。少し付き合ってみての感想だが、彼女の精神力が低いとは到底思えない。手にたこができていることからも、一生懸命練習していることがわかる。


 だったらなぜ——。


「いえいえ。本当に高く、質も最良です。もしかしたら国内唯一の回復魔術の使い手となれるかもしれませんね」


 考えても答えは出なかったので、ひとまずお嬢さまに返事をする。

 彼女の光のような魔力は伝説と化している聖女の存在を彷彿とさせたので、そんなことを言いながら。


「回復魔術、ですか。まるで聖女さまのようですね。なれたらいいなぁ……」


 夢見心地に呟く銀色の天使。この方ならば本当になれるのではないかと、俺は密かに期待を寄せた。もはや回復魔術など、ただの幻想でしかないのに。


「あ、ごめんなさい。ありもしないことを言ってしまいました。まずは初級魔法を使いこなさなければいけないのに」

「大丈夫ですよ。では休憩のあと、一番適性のありそうなものから練習していきましょうか。これはあと一歩でできる、というものはありますか?」

「そうですね……」


 しばらく沈黙したのち【スモール・ソイル】と【スモール・アクア】を挙げた。


 後者は充分見たので【スモール・ソイル】をやってもらうことにして、一時間の休憩を与えた。


 もっとやりたそうにしていたけれど、魔力が膨大でも慣れないうちにバンバン魔術を発動させてしまったら疲労も半端ないだろう。そしたら翌日のパフォーマンスに響く。むしろ魔力量が膨大なゆえ、暴走を起こしてしまうかもしれない。


 もしそうなれば王都ごと吹っ飛んでもおかしくはないのだ。やはり徐々に魔術展開回数を増やしていくのが最善だな。


「なるほど。ちなみに、なぜできるかというのは分かりますか?」


 ダメ元でそう尋ねてみたら、思ったよりも有意義な答えが返ってきた。


「ええっと、人に攻撃するのがあまり好きじゃなくて。誰かを守るために力を使いたいなぁって思うんです。ごめんなさい、何言っているんだって思いますよね」


 残念そうにはにかむ少女に「いえ、とてもよいことだと思います」と言葉を返した。


 やはり精神的な問題なのだろうか。確かにそれが原因だったら比較的致死率の高い魔法が不発に終わるのも納得できる。同時に当たったところで死ぬことはない【スモール・アクア】が打てたのも納得だ。さらに、それが直前で失速してしまったことも。


 適性のありそうなもので挙げた【スモール・ソイル】も遠隔操作が可能な小さい土人形を作るというものだし。別な魔術を合わせれば、土人形から魔術を展開させることもできる。逆にこちらから追加の魔術を展開しない限り、土人形が誰かを傷つけてしまうこともない。初級魔法のなかでも随一の安全性だろう。


 これだけがフィアメッタの弱点ならば、創作魔術の創りかたを教えれば劇的に成長するかもしれない。もしかしたら、伝説の存在と化している【蘇生(リヴァイヴァル)】すら展開させられる可能性もあるのだ。


「フィアメッタさま、明日から新しいことをやってみましょう」

「い、いきなりですね」


 確かにいきなりだな。だけど、この興奮を前にしたらそんなことどうでもよくなる。


 ——教え子が、伝説になるかもしれない。


 そう考えると、俺の心はどんどん熱いものへと変わってゆくのが分かった。

 なので、俺は気がつくとこんなことを言っていたのだ。

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